ハンガス城市の太守
「制圧、制圧、制圧、制圧、っと」
スゲヨキは通信に耳を傾けながら、ハンガス城市の模式図にチェックを入れていく。
「今のところ、順調に城壁内部を制圧していっていますね。
この手の城塞は外部からの攻撃に強い分、中に入られると意外に脆い。
しかも、こちらの戦力は増えていく一方ですから完全に占拠するのも時間の問題でしょう」
「味方の被害は?」
ケイシスタル姫が確認をした。
「ほとんど出ておりません」
スゲヨキは即答する。
「無理をせずに、勝てる状況のときのみ交戦するように指示を徹底していましたから。
ただ、城市内に居た元スデスラス王国軍の兵士たちについては、そうした指示をする前に動いてしまっているので、無駄に交戦して被害を増やす例が見られるようです」
「多少、連絡を取っていたとはいえ、そちらは指揮系統さえはっきりしていない状態であったからな」
ケイシスタル姫は軽くため息をついた。
「これまでの経緯を考慮すれば、無駄にいきりたつのも無理からぬところか。
通信が届く範囲内だけも、くれぐれも無理をしないよう、慎重に動くように指示を出しておいてくれ」
「そのように指示を出しておきます」
スゲヨキは素直にそう返答をする。
「どこまで効果があるのかは保証の限りではありませんけど。
あ」
「どうした?」
「ムヒライヒ公子からの連絡です。
無事に橋を壊すことに成功したそうです。
これで、当面はムノライ王国からの援軍を警戒する必要はなくなりました」
「あの橋を落とせば、船で川を渡るか大きく迂回するしか、ムノライからこの城壁に至る道はないのだったか」
ケイシスタル姫は呟く。
「では、あとは城内の敵兵力を制圧すれば……」
「ここの攻略は完了ということになります」
スゲヨキがあとを引き取る。
「あくまで、軍事的な仕事に限定すれば、ということになりますが」
「そうだ。
スデスラスの者たちに、無駄に熱くなるなと徹底してくれ」
ブロスキは通信を介して指示を出した。
「もはや大勢は決している。
無駄に被害を拡大することはない。
相手が激しく抵抗するようなら、その場所に足止めして消耗するのを待っていたっていいくらいなんだ。
無理に抗戦をして被害を増やすな」
さらに、別の部署に問いかける。
「要人の確保はどうなっているのか?
太守のボーデイとムノライ側の上官の身柄はまだ押さえられていないのか?」
『ムノライ王国側の将官らしい人物は何名か拘束したということですが、詳細な氏名とどのような地位にあったのかはまだ明らかになっておりません』
「せいぜい丁重に扱ってやれ。
今後、ムノライ王国と交渉する際の材料になるからな。
その上で、できるだけ早く口を割らせろ。
ボーデイの方は……この中か?」
ブロスキは最後に残っていた魔法効果消去結界が張られていた場所に、次々と列をなして飛び込んでいく部下の姿に目線をやる。
「いずれにせよ」
ここでの仕事は、大方は終わったな。
と、そう思った。
太守ボーデイの身柄は、それからいくらもしないうちに確保された。
「確かに、わたしがハンガス城市の太守、ボーデイであるが」
ケイシスタル姫の手勢によって包囲されたとき、なおも抵抗しようとする護衛たちを抑え、その上で誰何する声に堂々と名乗りをあげたという。
「こんなところまでやって来たそなたらは、一体どこの軍勢か?」
「ケイシスタル・ワデルスラス姫の軍勢である!」
「ケイシスタル・ワデルスラス、とな?」
ボーデイは怪訝な顔つきになった。
「ワデルスラス公爵の軍が、ついにこんなところにまで到着したというのか?」
「いや、違う!
確かにケイシスタル姫はワデルスラス公爵のお身内ではあるが、ワデルスラス公爵軍にはむしろ敵対する勢力だ」
「ワデルスラス公爵軍に矛を収め、自領に引き返すようにお諌めするための軍勢だ!
