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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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ドメスト・ビゲジア王子との交渉

「なかなかまともな思考をする人物らしいな」

 バジルニアの執務室に居たハザマは、思わずそう呟いていた。

「王子だの姫だのも随分と増えてきたが、その中でも一番王族らしい思考をする」

 王族らしい、というよりは、ドメスト王子は組織のトップに立つ人間として、きわめて健全な発想をする人物であるらしい。

「ええと、ビゲジア王国てのは……」

「確か、本国から追放も同然になった扱いでスデスラスに侵入してきた軍勢であったはずです」

 リンザが説明をする。

「おそらくは、これ以上に本国からの支援を求められる状態にはありませんし、ここで完全に敗北してしまったら、それこそどこにも居場所がなくなってしまうのでしょう」

「そうか」

 ハザマはビゲジア王国軍について記された報告書を手にとってざっと目を通した。

「あのドメストって王子様は、王族ではあるけど妾腹で王家の本流ではない。

 それでいて、あれくらい明晰な思考をするとなると……」

 ビゲジア王国の他の王族からは、疎まれているのかもしれないな。

 と、ハザマは予想をする。

 あれほど配下の者たちの立場について考え、それを優先する人物だ。

 だとすれば、おそらくは人望もそれなりにあるのだろう。

 他の、同世代の王族からすれば、そうした優秀な、人望もある同世代の人間はかなり目障りに思うはずであった。


 ドメスト王子との会見の様子は、例によって通信を介して遠く離れたバジルニアに居るハザマたちにもリアルタイムで伝えられていた。

 ここにきて二十万からなるビゲジア王国軍が合流してくることは、冒険者ギルドや洞窟衆にとってもそれだけの重大事なのである。

 昨日、ビゲジア王国軍の使者が接触してきてその意志を伝えられた時点で、洞窟衆側は唐突に増える予定の増員にあてるための物資を調達するため、あらゆる伝手を総当りにして買いつけに走っていた。

 これから継続的に食わせていく人数が数十万単位で増えるということは、それだけの大事なのである。

 兵の総数が増えるということは、それだけ戦力が増えるということで前線にとっては望ましい状況なのであるが、その増員もまともに食わせることができなければかえって全軍の足を引っ張る負債になりかねない。

 前線を支えるための後方は後方で、相応の苦労を強いられているのであった。


『それで、ビゲジアの連中を受け入れるのはいいとして』

 そういったのは、アボレテ沼地の拠点に居るネレンティアス皇女であった。

『その扱いはどうする?

 こちらの裁量で使ってもいいのか?』

『そうしてもらえると有り難い』

 そういったのは、フォロパイに居るケイシスタル姫だった。

『こちらでは、稼働部隊数が増えすぎて司令部の処理能力が追いつかないほどになっておる』

 苦笑いを含んだ声だった。

 フォロパイの司令部が指揮している実働部隊は、そろそろ三桁の大台に迫ろうとしていた。

 とはいえ、そうした部隊のほとんどは小規模な編成の部隊であり、数名しか敵兵が駐留していない、あるいはまるで敵兵がいないような小さな村の解放を目的としていたので、稼働部隊数が多い割には実際の戦闘は経験していないのだが。

 いずれにせよ、各部隊の現状を掌握して適切な指示を与えなければならない司令部の負担がそのことによって減るわけでもなく、フォロパイの司令部は業務の量が処理能力を越えるギリギリの瀬戸際に来ていた。

 その状態でさらに二十万からなる増員を受け入れるということは、ほとんど無謀と同義語である。


『なに、有り難いのはこちらとて同じこと』

 ネレンティス皇女はそう応じる。

『こちらは、四方に喧嘩を売っているのにも関わらず、いくさに慣れている人員が少なすぎるくらいだからな。

 これで守勢から脱して攻勢に出ることが出来るというもの』

 アボレテに沼地周辺の解放軍は、フォロパイ周辺の解放軍と比較して実戦経験がある者の比率が少ない。

 そのため、これまでのところ、解放した地域を守る方だけで手一杯になっているところがあった。

 ヴァンクレス率いる遊撃部隊以外にも、元スデスラス王国軍に在籍していた将兵はそれなりに居るのであるが、そうした人員は大部分、守備隊の指揮をしているか、それとも教官役として新兵たちの訓練を担当している。

