アズラウスト公子の提案
実のところ、ケイシスタル・ワデルスラス姫はアズラウスト・ブラズニア公子という人物のことを苦手としている。
より正確にいうのならば、アズラウスト公子のみに限らず、
「いかにも貴族然とした端正な風貌を持った貴族」
という存在全般に苦手意識を持っていた。
自身の風貌が若い女性であるのにも関わらず、かなり厳ついものであることを十分に自覚しているからであり、このために社交界などで悪い意味で目立ってよからぬ噂の的となったことも何度もある。
そうした端正な風貌を持った貴族を目前にすると、どうしても劣等感が頭をもたげてしまうのであった。
「やあやあ、どうもどうも」
その元凶であるアズラウスト公子はケイシスタル姫の内心を知る由もなく、いかにも能天気な笑みを浮かべている。
「ようやく父上の説得に成功したので、ここからは遠慮なく介入をさせていただく予定ですよ。
どうか今後もよしなにお願いします」
ブラズニア公爵家の親子間でどのようなやり取りや駆け引きがあったのか、ケイシスタル姫は知りようがなかった。
ただ、その晴れやかな笑顔を見ていると、
「これからは、この人が野放しになるか」
といった諦観混じりの感慨しか湧いてこない。
このアズラウスト公子は、王国貴族の中でも魔法の研究に入れ込んでいるという風評の持ち主でもあった。
それも、通常、穏当な研究の域を超えて、人体実験を含むかなり危険な領域にまで踏み込んでいる、などという噂さえある。
その真偽はさておき、研究者は研究者でもその頭に「狂」の文字がつきかねないたぐいの研究者なのであった。
「ご助力自体は歓迎したいところなんじゃが」
ケイシスタル姫は表情を変えずにそう応じた。
「今の状況で魔法兵が五十や百増えたところで、形勢が大きく変わるとも思えんのだが」
確かに、戦場において魔法兵の存在は脅威ではある。
控えめにいっても、通常の兵士よりはずっと頼りになる存在であるといえよう。
しかし、それも状況次第であった。
今回のように、数十万単位の大軍を前にしたら、多少味方の戦力が補増されたところで、状況をひっくり返すほどの影響は与えられないものと、ケイシスタル姫はみなしている。
さらにいえば、敵軍の中にも魔法兵はそれなりに存在しているはずなのだ。
「そこは、それ」
アズラウスト公子は軽い口調でいった。
「正面から挑もうとするからですよ。
敵軍はその、大軍同士の正面衝突こそを望んでいるんです。
馬鹿正直にそれに応じて差し上げる必要は、どこにもありません」
「しかし、裏をかくといっても」
ケイシスタル姫は動揺を隠しながら、そう応じた。
「そもそも敵軍の背後を襲えるような迂回路とてなく」
「だ、か、ら」
アズラウスト公子はゆっくりとした口調で説明をした。
「まずはその、馬鹿正直な発想をいったん忘れましょう。
敵が大軍で攻めてきたからといって、こちらも必ずそれに応じなければならないという法はありません。
いくさとは所詮詭道、敵の思惑の裏をいってなんぼのものです」
「では、具体的にどうしろと?」
「大軍はこのまま適当に相手をしておいて」
アズラウスト公子は涼しい顔をしたまま、とんでもないことをいい放った。
「別働隊を組織して、ドラジア王国の王宮を直接急襲します。
今のドラジアはなりふり構っていない様子ですから、本来であれば国内の防備に残しておくべき兵力もかなりの部分、スデスラス方面に移送しているものと予想します」
滅茶苦茶ないい分だ、と、ケイシスタル姫は思った。
ドラジア王国が兵力の大半をスデスラス方面に差し向けているのが本当であると仮定しても、特に王宮の周囲までもが警備を薄くしているものは思えない。
いや、それ以前に。
「ドラジア王国内が手薄になっているのが、本当だとしても」
ケイシスタル姫はいった。
「ただそれだけで、他国に攻め入るのが容易になるわけではない。
少なくとも現在の解放軍にはそれだけの仕事を成せるだけの余剰兵力はないし、それ以外にも、他国に兵を入れるともなれば周辺諸国に対して相応に納得のできる名分を説明する必要がある」
ケイシスタル姫が口にしたことは、十分に常識的な見解であったはずだ。
「だ、か、ら」
しかし、アズラウスト公子はそれを軽く一蹴する。
「常識に囚われているだけでは、この混迷した事態を打開できないって。
解放軍に余剰の戦力がない?
