狂風のバイラド・ゴロジオ
「穏やかではありませんね」
ハザマはいった。
「倫理的な問題はおくにしても、冒険者ギルドとしては他国内の権力闘争に加担する前例を作りたくないというのが本音です」
「いや、確かに」
ズメルバ伯爵はハザマの言葉に頷いた。
「そのいい分も道理。
こちらもかなり無茶なことを要求しているとは思う。
そうした前提に立った上で、もう少し事情を説明させて貰えないだろうか?」
「はなしを聞くだけでしたら」
しぶしぶ、といった感じハザマに頷いた。
高圧的な態度で迫られたら即座に面会を打ち切るところであったが、相手の側が下手に出てくるとどうにも強い態度にでることができない。
「最初に確認しておきますが、その、バイラド・ゴロジオ様ですか?
そのバイラド様を亡き者にせんとする企てているのは、そもそもなぜなのですか?」
「そうだな。
まずはそこから説明をするべきであった」
ズメルバ伯爵はため息混じりにそういった。
「バイラド様は個人としてみれば善良で、なおかつ王族とは思えないほど気さくな方でもある。
領民の間でも信望が厚い」
「他の王族の方々がそこに危惧を抱いている、ということですか?」
ハザマは訪ねた。
流れからいって、よくある御家騒動とか権力闘争であろうと、そんな風にあたりをつけたからだ。
「いや、いかにバイラド様が民の信望を集めたとしても、ゴロジオ王家の序列は揺るぎない」
ズメルバ伯爵はゆっくりと首を振った。
「バイラド様が王位につく可能性は、ほとんどないだろう」
「では、なにが問題なのですか?」
ハザマは重ねて訊ねた。
「これまで聞く限りでは、人気者の王族が居るって、ただそれだけのことではないですか」
正直なところ、ハザマにしてみれば、ただそれだけで公然と殺害を求められるのは、あまりにも理不尽に思える。
「バイラド様は加護を持って産まれた身であらせられる」
ズメルバ伯爵は沈痛な表情で述べた。
「それも、とてつもなく強力な加護を。
バイラド様が存在をするだけで、ゴロジオ王家はいつ弾けるのかわからない、特大の爆裂弾を抱えているようなものだ」
「……加護、ですか」
ハザマは軽く顔をしかめた。
「普通、なんらかの加護を持って生まれれば祝われることはあっても疎まれることはあまりないのではないでしょうか?」
二ライア・ガンガジル姫の顔がハザマの脳裏をかすめたが、ああいう加護はどちらかというと例外であろう。
というか、ハザマの想像力では周囲から忌避される類の加護というものがそんなに思いつかなかった。
「暴風といい、強風と呼ぶ者も居る」
ズメルバ伯爵は説明をした。
「意のままに風を操るのが、バイラド様の加護である。
たかが風の力と侮ることなかれ、かのお方の加護の力はとてつもなく強い。
そして、ときとしてかのお方は感情に任せてその加護の力を振るう。
バイラド様は基本的に善良な方であることは間違いがない。
しかし、善良であることと自己の感情をよく制御できるかどうかは、また問題が別となる」
「そんなに強力なんですか?」
ハザマは軽く眉根を寄せた。
「正直に申しまして、聞いただけでは具体的なことが想像できません。
そのバイラド様がどれほど強力な加護をお持ちなのか、予備知識がないわれわれにも理解できるようにご説明していただけませんか?」
「われらゴロジオ王家の者は、バイラド様の加護の力だけで、使いようによっては一軍を殲滅することも十分に可能であるとみなしている」
ズメルバ伯爵は淡々とした口調で説明した。
「そうさな。
このハザマ領の商用地区くらいの広さの場所であれば、いくらもしないうちに根こそぎ吹き飛ばすことが可能であろう。
人も家畜も建物も、すべてを一挙に、だ」
歩く台風、いや、ハリケーン発生源というわけだ。
それが本当だとすれば、確かに普通の軍隊では対抗策がないようにも思える。
「そんな強力な加護の持ち主が、なんでこれまで前線に出ていないんですか?」
ハザマはすぐに思い浮かんだ疑問をぶつけた。
「ゴロジオ王国軍にそんな強い人が居るのなら、これまでいくらでも活躍する機会はあったでしょうに」
