ゴロジオ王国軍の転進
「なんと悪辣な」
「いや、敵対する勢力を分裂させ、互いに潰し合わせて力を削ぐのは、兵法として理に適っています」
ズメルバ伯爵とハザマとのやり取りについて説明ををされたケイシスタル姫とスゲヨキは、それぞれに感想を漏らした。
「第一、身内の王族を殺すように依頼してきたのはゴロジオ王国の側でして、こちらが契約内容に反したことをしていない以上、道義的なことで非難をされるいわれはないと思います」
「いや、理屈ではそうなるのであろうが」
スゲヨキにそう説明をされても、ケイシスタル姫はまだ渋い顔をしている。
「なんというか、そういう理屈をすんなりと納得できるようにはなりたくないものだな」
「姫様はそのままでいいですよ」
スゲヨキはあっさりとそういった。
「そのまま、高潔な方でいてください。
汚れ仕事はこちらで勝手にやりますから。」
『ああ』
バジルニアに居るハザマはいった。
『せいぜい派手に触れ回ってくれ。
捕縛するだけで成功報酬金貨六千枚の大盤振る舞いだ』
「現在、解放軍はゴロジオ王国軍が本陣に対する包囲網の構築をはじめようとしていた矢先でもあります。
敵軍の将に対して賞金を設定するのも、けっし不自然なことではありません。
むしろ味方の士気をあげるのに一役買ってくれることでしょう」
『そのクエストを公開するのと同時に、このクエストの依頼主はゴロジオ王国軍であるという噂もばらまいてくれ』
「バイラド・ゴロジオという人物の耳にも入るように、ですね?」
『そういうことだ』
スゲヨキが確認をすると、ハザマは肯定した。
『さて、件のバイラド・ゴロジオ様は、果たしてどう動くかな。
ズメルバ伯爵から聞いていた通りの人物ならば、スデスラスの状況なんか放置してそのままゴロジオ王国へと自分の軍勢を差し向けそうなものだが』
「おれの首がたかだか金貨六千枚にしかならないだと?」
自分の身柄に賞金がかけられたことを知ったバイラド・ゴロジオは、そんな反応を示した。
「随分とまた、安く見積もられたものだな。
おれの能力を考えれば、任務達成のための難易度はかなり高い。
桁が二つ三つ増えていたとしても不自然ではないと思うが」
「依頼した側は、もっと多くの金子を支払っていると思われます」
イジドルオ卿がいった。
「洞窟衆だか解放軍だかが、手数料を中抜きしているはずですので」
「洞窟衆、か」
バイラド・ゴロジオが呟いた。
「確か、ズメルバ伯爵が少し前にハザマ領のバジルニアとやらを訪ねていたな」
「バジルニアに赴き、領主官邸に長いこと入っていたことまでは確認しております。
うちの間者も、流石にそのでのやり取りまでは探ることができませんでしたが」
「ズメルバ伯爵は、裏表がない好人物だ」
バイラド・ゴロジオはいった。
「貴族としてはどうかと思うが、こうした交渉で依頼内容に裏がないと思わせるためにはうってつけの人材であるともいえる」
「王家の連中がバイラド様の存在を煙たがっていることは確かなはずですがね」
「それは前提としても、このおれがゴロジオ王国にとって害にしかならぬ人物であるという印象を植えつけるのに、頭の硬いズメルバ伯爵ならば最適であるということだな。
なにせあのご仁は、本気でこのおれを能無しの若様だと思い込んでいる」
「大方の事実でしょう、それは」
「そういうな、イジドルオ」
バイラド・ゴロジオは苦笑いを浮かべた。
「寝首をかかれないために、無能なふりをするのもこれでなかなか骨が折れるのだぞ」
「仮にバイラド様が自認なさるほどに有能であったのなら、このスデスラスの大半はすでにゴロジオ王国の領土になっていましょう」
「解放軍などというものが出しゃばってこなければ、まだしもやりようがあったのだがな」
バイラド・ゴロジオは軽くため息をついた。
「実際、やつらが旗揚げするまでは、各国それぞれに安定した境界を保って、このスデスラスの状況はおおむね安定していた。
あのままの状態が数年保てば、それが既成事実となってそれぞれの領有権を主張することができたのだが」
「今さら泣きごとをいってもはじまりません」
イジオルド卿はいった。
「変化に対応できなかったのはこちらの落ち度であり、他に責任を転嫁することはことはできないのですから。
それで、具体的にはどうなさいますか?」
「どうする、とは?」
