スデスラス王城の包囲網
スデスラス王都の衛星都市ラタスを解放した前後から、解放軍は本格的にワデルスラス公爵軍を国外へ排除するべく動き出していた。
具体的にいうと、ワデルスラス公爵が居座っている王城への包囲網を構築しはじめ、その他、各地からワデルスラス公爵領へと逃走していくワデルスラス公爵軍の残党を警戒するため、各地の市町村へと無数の分隊も防衛支援の援軍として派遣している。
もちろん、ただでというわけではなく、そうした支援を受けるのと引きかえに、アポリッテア姫の新政権への忠誠を誓うように持ちかけるわけであるが、いずれにしても解放軍は基本的にスデスラスの地元住民を保護するように動いていた。
一方で、西部方面ではベズデア連合との国境を閉鎖しようとする動きが継続中であり、こちらの方もかなりの戦力を割いて力を入れている。
この国境封鎖は、多くの場合、実質的に河川を航行する船舶を監視し、少しでも怪しい船を見かけたら声をかけて荷を改めさせて貰うという、実質的にはそうした作業になる。
もちろん、公然とベズデア連邦の旗を掲げている場合などは問答無用で攻撃をおこなうわけであるが、他の水賊衆に所属する船舶を偽装して、あるいは水賊衆を雇って荷物や人員をスデスラスの領内に届けようとする場合が考えられるのであった。
そうした検問じみた行為をおこなうにあたって、事前にスデスラス領内の河川を航行する水賊衆には前もって声をかけ、その意図を通達しているわけだが、水運を生業とするこれら水賊衆はこの動乱のおかげでかなりの実入りを得て多忙になっていたところなので、比較的鷹揚にスデスラス側の要望に応じてくれている。
こうした検問と国境ぎわのそこここに林立させた物見櫓、主だった船着場に兵力を集中させ、上陸しやすい川岸には防衛陣地を構築する、など、国境封鎖のために必要とされることはいくらでもあった。
この前後、国境ぎわの河川は夜でも明るく照明魔法によって照らされ、昼夜の区別がなくなったようだ、と、いくつかの文献が当時の様相を伝えている。
実際に交戦した記録はほとんどなく、あっても偶発的で小さな衝突が数えるほどしか確認できない結果となっているのだが、これはむしろ解放軍側の国境閉鎖が徹底していたおかげで、ベズデア連合側も容易に隙をつくことができなかったことの証左である、というのが現在では定説となっている。
この国境を閉鎖することでスデスラス西部の治安を守った解放軍は、この時期、地味であるが堅実な仕事をなしていた、というわけであった。
その国境周辺と王都との間に存在していた空白地帯、とはいっても、その多くはワデルスラス公爵軍による焦土作戦による被害を受け、一面の不毛地帯となりほとんど誰にも顧みられることがなくなった土地なのであるが、とにかくそうした土地を、ガンディード将軍は合流してきた地元スデスラスの領民も加えてかなり膨れあがった人員を従えたまま、この時期、優然と彷徨っている。
前述のように、度々アラテラ公爵に属する商船を襲ってはその物資を略奪していたので、どうやら飢えることはなかったようだが、なにを戦略的な目的にしているのか、その部分は不明なままであった。
解放軍はは、このベズデア連合軍についても、その動きを監視しつつ、徐々に包囲網を狭めようとしている。
ただ、ワデルスラス公爵軍となんらかの決着がつかない限り、このベズデア連合軍にも注力することができないので、この時点では妙な動きをしないか監視をしつつ、好きに泳がせている状況であったが。
ワデルスラス公爵軍の排除が無事に完了したら、スデスラス側としては、この国内のベズデア連合軍との直接対策は避け、本国のベズデア連合上層部と交渉をした上でなんらかの合意を取りつける方針であった。
いくら解放軍が強大であるとはいっても、こうも立て続けに連戦しているようでは流石に将兵が疲弊してくるし、それ以上に財政的な負担がそろそろ限界に達しようとしていたため、交渉により戦闘を回避できるのであればそれにしたことはない、という空気がアポリッテア政権内では漂いはじめている。
そんな中、スデスラス王城の包囲網は着々と構築されていった。
周辺住民の避難誘導と並行して、カタパルトの設置と魔法兵の配置が進む。
解放軍とは名乗っていても、その兵員のかなりの部分がスデスラス以外の国々の出身であり、いわば寄せ集めの軍隊であるといえる。
そうした実態はこの頃すでに広く知られていて、避難勧告を出された王都住人の中にはそのことに反発し、反抗的な態度を取るものも少なくはなかった。
「どうしてこのスデスラスの王都を、他国の兵士たちに蹂躙されねばならないのか!」
というわけである。
そのたびに、
「おれたちはあんたたちの王族、アポリッテア・スデスラスの命を受けて動いている!」
