エンテアの掃討戦
エンテアはスデスラス西部最大の都市であり、親征軍はこのエンテアを本拠地にして活動をしていた。
そして今では、このエンテアは親征軍唯一の占拠地域になってしまっている。
他の地域はすべて、解放軍かベズデア連合軍のいずれかの敵対勢力との衝突によって親征軍の支配下から脱していた。
その過程において解放軍とベズデア連合軍とがあわや衝突か、と危惧する事態も何度か起こったのだが、そのたびにどうしたわけかベズデア連合から使者が来て、協議をして適当なところで境界線を設定した上で、つまり実戦を経ることなく穏便に物別れとなった。
アポリッテア姫の過去の声明などから、どうやらアポリッテア姫は王政を段階的に廃止しているよう企んでいるものと察し、その上で、それならばベズデア連合が目指している身分制度の廃止とさして変わらないと、勝手に親近感を持っているようであった。
アポリッテア姫と解放軍がスデスラスの領土を回復するために動いている以上、いずれ衝突することは避けられない流れであるはずであったが、目下ワデルスラス公爵軍と正面からやりあっているベズデア連合にしてみれば、落ち目の親征軍ならばともかく、物量を備えた解放軍と今の段階でやり合うのは得策ではないと、そういう判断もあったのであろう。
ベズデア連合側の思惑はともかくとして、解放軍としては当面親征軍のみを相手に戦力を集中できるので、この流れは都合がよかった。
「とは、いうものの」
冒険者ギルドのスゲヨキはそうこぼす。
「実際にやるとなると、これがなかなか」
「たやすいことではないな」
ネレンティアス皇女が、そのあとにつづく言葉を引き取る。
解放軍の前線司令部でのことである。
「実際には一区画、場合によっては一軒ずつ建物中を改め、敵兵がいないかどうか確かめながら進む形になると思う」
このエンテアは王都に続いてスデスラスで第二の大都市であるといわれている。
解放軍側の勧告に従ってすでに脱出をした住民も多かったが、それでもまだ大勢の領民が内部に居残っていた。
内部に何十万単位の領民を抱えたままの都市に攻め入った上で、まだ残存している親征軍の関係者の身を選別し、戦うなり捕縛するなりする。
最終的には、すべてを捕らえるか殺すかして無力化するのが、この場所での解放軍の目的であった。
目的こそシンプルであったのだが、それをまっとうするための方策を実際に考えてみると、実に面倒くさい。
なんといっても、親征軍側がこれからどのように動くのか、この時点でははっきりとわからなかったからだ。
これまでにも何度か例があったように、無辜の領民を人質に取って解放軍の動きを阻害しようとすることくらいは想像がつく。
これも、このような大規模で複雑な構造を持つエンテアでやられると、処理に時間がかかるし鬱陶しいことこの上ない。
幸い、このエンテアを完全に包囲して有り余るほどの兵力を集めることには成功している。
多少時間がかかかることを前提にした上で、それこそ虱潰しに一区間ずつ、親征軍の支配下から解放をしていくしかないのであった。
「一応、先にエンテアに潜入していた者たちから、親征軍兵士たちの詰所の場所などは伝えられているのですが」
スゲヨキがいった。
「そこに多数の敵兵が居るであろうことはわかっていても、そのことがそこ以外に敵兵が居ないという保証するわけでもない」
ネレンティアス皇女が続ける。
「まずはその詰所とやらにむけて兵を進めて見て、なんらかの反応があれば別働隊をそこに差しむけるしか方法がない」
「それと並行して、外側から順番に家捜しをしていくわけですか?」
スゲヨキはため息混じりにそういって、天井をあおいだ。
「一応、兵数に不安はないので、可能ではありますが」
実現が可能であるといっても、実際に実行するとなったらその手間を考えると頭がクラクラする。
このエンテアには、果たしてどれほどの建物が存在するのだろうか?