ドラジアの本国に攻め入るのに名分がない?
そんなもの、手持ちがないなら他所から借りて来ればすむだけじゃあないか」
「他所から、って!」
ケイシスタル姫は身を乗り出して反駁する。
「具体的に、どうしろと?」
「ビゲジア王国ですよ」
アズラウスト公子は、やはり涼しい顔をして答える。
「ドラジア王国の隣国にして、スデスラスへの侵攻においても必要以上の兵力増員を避けてきたビゲジア王国は、今でも充分な兵力を保持しています。
さらにいえば、ビゲジアにとってもうひとつの隣国ゴロジオは現在、王家派とバイラド・ゴロジオ派の二派に分かれた内乱に突入をしたばかり。
スデスラスはご覧の通りの有様ですし、ビゲジア王国にしてみれば、今こそ後顧の憂いなく国外に兵を出すことができる、格好の好機であるといえましょう」
「ビゲジア王国を扇動して、ドラジア王国へと攻め入らせよと?」
スデスラスの内部事情にしか注意を払ってこなかったケイシスタル姫は、本気で驚いていた。
「煽るまでもなく、ビゲジア王国はすでに、今頃はそのつもりで準備を整えているのかも知れませんね」
アズラウスト公子はそういって肩をすくめる。
「われわれとしては、それにほんの少しの助力をして、ドラジア王国の危機をより一層確かなものへとするように働きかけるだけのことです」
これが、本物の貴族というものか。
ケイシスタル姫はそう思った。
自然体で、視野が広いのだな、と。
王国公爵家の跡取りとして育てられた人間と、公爵家の血縁者ではあるが将来になんの望みを持たれなかった者との違いを、様々と見せつけられた気分であった。
「うちの愚兄が、どうもすみません」
メキャムリム・ブラズニア姫が縮こまってケイシスタル姫に一礼をした。
「そちらの策を検討するよりも前に、まずは当座の問題を解決する方が先決だと思うのですが」
「あ、はい!」
それまでケイシスタル姫とアズラウスト公子とのやり取りに気を取られていたスゲヨキが、弾かれたように動き出す。
「メキャムリム姫様をはじめとする事務方の方々は、どうぞこちらに。
まずは当座の宿舎へと案内をあせていただきます。
そのあとに、ここでの仕事に必要な資料をみていただき……ケイシスタル姫様!
こちらの方々を案内をしている間に、アズラウスト公子とのおはなしを進めておいてください。
ですが、くれぐれも軽々しいことはおっしゃらないように、お気をつけて」
聞くだけ聞いて具体的な判断は保留しておき、言質を取られるような真似はするなと、そういう意味であろうな。
ケイシスタル姫は、スゲヨキの言葉をそう解釈した。
メキャムリム姫を筆頭とする事務方たちは当面の宿舎として解放軍によって用意された建物で旅装を解いたあと、すぐに洞窟衆の輸送業務管理本部へとむかう。
解放軍の兵站事情についての資料は、だいたいそこに集中していたからであった。
時間的なことを考慮しても、割と逼迫した状況にあると判断していたメキャムリム姫は、すぐに部下と手分けをして膨大な資料に目を通しはじめた。
「予想していた以上に、人手が足りていませんね」
しばらく資料に目を通したあと、メキャムリム姫は顔もあげずにそういった。
「外から、流民でもなんでもいいので、人を入れて来ましょう。
五万から十万、で足りるでしょうか?
