猊下との情報交換
「おれは加護の力とかそっちの方面については明るくないので確認をしておきたいのですが」
ハザマはヘムレニー猊下に質問した。
「加護の力が生まれつきの体質であると聞いています。
しかしその力は、ある程度年齢がいってから発現することはあるんでしょうか?」
「そういう事例も別に珍しくはありません」
ヘムレニー猊下は即答した。
「いえ、加護持ちとして生まれる人自体が希少であるということを前提とした上で、ということですが」
「幼少期からその力を自覚している例ばかりではなく、成人してからその能力の存在に気づくようなことも多いわけなのですね?」
「わたくしの知る限りでも、そうした例はいくつか存在します。
さらにいえば、加護の力を持って生まれながらもそのことを自覚せぬままに一生を終える加護持ちもそれなりに存在するのではないでしょうか」
「それは、どういう意味ですか?」
今度はガグルバイド伯爵が質問した。
「加護の力」
ヘムレニー猊下はそこで一度言葉を切った。
「そう呼べば聞こえはいいですが、必ずしも役に立つ能力やわかりやすい能力、強力な能力であるとは限りません。
仮にそうした力を得て生まれたとしても、その影響する範囲がごく微小なものであったり、あるいは能力の性質そのものがほとんど使いどころのないものであったりした場合は、力を持つ本人でさえ自分の持つ能力に気づかない場合もあるでしょう。
あるいは、害悪にしかならない性質のものであるため、自分がそうした力を持っていることを自覚しながらも一生自分の意思でその力を封印している人もいると思います。
なにしろ、加護の力というのは……」
どういった種類の力を得るものか、本人の意思で選べるものではないのですから。
と、ヘムレニー猊下は続ける。
「すべては遺伝のなせる技、ってわけか」
ハザマがいった。
「背の高さや顔の造作も自分では選べませんものね。
さて、と。
そうなると、その存在に気づきにくい種類の能力って線かなあ」
「海底近くに生息する生物限定で意思を通じる能力、とかですか」
ガグルバイド伯爵はゆっくりと首を振りながらいった。
「確かにそんな能力があるとすれば、本人でさえその存在に気づく機会にはなかなか恵まれないでしょうね。
仮にその推測が当たっていたとして、しかしどうやってその能力の持ち主を探し出すのですか?
このエンテラには二十万からの人間がひしめいているのですよ」
「ああ、それそれ」
ハザマはガグルバイド伯爵に顔をむけた。
「その必要もあって、大道芸人よろしく人目のある場所であんなパフォーマンスをやっていたんですよ」
「大道芸人よろしく」
ガグルバイド伯爵は眉根を寄せて思案顔になる。
「つまりは、人々の耳目を集めるためにあんな真似を」
「もちろん、人の頭の中を覗いている連中に接触をするのが一番の目的ではあるんですが」
ハザマは説明する。
「それ以外に、そうした能力の持ち主が居た場合、おれのやっていることの意味に気づいていずれはなんらかの動きを見せるだろうと、そうも思っていました」
「それで、今まではなにか動きがあったのですか?」
ヘムレニー猊下がハザマに訊ねた。
「それに、仮に不審な動きをする者が居たとして、そうした動きをする者を見張り、捕まえる人は手配していたのですか?」
「まさか」
ハザマは芝居がかった動作で両手を広げた。
「今のおれは、帝国に保護されている身ですよ。
二十万都市のすっぽりと覆うような監視網を構築するような権限は持っていませんよ」
「ではなぜ!」
ガグルバイド伯爵が身を乗り出した。
「それではまるで、意味がないではありませんか!」
「さて、それはどうでしょうか?」
ヘムレニー猊下は首を傾げた。
「ハザマ男爵ほどのお人がそんな意味のないことをするとは思えません。
そうした監視網を構築していないとすれば、それは構築する意味がないから。
つまり、その能力者らしい人物にすでに目星をつけているからなのではないでしょうか?」
「流石は猊下」
ハザマは目を見開いて感嘆した。
「お見通しでしたか。
さらにいえば、猊下がこうしてこの場所においでになったことで、その人物はさらに追い込まれたと思い込むはずです。
ときに猊下。
猊下はこちらにいらっしゃったことを、どれほどの人間に知らせておりますか?」
「こちらへは独断で来ましたからね」
ヘムレニー猊下は平静な声で答えた。
「おそらくは、教団内部の者も含めて、ほとんど気づいている者はいないでしょう」
「独断で!」
思わず、といった感じで、ガグルバイド伯爵が声をあげる。
「あ、失礼。
それでは、へムレニー猊下は周囲の者はなにも告げずに、単独でこちらにいらしたというのですか?」
