砲撃の饗宴
その日の朝早くから、解放軍によるスデスラス王城に対する砲撃がはじまった。
関係者はみな、のちに、
「この砲撃は整然とした計画に基づいておこなわれたもので、もはや戦闘といえるような雑然さとは程遠かった」
と口を揃えて証言している。
たとえば、少し前におこなわれたドラジア王城の砲撃と比較しても、城内に残っていたワデルスラス公爵軍兵士並びに周辺住人に避難勧告をおこなう時間的余裕があり王城の内外に無関係な人間をほぼ排除できたこと、砲撃魔法のみならず、カタパルトとも連動して王城を攻撃することができたこと、それに、スデスラス王城の構造など、内情について詳しい者が解放軍に協力していたことなどの理由から、ほとんど無駄玉を使用せずに効率的に王城を破壊できた、と、のちに、そのように評価されることになる。
この時点で王城内に残っていたワデルスラス公爵軍将兵の総数は、計算によれば五百名を割るほどの少人数になっていたため、もはや軍事的な意味での逆転劇は望めないとの観測も、解放軍側の心理的余裕に繋がった。
アポリッテア姫が以前にいっていた通り、この時点でもはや事態はワデルスラス公爵軍を退散することよりも、スデスラスの王城を解体することの方に重点がおかれていたのであった。
スデスラス王城外郭の周囲には、古くから治水事業に力を入れていたこの国の城らしく、幅が広く深い堀が巡らせてあった。
その堀のみに限らず、建国以来何度も拡張、改装工事を経て現在の姿に至っているスデスラスの王城は、技術的な側面のみに着目すれば、周辺諸国の城塞の中でも屈指の攻めにくさを誇る堅城であったということができる。
しかしそのスデスラス王城も、頭上から放物線を描いて迫るカタパルトの弾頭ではなく、横合いから非常識なほどの勢いで壁面を突き崩してくる砲撃魔法による攻撃までは想定して設計されていなかった。
解放軍はまず王城について詳しい人間を集め、事前に絵図面を用意して構造的に脆い部分を決定的に洗い出した上で、まずはその弱点に狙って砲撃魔法による集中砲火を浴びせる。
そうして脆くなった壁面に対して、続けてカタパルトによる斉射がおこなわれた。
この巨大なカタパルトによる攻撃は、必然的に大きな重量物を空高くに放り投げ、その落下の勢いをも乗せて押しつぶすような性質の物となる。
砲撃魔法の方は、小さくて重たい金属球を、魔力によって高速度で射出し、その軌道はカタパルトのそれに比べるとより直線に近かった。
砲撃魔法が鋭利な切っ先を持った針で横合いから穴を穿つような攻撃、カタパルトの方が巨大な質量に任せて上からしたへと押しつぶす攻撃、とでも表現すればわかりやすいか。
とにかく、両者が通信によって連絡を取り合いながら連携し、最小の手数で最大の効果を得られるように工夫しながら、立て続けに攻撃をおこなった。
その様子を目撃した者の証言によると、王城の外郭はさして時間を必要ともせず、あっけなく破壊されたという。
だが、その短時間の斉射によって広範囲に粉塵が巻きあがり、城壁がどこまで壊れたのか目視することが難しかったので、解放軍側もたびたび攻撃の手を休めて、粉塵が収まるのを待つ必要があったそうだ。
この粉塵は王城の構造材が破砕され、細かく砕けて周囲に巻きあがったものであるが、ともするとこの粉塵が収まるまで待機する時間の方が、砲撃魔法やカタパルトを斉射している時間よりも長いように感じた、という証言も、いくつか残されている。
この攻城戦に従事していた解放軍の側は意外に冷静に、事前の計画に従って黙々と作業をしていたわけで、そんなところからみても、この王城攻めは通常の「戦い」という語から連想される勇ましさとか騒がしさとは無縁な、もっと整然と作業をこなしていたのに過ぎなかったのであろう。
事実、解放軍側がそうした粉塵がおさまり、視界が晴れるまでの待機時間を利用して、お茶を飲んで休憩していたという記録もある。
もちろん、見張りはたてていたのであろうが、当事者たちにしてみれば、そうした待機時間にまでしゃちほこばっていなければならない必要はこれっぽっちもなかったわけであった。
先ほどからたびたび「証言」という語を使用しているわけだが、これには解放軍側の記録だけではなく、当時王都に在住していた、市井の者たちが残した記録も含んでいる。
解放軍側は事前に何度も避難勧告を出していたわけであるが、家財が心配で、あるいは単なる物見高さからあえて王都に残っていた者たちがいた。
こうした者たちは、手近な家屋の屋上などから、この砲撃による饗宴を間近に目撃し、日記などの私的な文書にかなり詳細な記録を残している場合が多かったのだ。
そうした記述を総合して判断すると、解放軍側はまず何度かの休憩を挟みながら王城の外郭を完全に破砕し、瓦礫の山に変えたようだ。
具体的な手順を説明すると、まず王城にいくつか設けられていた門を砲撃魔法が破砕し、次にカタパルトと砲撃魔法の波状攻撃によって、外郭を粉砕したようだ。
「大きな轟音が響いたあと、埃にあたりに舞って王城近辺の様子が見えなくなる。
その埃が収まると、また轟音が鳴り響く」
