異形との接触
ハザマが島の探索を本格的におこないはじめたのは、翌日からだった。
朝起きてまず海岸に出て、漂流物を物色する。
使えそうな流木や例のヤシの実に似た木の実を拾い集めて持ち帰るのが、朝の日課になっていた。
食料としてはその木の実とそれにこの島に降りてくる鳥を捕まえれば、とりあえず飢えることはない。
後者はバジルの能力を利用すれば実に簡単に捕まえることができたので、必要以上に手間どるということもなく、そのため必然的に漂流しているという危機感も薄くなった。
飲料水についていえば、ほぼ毎日のようにはげしいスコールが降ってきたので、これも食べ終えた木の実を器にしていたものを並べておけば、ハザマひとりの必要分くらいは確保することができた。
とにかく、そうして日課である朝の採取を終えると、ハザマはもはややるべきことがなくなる。
ほぼ一日中暇になるわけで、その余暇を利用してハザマはしばらく島の全容を知るための探索に出かけていた。
あまり広い島ではないことは、すぐに判明したが。
全周十キロもないだろう、小さな島だった。
大きく隆起していて、勾配がきつい箇所が多くなければ、全容を知るのに一日もかからなかっただろう。
はじめにハザマが感じたとおり、この島はどうやら火山のおかげで発生した、比較的新しい島であるらしかった。
ハザマが到着した海岸のちょうど反対側の海中に、沸騰をして煙を吐いている場所を見つけた。
きっとそこに、マントルだかなんだかがぶつかりあって摩擦熱を生じている場所があるのだろうな、ハザマは予想する。
なにかの拍子にそこからマグマが噴き出すようなことがあれば、ハザマも無事では済まないのかも知れないが、だからといってまたいくべきあてもなく海中へと逃げ出す気にもなれない。
次に移動するべき場所の見当がつき、その場所まで移動する手段を確保するまでは、この島で準備を整えるしかなかった。
島の全土がほぼゴツゴツとした石や岩で構成されているし、自生している植物もほとんどない。
なにしろ、植物が根を張る土がほとんどないのだから、それもしかたがなかった。
ただ、鳥がよく集まる場所に糞が降り積もっている場所があり、そこに背の低い雑草がまばらに生えていているくらいであった。
当然、そこから食料となるものを採取することも期待できなかった。
島の全容を知るのには、わずか二日ほどしか必要としなかった。
一日で終わらなかったのは、切り立った崖のようになって陸づたいに移動できない箇所がいくつかあり、一度海中に出てぐるっりと回って移動する必要に迫られたからであった。
加えてハザマは、日が暮れる前に就寝場所と決めていたあの岩のところに帰るようにしていたので、想定外に時間を取られた形だ。
島というよりは、岩のかたまりがたまたま海上に突き出しているような場所だな、と、ハザマは思う。
島の探索が終わると、ハザマは船作りの準備をはじめた。
この島の中に人の手が入った痕跡はいっさいなかったので、この島はやはり人には知られていない無人島なのだろうと、ハザマは思っている。
少なくとも常設の航路からはずれていることは確かに思えた。
つまり、たまたま通りかかった誰かに救助される望みはほとんどないわけで、だとすれば自力でどうにか人間の居る場所まで移動していくしかない。
ハザマとしても、こんな場所で余生をまっとうするのは避けたかった。
船、といっても、ハザマが造船技術などわきまえているわけなく、流木のうち、利用できる大きさのものをどうにか繋ぎ合わせて筏に毛が生えた程度のものでも作れないだろうかと、試行錯誤しているような状態だ。
倒木がそのまま流れてきたような大きな流木がいくつかあって、それの根や枝を落として丸太にする作業をハザマはしばらく日中に黙々とおこなっていた。
打製石器の斧はハザマが予想した以上に切れ味が鋭く、そうした作業もあまり苦にはならなかった。
こうして太さも長さもまちまちの丸太がいくつかできあがる。
落とした根や枝はそのまま乾かして薪にでもするつもりだったが、困るのはそうした丸太同士を連結する手段がこの島では用意できそうもない、ということだ。
せめて、十分な強度をもつロープくらいあればな、と、ハザマは思う。
この島を脱出するためには、交通手段としての船、それも、最低限、十分な量の食料と水を搭載できることが可能な船が必要であった。
居住性などは二の次三の次でいいのだが、次の島まで無事に渡ることができる性能は、最低限なくてはいけない。
それから、と、ハザマは思う。
情報、だな、と。
この島から一番近い島、あるいは、人と接触できる可能性がある島までの方向と距離とか、そうした情報も、欲しい。
あでずっぽうで広い海に出ていくほど、無謀な真似をするつもりもなかった。
例のヤシの実もどきが腐れる前にこの島に到着するということは、意外と近くに植物資源が豊かな島があってもおかしくはないわけで、せめてまずはそこまででもどうにかして移動できないものだろうか?
