犯行の前後
その異変に最初に気づいたのはオットル・オラ、少し遅れて気づいたのはヘルロイ・スデスラスであった。
オットル・オラは洞窟衆側の、ヘルロイ・スデスラスはスデスラス王国側の警備関連の責任者にあたり、当然、周囲になにか不穏な動きはないものか、常時目を光らせていた。
ただ、ヘルロイ・スデスラスはその名からわかるとおりスデスラス王族の一員であり、今回の会議では王族としてアポリッテア姫の近くで警護をしながら参加しており、そのアポリッテア姫の背後に席を与えられていたハザマたちへの注意が薄くなっていた。
オットル・オラに至っては、洞窟衆におけるハザマの配下と扱いであり、この会議においては正式な席さえ与えられていない。
この会議における警備は実質スデスラス王国と解放軍が担当しており、そこに洞窟衆の人間が出向いて大きな顔をするわけにもいかず、ハザマの身辺から離れた場所で、他の見物人に混ざってこの場を見守っていた状態である。
その異常、もっと端的にいってしまえばその女の異常にオットル・オラが気づいたのは、その給仕の服を着た女の動きがあまりにも自然で力んだところがなかったからである。
もっと正確にいうのならば、賓客たちの席の間を歩き回る給仕たちを眺めていて、ふと違和感をおぼえてその原因を探してみたらその女にいき着いた、わけだった。
あの女、少しも緊張していない。
そのことに気づいたとき、オットル・オラはその場で不審に思い、杞憂であればよいがと思いつつ、人ごみを掻き分けてその女の方に近づいていった。
なにしろこの会議は各国の要人が揃い踏みしている大舞台である。
その場で働く人間がまるで緊張せず、のびのびと動いていること自体がかなり不自然であるように、オットル・オラには見えた。
その不審な給仕の女は、オットル・オラにとっては不都合なことにまっすぐハザマの座っている席へとむかっている。
さり気なく周囲に目線を配っていたヘルロイ・スデスラスも、オットル・オラから少し遅れてその給仕に注目した。
その動きがあまりにも滑らかでのびのびとしていたことと、それに、その顔にどこか見覚えがあるような気がしたのだ。
気のせいか、とも思ったのだが、よくよく思い返してみて、すぐに該当する人物に思い当たった。
ステラシュス・ラデンダル。
化粧を変えているので見た目の印象がかなり変わっていたが、顔そのものの造作は変えようもない。
その正体に思い当たった時点で、ヘルロイ・スデスラスは席を立ってステラシュスの元へと駆け出している。
バイラド・ゴロジオの婚約者であり、ゴロジオ王国側のの要人としてこの会議においても席を与えられている人物が、給仕の格好をして動き回っているのはあまりにも不自然であった。
ああして身分を偽るような格好をしているところをみると、どう考えてもなにかよからぬことを企図していることを明らかであり、ヘルロイ・スデスラスの立場としてはそのまま放置しておくことはできなかった。
背後からオットル・オラが、前からヘルロイ・スデスラスが迫る中、ステラシュスはハザマの背後に忍び寄り、ごく自然な動作で手を伸ばして、ハザマが座っていた椅子の背もたれに手を触れ、なにやらハザマにはなしかける。
ハザマが振り返った瞬間、座っていた椅子ごとハザマの姿がその場から掻き消えた。
なに?
と、オットル・オラとヘルロイ・スデスラスが目を剥いて歩調を速める。
両者とも、なにかしでかすつもりであろうと予測してはいたのだが、衆人環視の中、これほど大胆に行動に移るとまでは予測できなかったのだ。
普通、こうした悪事を企む人間は、事後のこと、逃走する経路のことなどを考慮した上で行動する。
つまり、こうした逃げ場がない環境ではことを起こさない。
そうしたことをまるで考慮せずに犯行に及んだステラシュスの手口は、素人が思いつきで実行したように見えた。
だからこそ、なにか起こすのであればもっと周到な用意をしているものという先入観を持っていたヘルロイ・スデスラスやオットル・オラの虚をつけたわけでもあるのだが。
「痴れ者が!」
ハザマの姿が消えた直後に、オットル・オラがステラシュスの背中に取りついて、その場でステラシュス両腕を背中に回して固定して、地面に押し倒した。
肝心なときに、間に合わなかった。
そうした、自分へのいらだちをステラシュスにぶつける形で、あえてかなり乱暴に扱った。
ステラシュスはゴロジオ王国の要人であるが、同時にハザマに危害を与えた下手人でもある。
それも、現行犯をその場で取り押さえたわけだから、多少乱暴に扱ったとしても、誰からも非難をされないはずだった。
「静粛にお願いします!」
ステラシュスの身柄が確保されたことを確認してから、ヘルロイは大きな声を張りあげた。
「たった今、洞窟衆の首領であるハザマ男爵が不届きな下手人の手にかかり危害を加えられました!