といった具合であったらしい。
この轟音はもちろん、砲撃魔法なりカタパルトなりの着弾音であり、この何度かの斉射が終わると外郭の姿はすでになく、王城の堀の水も周辺の路上に溢れてぬかるみを作っていた。
外郭の破壊が終わると、解放軍は次に物見のための尖塔を集中して攻撃しはじめた。
このときはそうした尖塔の根元を集中的に狙ったらしく、その根元から折れてゆっくりと横倒しになったり、倒れる途中で塔が中折れする様子などがいくつかの記録に目撃談として記載されている。
そのあとも解放軍は宝物庫や倉庫など、王城内の外側にある施設から順番に破壊していった。
このうち、宝物庫などは最後まで残しておきそうなものだが、アポリッテア姫による、
「ワデルスラス公爵軍は、城内にあった金目の物は真っ先に持ち出していた」
という証言を信じて、他の施設と差別することなく攻撃の対象となる。
外からの攻撃に晒されることが想定されていなかったこれらの設備は、外郭のなどよりもずっと脆く、何発かカタパルトによって放たれた弾頭を受けただけであっさりと全壊に近い惨状になった。
そうした攻撃の途中、場内の馬場からなにかの拍子に逃げたした馬が練兵場をさまよっていたらしく、砲撃の着弾音の合間に悲しげないなき声が小さくて聞こえてきた、という記述もある。
途中、巨大なカタパルトを前進させつつ、解放軍は王城内の施設を外側から順番に、片っ端から破壊していった。
ゆっくりと着実に、焦ることなく。
ただし、計画に従い、効率的に。
その結果、難攻不落の堅城といわれていたスデスラス王城は、正午までの半日間で、その施設の半分以上を完膚なきまでまでに破壊されている。
「王城といえば、わたしが生まれる前から存在している、この国の象徴のような建物だった」
その日、王都に居残ってその様子を見物していたある住民は、このように記している。
「空や大地と同じく、そこにあるのが当然の存在だと、その日まで思っていた。
それが、たかだか半日かそこいらで、見る間に無残な姿となり果てている。
しかも、その破壊をおこなった張本人である解放軍は、アポリッテア・スデスラス姫のご下知により動いているという。
もう、なにがなにやらわからん!」
この正午の時点で、解放軍は一度攻撃の手を緩めて、少し長めの休憩を取っている。
別に一斉に食事休憩に入ったわけではなく、一度王城内に残っているワデルスラス公爵に対して降伏勧告をおこなうための使者を出し、その返答を受けつけるためのための時間が欲しかったからであった。
これは、解放軍の指揮官であるケイシスタル・ワデルスラス姫がワデルスラス公爵をおもんばかって、というわけではなく、ただ単に、解放軍の砲撃の威力を目の当たりしたことで、城内に残っていたワデルスラス公爵軍の人員を翻意させることができるのではないか、という期待があったからである。
ただ、この期待もむなしく、城内に送った使者は別に色よい返答を持ち帰るわけでもなく、手ぶらの状態で引き返していた。
この、まともに交戦することすらままならない状況下にあって、ワデルスラス公爵はまだ抵抗することを諦めない様子だった。
昼の休憩が終わると、砲撃が再開された。
身軽な魔法兵などは、破壊され、瓦礫の山と化した外郭があった場所まで前進をし、そこから砲弾を内部に放っている。
度重なる砲撃によって、スデスラス王城を覆っていた魔法消去する結界はいつの間にか無効化していたのだ。
鈍重なカタパルトも順次前に進み、あるものなどは堀際の浸水した路上近くにまで寄っている。
とにかく、解放軍側の砲撃は今や天守や本丸にまで届くようになっており、そのまま周辺諸国でも随一の名城と呼ばれた王城に対して、破壊と蹂躙を続けた。
スデスラスの王城が城としての機能を喪失するまで、さして長い時間は必要としなかった。
具体的にいうと、まだ日が暮れるまでには間がある時間には、すっかり瓦礫の山と化している。
『ケイシスタル・ワデルスラスよ!』
前線指令所で一連の作業の進捗状況をチェックしていたケイシスタル姫は、唐突にそんな通信を耳にした。
『聞こえるか?
ガメネクラウス・ワデルスラス公爵だ!』
「おお、これは爺様」
ケイシスタル姫はことさらにのんびりとした声で応じる。
「息災なようでなにより」
『なにが息災じゃ!
ポンポンポンポン攻撃して来よってからに!』
「それで、爺様」
ケイシスタル姫がワデルスラス公爵の剣幕に動じる様子はなかった。
「今度はなんの要件で?
いよいよ降伏をする心の準備でもできたんかいの?」
今さら降伏してきたとしても、何発か本気でぶん殴らせて貰うがの、と、ケイシスタル姫は心の中でつけ加える。
『降伏なんかするかぼけぇ!』
ワデルスラス公爵も、あくまで元気ではあるようだ。
『ケイシスタルよ!
貴様との一騎打ちを所望する!』
なにを馬鹿な、と、一蹴しようとして、ケイシスタル姫はあやうく思いとどまる。
もちろん、今からそんな茶番につき合う必要などないのだが、少なくともあの爺様を公然とどつき回すことはできるな、と、そんなことを思ったのだ。