それでも足りなければ、もっと入れることになるかも知れません」
「そんなに入れて、あとで問題になりませんか?」
「人を集めるのも、そうした集めた人に必要な知識や技を授けて仕事をあてがうのも、もともとは洞窟衆が得意とするところではありませんか」
メキャムリム姫は平然とそういい放った。
「流民が問題になるのは、定職に就かず、治安を乱す存在であるときに限ります。
今はその仕事があるのですから、躊躇せずに人を招き入れましょう」
「それにしても!」
スゲヨキはなおも抗弁をした。
「今から、国外から人をいれようとしたって、到底間に合うものとは思えません!」
「移動時間の短縮については、必要に応じて船を、あるいは、転移魔法でも使えば解決できる問題です」
メキャムリム姫はことなげにそういい放った。
「たかだか人足を相手に、転移魔法までを使用するというのですか?」
スゲヨキは驚愕をして問い返す。
「必要とあれば、ですね」
メキャムリム姫はなにごとか思案しながら答えた。
「その場でなにが必要とされるのか。
モノの価値などというものは、そのときどきの状況によって大きく変動します。
ですが今回の場合は、転移魔法を使用するまでもなく、船を多用すればどうにか必要な人手は集まりそうにも思えます。
スデスラス国境際に流民の集中地がいくつかありますが、そこから船を出せば二日から三日程度で人手が必要な地点にまで到達できると予測できますし。
さっそく伝手のある水戝衆に声をかけて船を押さえておきましょう。
あと、いくつかの地点で流民を集めて頂きたいのですが、洞窟衆の担当の方とかはすでに決まっていますか?」
「今すぐ、こちらにむかわせます」
「スデスラスは運河や河川の開発が進んでいるので、かなり助かりますね」
洞窟衆側の準備が整うまでの時間を無駄にすることなく、メキャムリム姫の一行は作業を続ける。
『クレーンが設置された特定の船着場に停泊をさせようとして、かえって混雑が生じているような状態ですね』
『人力を集中させておけば、それ以外の船着場も有効に活用できるかと思われます』
『それと、船着場と目的地との間の陸路にも、搬送用の人を配置する必要が』
『概算でいいので、すぐに具体的な人数を出しておいて。
それから、半数はすぐに主要な物流拠点に移動をして現地の視察と必要があれば指導を開始して』
「はっ」
事務方の半数近くが唐突にそう声を発して姿を消す。
転移魔法で移動したのであった。
「しばらくは休めないかもしれませんね!」
メキャムリム姫は大きな声で宣言した。
「この散り散りで、断片的な搬送路を、有機的で、効率よく流れるようなものに改変をする必要があります!」
口でいうほど簡単な仕事だとも思えないのだが、それでも、たとえば国境紛争時の混迷状態などと比較をすれば、まだまだ簡単な仕事であるともいえる。
なぜならば、ここでは兵士ひとりひとりの給与計算までする必要がないからだ。
アズラウスト公子の提案については、ケイシスタル姫が渋るために完全な膠着状態に陥ったようだ。
少なくとも、スゲヨキが解放軍司令部に戻ったときは、そのように見えた。
「他国を巻き込むまいと思うケイシスタル姫様の心掛けはご立派であると思いますが」
見かねたスゲヨキは助け舟を出した。
「案外、アズラウスト公子様がいうとおりに、ビゲジア王国も今頃はドラジア王国への侵攻を準備しているのかも知れません。
使者をやって、まずはビゲジア王国の真意なり方針なりを確認してみてはいかがでしょうか?」
「おお、そうこなくてはな!」
アズラウスト公子が大きな声を出して賛同した。
「まずはなにかしらの手を打たねば、どうにもならない状況だ!
それに、このぼくが直々にともなれば、解放軍の使者としても不足はない!」
「ふむ」
ケイシスタル姫は重々しく頷いた。
「まずは、ビゲジアの意向を確認しておくことに異存はない。
しかし、使者となるのはアズラウスト公子様だけでは不足じゃ。
アズラウスト公子様のみでは、解放軍の意向を十分に伝えることができるとは思えない。
そこで、うちからもこのスゲヨキを伴っていただこう」