 これまでろくに武器を扱ったことがないような人間がこれ以上増えたとして、すぐに実戦に投入できるわけもなく、正直にいえば実戦経験がない人間は物資の搬送や消耗品の製造など、後方勤務にまわってもらった方がよほど役に立つのだった。

 そんな状況で、いきなり軍隊として稼働した経験がある人員が二十万も増えることは、アボレテ周辺の解放軍にとっても、これまで以上に行動の選択肢が増えることを意味する。

『とはいえ』

 ネレンティアス皇女はそう続けた。

『ビゲジア王国軍も、そのすべてが無事に解放軍の占拠地にまでたどり着けるものでもなかろうがな。

 さらにいえば、無事に解放軍に合流できたとしても、その半数以上は物資の搬送など後方にまわってもらうことになる』

 いきなり大人数の兵隊が増えたとしても、そのすべてを前線に投入できるわけでもないのだ。

 前線の兵士たちを飢えさせないためには確とした兵站線を構築する必要があり、そのためにはかなりの人数を確保する必要がある。

『実際に実戦に投入できる人数は、多めに見積もっても八万も居ればいい方か』

 ネレンティアス皇女はそう予測する。

『そうした兵士たちを十全に活躍させるためにも、まずは河川や運河沿いの地域を優先的に開放していくことになるだろうな』

 そうした水路沿いの地域を確保していけば、兵站での苦労もかなり軽減されるはずであった。


『実際の運用はそちらの判断にお任せをしますよ』

 ドメスト王子との会談に参加している冒険者ギルドのスゲヨキがいった。

『この場でなにか確認しておくことはありませんか?』

『いつから将兵の指揮権をこちらに移譲してもらえるのか?』

 ネレンティアス皇女はいった。

『その地点にまでたどり着くはずの部隊のうち、何割くらいがすぐにそのまま次の戦場へと移動できるものか。

 その実数を確認しておいてくれ』

『それは重要ですね』

 スゲヨキは答える。

『すぐにでも確認をしてみましょう』

 一口に二十万といっても、そのうちの何割かは負傷しているはずであった。

 あるいは、強引な移動のために疲弊をしているかも知れず、すぐに稼働できる人数を把握しておくことは、指揮を執る側としては必須といえた。


「質問してもよろしいでしょうか?」

 スゲヨキは実際にドメスト王子にむかって問いを発した。

「どれほどの人数がこちらに合流した直後から作戦行動に移れるものか、だいたいの人数でいいのでお教えくださいませんか?

 もちろん、現在把握している範囲で構いません」

「現在、健在な兵士の数ということですね」

 ドメスト王子はいった。

「昨夜までにこちらの司令部が把握している数としては、おおよそ十七万前後になるはずです。

 ただし、これからの撤退戦でこのうちのさらに何割かが脱落するものと予測しております」


『妥当な数字だな』

 ネレンティアス皇女はいった。

『次は、これまでビゲジア王国軍が占拠していた地域をどう扱うのがいいのか、ビゲジア王国側の見解を確認してくれ』


「ビゲジア王国軍はこれまでに占拠していた地域から撤退をするということですが」

 スゲヨキはさらに質問を重ねる。

「そうして撤退をしてしまえば、それまで占拠していた土地の支配権は空白になります。

 そうした空いた土地をどのように扱えばいいと思いますか?」

「そのまま解放軍に移譲してしまうのもひとつの方法ではあるでしょう」

 ドメスト王子はいった。

「解放軍の方々がそうすることを望むようであれば、こちらとしては反対はしません。

 ただし、この方法をお勧めもしませんが」

「それはなぜですか?」

 スゲヨキは確認をした。

「普通に考えれば、戦火を交えず楽に広大な土地の支配権を手にする形になりますが」

「スデスラスの土地を争っている相手が、解放軍とわがビゲジアのふたつの勢力だけでしたら、それでいいのでしょうが」

 ドメスト王子は即答した。

「現実には、その他に多くの勢力が土地の支配権を巡って争っている状況です。

 ましてや、西部にはベズデア連合の大軍勢が控えている。

 この状況下では、これまでわがビゲジア王国軍が占拠していた土地は一度完全に放棄をして、周辺の勢力に奪わせるのに任せておいた方がいいのではないでしょうか?

