領主代行の仕事
王国貴族たちがそれぞれの思惑に従って動き、遠く離れたある場所では突如洋上に放り出されたハザマがどうにか名もない孤島に自力で泳ぎ着き、爆睡をしていたその頃、ハザマ領の領主代行であるリンザはひたすら業務に追われていた。
領主であるハザマが不在になったことによって派生をした諸々の問題、ではなく、ごく日常的な業務全般が今朝からかいきなり処理しきれなくなったのだ。
具体的にいうと、領主あてに届いた嘆願書や企画書など、定型的な対応をするだけでは済まない、より詳細な調査や考察を経た上で結論をくだす類の案件がどんどん積みあがっていく。
これまでこうした案件はどうしていたのかというと、ハザマの指示に従ってリンザなり他の領主室直属の職員が必要に応じて該当部署にまで出向して現地で様子を確認した上で不足していた情報を補い、最終的にハザマがその補足情報に従ってなんらかの処理をしていたわけだが、その身軽に現地に飛べる人員が目下のところ圧倒的に不足している。
いや、実質、皆無に等しい。
半数以上の者が領外に出ていき、領主室に残った者たちも新たに補充された者たちに業務内容を教えながら通常の定型処理をおこなうのが手一杯であった。
これにより、すぐに洞窟衆全般の動きが硬直化するということもないのだが、なにかと小回りが効く組織運用も洞窟衆の売りであり、このまま長く放置するよりは早めになんらかの対処を施しておいた方がいい。
そう判断したリンザはすぐに人材育成部門のルアに相談することにした。
『といわれても、右から左へ出せるものではないですよ』
人材育成部門のルアは、ため息混じりにそういった。
『そこそこ使える人材というものは』
「わかってます」
リンザは真面目な表情で頷く。
「今朝のうちに大人数を融通して貰ったばかりですし。
ですけど、このまま放置しておけば洞窟衆全体の動きが鈍くなります。
領主不在のこの時期に洞窟衆が弱体化をすれば、外部勢力はそれをつけ入る隙であると見なすでしょう」
リンザとしては、ハザマが帰還してくるそのときまで洞窟衆の現状を維持することを自分の仕事だと、そのように思い定めていた。
『これをいい機会にと手を抜くのは嫌いですか?』
「好き嫌いというよりも、わざわざ領主へ訴え出るということはそれだけ困ったことがなにかしら起きているわけで」
リンザはゆっくりとした口調で説明をする。
「それを長く放置しておくことはできません」
『苦労性なのですね』
ルアの声が柔らかくなった気がした。
『すぐに使えるのかどうかはわかりませんが、基本的な事務処理ができて頭が回る若者に声をかけて集めて見ましょう』
具体的な実務処理についてはそちらで働かせながらおぼえさせろ、というわけであった。
要するに、「筋はいいが半人前」的な人材を手配がつく限り大量に送ってくれるわけである。
「よろしくお願いします」
それでもリンザは本心から素直に礼を述べた。
『その代わり、財務の方にもっと予算を寄越せといっておいてください』
「足りませんか?」
『要求されている仕事と比べると、ね』
ルアは素っ気ない口調でいった。
『確かにうちは他の部門と比べるとすぐに利益をあげられるような部署ではないんだけど。
それでもこれから将来にかけては洞窟衆全体の基幹部門にもなり得ると思う。
でも、タマルちゃんはどうもそういう想像力があまりない見たいね』
柔らかい口調だったが、かなり鬱憤が溜まっているようだった。
確かにタマルは、直接利益を生まない部署を冷遇する傾向がある。
「そちらについては、なんとか改善するように働きかけてみましょう」
リンザはいった。
「具体的にいつまで、とか言明できないのが心苦しいですが」
『そういってくれるだけでも助かる。
あまり期待しないで朗報を待っているわ』
そういって、ルアは通信を切った。
各部門に対して配布される予算を決める権限などリンザにないことは、リンザ自身もルアにもわかっている。
ただリンザは領主であるハザマに諸々のことを直接提案することができたし、それにハザマ自身が教育問題に強い関心を持っていることも知っていた。
ハザマが帰還して来たならば、ルアが指摘をした問題が改善される可能性はかなり高いだろうと、リンザはそう予測をする。
それにしても。
リンザはそっとため息をつく。
ハザマ一人が抜けるだけで、領主室の動きがここまで鈍くなるとは。
ガンディード将軍の要求に応じるために領主室の人員を大量に送ったことを割り引いても、領主直属班の動きは予想以上に鈍くなっている。
判断をくだす者がいないと、こんなものか。
とも思った。
そもそも、わざわざ領主宛に送られて来る案件なのだから、その大半はなんらかの、独自の判断を必要としているわけであり、型通りに領主印をついておけばそれでうまく収まるような案件はかなり少ない。
おまけに、その手の定形外の案件は書類を書く側も慣れていないので、書類自体に不備があったり、様式としては間違いがなくとも書かれている内容が一方的で改めて周辺情報を調べてからでないと迂闊に判断ができない場合がほとんどなのである。
