葬儀の相談
親征軍を名乗る前国王派を一掃したからといって、ただそれだけでは解放軍の目的が達成されたことにはならなかった。
解放軍の司令部は準備を整えていた待機していた旧ビゲジア王国軍を中核とした部隊を動かし、西の国境沿いにベズデア連合との交通遮断工作を開始する。
それと同時に、エンテアに集結していた解放軍兵士を再編成し、迅速に外部へと送り出しはじめた。
現在のエンテアは、平常時の人口の倍以上の人間がひしめいている形となる。
一時的な状況であるのならばまだしも、こうした人口過密状態が長く続けばそれだけ不都合な現象もいろいろと起きてくるわけで、解放軍としては地元住民と無用な摩擦を起こしたくはなかった。
そのため、早々に解散をさせた形となる。
さらにいえば、これからまだまだ対ベズデア連合戦、対ワデルスラス公爵軍との戦闘が控えていた。
そのベズデア連合とワデルスラス公爵軍は、現在の交戦中でもある。
そちらの状況次第では、どのように戦火が飛び火して来るのかわかったものではないので、これらの戦力圏との境界は今まで以上に警戒を強くしておく必要があった。
これらの理由から、解放軍としてもせっかくの戦力を無駄に遊ばせておく余裕はないのであった。
解放軍の司令部は、そうした諸々の手配によりかなり多忙な状況となっている。
だから、今回投降してきた旧親征軍に所属していた者たちの扱いについては、そのままアポリッテア姫の政権に委ねることにした。
そちらの後始末までは面倒を見ている余裕がない、というのが、正直なところであっただろう。
「というわけなんですけど」
ルスリス・スデスラスは、通信でマルマイトの離宮に居るアポリッテア姫に確認していた。
「どうしましょうか?
この人たちの扱いは?」
『どうするもこうするも』
アポリッテア姫の回答はごくごくシンプルなものであった。
『そのそも、悩む必要も余裕もないじゃない。
今のスデスラスは、仕事ができる人手をいくらでも欲しているんだから。
嫌がっても首に縄をつけて、せいぜいこき使ってやるしかないわね』
旧親征軍に参加していた者たちは、スデスラスの旧体制において国家奴隷として働いていた者が中心となっていた。
つまり、ほとんど高度な専門知識を持ち、なおかつ実務経験もそれなりに積んでいるなんらかのエキスパートによって占められていることになる。
アポリッテア姫としては、そうした有為の人材を遊ばせておく気はなかったのだ。
『実際問題として、この状況をうまく切り抜けられて、そのあと解放軍とか洞窟衆とかが引きあげたとき』
アポリッテア姫はそう続ける。
『そうなるときまでに、なんとか自立できるようにしておかないと。
さもないと、スデスラスなんか周りの連中にあっという間に食い物にされるわよ』
荒れた土地の整備、農業生産力の回復、国防力の増強、経済的自立、この戦乱でできた負債の返済。
ベズデア連合とワデルスラス公爵軍という、国内に残る戦力を一掃できたとしても、問題はまだまだ山積みなのであった。
そうした問題を多少なりとも解消するためには、使える人材は、いくらでも使うしかない。
今のスデスラスに、前歴などを気にかけているほどの余裕はない、のであった。
『こっちはこっちで手いっぱいだから、そちらのことはそちらで処理をしておいて』
アポリッテア姫はそういって、親征軍から投降した者たちの問題をルスリスに一任する。
「それから」
ルスリスは続けた。
「これは別件になりますが、前国王の葬儀は早々に手配をする必要があると思います。
それと関連して、姫様の戴冠式もできるだけ早期にやっておく方がよろしいかと」
『……そっちの問題もあったか』
アポリッテア姫の返答は、どこか弱々しさを感じさせるものだった。
『ごめん。
国事にばかり気を取られていて、正直、そんなこまかいことまで考えていなかった。
とりあえず、現在は非常時だから正式な戴冠式は、この国内の騒動が片づくまで延期、ってところでどうかな?』
「それでいいと思います」
ルスリスは即座に頷いた。
「実際、今はそれどころではありませんしね。
ただし、前国王が逝去した経緯と、それにいずれは姫様が王位を継承する意思があるということについては、早めに外部にも声明を出しておいた方が余分な混乱を招かずに済むかと」
『これ以上、つけいる隙を与えないってわけね。
早速手配させておきましょう』
アポリッテア姫の返答も早かった。
これから戴冠式の準備をするよりは、そうした声明を周辺諸国の首脳部に伝える方が、仕事として考えるとはるかに容易なのである。
『あとは、父上の葬儀、か』
心持ち、アポリッテア姫の声から力が抜けた気がした。
