欲情での思索
「よう」
ハザマは目を見開いてこちらを凝視しているリンザに対して片手をあげて挨拶した。
「朝から精が出るな。
元気そうでなによりだ」
「あ。あ。あ」
リンザはといえば、何度か口を開閉させた末、ようやく言葉を絞り出す。
「なんでこんなところに居るんですか!
王都は……」
「まあ、なんとか片してきた」
ハザマは極めてアバウトに説明する。
「面倒な後始末とかは残っているけど、後は別におれが居なくてもどうにかなりそうだしな。
残っていたら残っていたで、事情聴取やらなんやらでまた長く拘束されそうだったんで、さっさとずらかってきた」
「あなたという人は」
リンザはそういったきり、しばらく絶句をした。
それから顔をあげてハザマの顔をまっすぐに見て、
「本当に、あちらは男爵が居なくても大丈夫なんですね?」
と、念を押してくる。
「おそらくは」
ハザマは、即座に頷く。
「被害者への救済措置とか政治的な対処などの問題は山積みのはずだけど、それらは別におれがやらなくてもなあ。
おれなんかよりももっと適切に対処できるやつが、王都にはいくらでも居るはずだし」
「おそらくは、本当にそうなんでしょうね」
リンザは、しぶしぶといった様子で認めた。
「あなたは、自分が手を抜くための判断力には長じていますから」
「ひどいいわれようだな」
ハザマは軽く顔を顰めて見せた。
「ま、否定はしないが。
こっちでの仕事もかなり溜まっていると思うが、今すぐ手を着けなければならない火急の用件というのもそんなにないだろう。
一晩中ゴタゴタしていたんで、おれは風呂入ってから一眠りすることにする」
「ああ、はい」
リンザは、虚を突かれたような表情になった。
「そうしてください」
リンザとて、ハザマが他の誰にも出来ないような仕事を終えてきたばかりだということは理解をしているのだ。
長引いたハザマの不在のため、自分をはじめとするハザマ領内の洞窟衆に過度に負担がかかっていたことも事実なのであるが。
だがそれは、裏を返せば従来の洞窟衆がいかにハザマという個人の、特に判断力に依存をしていたのかということでもあり、組織としてのこれからを考えると、特定個人の能力にばかり頼りすぎている現状はあまりよくない。
そうした課題は厳然として存在するわけだが、それはもっと長いスパンで解決を図るべき問題であり、今すぐにどうこう出来るような問題ではなかった。
大きな仕事を終えてきた直後くらいは、ハザマにもゆっくりと休んで貰おう。
そんなわけで、ハザマは久しぶりに領主公館の領主専用風呂に浸かっている。
この世界では日本風の、浴槽に体を浸けるタイプの風呂は一般的ではない。
それだけの量の水なりお湯なりを用意するには、かなりのコストがかかるからだ。
だが、ハザマはこの公館を作るときに、あえてその贅沢な設備を作らせることにした。
賓客用の設備でもあるとか、上下水道などのインフラについて来客に示すためのいい見本になるとかもっともらしい言い訳は用意していたがそれらはすべて方便であり、本音をいえばハザマが日常的に日本風の風呂に浸かりたかったからである。
水利の他に、ハザマ領以外の土地と比べるとボイラーの燃費などもかなり格安になっているからこそ可能な贅沢でもあった。
しかし、そのせっかく作らせた風呂に、ハザマ自身は何ヶ月ぶりかで利用している勘定になる。
「スデスラス王国から海に強制転移をさせられたのが、確か秋口だったから……」
湯船に身を横たえながら、ハザマは指折り数えてみた。
もう年末だ。
一年の四分の一くらいの期間、このバジルニアから離れていた計算になる。
なかなか予定通りにはいかないものだなあ、と、ハザマは考えた。
予定ではもっと、イージーモードでいけるはずだったのだが。
ハザマの目論見としては基本的にはこの公館で暮らし、公務などは次第にリンザをはじめとする部下たちだけでこなせるように仕込んでいって、それからはのんびりとあちこちを漫遊しながら暮らすはずだったのだが。
なかなかうまくいかないもんだ、と、ハザマは思う。
邪魔が入る、というよりも、ハザマなり洞窟衆なりの動きに対応した外部勢力が次々と新しい問題を起こして、結局ハザマたちがそれの解決に当たらねばならないようなパターンが実に多い。
ハザマが遠い海にまで飛ばされた件だって、冒険者ギルドがスデスラス王国周辺の問題に深入りをしすぎた反動である、という見方も出来るのだった。
今回の件も、グラウデウス公爵の選択と行動は決して褒められたものではないにせよ、あれは洞窟衆の活動全般に対して漠然と違和感を持ち、反発をおぼえていた者たちの思いを代表した物だともいえるし。
なにかことを起こせば、なんらかのリアクションが生じる。
しかしそのリアクションは必ずしもポジティブな物ばかりではなく、感情的な反発を含むネガティブな物も伴うはずで。
