予想外の訪問者
「一番激しい動きがあったのは、魔法関連ですね」
ガグルバイド伯爵はそう続けた。
「例のズダム氏による魔力を譲渡する術式を帝国が抱えている魔法学者たちに解析して貰って、ハザマ男爵がおっしゃっていた魔力を貯蔵する方法を模索しているとのことです。
これが成功すれば、かなり画期的なことになりますし、その後に生じる影響もかなり大きくなるはずです」
「でしょうねえ」
ハザマは頷いた。
「魔法を直に扱う者と魔力を提供する者とが完全に分離できるわけですから」
この世界の魔法は、他の多くの技術と同じく、複雑な術式になるほど専門性が高くなる。
しかし、魔法に関する知識がある者が常に多くの魔力を体内に蓄えられるとは限らない。
ひとりの術者がどれほどの大規模な魔法を行使できるのかは、その知識とは別に体質に依存するところが大きかった。
外付けで魔力を貯蔵できるようになると、少なくとも従来ボトルネックとなっていた「魔力の多寡」という制約は意味をなさなくなる。
条件さえ整えてやれば、魔力の少ない魔法使いも膨大な魔力を消費する魔法を連続して行使することが可能になるのだった。
これが実現すれば、軍事や経済に与えるインパクトはかなり大きいだろう。
と、ハザマは考える。
とはいえ、ハザマの発想の元は、
「転移魔法がもっと気軽に使えるようになったら便利だな」
ということだったが。
ハザマを遠く離れた洋上へと強制的に転移をさせた、ステラシュスが使用した術札とかいうアイテム。
ああいった道具がもっと低廉なコストで製造できるようになれば、長距離の移動はもっと便利になるはずである。
仮に魔力の貯蔵方法が技術と確立したとしても、その魔力はどこからかかき集めなければならないわけで、人件費などは相応に必要となるはずであったが、それでもその術札とかいうアイテムさえ用意しておけば魔法の素人でも高度な魔法を使えるようになるという事実は、かなり画期的なことであるはずだった。
「ところで、ズダム氏って誰?」
ハザマはふと頭に思い浮かんだ疑問を口にした。
「あなたが連れてきた、海賊船の船医であった人物です」
ガグルバイド伯爵は即答する。
「報告によると、酒さえたっぷりと与えておけば協力的なようですよ。
飲みすぎていないときは」
「飲みすぎて使えなくなる前に、重要なことはすべて聞き出しておくべきだな」
「その辺のことは、こちらも心得ております。
それと、魚人たちの扱いについてですが……」
「そちらも進展がありましたか?」
「その全てを帝国臣民として扱う、となると抵抗や摩擦がどうしても大きくなります。
そのためどうしても個別に意思を確認した上で問題がないと判断された者だけに限定されますが、適正な賃金を支払ってしかるべき仕事を任せるような仕組みを整えはじめました。
帝国の版図においても、海中でおこなわれるような事業は意外に多いもので、仕事に事欠くことはないだろう、とのことです」
「意外と柔軟な対応ですね」
ハザマはしきりに頷いて、そう感想を漏らした。
「帝国っていうから、国の規模からいってももっと動きが鈍いかと思っていましたが」
「今回の件についていえば、あくまで試験的にごく一部の地域で運用してみるだけことです」
ガグルバイド伯爵はいった。
「法整備や魚人や異族の権利面での問題など、理念面での検討はまだまだこれから手を付けるわけですし。
それに、多くの人間は魚人や異族に対して拭いがたい偏見を持っています。
本当に大変なのは、むしろこれからでしょう」
「それでも、帝国が動いてくれた、前例を作ってくれようとしているという意味は、決して少なくはないはずです」
ハザマはいった。
「帝国でそのような動きがあれば、他の国々もそのあとを追いやすくなるでしょうし」
「そううまくいくといいのですけどね」
ガグルバイド伯爵は、ハザマの言葉に頷く。
「この件に関して、これ以降は実際にやってみないとどうなるかは予測できません」
異族問題は、なにかと扱いが面倒なのだ。
というのは、その異族によって相応の被害を、親族や血族を亡くした者たちが相応に存在し、宥和政策を進めようとしても根強い反対にあうことが常だった。
かといって、根絶や排除政策を推し進めようとすると、今度は膨大な、それこそ非現実的なほどの軍事費を捻出する必要が出てくる。
結局、中庸といえば聞こえはいいが、腫れ物を扱うように、できるだけ触れないような扱いになるしかない。
ハザマは魚人たちを焚きつけ、彼らの海上と海中での優位性を改めて強調することで、帝国史の中でも永遠の課題とされた異族問題に対して一応の解決方法を示したことになる。