 そうすれば、争奪戦の途中で敵対勢力が勝手に消耗をしてくれますし、そのうちのどこが優先になろうとも、将来的にはベズデア連合に対するよい緩衝材として機能してくれるはずです。

 それに、無理に守ろうとするよりも、あえて占拠した土地を放棄して、周辺の諸勢力の注意をそちらにむけた方が、これから撤退行動に移るわが軍にとっても都合がいい」


『これもまた、妥当な判断ではあるな』

 ネレンティアス皇女はそう認めた。

『その王子は、是非速やかににこちらの司令部に合流するようにいっておいてくれ』


「ドメスト王子におかれましては」

 スゲヨキは伝えた。

「この契約を正式に結んだおりには、すぐにアボレテにある解放軍の司令部に合流していただきたいと思っています」

「わがままをいえる身の上だとは思いませんが」

 ドメスト王子は即答をした。

「もしもこちらの希望を汲んでくださるようであれば、今しばらくこの地に逗留させて頂きたいと思います」

「それは何故ですか?」

 スゲヨキは、そう問う。

「もしも希望がかなうのであれば、この場でわが将兵がすべて解放軍に合流するのを最後まで見届けたいと思っております」

 ドメスト王子はいった。

「彼らを指揮する者として、撤退戦が終わるまで見届けるのが最低限の責任でありましょう。

 それに」

 お恥ずかしいことですが、自分はあまり体が頑強ではない。

 あまり強行軍を重ねると、体調を崩しかねないのです。

 と、ドメスト王子は続けた。


「ま、いいんじゃねーの」

 バジルニアに居るハザマはそう判断した。

「その王子様が完全にアボレテの方に合流してくるのが何日か遅れたところで、大勢に影響はないだろう。

 今の時点では相手の意思を尊重しておく方が、ビゲジア王国軍も素直にこちらのいうことを聞くんじゃないのか?」


 アボレテの沼地に居るネレンティアス皇女も、フォロパイに居るケイシスタル姫も、この判断には異を唱えなかった。


 ビゲジア王国軍は、これまでの占拠した土地を放棄して解放軍の占拠地にまで移動をする。

 そうした撤退戦の過程においては、解放軍が助力しない。

 解放軍と合流した直後から、ビゲジア王国軍の将兵は解放軍の指揮下に組み込まれる。

 ビゲジア王国軍の撤退戦が完全に終わるまで、ドメスト王子は現在地から動かない。


 などの条件を確認した上で、解放軍とビゲジア王国軍は正式に協定を結ぶことになった。

 解放軍側もその野営地周辺にそれなりの戦力を残していたので、ドメスト王子を護衛についてもまず問題はないはずである。

 諸々の手続きが終わったあとに、スゲヨキは通信タグをドメスト王子に手渡して簡単に使用法を伝えた。

「解放軍の指揮官がドメスト王子とはなしたがっております」

「そうですか」

 ドメスト王子は素直に頷いた。

「これを持った状態で、はなしかければよいのですか?」

「そうですね。

 なれないうちは、いいたい内容を口に出した方がいいのかもしれません」

「解放軍を指揮する方、聞こえますか?」

『聞こえている』

 ネレンティアス皇女の声が通信を介してドメスト王子の脳裏に直接響いた。

『アボレテ沼地にある拠点に居る、解放軍の者だ。

 ネレンティアス・ファルナリスという。

 以後、よろしく頼む』

「ネレンティアス……ファルナリス、様!」

 ドメスト王子は目を見開いた。

「ということは、あの大帝国の!」

『一応皇女ではあるが、郷里の執政にはなんら関わりがない身。

 一介の風来坊と見なしていただこう』

 ネレンティアス皇女は平静な声で伝えた。

『解放軍にようこそ。

 こちらはなかなかに面白い場所であるぞ。

 ドメスト王子のような王族も何人か働いていることだし』

 それからネレンティアス皇女とドメスト王子は、しばらく通信越しに会話に興じたという。


「これがアボレテの拠点ですか」

 その頃、ある船が沼地に到着しつつあった。

「沼地自体は大きいですが、それに比べて船着場は貧弱ですね」

「この周辺で荷降ろしをする必要も、あまりなかったのではないか?」

 イリーナの感想に対して、エーデリンク男爵夫人が思うところを述べた。

「地図で見るかぎり、ここから陸路を使う先もかなり限られているようだし」

 フォロパイ周辺の解放軍が一種の人海戦術に移行するに従って精密な敵情視察はあまり必要としなくなったため、この二人が指揮をしていた斥候部隊は丸ごとアボレテの拠点に移籍をすることになったのだ。

