たて続けの交渉事
「むろん、作物にはおのずと適した気候というものがありますので、わが国土のすべて米を栽培しているわけではありませんが」
グボズラ執政官はいった。
「米ならば、温暖な気候でしかうまく育たないでしょう」
すかさず、ハザマはそんなことをいってしまう。
ハザマが元居た世界では長期間に渡る品種改良の結果、かなり北の方でも栽培可能に成っていたが、稲は元々熱帯原産の植物である。
「よくご存知で」
「こちらの物とまったく同じではありませんでしたが、おれの故郷でも米はよく食べられていましたから」
ハザマはそんな風にいっておいた。
「おお。
それでは、男爵様にとっては故郷の味ということになるわけですか」
グボズラ執政官は芝居がかった挙動で驚いてみせる。
「それは奇遇ですな」
「だから、米の生産性の高さも、水田を維持するためには集団的な労働力を集約する必要があることもよく理解しています」
ハザマはそう続ける。
「確かに米は栄養もあるし生産性も高い。
しかしその分手が掛かる。
そうですよね?」
「そのおかげで、わが連合は十分に栄えております」
グボズラ執政官はハザマの問いかけには直接答えなかった。
「確かに稲を栽培することは、多くの人手を必要とする大変な仕事になりますが」
「同じ作付面積だと、麦よりも米の方がより多くの人間を養うことができる。
そうですよね?」
だからこそ、あれほどの大兵力をあっさりと他国に送り込むことができるのか、と、ハザマは思った。
「そちらのお国がどれほどの国土を持つのかおれは知りませんが、場合によっては人が増えすぎるんじゃないですか?」
「どれほどの数から増えすぎると称するべきなのか、その基準がはっきりとはしませんが」
グボズラ執政官はいった。
「わが連合が過剰な労働力を持て余し気味であることは、否定できません」
やはりな、とハザマは思った。
「他の国々はスデスラスの利権が欲しかっただけだが」
そして、こう続ける。
「あなた方ベズデア連合の場合、そのままスデスラスの土地に居着いて、乗っ取ってしまうつもりなんだ」
だからこそ、次々と膨大な人数を送り込むことができる。
元から住んでいた住人たちを追いやり、他の勢力との衝突で損耗する人数も計算に入れた上で、それでも相応の人数が残るだけの兵隊を送り込んで、いった先で土地を自分たちで耕して年数を重ね、ここはすでに自分たちの土地であると主張するだけの既成事実を作ってしまう。
ベズデア連合が狙っているのは、占領というよりは植民であった。
だからこそ、兵士たちも自分の土地を獲得するために死に物狂いで働く。
「乗っ取るとは人聞きの悪い」
グボズラ執政官がいった。
「そもそも土地の所有権などというものは、人間の都合で勝手に設定しただけの概念に過ぎません。 天然自然の原理に基づいた法則などではない以上、過度に尊重をする必要もないでしょう」
「その理屈で世論が、周辺の国々が納得をしてくれるものでしょうか?」
ハザマは静かな口調で疑問を口にした。
「なに、納得してくれいない場合は、遠慮することなくわが連邦に宣戦布告をしてくればいいのです」
グボズラ執政官は悪びれることなくそういい放った。
「さすれば、わが連邦の方も、所属する人民に対してより多くの土地を分け与える口実が得られます」
ああ、こいつらは。
と、ハザマは思う。
確信犯だ、と。
戦争をしたくてたまらない、というよりも、周辺の国々への領土的な野心が旺盛で、なにか口実があれば躊躇することなくすぐにでも攻めこんでいく。
そんな歪な膨張主義を、国の方針として首肯しているようだった。
その背景には膨大な人口増加率があり、ベズデア連邦としては、そうした外征が必ずしも成功しなくてもいい、くらいに思っているのかもしれない。
そうした外征が失敗したにしても、そのために外に出しただけの人数分、人口が減りベズデア連合内の内圧がさがるわけで、どちらに転ぶにせよ、ベズデア連邦としては損をしないようになっているのだった。
なんてえ国だ。
と、ハザマは軽いめまいを感じた。
人命とは尊いものである、という前提さえ無視してしまえば、そうしたやり方は確かにアリではある。
しかし、人権とか人命を尊重する価値観を刷り込まれて育ったハザマとしては、到底受け入れることができなかった。
「あなた方ベズデア連合は」
ハザマは確認した。
「たしか、身分の違いを否定し、人の立場に上下は存在しないということを国是にしていたはずですよね?」
