その都市の名は
グラウデウス公爵はマヌダルク姫がいったことをよく考えてみる。
ハザマ男爵は、形の上だけということならばともかく、本心から王国に対して忠誠を誓っているわけでも服従しているわけでもない。
そのハザマ男爵が率いる洞窟衆は、今やハザマ男爵の存在を抜きにしても無視できない影響力を持つに至っている。
要するに、今の洞窟衆を甘く見て余計な手出しをするなと、そう釘を刺された形であった。
マヌダルク姫の主張するところを簡単にまとめれば、
「洞窟衆は王国の指図をやすやすと受けるほどに甘い存在ではない」
ということになる。
「肝に銘じておきますよ」
グラウデウス公爵はいった。
「確かに洞窟衆が、前例のない組織であることは確かであるわけですし」
だからといって、グラウデウス公爵の立場としては、このまま放置しておくわけにもいかないのだが。
グラウデウス公爵は現在の王国の体制が盤石であることこそを望んでいる。
このまま洞窟衆の影響力が増すことは、決して好ましいとは思っていなかった。
王国の一地方領としてのハザマ領が栄えることはむしろ望むところなにだが、その範囲を超えて、王国の下部組織とはいえない洞窟衆が発展していくことは必ずしも望ましいとはいえない。
マヌダルク姫が主張をする内容には、確かに大きな間違いはないだろう。
多少は身贔屓で洞窟衆側に都合よく物事を解釈している部分があるのかも知れないが、それを割り引いても本質的な部分を見極める目は持っている人物である。
その、はずであった。
また、この場でマヌダルク姫がその場凌ぎの嘘を口にする可能性も極めて少ない。
グラウデウス公爵にしてみれば、マヌダルク姫の発言した内容について裏とり、事実関係を検証することなぞ造作もないのである。
そしてその事実は、マヌダルク姫も弁えている。
その、はずであった。
つまり、細かい思い違いなどがある可能性はあるにせよ、マヌダルク姫が主張する内容に間違いはない。
そのように見なしてもいい。
だとすれば。
「このハザマ領ではせいぜい見聞を広げて、可能な限り実のある内容を持ち帰りたいところですな」
そういってから、グラウデウス公爵は、
「あとの予定も控えておりますので、そろそろこの場から失礼をさせていただきます」
と、席を立つ。
このあと、グラウデウス公爵の予定が詰まっているのは紛れもない事実であった。
「最後にもうひとつだけ」
席を立ったマヌダルク姫がいった。
「商用地区と再開発地区。
最終的には、このふたつは併合してひとつの都市部として機能をする予定となっています」
「そうでしょうな」
グラウデウス公爵は軽く頷いた。
そもそも、両者は隣接した場所なのだ。
現在は便宜上、別の名で呼ばれているものの、再開発地区の普請が一段落したら、そもそも区別をする意味がない。
「この両者を併せた都市にハザマ男爵がなんと名づけたのか、公爵様はおわかりになりますか?」
マヌダルク姫は笑みを浮かべながら、そう問いかけて来る。
「いえ」
グラウデウス公爵は軽く眉根を寄せた。
「皆目、見当がつきません」
あの奇妙な異邦人が思いつきそうなことなど、わかるわけがない。
グラウデウス公爵は、内心でそう思っていた。
「ハザマ男爵は、この都市の名をどうするのかと問われたとき、こう答えたそうです。
領都の方はバジルニアにしたから、そうだな、こっちの方は、ルシアニアとでも呼んでおけと。
規模としても対比としても、それで釣り合いが取れるだろうと」
ルシアニア。
明らかに、あの大ルシアナから取った名称であった。
規模とか対比とかいうことの意味は、グラウデウス公爵には理解できない。
そもそもグラウデウス公爵は、ハザマがいつも連れているトカゲの名前さえ知らないので、その部分については完全に意味不明であった。
しかし、この土地にルシアナの名を冠した大都市が出現する。
そのことの意味について、じんわりとグラウデウス公爵の脳裡に染みて来る。
征服者が征服した対象の名前をあえて地名として採用するのは、決して珍しいことではないのだが。
相手があのルシアナだとすると、おのずと別の意味も帯びて来る。
なんといってもルシアナという名は、存在は、長年敵対して来た王国に取っては大きな意味を持つ。
それにこれでは。
これではまるで、ハザマ男爵がそのルシアナの後継者であると、内外にそう誇示したがっているようではないか。
「ですから、そういう内容はあとで当事者同士でゆっくりと対話を重ねてください!」
アポリッテア姫は叫んだ。
「それともあなた方は、その内紛の調停をわれわれスデスラス王国に依頼するおつもりなのですか?」
アポリッテア姫の声が周囲に響くと、それまで立って激しく口論をしていた二人が、決まりの悪い表情をしながら不承不承、といった感じでどっかりと座りこむ。
同じ頃、スデスラス王国の王都では、アポリッテア姫主催による停戦交渉が進められていた。