下手人はこうして取り押さえられましたので、これ以上に被害が拡大する恐れはありません!」
時ならぬ不祥事を目の当たりにしてにわかに騒がしくなった周辺が、ヘルロイの大声によってどうにか静まっていく。
ヘルロイはこの場の警備関連の責任者でもある。
そのヘルロイにしてみれば、すでに起こってしまったことよりもこれからも起こる混乱を未然に防ぐことの方が重要だった。
なにしろこの場には各国の要人たちが居合わせているのだ。
こんな場所でパニックなど起こされてしまったら、それこそ収集がつかなくなる。
「待て!」
バイラド・ゴロジオが立ち上がり、叫んだ。
「下手人とはいうが、その地面に押し倒されている女はおれの連れだ!
いったいなにが起こったんだ!」
「確かにこの方はあなた様の連れであるかも知れませんが」
ヘルロイはできるだけゆっくりとした口調で、バイラド・ゴロジオに説明をする。
「同時に、ハザマ男爵に危害を与えた下手人でもあります。
これだけ大勢の目の前で、白昼堂々犯行に及んだのですから見間違いのしようもありません」
いったいなにが起こったか、だと?
ヘルロイは、そう思う。
そんなもの、こっちが聞きたい!
「おお、そうだ」
大男が、のっそりとへルロイとバイラド・ゴロジオの間に体を割り込ませた。
「その女が手を伸ばし、うちの大将の背中に触れた途端に、大将の姿が掻き消えた。
おれもしっかり見ていたが、その女がなにかをやっていたことは間違いねえ」
大男、ヴァンクレスはそういって、今にも噛みつきそうな目つきでバイラド・ゴロジオを睨みつける。
そのヴァンクレスに、先ほどの決闘でいいようにあしらわれたばかりのバイラド・ゴロジオは、怒りの表情を消してあとずさった。
「あれ、なにをご無体なことを」
オットル・オラに拘束されていたステラシュスが、この場にはふさわしくないようなおっとりとした口調で抗議をする。
「このわたしが、なにかこんな目にあうようなことをしたのですか?」
「ハザマ男爵をこの場から消したではないか!」
怒鳴り返しながら、オットル・オラはステラシュスの態度に違和感をおぼえた。
「この場ですぐに吐いて貰おう。
ハザマ男爵に、いったいなにをした!」
あれほど大胆な犯行の直後に、この女はなんで落ち着き払っているのだろうか。
それどころか、こうして取り押さえられているのが不自然だといわんばかりの態度で……と、そこまで考えたところで、オットル・オラはある可能性に思い当たる。
「あんた!」
オットル・オラは叫んだ。
「自分の能力を、自分自身に使ったんだな!」
バイラド・ゴロジオを誘拐したとき、ハザマはその場に居合わせたステラシュスについて、
「精神操作系の加護の力を持っている」
といった意味のことを断言していた。
そのステラシュスの加護の力を、ステラシュスが自分自身に使用していたとすれば。
そのように考えれば、これほど大胆な犯行の前後においても、ステラシュスが完全にリラックスしていたこと、それに、今の態度の不自然さについても、説明がつく。
「もちろん、使いましたとも」
ステラシュスは、やはりのんびりとした口調であっさりと認めた。
「そうでもしませんと、とてもではないとやっていられませんわ。
なにしろハザマ男爵はあのルシアナ討伐の英傑。
そんな傑物に対してこの女の細腕で対抗しようと思えば、手段なんて選んでいられません」
そのステラシュスの能力については、この時点でゴロジオ王国の一部と洞窟衆関係者にしか知らされていなかったわけだが、オットル・オラもステラシュスも特に隠そうともしていない。
なにしろ非常時であるし、オットル・オラにしてみれば、ここまでされてゴロジオ王国側に都合がいい振る舞わなければない義理もないように思えたのだ。
「女!」
事件を未然に防ぐことができなかった怒りやいらだちを込めて、オットル・オラが怒鳴りつける。
「男爵にいったいなにをした!
この場で吐いてもらおう!」
「そんなに大きな声で怒鳴らなくても」
ステラシュスはのんびりと答える。
「緊急時のために与えられていた転移術札を書き換えさせて、転移先を無作為に設定した状態でどこぞに送り出して差しあげただけのことですのよ。
なにしろ男爵はああいうお方ですから、その男爵をこの女の細腕でどうにかするためには、そうでもするしかありませんでしたの」
いい終えたあと、ステラシュスはなにがおかしいのかくすくすとくぐもった笑い声をあげはじめる。
まともな精神状態ではないな、と、オットル・オラは思う。
これが、ステラシュスの加護の力とやらなのか。
動機は、おそらくは単純な、ハザマへの意趣返し。
それを実行するにあたって、このステラシュスは周到に準備をおこない、自分自身の精神状態を固定してその犯行を実行可能にしていた。
動機の幼稚さ、といって語弊があるのならば、単純さと、手口の周到さとが奇妙な対比となっている。
とにかく、その結果が、これだった。
おそらく、複雑な背後関係なども、ないだろう。
オットル・オラの見たてによれば、このステラシュスは、政治的な理由によってハザマを排除しようとするような人種には見えなかった。
犯行の動機は、あくまで個人的なハザマへの怨恨なのではないか。