「これからのゴロジオ王国軍、ならびにバイラド・ゴロジオ様がどのように振る舞うのかという、その方針ですよ」
「そうさな」
バイラド・ゴロジオは目を細めた。
「他人が書いた筋書きに乗るのも釈然としないが、なにより今のゴロジオ王国軍はぼちぼち物資に不足が出はじめている」
「人間用の食料は周辺からかき集めればまだしもどうにかできるのですが、馬用の飼料が圧倒的に足りていません。
そもそも、スデスラス側の抵抗がここまで執拗になるものとは当初予想していませんでした」
「まあ、会戦の回数が増えればそれだけ物資も消耗するのは自然な成り行きではあるわな」
バイラド・ゴロジオはしたり顔で頷いた。
「こちらの見積もりがそれだけ甘かったと、そう割り切るしかない。
なにしろスデスラスに侵攻した当初は、解放軍自体が存在しなかった。
それでだ、イジドルオ。
お前、わが軍がこのままスデスラスに居座ったとして、おれたちが領有権を主張できるほどに長居ができると思うか?」
「無理でしょうね」
イジドルオ卿は即答した。
「解放軍はこうしている今も、わが軍に対する包囲網を構築しているはずです。
持久戦になれば、兵站に不安があるわが軍はますます不利になるはずです」
「ならば、できる選択はひとつしかないではないか」
バイラド・ゴロジオはいった。
「全軍で、一度オロジオ王国にとって返し、体制を立て直す。
幸いなことに、そうしても謗られないための名目を考えなしの王室の連中が作ってくれた」
「……王室と、正面から事を構えるつもりですか」
この発言には、イジドルオ卿も流石に顔をしかめた。
「逆賊の汚名を着ることになりますよ」
「なに、最初におれの殺害を試みたのは連中の方だ」
バイラド・ゴロジオは平然といい放った。
「自衛のためにやむなく楯突いたということになれば、その汚名とやらも幾分はやわらぐだろうよ。
それにだな。
ガンガジル王家の連中とかエセルとかいう精霊使い、それに、あの戦鬼のヴァンクレス。
おれ並とはいわぬが、加護持ちとか突出した戦闘力の持ち主がゴロゴロ居る解放軍と、ゴロジオ王国の正規軍。
イジドルオ、お前、まともにやり合うのなら、どちらの方がやりやすいと思う?」
「圧倒的に、本国の正規軍ですね」
イジドルオ卿は即答をする。
「そちらの方が、まだしも常識というものが通用します」
「そういうことだな」
バイラド・ゴロジオはしたり顔で頷く。
「いやはや。
当初の予定では、王家の連中とまともにやり合わないために、このスデスラスの地に安住先を求めたはずであったが。
なかなか予定通りにはいかないものだ」
「スデスラスの連中も、だいたい同じことを思っていることでしょうね。
それで、すぐに全軍に本国への撤退命令を出しますか?」
「撤退ではない。
転進だ」
バイラド・ゴロジオはいった。
「わが軍は、当座の標的をしばらく変えるだけだからな」
「しばらく?」
思わず、イジドルオ卿は訊き返してしまう。
「しばらく、ですって?
ひょっとして、まだスデスラスの領地を諦めていないんですか?」
「なんで諦める必要がある?」
バイラド・ゴロジオは心底怪訝そうな表情をする。
「わが軍が当座の標的を変えるのは、解放軍よりも脅威度が高い相手を先に倒すためと、それに、一度帰国して全軍の体制を立て直すためだ。
なに、このおれが本気を出しさえすれば、本国の軟弱な連中など軽く捻ることができるさ」
「そのように過信をするのはバイラド様の勝手ですが、その妄想に他の将兵の命運まで巻き込まないでください」
「そういうな、イジドルオ」
バイラド・ゴロジオはいう。
「それでは、転進命令の伝達は頼む。
おれは少し出てくる」
「この非常時に、どちらに」
「なに、スデスラスの女たちに、しばし別れの挨拶をと思ってな」
その日、解放軍司令部からさほど離れていない路上に、唐突に人が降ってきた。
いや、降ってくる、というよりは、まず竜巻が不自然に発生し、それが消えたあとに一人の男が立っていた、という方が、より正確な記述になるのか。
いい身なりをした、堂々たる体格の美丈夫であった。
「ふむ」
その美丈夫は、なにごとかと集まってきた野次馬連中をしばらく見渡したあと、大声でそう名乗った。
「おれは、こちらの解放軍から金貨六千枚の賞金首をかけられた、ゴロジオ王国軍のバイラド・ゴロジオという者だ!」
おお!