 このアボレテ周辺の地域は複数の勢力が複雑に入り乱れている土地であるし、斥候部隊が活動する余地は十分にある。

 むしろ、ありすぎるほどであった。

 そのため、こうして水路を経由して移動してきた斥候部隊も、何割かはすぐに実戦に投入されることはなく、新兵の訓練にあてがわれる予定となっていた。

「どうやらビゲジア王国軍が解放軍の傘下に入るののもこれで確定をしたようですし、こちら方面の動きもこれから活発になるのではないでしょうか」

「しかし、十万以上もの将兵が一気に増えるわけかあ」

 エーデリンク男爵夫人は大きく伸びをしてそう呟いた。

「兵站とか後方の人たちがかなり多忙になりそうですね」

「そういうのはいつものことですから、今回もなんとかなるでしょう」

 イリーナはそういって頷く。

「いや、なんとかするでしょう」

 これでこのイリーナは、洞窟衆の古参組としてかなりの現場を踏んでいる。

 そのため、

「今回もどうにかなるだろう」

 的に、経験から導かれて楽観視をすることができた。

「麦では間に合わなくなって、この船の荷もほとんどお米だというしね」

 エーデリンク男爵夫人はそういって肩をすくめる。

「お米はお口に合いませんか?」

「正直にいうと、あの匂いが少し苦手です」

 イリーナに問われて、エーデリンク男爵夫人はそうこぼした。

「嫌い、というほどのことでもないですが。

 それよりも、お米はパンのようにあらかじめすぐに食べられる状態にしておけないので、兵糧としては扱いにくいのが心配です」

「食べるたびに、いちいち火を起こして炊かなければなりませんからね」

 イリーナはその言葉に頷く。

「しかし、解放軍の場合、そんなに切羽詰まった戦場はまだありませんから、大きな問題にはならないでしょう」

 解放軍の場合、実戦を担当する部隊と兵站や補給を担当する部隊などとの役割分担はかなり厳密に適用されている。

 前線で食事の用意をするのも、このうちの輸送部隊の仕事となっていた。

 適所適材に人員を配置するといった意味合いもあったが、それよりは実戦部隊の荷を少しでも減らして移動速度を確保するための分業であった。

 いずれにせよ、ここまで軍の規模が大きくなると食べ物の選り好みをする以前に、兵士全員に食糧を行き渡らせて飢えさせないことの方がよほど重要なのである。

 その点、例によって価格が高騰している麦よりは米の方がまだしも廉価に、従って大量に購入することが出来、今現在の現状では、兵糧として優秀なのであった。

 あるいは、このことが契機となって、スデスラスの周辺にも米食の習慣が根づいてしまうのかもしれないな、とか、イリーナは思う。


「洞窟衆の方々には、わが連合からはかなり大量の米を買いつけて頂いております」

 グボズラ執政官はいった。

「スデスラスの件はさておき、これからもよしなにおつき合いをいただければと思っております」

 ドメスト王子との交渉が済んだ直後に、このベズデア連合から派遣されて来た男との会談の約束がなされていたのであった。

「あの米は、そちらで収穫されたものでしたか」

 ハザマは気のない調子で応じる。

「そうした細かい商取引は部下の裁量に任せているので、産地のことまでは把握していませんでした」

「いや、男爵様ほどの地位の就いている方にしてみれば、それで当然でありましょう」

 グボズラ執政官は薄く笑った。

 ひょっとすると、追従笑いのつもりなのかも知れない。

「ですが、敵対する勢力に戦略物資を供給しても構わないのですか?」

 ハザマは訊ねた。

「あの、そちらの方針としては、ですが」

「一向に構いません」

 グボズラ執政官は大きく頷く。

「政治向きことと商取引とは分けて考えるべきです。

 実際問題として、わが連合も戦費を稼ぐ必要がありますからな」

 そりゃあまあ、何十万という軍隊を隣国とはいえ外国に攻めこませれば、とんでもない戦費を必要とはするのだろうな。

 と、ハザマも思った。

 どこかで金を稼がなくては、とてもではないがやっていけないか。

「現状、うちはかなり大量の穀物をあちこちから購入しているわけですが」

 ハザマは探りを入れてみる。

「国内で消費する分は、十分に足りていますか?」

「もちろんでございます」

 グボズラ執政官はにこやかな表情で続ける。

「なにしろ米は、水田でうまく育てれば、麦とは違って連作が可能になりますもので。

 それだけ、収穫量も多くなるわけです」

「ああ」

 ハザマは呟く。

「陸田ではなく、水田で栽培をしているのですか」

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