「左様」
グボズラ執政官は大きく頷いた。
「わが連邦はそもそも、人民を抑制して豪奢な生活を送っていた王国貴族を打倒した革命を成功させたのを機に建国した、まだまだ歴史が浅い、若い国です」
「そうした歴史を持つのであれば」
ハザマはいった。
「人命や、人間一人ひとりが持つ権利を尊重するような気風は育たなかったのですか?」
「何故そんなものを尊重しなければならないのですか?」
グボズラ執政官は怪訝な顔つきになった。
「建国時の革命によってわれわれが学んだのは、巨大な権力を握り、権勢を誇った人物であってもその実態はわれわれと同じく単なる一人の人間であるということです。
そして、制度とか地位に守られていない、丸裸となった人間は、等しく無力で脆いということです。
尊重をするべきは個々の人間であるよりは、集団としての意思でありましょう」
ベズデア連合は、個人よりも集団、組織を尊重する。
「あなた方、ベズデア連合とは正面から戦いたくはないものですね」
ため息混じりに、ハザマはそういった。
冗談じゃない、とハザマは思う。
兵の損耗を恐れず、次々と大兵力を送り込んでくる方針をよしとする勢力とまともにやりあったとしても、こちらの損害が大きくなり過ぎて洒落にならない、と、そう思ったのだ。
「その件については、まったく同感ですね」
グボズラ執政官はいった。
「わが連邦の側も、あなた方のように興味深い組織とは敵対したくはないと考えております。
それよりは、より親密で友好的な関係を築きたいものだと考えております」
「まあ、ハザマ領なり洞窟衆なりとそちらのお国との関係に関してはそれでいいとしても」
ハザマはいった。
「現在スデスラス国内で進行中の問題に関しては、われわれはあくまで助力をしているだけの立場に過ぎず、解放軍の方針についてまで過剰に介入する立場にはありません。
今後の状況の変化によっては、貴国の軍勢と解放軍とが戦火を交える可能性も否定出来ないでしょうね」
洞窟衆側は解放軍の動きに影響を与える立場にはないと、軽く流した形である。
これは紛れもない事実であったのだが。
「ふむ。
そうですか」
グボズラ執政官はいった。
「それでは、その件についてはそういうことにしておきましょうか。
それで、現在わが連邦では缶詰の生産を検討しているわけですが……」
内心ではどう思っているのか定かではなかったが、あっさりと話題を変えてきた。
スデスラスの件はさておき、通信や製紙、印刷、缶詰の製造など、ベズデア連合が洞窟衆側から学びたいと思っている技術はいくらでもあり、ハザマの側が難色を示した話題よりは、まずはそちらの方を進めたかったのだろう。
ハザマとしても、そうした技術情報については適価で公開する方針であったので、以降は単なる商談として消化することが出来た。
「ふう」
やがて約束していた時間が過ぎて、グボズラ執政官は官邸の応接室から姿を消した。
「思考の根本部分が理解不能なやつとはなすのは気疲れがするな」
ため息まじりに、そうこぼす。
グボズラ執政官は、決して狂気に取りつかれているわけではなかった。
ただ、ベズデア連合の身内にしか通用しない、その他の場所のそれとは大きくかけ離れた価値観を心の底から首肯しているだけだ。
いや、ある意味では、単なる狂気よりも始末に悪いか。
とか、ハザマは思い直す。
先ほどの様子が芝居でないとすれば、グボズラ執政官をはじめとするベズデア連合の高官たちは一種の狂信者であるということになる。
そういう歪んだ価値観はできれば内々だけにとどめておいて、外には出さないで欲しいもんだな、とハザマは思う。
「お疲れのところ申し訳ありませんが」
そんなハザマに対して、リンザが声をかけてくる。
「今日は時間が押しています。
レブント子爵婦人が控室にお待ちになっていますが……」
「すぐにこちらに入れてくれ」
気を取り直してハザマはいった。
「最前までベズデア連合のグボズラ執政官がいらしたようですが」
挨拶もそこそこに、ムノライ王国のレブント子爵婦人はそんなことをいい出した。
「あの方、スデスラス内の件で、解放軍との間に相互不可侵条約などを打診しては来ませんでしたか?」
「いいえ」
ハザマはあっさりとそういうことができた。
「そういう事実はありませんでしたね」
実際には、グボズラ執政官がそんなことを言い出す前に、洞窟衆側が解放軍の選択に口を挟むことはないと釘を差した形ではあったが、実際にグボズラ執政官がその手の申し出を口にしなかったのは厳然たる事実である。