「特に珍しいことでもないのですよ」
ヘムレニー猊下はそういってガグルバイド伯爵に微笑みかける。
「常に教団の者に囲まれていては、お互いに気まずいこともありますし。
それにこう見えてもわたくし、転移魔法くらいは心得ておりますし」
「いえ、そういうことではなくて、ですね」
ガグルバイド伯爵はいささか動揺した様子で続ける。
「護衛とかは、伴っていないのですか?」
「いっちゃあなんだけど」
ぼつり、という感じでハザマがこぼした。
「この中では、このヘムレニー猊下が一番強いと思うよ。
というか、この地上になんらかの形でヘムレニー猊下を傷つけられるような、そんな存在が居るとも思えない」
なぜそんなことをハザマが判断できるのかというと、このヘムレニー猊下に会ったときから、バジルがしきりにこの女性に強い食欲を感じているからだった。
それも、前にも後にも例がないないほどに。
バジルは位階の高い存在ほど、食べたがる。
そしてハザマの経験からいえば、位階が高い存在とは、つまり、それだけ手強い存在であった。
ゆえに、このヘムレニー猊下は、これまでハザマが出会ったどんな存在よりも強い。
ハザマは、そう確信していた。
「それはかいかぶりというものですわ」
ヘムレニー猊下はそういって艶やかな笑みを見せた。
「多少、護身の方法については心得があるのは確かですけど。
それに、特に加護持ちや魔法使い、その他の特殊な能力の持ち主を相手に想定した、特殊な技術を長い期間かけて研鑽している人たちもこの大陸には存在するのですよ」
「それは、つまり」
ハザマは反射的に訊ねていた。
「魔法か体術か知らないが、後天的な技術の力だけで猊下のような方にも対抗できる者も存在する、ということなのでしょうか?」
「聞いたことがあります」
ヘムレニー猊下が答えるよりも先に、ガグルバイド伯爵がいった。
「光帝の時代から代々超絶の存在ばかりを狩り続けいる、封魔のゴウド家とか。
ですがあれは、架空の伝説ではなかったのですか」
「残念なことに、そのゴウド家の人々は実在します」
ヘムレニー猊下はそう断言する。
「その活躍が目撃される機会が少ないので、あやふやな伝聞ばかりが伝わっているようですが。
しかし彼らの存在と磨き抜かれた技の威力は、否定しようもありません」
「光帝の時代から、って」
ハザマはそういったきり、絶句してしまう。
「光帝って、五万年前の人物だっていうじゃないですか。
話半分と考えても、万年単位の時間をかけてなんらかの技を磨いてきたことになる」
「なんらかの技、というよりも、魔法とか体術、武術などが複雑に入り組んだ、特殊な戦闘用の技術体系と見なす方がわかりやすいかも知れませんが」
ヘムレニー猊下はハザマに説明をした。
「そういった技術を門外不出にしたまま代々受け継いできて、彼らが邪悪と見なした存在を続々と狩り続けてきた一族は実在します。
また、その一族を敵に回したら、わたくしなんてひとたまりもありません」
「そこまでですか」
ハザマは、驚くのを通り越して呆れてしまった。
このヘムレニー猊下をしてそこまでいわせる存在。
この世界は広いな、と、ハザマは思う。
できればそんなのとは関わり合いになりたくないな、とも、思った。
ヘムレニー猊下は、夜が明けてから改めて再訪するといい残して転移魔法で姿を消し、その夜は解散した。
そして翌朝、いつものように宿の食堂で顔を合わせたハザマとガグルバイド伯爵は、挨拶してから同じ食卓を囲む。
宿屋の女将さんが、パンと深皿に盛った煮込みの簡素な朝食を二人の前に置いた。
「あれ?
昨日、おれの部屋までお客さんを案内してくれた子はいないの?」
ハザマが女将さんにそう声をかける。
「…………ああ、あの子ね。
最近になって口入れ屋の紹介で使ってみた子なんだけど、急に都合が悪くなったとかでね。
朝早くに辞めてどこかに姿を消したのよ」
「ああ、なるほど」
ハザマはなにかに納得をしたような表情で頷いた。
「そう動くのか」
「その女中がどうかしたのですか?」
ガグルバイド伯爵はハザマにそうお問いかけてから、香茶の入った茶碗を傾ける。
「気づきませんでしたか」
ハザマがなんでもないような口調でそういったので、ガグルバイド伯爵はあやうく口に含んだ香茶を吹き出すところだった。
「彼女、ここに来た初日におれたちがオル貝を食べた居酒屋で、給仕をやっていた子です。
さらにいえば、おれは目撃していませんが、おれが最初に気絶したときにおれを襲ってきた仮面の女と同一人物だと思います。
昨夜、おれたちの話に聞き耳を立てていて、なにかしらの決断したというところでしょう」