と、その場に集まった野次馬連中が一斉にどよめく。
「おれの首を狙うつもりなら、しばらく待ってくれ!
あとでいくらでも相手にしてやる!
おれは解放軍のケイシスタル・ワデルスラス姫に挨拶に来た!
アポリッテア・スデスラス姫でもいい!
とにかく、そちらの代表者に挨拶をしたい!
誰か案内をしてくれる者はおらんか?
それともスデスラスの連中は単身で乗り込んできたこのおれを恐るばかりの腰抜け揃いか!」
「おれがバイラド・ゴロジオだ」
「わしが、ケイシスタル・ワデルスラスじゃ」
ケイシスタル姫様は突然の来訪者を観察する。
若く、健康そうで、いかにも王侯貴族然とした、覇気に満ちた様子の若者だった。
社交界に出れば、さぞかしもてたことであろう、などと、ケイシスタル姫は思う。
「ふむ」
バイラド・ゴロジオの方も、しげしげとケイシスタル姫を眺めてからそういった。
「その様子では、そちらも加護持ちか?」
「それらしく頑強に生まれついてはいるが、所詮それまでのこと」
ケイシスタル姫はいった。
「いかんせん、そちらのようにこれといった特技は持っていない。
周囲の者たちから支えられて、どうにかやっていられるような塩梅じゃ」
「なるほどなあ」
バイラド・ゴロジオは得心したように頷いた。
「いや、将のあり方としては、そちらの方が正しい。
特定個人の能力に頼らねばやっていけないのならば、それはもはや軍としての体をなしていない」
「それはいいのだが」
ケイシスタル姫はいった。
「できれば早いこと本題を切り出して頂きたい。
なにしろそちらはこの司令部を丸ごと吹き飛ばすことも可能な加護持ち。
うちの者たちが神経を尖らしていかん」
「おお、それだそれだ」
バイラド・ゴロジオはいった。
「この度、おれはそちらの計略に乗ることにした。
すなわち、スデスラス内部に駐留するゴロジオ王国軍をひっくるめてゴロジオ王国にとって返し、王の首を取ることにした。
そうしないと、枕を高くして眠れぬからな」
「……はぁ?」
ケイシスタル姫は、間の抜けた声を出した。
「いやそれは、謀反にならないのか?
それ以前に、わざわざそんなことを宣言するためにここまで来たのか!」
ケイシスタル姫にしてみれば、バイラド・ゴロジオが発言した内容も、その言動も、すべて理解の外にある。
「謀反ではあるが、殺意をむけられた相手に反抗するのは当然のことだろう」
バイラド・ゴロジオは平静な声でいう。
「みずからの身を守るための、一番の方法だ。
だからここは、少々悔しくもあるが遠い地に居るハザマ男爵の計略に乗ってやることにした。
直接ハザマ男爵とやらに挨拶をできればそれが一番なのだが、立場上それもできぬのでこちらからよろしく伝えておいて欲しい」
「ちょっと待ってください!」
ケイシスタル姫の背後に控えていたスゲヨキがバイラド・ゴロジオに質問をした。
「これから撤退をするゴロジオ王国軍に対して手を出すなとは、要求しないのですか?」
「敵である解放軍に対してそこまで求めるのは、こちらのわがままというものだろう」
バイラド・ゴロジオはスゲヨキに対して屈託のない笑みを見せた。
「それについては、そちらの好きにすればいい。
ただ、おれの軍勢を損ねた代償は、いずれ支払ってもらう」