ハザマが強制退場をさせられたり、ベズデア連合国家主席が自主的にこの会議を中座してしまったり、あるいはまた今現在ドラジア王国の王子とビゲジア国王とが現在進行のドラジア王国内の紛争について激論を交わしはじめたりするトラブルなどはあったものの、なんとか順調に進んでいる。
順調。
そう、順調。
これでも順調な方なのだ。
これだけ多くの国々の首脳部を集めた会議としては、多少のトラブルがあったとしても根本的な部分で破綻していないのだから。
アポリッテア姫としては、東西の大国、ベズデア連合とメレディアス王国からの干渉があることを一番に警戒していたわけだが、いざ蓋を開けてみればベズデア連合は分裂の危機、メレディラス王国の方もハザマの不在が原因となって洞窟衆を巡る大貴族同士の諍いが表面化しつつあるらしい。
少なくとも当分は、両国ともにこちらに注意をむける余裕がないようなので、アポリッテア姫のスデスラス王国としてはありがたかった。
スデスラス王国としてもこれからしばらくは外国の勢力との軍事衝突を避けて、穏便な状態で国内の復興事業に力を注ぎたいところではあるのだ。
それ自体は非常に喜ばしいことなのだが。
どんどん、先行きが見通せなくなるな。
と、アポリッテア姫は思う。
少し前まで、スデスラスやメレディラス、それにビゲジアといった国々は周辺でも大国とされ、その体制は盤石で揺るぎないものだと思われていた。
しかし今では、このスデスラス王国からして一度は瓦解しかけていたところをどうにか復興させる道筋をつけたところであり、他の二国にしてもこの先どうなるものなのか、先がひどく見通しにくくなっている。
これも一種の、乱世というものなのだろうか。
スデスラス王国がこうなるまで、この世がここまで不安定なものになるとは夢にも思わなかったアポリッテア姫は、そんなことを思う。
城の中しか知らなかったあの頃は、簡単に国が勃興をする乱世など昔語り中にしかないものだと思い込んでいたものだが。
いざ自分がその乱世物語の中の一登場人物になってみると、ここは思いのほか。
「面倒臭い」
アポリッテア姫は、誰にも聞き取れないような小声でそう呟いた。
なにをするにしても臣下の者に構想を語り、意見を聞き、ようやく説得に成功してみれば今度は膨大な書類に目を通して署名して、ようやくなにかをはじめることができる。
国家という巨大な組織を運営する以上、そうした煩雑な手続きは必須であり、むしろ国家の中枢に居る王族こそ規範としてそうした手続きに従わなくてはならない。
なにが悲しくてこんなに面倒な立場に自ら進んで立ちたいものか、と、アポリッテア姫は思う。
そういえはあの馬鹿、バイラド・ゴロジオのやつは進んで自分血族を根絶やしにして、ゴロジオの王位を簒奪したのだったか。
物好きなことだとアポリッテア姫などは思うのであるが、なにしろいろいろと他者とは違った基準で動いているバイラド・ゴロジオのことであるから、深く詮索し理解をしようとするだけ無駄な気もする。
ゴロジオ王国は絵に描いたような弱小国で、これまで独立を続けていられたのも、あまりにも地味が薄くその領土をわざわざ手間暇をかけて占拠する価値すらなかったからだといわれている。
氾濫しやすい河川が多く、農地が少なく、かといってその他の産業が発達しているわけでもない。
そのゴロジオ王国の出身者ならばともかく、他国の者にとってゴロジオ王国の国土は決して魅力的なものではなかった。
そんなゴロジオ王国の内部でどんな諍いがおき、誰が王位につこうがアポリッテア姫としても興味も関心もないのだが、どうやらこのままでいくとこのバイラド・ゴロジオがゴロジオ王国の王となる見通しが強い。
それはそれで、難儀なことだな、と、アポリッテア姫は本心からそう思う。
ステラシュスがハザマをああした一件からもわかる通り、馬鹿というやつはときとして想定外のことを仕出かして事態を無駄に混乱させることがある。
そのステラシュスの婚約者であるというバイラド・ゴロジオも、これまでの言動を見る限り紛れもない馬鹿であった。
すなわち、どういう動機でどういう行動を起こすのか、今ひとつ読み切れないところがある。
いかにゴロジオ王国のような弱小国といえども、仮にも一国の王位をその馬鹿に預けておくのは不安材料にしかならないのだが、かといって今のスデスラス王国にいかに弱小国といえども隣国に内政干渉をするだけの余裕はない。
解放軍側からは、
「バイラド王国に対しては膨大な賠償金を請求して、しばらく他国に余計な手出しができなくなるよう、牽制をしておく」
ことを提案され、アポリッテア姫はそのまま承認して実行をしいた。
ステラシュスが捕縛をされた直後ということこあり、いやそれ以前にその賠償金の金額について想像力が及んでいないだけなのか、バイラド・ゴロジオは驚くほどあっさりとその多額の賠償金支払いには合意した。




