区間長との対話
「…………その異変とは、われらエンテラの民が外界の変化に対応する際に、少し間が空くことを指しているのですか?」
区間長はいった。
やはり、気づいていたか。
と、ハザマは思う。
このエンテラの中に居て、その中だけで完結した生活をしている者たちはかえって気が付かないかも知れない。
しかし、この区間長のように、外部の人間と連絡を取る機会が多い立場の者は、そうした異変に気が付かないわけがないのだった。
「そうです」
頷いてから、ハザマは続ける。
「実はおれは、皇帝陛下から直々にその異変の原因究明と、それに解決をするように命じられて動いている最中なのです。
原因など、思い当たることがあればなんでも教えていただければ助かります」
「…………そう、いわれましても」
区間長は弱々しい笑みをうかべて、ゆっくりと首を横に振った。
「なにしろ、このような異変は前例というものがありませんからね。
原因といっても、なにがどうしてこうなっているのやら」
「こうなる前とかに、この周辺でなんらかの変事とかはありませんでしたか?
地震があったとか近くに雷が落ちたとか、周辺の動物が一斉に騒ぎ出したとか、魚がかからなくなったとか」
そんな自然現象でこんな異変が起こるわけがないということはハザマ自身が一番よく知っていた。
が、それでもこうした異変が起こるのには、なんらかのきっかけはあったのではないか。
なんでもいいからそうした情報をこの区間長から引き出したいがために、ハザマはあえてそうした例を出してみた。
「…………さて。
そのようにいわれましても」
区間長は、困惑顔でさらに首を傾げる。
「そのような前兆は、特になかったように思います。
なにかあれば、憶えているはずなのですが」
その表情や挙動から見ても、特にとぼけているようにも思えない。
それに、別口に同じような質問をぶつけてみればわかることだしな、と、ハザマは思った。
「この異変について、ヘムレニー猊下はすでにご存知なのですか?」
ハザマは別の質問をぶつけてみた。
「もしご存知であれば、ヘムレニー猊下はこの異変についてどのようにおっしゃっていたのか、お聞きしておきたい」
「…………ヘムレニー猊下はすでにご存じです。
このわたしが、報告をいたしました」
これについては、区間長ははっきりと答えた。
「この異変について、ヘムレニー猊下は、不思議なこともあるものですね。
そのままにしておけば、いずれ元に戻ることもあるかも知れません、としかおっしゃっていなかったように思います」
それが嘘でなければ、ヘムレニー猊下はこの異変をあまり深刻なものだとは認識していないこと、それに、放置しておけば元に戻る可能性があると考えていることになる。
さて、あの猊下は、この異変とその原因について、どこまで把握をしているのか。
あるいは、なにも知らないまま、この区間長を不安にさせないために適当なことをいっただけなのか。
ハザマには、どちらとも判断をすることができなかった。
「こちらの寺院は、ハザマ領と直接連絡ができる通信施設が存在しますか?」
ハザマはまた、別の質問をぶつけてみた。
「…………通信網の存在については知らされていますが、その通信網自体はまだ当地まで届いておりません」
この質問についても、区間長は即答してくれた。
「教団の中央とは、数日に一度の割合で転移魔法が使える使者が行き来をして連絡を取っております」
別に不自然な点はなく、区間長にしてみても隠す意味がないから素直に教えてくれるのだろうな、と、ハザマは思った。
これも、周囲に裏を取ればすぐに真偽がはっきりするような質問であったので、そもそも嘘をつくだけ無駄なのだ。
「あなたがこの異変の存在に気づいたのはいつですか?」
ハザマは、続けて質問をした。
「…………さて。
あれはもう、二十日ほど前になりましょうか。
教団中央からやってきた使者の方から、返答が遅れると指摘をされたのが最初になるかと思います」
ハザマは横に居たガグルバイド伯爵に確認をすると、ガグルバイド伯爵は頷いてからこういった。
「帝国が異変に気づいたのも、その前後になるはずです」
「これが最後の質問です」
これ以上、この区間長に訊ねるべきことはないな、とハザマは判断した。
「このエンテラで、他にこの異変に気づいている人は居ますか?」
「…………さて。
気づいているといえば、大方の住人は気がついているようにも思いますが」
区間長は首を傾げつつ、そういった。
「なにしろ、住人全員に等しく生じた変化になりますからね。
しかし、そういうものであるとあらかじめわかっていれば、大きな事故も起こりません。