「あの方を前線に出したとして」
ズメルバ伯爵は即答した。
「うっかりかすり傷など負ってしまったら、それこそ手がつけられないことになる。
敵も味方も関係なく、かのお方の視界に入る限り、あらゆるものがいずこかへと吹き飛ばされることであろう」
バイラド様は優しい方ではあるが、同時に、おのれの感情を制御することをひどく不得手とするのだ、と、ズメルバ伯爵は続ける。
……おい。
と、そこまで説明を聞いたハザマは思った。
超強力な特殊能力を持ちながら、それをうまく制御することは得意としない、なんて。
それはまあ、確かに身内からも地雷扱いされるだろうなあ。
と、ハザマは呆れと得心を半々に感じた。
いや、そんな人だからこそ、これまで周囲の人間が細心の注意を払ってあらゆる危難から遠ざけられて、超過保護に育てられたのだろう。
癇癪を起こすたびに周囲の物を一切合切、力任せに吹き飛ばしてしまうような人物が居たとしたら、ハザマだってそう育てたかも知れない。
そして、そんな育ち方をした人物ががどのような性格になるのかも、おおむね想像ができる気がした。
「ひょっとして、そのバイラド様は、とてもわがままな性格なのではありませんか?」
「バイラド様は、とてもわがままな性格に育ってしまわれた」
ハザマが確認すると、ズメルバ伯爵は神妙な表情で頷く。
「ゴロジオ王国内においても、自力で自分の領地を切り取って来いとスデスラスに放逐させるほどには、持て余されておいでです。
いや、ハザマ男爵様がいいたいことはよくわかる。
確かにこれは、ゴロジオ王家のバイラド様に対する扱いが原因となっている。
しかしこれまで、解放軍が出現するまでは、うまいことバイラド様の居場所ができたものよと国内においても喜びの声があがっていたのも事実。
あなた方解放軍が姿を現さなかったとしたら、案外、落ち着くべきところに落ち着いていたはずなのです」
「いや、そこをおれたちのせいにされても」
ハザマはいった。
「そもそも、返り討ちにあうのがいやだったら、他国に侵攻なんてするべきではないでしょう」
「それもまた、ごもっとも」
ズメルバ伯爵はそういって懐中から手巾を取り出し、額の汗を拭った。
「人倫にも道理にももとることを要求しているのは、重々承知の上です。
しかし解放軍は、当初こちらが想定する以上に強かった。
このままでは遅いか早いかの違いはあったにしても、いずれにせよゴロジオ王国軍の本陣まで攻め入ってくるものと予測をしております。
そしてそうなれば、かのバイラド・ゴロジオ様も戦場に出るしかない。
かのお方が本気で戦いはじめたら、敵も味方も関係なく周辺のものがすべて、強風によって吹き飛ばされてしまうのです。
被害がどれほどのものになるのか、予測がつかないほどです」
そうなる前に、どうかバイラド・ゴロジオの息の根を止めてくれ、というのがズメルバ伯爵の具体的な依頼内容であった。
……育児に失敗したツケをこっちにもってくんなよ。
と、ハザマは思う。
それとは別に、その場で思いつた別の解決策をいくつか提案してみた。
「そのバイラド様を懐柔することはできませんか?」
ハザマはいった。
「酒でも女でも、あるいは他の嗜好品でもいい。
とにかく興味を引くものをあてがって、うまく戦場から引き離すとか」
「バイラド様は、酒にも女にも、あまり深く耽溺することがありません」
ズメルバ伯爵はゆっくりと首を振った。
「バイラド様は、ゴロジオ王の孫に当たる方ですからな。
その手のものは一通り嗜みはしますが、それだけです。
常に最上のものを味わっていらっしゃるので、むしろ食傷気味になっております。
ついでいえば、バイラド様は美男子でもありますので、放っておいても近づいてくる女性にはことかきません」
「それはまた、羨ましい限りで」
あまり感情を込めずにハザマはいった。
「配置換えのなどの口実を設けて、スデスラスから引き離すとかできませんか?」
「実はこれまでの損害を考慮した上で、少し前からゴロジオ王国全軍にむけてスデスラスの撤退命令を出してはいるのですが」
ズメルバ伯爵はいかにも申し訳なさそうな表情をしていった。