まあ、こんなところで焦っても仕方がないか。
と、ハザマは思う。
できる範囲内で準備を整え、その上で、必要なものがもたらされる機会を待ち続けるしかない。
こんな場所に来てしまったら、そうするより他にやりようがないのだった。
数日後、ハザマは単調な食生活に変化をもたらすために、海に出ることにした。
魚や貝、海藻など、海の幸を安定的に取ることができれば、食生活もそれだけ豊かになる。
とはいえ、回遊してくる魚はともかく、貝や海藻などは望み薄かな、と、ハザマは思っている。
なんといっても、ハザマが確認した限りでは、この島には砂浜がない。
砂浜が存在することを前提とした生態系は、当然育っていないだろう。
これまでハザマは、島の全容を調査するときに何度か近くの海中に潜ったり泳いだりしてみたことがあるのだが、そのときにも魚以外の海の生物を見かけていなかった。
ただ、その魚自体は以外にも多く、少しは海中に潜ってみれば無数の魚群が透明度の高い水中を行き来していたので、バジルの能力に頼ればまとめて捕えることは十分に可能ではあるだろう。
ハザマ自身が全部食べるわけではなく、半分はバジルに与え、さらに残りは日干しにでも加工するつもりだった。
そんなことを考えれつつ、ハザマが海岸にまで出ると、海の上に異形の頭部が浮き出ていて、その目がいくつもハザマの方に注がれている。
明らかにハザマのことを、じっと見据えていた。
「は、はろー」
ハザマは、片手をあげて間の抜けた声を出した。
こういう世界だから、そりゃ、半魚人くらい居てもおかしくはないけどさ、とか、思いながら。
波間にプカプカ浮かんでいる半魚人の中のひとりが、戸惑った様子でハザマと同じように片手を挙げてくれる。
うん。
と、ハザマは思う。
敵意がないらしいのは、いいことだ。
が、この連中、言葉は通じるのかいな。
半信半疑に思いながら、ハザマは声をかけてみた。
「あー。
おれのいうこと、理解できるかな?」
『わかる』
どうやらその集団の代表格らしい、片手を挙げていた半魚人がくぐもった声で答えた。
『これは、魔法か?』
「ああ、心話っていう魔法らしい。
もっともおれも、あー、あんたたちみたいな海の異族に試したことがないので、うまく使えるかどうかはわからなかったが」
ハザマは早口に説明した。
「もしかして、おれは邪魔か?
仕方がなくこの島にたどり着いて、どうにか別の場所に移動できないものかと頑張っているところなのだが」
この時点でハザマは、この半魚人たちの縄張りを知らないうちに侵犯して怒らせているのではないか、と、そういう疑念を抱いている。
ハザマとしては、できるだけ穏便に済ませておきたかった。
『邪魔ではない』
その半魚人の返答は、ハザマの耳にはそっけなく聞こえた。
『わしらは、陸のことには関わらん。
あんた、他のヒトとはずいぶん様子が違うな』
「そうか?」
ハザマは首を傾げた。
「これでも普通にしているだけのつもりだが。
いやそれよりも。
っていうことは、お前たちは、他のヒトと関わったことがあるのか?」
これは、ハザマにしてみれば朗報である。
うまく交渉すれば、そのヒトが居る場所まで案内して貰えるかも知れない。
『ヒトと関わったことならば、ある。
関わりたくはなかったが』
半魚人はそう応じる。
『やつら、わが種族をまとめて捕らえて奴隷にする』
あちゃー、と、ハザマは思った。
それでは、この半魚人にとってヒトとは、害悪をもたらす種族ということになるではないか。
「そのヒトとおれとは、まったくの別人だからな!」
慌てて、ハザマはいい添えた。
「おれがお前たちみたいな種族と会ったのは、これがはじめてだし!」
『わかっている。
お前、他のヒトと、様子が違う』
半魚人は、落ち着いた様子でいった。
『わしら、お前がこの島に着いてから、ずっと様子を見ていた』
ふむ。
見張られていたわけか、と、ハザマは思う。
「おれになにか用でもあるのか?」
ハザマは、そう問いかけてみた。
「なにか役に立てることがあれば、遠慮なくいって欲しい」
最終的に道案内その他を頼むことになるにしても、まずは少しでもこちらが役に立つことを示しておいた方がいいだろうと、そう判断をしたのだった。
『では、鳥が欲しい』
その半魚人は即答をした。
『多ければ多いほど、いい。
お前、空を飛ぶ鳥を、簡単に捕まえていた』
よくよく聞いてみると、この半魚人たちにとって、滅多に捕えることはことができない鳥の肉は、かなりの珍味に相当するらしい。
ずっと魚介類ばかりでは、そりゃ、飽きが来るか。
「そういうことなら」
そう納得をし、ハザマはすぐに受け合うことにした。
「今日明日にでも、たくさんの鳥を捕らえてそちらに提供しよう」
幸いなことに、この島には毎日のように多種多様な鳥の群れが立ち寄っている。
食料になるようなものがあるわけではないので、単に羽を休めにくるだけなのだろうが、とにかく、何十羽か捕らえても特に困らないだろうと思えるほど大量の鳥が、この島に来るのだった。
これまでは、乱獲した結果、そうした鳥がこの島を避けるようになることを警戒して必要最低限しか捕らないでいたのだが、そういう事情ならばその制限を多少は緩めても構わないだろう。