よって、スデスラスに敵対する勢力ではない!」
「ふむ。
よくわからぬが、そちらもいろいろと複雑なことになっているようだな」
ボーデイはいった。
「いずれにせよ、悪逆非道なムノライ王国の手からこのハンガス城市を救ってくださったことには礼をいわねばならない。
そちらの責任者に合わせてもらおうか」
堂々とした態度で、そういいきったという。
「……制圧、っと」
スゲヨキがいった。
「これでハンガス城市は、完全にわが軍で占拠した形になりますね。
それから、この城市の太守であるボーデイが姫様との面談を希望しているようですが、いかがいたしますか?」
「敵国であるムノライと結んだ疑惑があるやつだったな」
ケイシスタル姫は不機嫌な表情になった。
「会いたくはないが、会わねばなるない。
だが、待てよ。
捕縛したムノライ王国軍の将官といっしょに、公開の場で面談することにしよう」
「公開の場で、ですか?」
スゲヨキが怪訝な表情になる。
「城市内部の見通しの良い場所を選んで、そうした場を作って欲しい。
ハザマ領でのように、立派な舞台をいきなり設えろとまではいわんが、城市内の民にも見える場所を設定してくれ。
なにか申し開きをすることがあるのであれば、そこでいって貰おう」
ケイシスタル姫は、そう応じた。
「それと、もうひつ」
「まだなにかあるのか?」
「ボダラス川に船便が何艘か待機しております。
城市内が落ち着き次第、中に入れても構いませんでしょうか?」
「そこまで周到に準備をしているのか、洞窟衆というのは」
ケイシスタル姫はそっとため息をついた。
「その辺については、任せる。
そちらがやりやすいようにやってくれ」
ケイシスタル姫の目的と、今回の交戦についての説明などが城市内で周知され、城壁内での片づけなどを行っているうちに日が暮れていく。
つまり、ケイシスタル姫の軍勢は一日もかからずに攻城戦を完遂させたことになる。
だがこれは、どちらかというとムノライ王国側がハンガス城市周辺地域を完全に勢力圏とみなし、外から攻略されることをまるで想定していなかったゆえに無防備な状態にあったことが一番の原因であるとされていた。
すっかり油断をしきっていたところに、不意をつかれた形である。
ケイシスタル姫の手勢がハンガス城市を一日で陥落させたことは周囲にもすぐに伝わっていくであろうから、今後はこのような僥倖は望めないはずであった。
これまで、スデスラス王国内で無名の存在であったケイシスタル姫は、今後はもっと注目され、警戒される存在として扱われるはずである。
終わってみると、死傷者のほとんどはムノライ王国と、それにスデスラス王国側の兵員によって占められていた。
ケイシスタル姫の軍勢は、事前に無理をする必要はないと重ねて注意されていたこともあり、軽症者が数名出た程度の被害に留まった。
そのかわり、ムノライ王国兵士とスデスラス王国民の被害は多く、やはり特殊な状況ゆえ、両者ともに自暴自棄になっていた側面もあったのであろうといわれている。
そうした負傷者の収容と死者の搬出に、思いの外時間と人手を取られる形となった。
そうした後始末が一段落ついてから、いよいよケイシスタル姫とムノライ王国側の高級将校、ボーデイ太守との会談が行われる。
城市内の民にも公開の場で、とのケイシスタル姫の要望に沿う形で、急遽、城市内の広場に簡単な高台が作られた。
ハンガス城市は水運の要地でもあり、城市内にも縦横に運河が走っている。
また、船大工が多い。
そうした船大工たちが船の構造材を持ち寄って、それらしき舞台を急いで形成した形である。
その急増の舞台の上に、今回の件の責任者が集められた形であった。
ムノライ王国側の責任者たちは、大勢の城市民たちに囲まれてひどく居心地が悪そうにしていた。
その逆に、太守のボーデイは身じろぎもせず、泰然自若とした樣子であった。
そうした者たちを、ケイシスタル姫はよく観察し、興味深く思う。
それはそれとして。
「わしはケイシスタル・ワデルスラス。
このスデスラス王国内に侵攻し、長く占拠しているスデスラス公爵軍の総大将、その公爵の孫娘にあたる」
まずは、ケイシスタル姫はそう自己紹介をすることからはじめた。
「がだしかし、今、この城市を占拠したのはワデルスラス公爵軍の手先としてではない。
その逆に、わしはこれからワデルスラス公爵軍に敵対することを考えている。
本格的にワデルスラス公爵軍と敵対する前に、周囲から邪魔が入らないよう、地ならしをする一環として当地のムノライ王国軍を排除する必要があった。
用が済めばわが軍勢はこのままこの土地からさる予定であるから、城市の民は安堵して欲しい」
自分たちの目的と、それに今後の展望も説明をしておく。
「ムノライの兵士だけを除けて、あとは勝手にしろっていうのか!」
「今後、おれたちはどうすればいいんだ!」
すかさず、聴衆の中からそんあ野次が飛ぶ。
「知ったことか!」
ケイシスタル姫は叫んだ。
「わしらはわしらの都合によって、邪魔となり得るムノライ王国軍を排除した!
それ以上の仕事はわしらの仕事ではない!
そもそも、今後この城市をどのようにするのか決めるのは、余所者であるわしらが考えることではなかろう!」
ケイシスタル姫の叫びが響き渡ると、周囲は静寂に包まれる。
自分らの始末は自分たちでつけろ、という内容であり、至って常識的な内容であるはずだ。
しかし。
「ああ、発言してもよろしいかな?