「事前には、予想がつかないんだよなあ」
と、ハザマは口に出して呟く。
生きている人間、それも、膨大な数の人間に影響を与えるような事業を日常的に展開しているのだから、それで当然、なのではあるが。
ハザマとて、洞窟衆の活動が、この世界における従来の経済や生活様式を壊しかねない代物であるということは、重々承知していた。
その上で、どうにかしてその衝撃を柔らかい物に出来ないものかと考えつつ、調整をしているつもりだったが。
しかし、事態はもはや、いや、洞窟衆という組織その物が、ハザマ個人の意図から離れつつある。
洞窟衆という組織が大きくなりすぎて、従来の方針をすぐには変えられないようになっているし、末端の行動まで十分に監視が行き届かなくもなっている。
そしてそのこと自体は、ハザマ自身も特に拙い事態であると思っていない。
なぜならば、洞窟衆を構成する人員のほとんどが、この世界の住人であるからだ。
所詮よそ者にすぎないハザマが引っかき回すよりは、この世界の人間が自分の意思によりこの世界を変えていく方が、ハザマの目にはよほど健全に見えた。
ただその変化についていけず、反発を感じる人間も、これからも継続的に出現していくだろう。
これは放置しておくと、今回のグラウデウス公爵だけではなく、各地で洞窟衆に対するテロのような反応が起こりかねないのではないか。
特に最近では、洞窟衆が主導をして森東地域に軍事力を伴う干渉を行っている。
洞窟衆の側がどんなに気を遣い、穏便に収めようと努力をしても、これを歓迎しない地元勢力は絶対に存在するだろう。
また、こういった勢力の暴発を防ぐ手立ても、ハザマはなにも思いつかなかった。
洞窟衆がもたらす変化は急激に過ぎて、感情的な反発をおぼえたとしても、それはそれで仕方がないのだよな。
などと、ハザマ自身も思ってしまうのである。
かといって、洞窟衆の動きをもっと、うまい具合にまで緩めるような方法も思いつかない。
ま、なるようにしかならんだろうなあ。
などと、ハザマは結論する。
無責任なようだったが、ここまで洞窟衆の影響が大きくなってしまうと、比率的にハザマ個人で制御できる範囲は極めて限られてしまっているのだった。
「男爵、居るー?」
などと漠然としたことを考えつつハザマが湯船に浸かっていると、脳天気な声が浴室に響き渡る。
「先に帰っちゃうんだもんなー。
帰るんなら一声をかけてよー」
トエスだった。
その背後には、水妖使いも居る。
三人ともサーベルタイガー形態ではない、人間の格好をしている。
四人ともこの場にふさわしい格好で、つまりは一糸もまとわない全裸だった。
だからどうということもなかったが。
「お前らは少し恥じらいというものをおぼえた方がいい」
ハザマは静かな口調で、そう告げる。
「風呂に入るのは構わんが、前くらい隠せ」
「え?
別に男爵しかいないからいいじゃん」
トエスはそういってシャワーを使って汗を流した。
「リンザも誘ったんだけど、遠慮するっていわれた」
そりゃそうだろ。
と、ハザマは思う。
ハザマが入浴中であるのにも関わらず、平気で入ってくるこいつらの感性のが異常なのだ。
「お前はもう少し異性の目というものを意識しろよな」
ハザマはトエスに対してそういった。
「男爵、わたしの裸見て欲情とかするの?」
「しねーよ」
「じゃあいいじゃん」
トエスの方は、まったく動じる様子を見せずにハザマと同じ湯船に浸かる。
「この子たちも結構頑張ってくれているからさあ。
たまにはこうして、羽を伸ばさせたくってねー」
水妖使いの三人も、ざっとシャワーで汗を流してから湯船に飛び込んできた。
なんだかなあ、と、ハザマは思う。
平和といえば、平和なんだが。
しかしこのトエスたちにしたって、ハザマが王都に呼ぶまでは、森東地域で地元の平定を進めていたのだ。
こちらの感覚でいえば調停、だったが、現地の人間側から見れば侵略行為とさして変わらないだろう。
「森東地域はどうなんだ?」
ハザマはトエスに訊ねた。
「一応、報告書は読んでいるんだが」
「難しいねえ」
トエスは即答する。
「なんか、勢力やら氏族やらがいっぱいあって、その全部を満足させるような提案がなかなか作れなくて難儀しているみたい。
結局は、お金を出してこちらの仕事を手伝わせて、徐々に合意を引き出していくようなことをしているけど」
「武力蜂起とかしてくるやつは?」
「しょっちゅう出てくるけど、うちらがすぐに鎮圧しちゃうから。
最近では、あちらも諦めモードに入っているみたい。
下手に抵抗をしても被害が大きくなるだけだってことが、みんなに知れ渡ったっていうか」
やっぱり、される側にしてみれば立派な侵略行為だよな、これ。
と、ハザマは内心で確信をする。