国王としていくつかの過失があったとしても、前国王はアポリッテア姫の実父なのである。
アポリッテア姫としても、穏やかな心境でいられるはずもなかった。
『スデスラスという国に対して大きな傷を負わせたことは取り消せない事実だけど、今となってはできるだけ穏やかに送り出したいというのが本音なんだけどね』
少し考えてから、アポリッテア姫は自分の考えをルスリスに伝えた。
『それじゃあ、駄目かな?』
「今から死者を鞭打っても、誰も喜びませんからね」
意外なことに、ルスリスはアポリッテア姫の意見に反対しなかった。
「前国王がやらかした様々なことを今から取り消すことはできませんが、だからといってお亡くなりになったあとにまで逆賊として扱っても、それはそれで外聞が悪い面もありますし。
いやそれ以前に、これから改めて前国王の罪を問えば、親征軍から降った者たちの罪も不問にするわけにはいかなくなります。
そうなりますと、今後のスデスラスのためにはなりませんから……」
『過去は過去、罪は罪として、前国王がどのような過ちを犯したのか、その仔細を検めた上で公文書にも漏らさず記載し、あわせて、領民に対してもその仔細を広く知らしめる。
ただし、王家としては前国王を罰することはせず、葬儀もあくまで王族の一員として送り出す。
そんなところで、どう?』
「そんなところで、いいんでしょうか?」
これについては、ルスリスの反応も自身がなさそうだった。
「ああ、でも、葬儀については、王族一般のそれよりは、ずっと簡便なものでお願いします。
生前のおこないがおこないですし、それよりなにより、今はそんなことにお金を費やしている余裕がありません」
ルスリスの気持ちとしてはどちらかというと後者の理由の方が重い。
『では、これまでの行状が行状だし、葬儀は略式のもので、ひっそりとおこなうということで』
これについては、アポリッテア姫も異論がないようだ。
『具体的なことは、こちらでその手のことに詳しい者に相談をしてみる。
遺体をこっちに送るように手配をして』
一度王位に着いた王族の葬儀ともなれば、通常は国葬をすることになる。
略式で、簡素に済ませるということは、国葬をせずに身内のみで弔うということであった。
前国王の生前の行状から考えても、妥当な処置であるともいえる。
今のスデスラスにおいて、前国王の死を本気で悼む領民は、あまり数多くはないだろう。
「父上が、か」
マルマイトの離宮にある政庁の執務室で、通信を切ったアポリッテア姫は瞑目をして呟いた。
いずれは、こうした知らせを受け取るはずであり、心の準備はとうに終えていた。
その、はずであった。
しかし、アポリッテア姫の心中は、なかなか落ち着いてくれない。
一国の王としては、公平にみて、無能を通り越して有害な結果しか残せななかった人物であった。
だが、アポリッテア姫が知る前国王は、どちらかといえば穏やかな気性の、どこか気弱なところがある人物なのである。
いや、王としてみても、ガンガジル王国にちょっかいを出すまでの前半生までは、有能とはいえないまでも大過なく公務を遂行していた。
内外に大きな混乱をもたらしたことは否定できないのだが、それでも父上は決して悪の権化のような人間ではなかった。
いったい、なにがいけなかったのだろうか?
アポリッテア姫は、改めて考えてみる。
ガンガジルの王家を唆したことが躓きの原因となっていることは確かであるが、それさえも、父上個人の野心というよりは、少しでもスデスラスという国を豊かにしようという、一種の愛国心から発した行動であるはずだ、と、アポリッテア姫は考えている。
自国を豊かにするために他国に干渉したり武力に訴えたりすることについて、この時代の人々はあまり深刻に受け止めない。
どこの国でも、多少の差はあってもやっていることだからである。
しばらく考えた末、アポリッテア姫は、
「父上は、運と巡り合わせが悪かったのだ」
と、そう結論することにした。
ガンガジル動乱において、もし洞窟衆という集団が存在しなかったとしたら、結果はまるで異なったものになったはずである。
そして、父上がガンガジル王家に工作を開始した時点では、洞窟衆という集団は、まだ広く知られてはいなかった。
その意味では、父上が特別に無能であったわけではなく、企図した時点では、あのガンガジル動乱も十分に勝算はあったはずなのだ。
ガンガジル動乱が起った前後に洞窟衆などという前例のない集団が発生し、様々な偶然が重なって、その洞窟衆と正面から鉢合わせてしまったこと。
そうした運命のいたずらこそが、父上の敗因である、と。
アポリッテア姫は、無理にでも、そう思うことにした。




