半魚人と周辺の事情
海岸に居た半魚人たちと一度別れて、ハザマは島の内側へとむかう。
ここ数日、様子を見ていた結果、どんな種類の鳥がどの時間帯に現れるのか、ハザマはある程度把握していたのだ。
そうした鳥は種類ごとに群れを作り、おおよそ決まった時間帯、決まった場所で羽を休める傾向があり、ハザマもその習性をバジルの能力を使用して毎回、何羽か確保するために利用している。
今回の場合、その何羽かを数十羽に増やすだけの簡単なことだった。
しいていえば、確保した鳥すべてを海岸まで運ぶことが手間といえば手間であったが、それもハザマ自身が抱えるだけの荷物を抱えて何往復かすればいいだけのことだ。
ハザマには鳥の種類など詳細に判別するだけの素養などなかったが、白い羽毛でかなり大型の鳥、翼を広げると一メートル以上にはなる海鳥の群れがいつもの岩場にとまって休んでいた。
灰色の岩場の上に大量の白い鳥が居るので、ほとんど真っ白に見える。
千羽は超えていないが、数百羽は居そうな感じで、これだけ多ければこの中のほんの数十羽をここで捕らえても別に問題はないだろう、と、ハザマは判断した。
一度にあまり多く捕まえても、この場所を警戒して近寄らなくなる可能性があり、ハザマとしてもそれは避けたかったのだが、この島に立ち寄るのは別にこの群れだけでもないからな、と、そこは割り切ることにする。
周辺の情報を持ち、なおかつこの付近を縄張りとしている半魚人たちと有効な関係を築いておくことは、ハザマにとってもそれだけ重要だと判断したのだった。
かなり遠くからバジルの能力を全開にして群れに近寄っていき、動かない鳥を片っ端から抱えるだけの抱えてまた海岸まで戻っていく。
大型の鳥といっても、かさばるわりにはたいした重さにはならず、乱暴に両手に抱えるだけの抱え込めば十羽以上は運ぶことができた。
バジルの能力のおかげで途中で暴れるということもないので、持ちにくい荷物を運んでいるような気分になってくる。
その持ちにくい荷物は、動かないだけであり、しっかりと生きてはいたのだが。
十羽以上の鳥を抱えて先ほどの海岸まで戻ると、半魚人たちはまだ同じ場所で待っていた。
『もう来たのか』
どうやら先ほどハザマと会話を交わしたのと同じ半魚人らしい個体が、首だけを水面の上に出していった。
彼ら半魚人の言葉は、魔法の支援なしで聞くと、
「ぎゃぎゃっ!」
という鳴き声にしか聞こえない。
「おう、待たせたな」
ハザマはそう応じて、両手で抱えていた動かない鳥をその半魚人の前に落とす。
「とりあえず、これで十羽以上はあると思う。
これで足りなければ、追加でまた取って来る」
『こんなにか!』
交渉役の半魚人がいう間もなく、周囲の半魚人たちが水面に落ちた鳥たちを目掛けて、
「ぎゃっ! ぎゃっ!」
とか、鳴き声をあげながら群がり、激しい水飛沫があがった。
乱れた水面が一瞬にして朱に染まったところをみると、土産に持参した鳥たちはそのままおいしくいただかれてしまったらしい。
「どうやら足りないようだな」
そのがっつきように若干引き気味になりながら、ハザマはいった。
「それでは、もう何回か往復しておくわ」
そういい残して、ハザマは、返事を待たずに踵を返した。
どうやらこの半魚人たちにとって、鳥の肉はかなりのご馳走であるらしい。
そしてハザマにしてみれば、これくらいのことで恩を売れるのであればむしろ安いものだ、くらいに思っていた。
さらに三往復分の鳥を半魚人たちに貢いでから、ハザマは海辺に腰掛けて本格的に交渉役の半魚人から事情を聞くことにした。
まず半魚人たちの習性というか生態について、相手が隠さない範囲のことを聞いていく。
それによると彼らは海中の沖合で普通に繁殖している種族で、この群れ以外にも数えきれないくらいの群れが存在しているという。
群れ同士の交流はそれなりにあるのだが、あまり遠くの群れの事情はよくわからない。
発声器官の違いからヒトの言葉はほとんどしゃべれないが、ヒトの言葉を理解する知性はある。
しかし、陸地のヒトたちは半魚人たちを知性のある存在であるとは認めず、うまく騙して奴隷契約を結んで酷使することがままあるようだ。
もっとも、そのヒトの手口も今では半魚人たちの間でかなり広く知れ渡っているため、今ではやすやすと騙される者も少なくなっているそうだが。
「お前たちを奴隷にして、なにをやらせるんだ?」
説明の途中で、ハザマは口を挟んだ。
『櫂を漕がせる』
交渉役の半魚人は、手真似を交えて教えてくれる。
『やつらの、大きな船を動かす』
なるほど、水夫代わりにするわけか、と、ハザマは納得した。
この半魚人たちも異族の例に漏れず、ヒトとは比較にならないほどの怪力を誇っている。
そうした半魚人たちが大勢で櫂を動かせば、相当の速度で船を動かすことができるのではないか。
『わしらは、陸に揚ることもできるが、体が乾くのは困る。
長く乾き続けると、最悪死ぬ』