「総司令官であるバイラド様がその撤退命令を無視している状況です。
どうやらバイラド様は、目下のところのスデスラス攻略という遊戯にひどくご執心のようでして」
ようするに、そのバイラド・ゴロジオという男と解放軍の直接対決は避けられないようであった。
「とはいえ、そんな危険人物とうちのやつらを噛み合わせるのはなあ」
ハザマはため息をついた。
「絶対に勝てないともいわないけど、正面からまともにぶつかったら被害が大きくなるばかりだ」
「いやはや、申し訳ない」
ズメルバ伯爵が軽く頭をさげた。
「バイラド様がすでにゴロジオ王家の指令に従わなくなってしまった以上、われらにできるのは被害を最小限に収めることのみ」
その具体的な方法というのが、バイラド・ゴロジオの殺害依頼だというあたりがかなりアレな結論ではあったが。
ズメルバ伯爵はこの男なりに、真面目に考えた上で出した結論であるようだった。
「最初にもいったとおり、冒険者ギルドで、あるいは他の洞窟衆の下部組織で、特定の人物の殺害依頼を受けつけることはできません」
少し考えてから、ハザマはいった。
「そんな依頼を安易に受けるという前例を一度作ってしまえば、それ以降は各国の政争にいいように利用されてしまうからです」
「おっしゃること、実によくわかります」
ズメルバ伯爵は肩を落としてそういった。
「それでは、バイラド様の殺害依頼は受けられないということですね?」
「その通り、殺害依頼を受けることはできません」
ハザマはいった。
「しかしその他の方法で、バイラド・ゴロジオ様の暴走を防止し、あわよくばバイラド様の興味をスデスラス攻略以外のものにむけることは、ことによると可能であるかもしれません」
「それはまことでございますか!」
「あくまで可能性はある、程度であり、実際の効果のほどは、試してみないことにはなんともいえませんが」
ハザマは真面目な表情でいった。
「ただ、試してみる価値はあると思います。
そうした、比較的穏当な手段を一通り試した上で、それでもバイラド様が初志を曲げずにスデスラスに居座ろうとする場合には、やはり解放軍との直接対決は避けられません。
その際に、バイラド様の身柄について賞金を設定することは可能です」
「賞金、ですか?」
「いわゆる、賞金首というやつですよ。
解放軍が敵対する勢力の司令官に賞金を賭けることは、別段、不自然でもないでしょう。
解放軍の将兵たちにとっても、士気を高揚するための方便となります。
殺害自体を目的とする依頼は受けつけることができませんが、生死を問わず、バイラド様の身柄を解放軍の司令部まで持ってきた者に対して賞金を与えることは可能です。
バイラド様を生きたまま捕えることができた場合、その身柄はそのままゴロジオ王国の方に引き渡すことになりますが、それで構いませんね?」
「異論ございません!」
ズメルバ伯爵は大声で応じた。
「いや、そうしていただくのが一番いい!」
「では、その線で契約内容を詰めてしまいましょう」
ハザマはそういってリンザに合図をして、執務室の中に契約魔法の専門家を呼び入れる。
ズメルバ伯爵と討議しながら詳細な契約内容を固めて、ズメルバ伯爵から契約金として金貨八千枚に相当する約束手形を受け取る。
かなりの大金ではあったが、バイラド・ゴロジオのような人物の対処料金として考えるとむしろ安過ぎるくらいかも 。
「本当に、バイラドとかいう人を翻意させる方法を思いついたのですか?」
ズメルバ伯爵が執務室を去ってから、リンザがハザマに訊ねた。
「また、口からでまかせじゃあないでしょうね?」
「また、って人聞きの悪いことをいうなよ」
ハザマは軽く顔をしかめていった。
「それではまるで、おれがいつも口八丁で他人を騙しているみたいに聞こえるじゃないか。
やってみないとわからないけど、バイラド・ゴロジオをスデスラスから動かす方法は、実際にあるよ」
やっこさんの耳元に、
「ゴロジオ王国が、バイラド・ゴロジオの首を狙っている」
という情報を囁いてやるのさ。
ハザマは、平然とした顔でリンザに伝えた。