「そうですか」
レブント子爵婦人は意味ありげなほほ笑みを浮かべる。
「わがムノライ王国はすでにスデスラスからの撤退を決定した身。
これ以上に深く追求することは、止めておきましょう。
それで、昨日話題に出ていた、わがムノライ王国軍のうち、いくらかの人員を解放軍に提供させていただくという件についてですが……」
人選など、ムノライ王国側の準備は数日中に終了するはずだという。
ついては、解放軍側の受け入れ体制が整うのはいつになるのか、具体的な日程を知りたいということだった。
「その件についてはどうなっている?」
ハザマは傍らに居たリンザを振り返って確認した。
「解放軍司令部は目下のところ別件に手を取られておりますので」
リンザは淀みない口調でいった。
嘘ではない。
ムノライ王国軍の将兵を受け入れる前に、もっと大人数であるビゲジア王国の兵士たちを受け入れる準備をするため、今頃解放軍司令部は大わらわになっているはずであった。
「今すぐに即答はできません。
ですがいずれにしろ、やはり数日中には受け入れ体制を整えられると予想できます」
「かなり急なおはなしでしたが」
レブント子爵婦人が確認をしてくる。
「疑うわけではありませんが、本当にわずか数日だけで数万からなる将兵を受け入れる準備が整うのですか?」
「うちの者たちは、そうした急な要件に対応することには伝統的に慣れておりますので」
リンザは平然といい放った。
「そのうちの気風を受け継いでいる解放軍でも、それくらいのことは十分に対処可能であるかと思われます」
「そのお言葉を素直に信じることに致します」
レブント子爵婦人はいった。
「その件についてはそれでよしとして、ときに男爵様。
こちらのバジルニアにおいては、実に様々な人々が行き交っておいでですね」
「ええ、まあ」
ハザマは曖昧に頷く。
レブント子爵婦人が話題をどこに持って行こうとしているのか、読めなかった。
そこで、
「最近では山地民だけではなく、平地のあちこちから集まってきた商人の方々がこんなところにまで足を運ぶようになってきたようです」
などと無難なことをいっておく。
「こちらのバジルニアでは、異族の人たちも決して珍しくはないようで」
レブント子爵婦人はそう続けた。
「周囲の人たちもそうした異族の人を特に気にする様子もありませんでした」
「平地とは違い、山地ではそうした異族を長く使役してきた歴史がありますから」
ハザマはそう応じておく。
「平地の国々とは、文化や価値観が違っているんでしょうね」
レブント子爵婦人がバジルニアの町中で見かけたというのは、十中八九、犬頭人のことだろうとハザマは予測する。
今のバジルニアには、冒険者として活動をする犬頭人たちが平然と紛れ込んでいた。
「ああした異族をそのまま野放しにして、危なくはないのですか?」
「少なくともバジルニアの市中を闊歩しているような異族に関しては、なんの問題もありません」
レブント子爵婦人の質問に対して、ハザマは即答をする。
「人間に対して害意を持っているような異族は、そもそも人里には近づいてきませんから」
これは、事実である。
そもそも、バジルニア内に居るような犬頭人は、例外なくハザマをリーダとして認めて絶対服従の態度を見せている。
逆にいえば、人里から離れた山中などでは、人間の商隊が異族に襲われるような事例も少なからずあるわけだったが。
「そうですか」
レブント子爵婦人はなにやら考えこむ顔つき
になった。
「そうした異族が、商人の荷物持ちなどをしている場面も目撃しました」
「最近では、山地の商人を中心に、異族を荷物の運搬役として雇うことが増えているようですね」
リンザが説明をする。
「山地の人間は元々異族を使役することに抵抗を持っていませんし、平地の商人たちも徐々にそれを真似はじめているようです。
なんといっても異族は、人間なんかよりもよほど力が強く動きも素早いわけですから」
移動中、何者かに襲われた用心棒代わりにもなるし、同じ人数を雇うのならば、異族を雇っておく方がなにかとお得というわけであった。
「そうすることができるということは、つまりは異族も使用人として雇えるということですよね?」
レブント子爵婦人はそんなことをいいだす。
「ああした異族の子たちは、どこへいけば雇うことができるのですか?」
そっちかー!