そうした奴隷状態の半魚人たちは水場に近づけないようにして、体表の乾燥状態を制御することで、いうことを聞かせているのではないか、と、その半魚人は説明してくれた。
「その奴隷になっている半魚人たちは、かなり多いのか?」
ハザマは、また訊ねる。
『多い』
交渉役の半魚人は、あっさりと首肯した。
『数えきれないくらいに、多い。
奴隷から生まれた子や孫も、櫂漕ぎをやっている』
つまりは、そういう状態が長く続いて制度化しているっていうことだな、と、ハザマは思った。
「それではお前らも、さぞかし人間を憎んでいることだろう」
ふと、そう確認してみたのだが、半魚人の反応はむしろ冷淡なものだった。
『なぜわしらが、ヒトを憎む?』
交渉役の半魚人は、ハザマのいうことが理解できないようだった。
『櫂漕ぎをやっているやつら、わしらの中のごく一部。
そもそも、ヒトに騙されて奴隷になるやつが悪い。
鮫に食われるより、奴隷として生き延びる方がよほどいい』
海中での生活はそれなりにシビアであり、少なくとも生命が保証されている奴隷たちはあまり同情の対象にはならないようだった。
それともこの種族の倫理観として、同胞に対する感情移入の仕方が人間と異なるだけなのか。
いろいろと考えかけたが、その思案をハザマは無理に中断する。
たまたま言葉が通じるとはいえ、相手はまったく別の生命体なのだ。
下手に人間の、現代人の尺度を当てはめようとしても、かえって正確な理解を妨げる結果になりかねない。
ここは下手な解釈などさし挟まず、相手が主張したことをそのまま呑み込んでおくのが無難だろう。
半魚人のことはそこまでにして、次にハザマは、この周辺にヒトが居住する場所はないのか、訊ねてみた。
『ある』
この返答についても、半魚人はあっさりと答えた。
『むこうの方角に、しばらく泳いだところに』
「しばらく泳いだところに、って!」
反射的に、ハザマは訊き返していた。
「具体的な距離は!」
『キョリとは、なんだ?』
今度はその半魚人が、すぐに訊き返して来た。
そうか。
こいつらには、距離を数値で測る習慣がないのか。
「ええと」
即座に、ハザマはそう理解し、少し考えた末、もっとわかりやすい例を出すことにした。
「この島から、どれくらい泳げばそのヒトが居る場所に着くんだ?」
『全力で泳げば、四日ほどで着く』
「ヒトが操る船だと、どれくらいかかるのか?」
『ヒトが操る船は、船によって速さもかなり異なる』
「だいたいでいい」
『大きな帆を持ち、わしらのような櫂漕ぎ奴隷を五十人も乗せている船であれば、四日の五倍ほどで着く』
つまり、半魚人は海中でそれほど早く、ヒトの船はそれくらい遅いというわけだった。
帆も櫂漕ぎもいない筏なら、果たして何十日かかることか。
ハザマは暗澹たる気持ちに襲われた。
「ところで、おれは筏を作ってこの島を脱出しようと考えているんだが」
ハザマは話題を変えた。
「それを実行するためには、足りないものがいくつもある。
長くて丈夫なロープとか、大量の水を貯めておける密閉容器とか。
お前ら、そういったものをどこからか調達してこれないか?」
『ちょっと待て』
交渉役の半魚人は一度海中に潜り、そしてすぐにまた海上に顔を出した。
どうやら仲間たちと相談していたらしい。
『ロープや密閉容器、ヒトが樽と呼んでいるものを調達してくることは、できる。
それをここまで運んでくることはできるが、その代わり、もっと鳥を持って来てくれ』
「本当か!」
ハザマは叫んだ。
「本当に持ってきてくれるのなら、鳥くらいいくらでも捕まえて来てやるよ!
毎日でも今日と同じくらい、お前たちに渡してやる!」
ハザマにしてみれば、駄目元でいってみたところ、思わぬ良好な返答を貰った形である。
『そうか、毎日か。
それはいい』
交渉役の半魚人は、そういって目を細めた。
『鳥は、うまい』
なんだかうまくいき過ぎているくらいだな、と、半魚人たちと別れて寝床にしている岩場に戻ったハザマは思った。
ここでの生活も快適とはいわないが、それなりにのんびりとしていていいものではあるのだが、早めに人間社会に復帰できるのであれば、それに越したことはない。
ええと、ここに流れ着いてから、もうどれくらい経つんだっけ?
こんな変化のない生活を続けていると、どうにも時間の経過というものを意識しなくなっていく。
まあ仮に無事に人間社会に復帰できたとしても、そこから洞窟衆の活動圏まで戻るのに、また余分な手間や時間を取られるんだろうけど。
どう考えて、ここからあそこまで、かなり離れていそうだからな。
この世界の移動効率を考えると、魔法抜きで移動すれば数年から数十年単位の時間がかかりそうだ。
やっぱどこかで、転移魔法を使えるやつを確保しなけりゃならないんだろうな。
そいつに支払う報酬も、どうにか工面しなければならない。
この時点でハザマは、すぐにでも人間社会に復帰できるかのような錯覚に囚われていた。