何千か何万か。
とにかく、膨大な数の建物のすべてを手分けしてその中を改めて、中の親征軍に味方するものがいないのか、確認していくわけである。
実働部隊の兵士たちも苦労するであろうが、進捗状況を管理する側も大変な作業になる、はずであった。
人手、人工がそれだけくわれることになるし、スゲヨキとしては頭が痛いところでもある。
「とはいっても、ここで残党を逃がしても後顧の憂いとなる」
ネレンティアス皇女はそういった。
「面倒ではあるが、手を抜かずにやるしかなかろう」
かくして、エンテアの郊外から街路を埋め尽くすようにして中心部へと進んでいく解放軍兵士の群れが出現する。
「われわれ解放軍は、理由なくスデスラスの領民を傷つけません!」
「不穏分子の捕縛にご協力ください!」
などと大声でがなりたてつつ進行し、そのうちの一部は通りに面した扉を叩き、応答があるのかないのかに関わらずに、内部へと踏み込んでいく。
このエンテアの人口にも匹敵する解放軍兵士が集結し、家捜しをしつつ親征軍狩りをおこなっているのである。
その解放軍に対抗しようと、背の高い建物の上で弓などを揃えて待ち構えていた親征軍兵士も幾分かは存在したのであるが、発見され次第、逆にコンパウンドボウによって狙撃をされ、その建物の中に大勢で踏み込まれて解放軍に被害を与える前に取り押さえられることが多かった。
この時点で親征軍将兵の多くは逃亡するか解放軍に投降をするかしており、有為の抵抗をできるほどの人数が残っていなかった、とも、まだ人数はそれなりに残っていたのだが、まばらに人が抜けたおかげで従来の命令系統が効果を発揮せず、その結果として解放軍に対して意味のある抵抗ができなかったのだ、ともいわれている。
とにかく、その日のエンテアでの騒動は、軍事衝突というよりも人数に任せた大捕物であると見た方が実態に近かった。
地元エンテアの住民たちが残した複数の記録にも、解放軍による人海戦術の凄まじさばかりが共通して記されている。
いわく、
「その日、エンテアの街路には終日アポリッテア姫の兵士たちが溢れていた」
と。
実際には、戦闘になる場面もそれなりにあり、解放軍と親征軍の双方にそれなりの死傷者も出ているのであるが、そうした場面を目撃した地元住人はあまりいないようだった。
ときおり起こる散発的な戦闘の他に、何カ所かで出火しかけた場所があったのであるが、これについてもあまり大ごとにならないうちに消火されている。
なにしろ数十万単位の兵士たちが通信で連絡を取り合いながら連携して動いているのだ。
さらにいえば、この頃には解放軍のやり方に慣れていた兵士たちが大勢育ってもいた。
大抵の事態には即応することができた。
結果として、不測の事態が起こることを想定し、人海戦術を選択した解放軍の判断は正しかったことになる。
まともに軍事的に攻略をおこなえば、数日は必要になるであろう。
防壁などに守られているわけでもなかったが、エンテアはその規模からそのようにいわれている都市であった。
しかし解放軍は、従来のそれとはまったく違った方法により、整然と親征軍の兵士だけを排除しつつエンテアの中心部へと兵を進め、その日の夜半には市庁舎を除くエンテアの全域を制圧していた。
まだ解放軍側の制圧していない親征軍の残党は、その市庁舎に残るのみとなっている。
どうやら彼らは、そこに籠城するつもりのようだった。
「どうしますか?」
「許可が降りれば、市庁舎ごと潰すところなのだがな」
スゲヨキが確認すると、ネレンティアス皇女が答えた。
「だがおそらく、許可は降りないであろう」
このエンテアに限らず、解放軍はできるだけスデスラス内の施設や領民を傷つけないことを基本方針としていた。
解放軍の目的を考えれば領民を損なわないようにするのは当然といえたが、施設についても配慮をするようにとは、つまりはそれらを再建するのにもそれなりの金子が入り用になるためであった。
アポリッテア姫の新政府は財源に乏しく、余分な出費は控えたいところなのである。
「それでは、中に兵を乗り込ませるしかないですね」
「時間をかけて兵糧攻めにする手もあることはあるが、やつらが自暴自棄になって暴れ出す可能性もあるからな」
ネレンティアス皇女はスゲヨキのその言葉に頷いた。
「芸はないが、そうしておく方が無難か」
「一応、外から投降をするように呼びかけてもおきましょう」
「これ以上の抵抗は無益である!」
「おとなしく出てきて投降せよ!」
などと市庁舎周囲の複数の場所から大声で呼びかけ、その裏で解放軍の中から狭い場所での白兵戦に強い兵士を選抜して突入隊を編成する。
解放軍、というより冒険者ギルドは、登録者の特技などはあらかじめ控えており、こうした事態も想定して準備もしていたので、選抜と呼び出し自体にはあまり時間がかからなかった。
この突入隊には、ヴァンクレスも選ばれている。
戦闘能力もさることながら、敵兵の戦意を削ぐことも目的とした人選であった。
「中に居る者で、降伏をしないものは皆殺しにしても構わない」
準備を終えた突入隊にむかって、ネレンティアス皇女はそういった。
「あの建物の中に居る時点で、それまでにいくらでもあった投降をする機会を自分から無視したやつらばかりだからだ。
あの中には、今、下手に手心を加えて生かしておくとかえってあとに障るような連中ばかりが残っているはずだ。
無抵抗で盛大に命乞いでもしてくれば生かして外に出してもいいが、それ以外の者はこの場で片づけるつもりでやってくれ」