と、ハザマは心の中で叫ぶ。
「ええと」
躊躇いつつも、ハザマとしては教えるしかなかった。
「雇用の条件や頼みたい仕事の内容を詳細に説明した上で、冒険者ギルドに仲介を頼めば、あるいはそちらで働きたいという異族が現れるかもしれません。
ただ、冒険者ギルドはあくまで仕事を希望者に斡旋するだけであり、その希望者が現れなかった場合は契約そのものが成立しません。
そのときは諦めてください。
いや、それよりも。
大丈夫ですか?
異族を連れ帰ったりして。
まわりの人たちの反対とかは……」
「だって、彼らが危害を加えることはないと保証してくださったのは、他ならぬ男爵様でしょう?」
そういってレブント子爵婦人は笑みを浮かべた。
「現にああして人々の間に混じって問題なく働いている以上、実際的な危険はないものと判断できると思うのですが」
「たとえ危険はなくとも、ですね」
ハザマはため息混じりにいった。
「ヒトに似た姿形をしてはいても、やつらはヒトではありません。
生態や価値観が、根本からヒトのそれとは違っています。
距離を置いて接する程度ならばいいと思いますが、あまり身近に置くと、かえって想像していたのは違っていたと失望をすることにもなりかねませんよ」
「ご忠告には感謝致しますし、せいぜい肝に刻んでおくことにします」
レブント子爵婦人はいった。
「わたくし、異族の方とはこのバジルニアに来てからはじめて身近に目撃したのですが、なんと愛らしい存在なのでしょう!
是非とも可愛らしい子を雇い入れてムノライ王国に連れて帰りますわ!」
ああ、いや。
ハザマは、心のなかで力なく呟く。
それでいいんなら、いいんですけどね。
なんというか、犬頭人をペットかなにかのように考えているわけですか。
案外、アポリッテア・スデスラス姫あたりと対面させれば話が合う人なのかも知れないな、この人。
いずれにせよ、虐待などをすることを目的としていない以上、ハザマとしても文句をいう筋合いがないことではあった。
あとは雇用者側と被雇用者側の条件が合うかどうかといった問題であり、ハザマ自身はそこまで干渉をするつもりはない。
「わがムノライ王国は洞窟衆から多くことを学びたいと考えております」
私的な要件が済むと、レブント子爵婦人は表情を引き締めて口調も改めた。
「通信や印刷技術など、具体的に指導をして欲しいと思っている技術も多々あるわけですが、それ以外にも多くの書籍を洞窟衆から購入したいと希望しております」
「書籍、ですか」
ハザマは曖昧に頷いた。
「できるだけご希望に添いたいとは思いますが、あいにくとどの書籍も作った端から売れているような状況でして。
そちらだけに便宜を図ると、他の顧客に対して不公正な態度を取ることになります。
大変に申し訳ありませんが、公正を期するために、場合によってはお断りさせて貰うこともあり得ます。
まずはこれから、生産現場に問い合わせてご希望する書籍の在庫や生産状況などを確認してからのことになるわけですが……」
ハザマたち洞窟衆にしてみれば、特定の顧客だけを贔屓して便宜を図るようないわれもないのであった。
「そうおっしゃると予想しておりました」
レブント子爵婦人はいった。
「それはそれで公正な態度だとは思います。
しかし男爵様は、ニョルトト公爵家の姫君と手を組んで学校とかいう施設の開設を準備なさっているとか。
聞けば、時代の人材を育成、養育するための施設であるということ。
その学校というものを、わがムノライ王国内にも開設することは可能でありましょうか?
いいえ、そのための手伝いを洞窟衆に依頼をすることは可能でしょうか?」