「それじゃああんたは、あの王城をわがもの顏で占拠しているワデルスラス公爵をいつまでものさばらせてもいいというのか!」
などと説き伏せて、ときにかなり強引な手段に訴えてでも避難をさせた。
こうした地元住人の避難を完了させるまで、解放軍は、かなりの時間をかけている。
もちろん、あとに残していく地元住人の動産や不動産の保全についても、最大限の配慮をおこなわなければならなかった。
所詮寄せ集めの軍隊でしかない解放軍は、基本的に善人の集団というわけではなく、最低限の規律を守らせるだけでもかなりの困難を伴う場合があったのは事実である。
この包囲網構築の際に上官の目を盗んで現地の物品を私物化しようとし、それが発覚したおかげでなんらかの処罰を受けた解放軍の将兵は、実はかなりの数に昇る。
そうした盗難やときには強盗を働こうとしたものは、微罪から重罪まで記録に残っているだけで数千件を数えた。
記録に残すまでもなく、発覚したその場で処断された例はその何倍もあったというから、実際には一万を超えていたことだろう。
仮にも一国の王都からほとんど人が消え失せ、財貨や値打ち物の物品がそこいらに無防備なまま放り出されていた状況なのである。
そうした状況下で、末端の人員にまで規律を守らせなければならない解放軍の上層部は、かなり困難な仕事をしていたことになる。
王都の大通りや目貫通りのそこここに巨大なカタパルトが設けられ、そのそばには砲弾が山と積まれている。
そのカタパルト舞台を指揮しているのは、ムヒライヒ・アルマヌニア公子。
皮肉なことに、スデスラスの王城を占拠しているガメネクラウス・ワデルスラス公爵と同じく、メレディラス王国公爵家の者であった。
カタパルトを設置できないような細い通りには、各国軍出身の魔法兵たちが配置されていて、そのそばには必ず金属製の球体がやはり山と積まれていた。
この解放軍の魔法兵たちに物理的な効果を持つ砲撃魔法の方法を伝え、指揮しているのはアズラウスト・ブラズニア公子。
ムヒライヒ公子と同じく、スデスラスの王城を占拠しているガメネクラウス・ワデルスラス公爵と同じ、メレディラス王国公爵家の者である。
皮肉なことに、この包囲網の内側と外側とで要となる役割をになっているのはどちらもメレディラス王家公爵家に連なる者たちによって占められ、敵と味方とに別れて戦う、という構図になっていた。
「完膚なきまでに、ぶち壊しちゃって」
このスデスラス王城を攻略するのにあたって、アポリッテア・スデスラス姫から解放軍にむけて、ある希望が伝えられていた。
「あんな無用の長物、下手に残しておいても維持費がかかるばかりだし。
これを機会に完全に破壊してもらえば、かえって解体費用が節約できるってもんだわ。
それと、施設の維持費用もね」
ちなみに、盛大に壊したあとに残った石材などは、領地開発に忙しいハザマ領あたりに売りつけ、国費の足しにするつもりであった、という。
財政面のみならず、旧態然とした様式の城塞はもはや砲撃の前に無力であることは、ドラジア王城の陥落で証明されたようなものであった。
つまり、軍事拠点としては脆弱な、時代遅れの代物と化しているわけで、アポリッテア姫としては、そうと判明している代物をいつまでも費用をかけて維持するつもりはなかった。
そうでなくとも、スデスラスの財務状況は逼迫しているのだ。
さらにいえば、通信術式を前提とした戦訓が蓄積されている現在、一カ所の拠点に頼りすぎる戦術は、ますます時代遅れになるのではないか、という懸念もある。
遠隔地での連絡が自由にできるような状況だと、従来以上に兵力の集合離散が自由なものになり、今後は融通の効く運動戦が主流になるのではないか、という予測をたてる者もいた。
その予測の当否はさておき、スデスラスの王城がアポリッテア姫にとって、すでに過去の遺物と化しているのは事実である。
解放軍としては、
「遠慮なく壊してくれ」
といわれれば、否定しなければならない理由がない。
むしろ、そういって貰った方が、かえってやりやすいくらいであった。
周辺住民を避難させるのと同時に、解放軍はカタパルトによって、スデスラス側の正当性を主張し、ワデルスラス公爵軍が現在、いかに不利な状況下にあるのか書き綴ったビラを王城内部に送り込んでいる。
もちろん、そのビラには、内部に居るワデルスラス公爵軍の将兵に、投降ないしは王城内部からの退去を勧告する内容も書き添えていた。
三日ほどそうしたビラを城内に送り込み、多数のワデルスラス公爵軍兵士が王城内部から退去したのを確認したあと、解放軍は一斉に王城への砲撃を開始した。
ここまで念をいれた以上、この時点では王城内部に残っている将兵はそのままワデルスラス公爵と討ち死にする覚悟ができているのであろうと、そのように判断したのである。