もちろん、これはあくまで異族の中でもごく一部の魚人たちの、さらにごく一部の者たちにのみ当てはめることができる解決方法であったが、これが長く続いた異族問題を解決するための突破口となる可能性は、それなりに存在した。
そしてこのことは、魔力の貯蔵技術の開発に負けず劣らず、帝国に大きな影響を与えかねない。
さて、このハザマ男爵は。
のほほんとした様子のハザマの顔を見ながら、ガグルバイド伯爵はそんなことを思う。
どこまで、自分が提示したことの重要さを自覚しているものか。
「最後に、捕縛した海賊たちの扱いについてですが」
ガグルバイド伯爵は続ける。
「ハザマ男爵が提案した通り、縛り首にはせずにそのまま飼い殺しに近い扱いをすることになりました」
「契約魔法によって行動を厳重に縛った上で、死ぬまでただ働きですか」
ハザマはそういって肩をすくめた。
「ま、それでも、縛り首になるよりは数段マシ、だよなあ」
「契約魔法を手配したりなんだりで余計な費用がかかることになりますが、その分働いてもらうことにします」
ガグルバイド伯爵もハザマに倣って肩をすくめる。
「面倒なのであまりやりませんが、まるっきり前例がないわけでもありませんしね。
それに、あとの二つに比べると周囲へ与える影響もほとんどありませんので、現地の司法機関でも比較的簡単に決議されたようです」
一応ハザマは、大亀まで便乗してきた海賊船の乗組員たちに、
「できるだけ穏便な扱いになるように口を効いてやる」
といって意味のことを約束してきている。
とはいえ、ハザマとて帝国の法や決定になんらかの影響力を持っているわけでもなかったので、本当に「とりあえず、いってみるだけ」のつもりだったわけだが、予想外にそれが奏効した形であった。
そしてこれは、ガグルバイド伯爵も指摘をした通り、あくまでその場だけの、あとに影響力を与えるような種類の決定ではないのだろうな、と、ハザマも思う。
大亀に集まっていた海賊関係者はかなりの人数になるはずであったが、帝国の規模を考えるとごくごく一部の海域での取り締まりに過ぎないであろうし。
今回の決定も、一回限りの特例扱いなのだろう、と、ハザマはそう予想をする。
「今回の便りではそこまでのことしか書かれていませんが……」
ガグルバイド伯爵はそういいかけたとき、部屋の扉が控えめにノックされた。
腰を浮かしかけたガグルバイド伯爵を手で制して、ハザマが扉をあけると、宿屋の使用人が立っていて、
「お客様に、お客様が来ておりますが」
という。
「ええと、おれに客ってこと?」
ハザマが確認すると、
「ええ、ええ。
そういうことです」
と頷く。
「若くてきれいな、女性の方ですよ」
「……間違いじゃないのか?」
ガグルバイド伯爵の方を振り返って、ハザマがいった。
「そもそもおれは、このエンテアに知り合いは居ないはずだし」
「その客人とやらの正体は、通して貰えばわかりますよ」
剣の柄を握りながら、ガグルバイド伯爵がいった。
そして、宿屋の使用人にむかって、
「その方を、通してください」
と告げる。
ハザマも特に異論があるわけでもなかったので、そのまま使用人の背中を見送った。
「おれが気を失っていたときに来たとかいう、刺客の可能性があると思う?」
「若干は、あるでしょう」
ハザマが訊ねると、ガグルバイド伯爵は頷いた。
「そもそも襲う対象について案内を乞うて、正面から訪ねてくる刺客というのも前代未聞ですが」
白昼堂々、こちらのいうことに耳も貸さずに仮面姿で突撃してくるような相手である。
どんな非常識なことをやらかしても不思議ではない、と、ガグルバイド伯爵は思っていた。
「おひさしぶりになりますねえ」
しかし、ガグルバイド伯爵の予想を裏切って、やってきた客人はあの襲撃者ではなかった。
そういってハザマに愛想よく挨拶をしてきたのはガグルバイド伯爵の知らない若い女性で、しかも、どうしたことか見慣れた神官服を着ている。
「ああ、本当にいらっしゃったのですか」
ハザマはその若い女性を見て表情を緩めた。
「この土地の管区長にそれとなく示唆しておいたのが、うまく伝わっていたようでなによりです」
「ハザマ男爵」
表情を引き締めたガグルバイド伯爵がハザマに声をかけた。
「この方は?」
「ああ。
ぜんぜん、怪しい人ではありませんよ」
ハザマはガグルバイド伯爵の方に向き直って、その女性を紹介する。
「その逆に、これ以上身元がはっきりしている人も珍しい。
ヘムレニー教団の教主様、生き神様であらせられるヘムレニー猊下をご紹介します」