ハザマが居たときは、そうした不備のある書類を仕分して再提出させたり人を出して現地の事情を調べさせる仕事はだいたいリンザ自身がしていたわけだが、そうしてあがってきた案件に対して、ハザマは書類を一瞥してその場でどう処理をするのか口にすることがほとんどであった。
そうした様子を目の当たりにしていたリンザは、
「そんなに即断をして大丈夫なのか?」
とか疑問に思っていたわけだが、いざ自分がこの立場になってみると、どんどん即断していかなくては決裁を必要とする案件が溜まっていく一方だということに気がついた。
いや、より正確にいうのならば、最初からそれなりに認識してはいたのだがこうして領主室の機能が半ば麻痺をしはじめて、改めて普段ハザマが捌いている案件の多さに気づかされた。
これは、洞窟衆という組織がそれだけ多様な仕事を請け負う巨大な組織になったということでもあり、ハザマが不在になったことにより、リンザも改めてその認識を新たにしたわけであった。
道理で、いくら勧めてもハザマ自身は休暇を取りたがらなかったわけだ。
一日領主としての仕事をしなければそれだけ決裁を必要とする案件が溜まっていくわけであり、なんらかの事情で断りきれずに領主室を開けるときもハザマは通信などを介して重要な案件は早めに片づけるようにしていた。
でもそれも、量的な意味でそろそろ限界なのではないか。
現在、こうした局面に遭遇してリンザはそう思いはじめる。
でもまずは、目の前の仕事をどうにかしなければ。
「早速ですが、今からいう場所に移動して聞き取り調査をしてきてください」
いくらもしないうちに新たに領主室にやって来た者たちにむけて、リンザは仕事の内容を説明する。
「領主に宛てられた書類、多くはなんらかの状況を改善するための訴状になるわけですが、そうした訴状を書く人間が必ず正直であるとは限りません。
また、その手の書類を書き慣れていないために言葉が足りないだけの場合もあります。
周辺の情報を確認し、その上で改善策を考えるなりその場で解決ができるのであれば独断で解決して貰っても構いません。
ただし、その途中でこまめに書面による報告を提出して、なんらかの行動を起こす場合はその前にこちらに判断をあおぎその指示に従ってください」
リンザはハザマ不在の現在の状況を、非常事態であると認識している。
外部勢力からの働きかけがなかったと仮定しても、ここで判断や対応を誤れば洞窟衆という組織が内部から崩壊していきかねない、とも。
こうした状況を打開すべく、まずリンザはこうして領主室直属の調査班を設けてみた。
領主室に届く訴状の多くは、結局のところ、各部門の現場の者だけでは解決できない問題であり、より多くの人手や資金を要求したり、あるいは他の部門との紛争や摩擦の調停を求めるものであったりする。
そしてそうした問題のほとんどは、事実関係を仔細に調べさえすれば、別にハザマでなくてもなんらかの裁定をくだすことができるはずであった。
領主代行として、リンザにはその程度の権限は与えられていたはずである。
ただ、これまではその権限を行使する機会がなかっただけで。
ともあれ、現在、領主直属班の人員がほとんど仕事に不慣れであることを理由に、リンザはこれまで領主室の内勤と兼任していた現地調査業務を改めて分業して、専門で調査業務のみをおこなう班を設けることにした。
人手に困っている今、どうせ新しく仕事をおぼえるのならば、あらかじめ狭い範囲に仕事を限定しておいた方が効率がいいと、そう思ったのだ。
これと並行して、リンザは各部門の代表者たちに声をかけ、各部門の権限を拡大した上で、その部門内で、あるいは関係する部門間だけで解決できる問題はできるだけ領主室に持ちかけないようにしてくれと要求し、意見調整を開始した。
これについては各部門それぞれに思惑があり、その場ですぐに結論が出るわけでもなかったが、それでも基本的には各部門の独立性がそれだけ強くなるわけであり、各部門にとっても決して悪いはなしではない。
結果としてこれまでよりも自由に動けるようになるわけで、少なくとも表だって反対を表明する者はいなかった。
こうした提案とともに、リンザは財務部門のタマルに声をかけ、もっと人材育成部門の予算を多く支給しておいて欲しいとお願いをした。
「確かに短期的に利益を生む部門ではないかも知れませんが」
リンザはいった。
「この人材育成部門が機能をしなくなると、これからの洞窟衆の活動全般が硬直化し、麻痺していくと思います。
より多くの有為の人材を育てるための投資だと思って、ここでは無理を聞いて貰えませんか?」
あらかじめ用意をしていた書類を見せながら、リンザはそういってタマルを口説いた。
「前月比二倍以上の人材を使えるところにまで育てて送り出しているのですか!」
その書類に目を通し、タマルは驚きの声をあげた。
「教導役の人が増えたり慣れたりして効率があがっているようです」
リンザは冷静な声でいった。
「それでもまだまだ洞窟衆が必要とする人材は行き渡っていません。
せめて教材や教える場所の不足くらいは解消してあげたいのですが」