それで、誰もが改めて騒いでいないのでしょう」
異変にはほとんどの住人が気づいているのだが、日常生活に支障がないから放置しているというわけか。
随分と呑気な気もするが、原因も対策も不明ということならば、そんなもんなのかも知れない。
「いきなり押しかけた上、いろいろとおかしなことばかり訊ねて申し訳ありませんでした」
ハザマは区間長に迷惑をかけたことを詫た。
「ヘムレニー猊下にも、このハザマが感謝をしていたとお伝え下さい」
「…………猊下に、ですか?」
「ええ、是非に」
ハザマはそういって区間長の元を辞した。
「場合によっては、猊下とヘムレニーの神様に改めてご協力をお願いに来るかも知れませんので」
「なにかわかりそうですか?」
「まったくわからんということがわかりました」
ヘムレニー教団の寺院を出たハザマとガグルバイド伯爵はそんなことをいいあいながら、道を歩いていた。
「っていうか、ヒントがなさすぎますよ、これ」
「ヒント、ですか?」
「あー。
手がかり、ですね」
問い返されて、ハザマは慌てていい直す。
「不明なことばかりで取っ掛かりがない、どこから手を付けたらいいのやら、よくわからないってのが正直なところで……」
いいかけて、ハザマはすぐ横を通り過ぎていった馬車を注視して言葉が途切れる。
「どうかしましたか?」
「いや、動物」
ハザマは足を止めていった。
「人間以外の動物にも、この異変は及んでいるのですか?」
「さて」
ガグルバイド伯爵は首を捻った。
「そのような報告は、受けておりませんね。
人間以外の動物、例えば馬などにも同じような変化があったとしたら、今頃このエンテラの内外では事故が頻発して、馬車や乗馬の使用は禁止されているのではないでしょうか?」
「そう、そのはずですよね」
ハザマはガグルバイド伯爵の言葉に頷いた。
「そうなってりゃ、もっと大騒ぎになっているはずだ。
さっきの区間長もその他の住人も、あれほど鷹揚に構えているのは今のところこの異変が深刻な被害をもたらすものではないと理解しているからで。
っと、待てよ。
人間以外の、例えば異族とかがこのエンテラに居たとしたら、異変の影響を受けているんだろうか?」
「さて、どうでしょうね」
ガグルバイド伯爵はハザマが漏らした問いに答えた。
「このエンテラは、その周辺のかなり広大な地域も含めて完全に人間の土地です。
その中で異族の存在を捜し出すだけでも一苦労でしょう」
確認のしようがない、というわけか。
ハザマは、そんなことを考える。
どうも、このあたりにこの異変の根本的な問題、本質が隠されているような、そんな予感がした。
ハザマが他に行く宛を思いつかない、といったので、ハザマたちは市場から少し外れたところにある店に入った。
居酒屋と茶店を兼ねたような店で、地元の漁師たちなどが常連になっているらしく、かなり繁盛している。
店の外にもテーブルを出しており、ハザマの感覚でいえば食堂というよりはカフェかバルに近い雰囲気の店であるらしい。
「こういう適度に騒がしい店のほうがかえって内密なはなしをし易いでしょう」
と、この店を選んだガグルバイド伯爵がいった。
「それに、漁師が贔屓にしているようなら、味の方も問題がないでしょうし」
「まあ、そうっすね」
今回の件について考えていたハザマは、気のない返事をする。
二人は空いていた野外のテーブル席に座る。
「なにか軽くつまめるものと、適当な香茶を頼む」
ガグルバイド伯爵は通りかかった若い娘の店員にそう声をかけた。
「…………お客さん、帝国から来た方ですか?」
店員の娘はガグルバイド伯爵に値踏みでもするかのような視線をさっと走らせてからいった。
「ちょうど今朝、新鮮なオル貝が入ったところです。
それの酒蒸しなどいかがでしょうか?」
「それでいい」
ガグルバイド伯爵は店員の娘にそういって手を振った。
「料理を持ってきたらしばらく放っておいてくれ」
さて、と、ハザマは考える。
今、ハザマが考えていることを、このガグルバイド伯爵にも理解できる形で説明をするためには、どういう手順を踏むべきか。
「ガグルバイド伯爵」
少し考えた末、ハザマはそう切り出した。
「おれの、いや、バジルの能力についてはどの程度理解していますか?」
「他者の動きを止めるとかいう、あれのことですか?」
ガグルバイド伯爵の反応は早かった。
「あれはハザマ男爵の加護の力ではなく、本当にそのトカゲの能力なのですか?」
「おれはそうだと思っています」
ハザマはいった。
「おれが使おうと思っていないときにも、発動をすることがありますから」
現にハザマは、そのおかげで何度も命を救われていた。