ケイシスタル姫殿下」
太守のボーデイが口を開いた。
「無駄よ。
この者たちは、自分たちの行く末を自分たちで決するようにはできておらん。
そのような習慣がないのだ。
すでにご存知のことと思うが、わが王国は長らく王権を絶対的なものとして、その意向に逆らわぬことで営まれてきた。
王国の上から下まで、上からの命令に疑念を抱かず、そのまま服従することをよしとしてきたのだ。
今さら、自分たちの道を自分で切り拓けといわれても、そもそもその仕方さえ知らぬ」
「それは、そちらの都合であるな」
ケイシスタル姫は冷静に反駁した。
「だからといって、わしらがこの城市の者を支配下に置かねばならぬという理由もない。
当面はそんなことにかまけている余裕もない」
「ならばいっそ、状況がしばし落ち着くまでは、このボーデイめに今しばらく太守を務めさせてはいかがでございましょうか?」
そういってボーデイはうやうやしくケイシスタル姫にむかって拝礼する。
「これでも三十年以上、この城市において太守を勤めております。
たいていの政務はこなせるものかと」
「太守ボーデイよ」
内心でたじろぎつつ、ケイシスタル姫は静かに応じる。
「その案を検討する前に、そなたにはただしてきたいことがる。
状況から見るに、そなたはムノライ王国軍と結んで城市を敵軍に差し出した容疑が出ているのであるが。
それについて、なにか申し開きをすることはあるのか?」
「左様でございいますな」
ボーデイは躊躇することすらなく即答した。
「調べていただければいずれは明瞭になること。
ここで言葉を濁すのも大いなる無駄でございましょう。
確かにこのボーデイは、戦わずしてムノライ王国軍をこの城市内に引き入れました。
そのことについては、申し開きをするつもりはございません」
しばらく、聴衆の間から、
「この、恥知らず!」
「売国奴め!」
などの野次が飛ぶ。
しばらくして、その騒ぎが静まったのを見計らって、ボーデイは続きを口にした。
「そのことは確かであり、弁明をするつもりはありません。
ですが、わたしがそうしなければこの城市は果たしてどうなっていたでしょうか?
この城市は、一年や二年は外界からの補給を受けずに籠城できるようにできております。
確かに、ムノライ王国軍が攻めてきたとしても、かなり長く持ちこたえることはできたでしょう。
ですが、城市内の民は大いに苦しむこととなります。
死傷者も、大勢出るでしょう。
なぜ、そのような苦難の道を選ばなければならないのでしょうか?
絶対的な権限と責任を持っているはずの王族がこぞって逃げだしたそのあとに、そうまでして交戦する意味があるのでしょうか?」
「つまり、そなたは」
ケイシスタル姫はボーデイのいわんとすることを理解した。
「太守としての責務を果たすために、あえてムノライ王国を引き入れたと、そういいたいのであるな?」
「左様でございます」
ボーデイは頷く。
「わが職務はこの城市の安寧を守ること。
通常時ならば、スデスラスの王族が健在であるのならばともかく、その王族が逃亡したあとになってまで、場違いな忠誠心のためにこの城市を犠牲にしなければならない理由がございません。
わたしはこの城市のことをまず第一に考え、最善の選択をしたまでのこと。
それが罪になるというのであれば、どのような罪状であれ喜んでこの身に引き受けることに致しましょう。
この世にこのわたし以上に巧みにこの城市を収められる者が居るとも思われませんが」
政務においては、長年この城市を治めている自分以上の手腕を持つものはいないと、そのように断言した。
面倒なやつだな、と、ケイシスタル姫は思う。
このボーデイはボーデイなりに重んじるところがあり、それをまっとうするために決断し、動いてきたわけだった。
平時ならともかく、前後のスデスラス王国の状況を考慮すると、単純に非難することもできない。
だが。
「わしは、余所者だからな」
ケイシスタル姫はそういった。
「スデスラス王国の法については詳しくないし、身内の不始末についてはあくまでそちらの身内で判断してもらおう。
こちらとしては、今後この城市の機能を保つのが、ボーデイ太守であろうが別の誰かであろうが、いっこうに興味はない」
城市内のことは、城市の民同士で決めてくれ。
と、いわば、判断を投げた形であった。
実際、ここで強引にケイシスタル姫がなんらかの決断をしてしまえば、下手をするとスデスラス王国の内政に干渉したことにいなる。
この場は、やはり判断を保留しておくのが一番の上策なのだった。
「太守ボーデイのいい分はしかと承った」
ざわつく聴衆には構わず、ケイシスタル姫は今度はムノライ王国の将官に矛先を向ける。
「そなたら、長らくこの城市を占拠していたムノライ王国側の責任者として、この場でなにか申し述べることがあるか?」
「お前らも同じ侵略者ではないか!」
ひとりの若い将校が、そう吠えた。
「われらとなにが違うのか!」
「そなたらは負けて、わしらは勝った」
ケイシスタル姫は静かに指摘をした。
「今後もわしらが勝ち続けるという保証はどこにもないが、この違いは無視できぬほどに大きいと思う。
負けた側の侵略者として、なにか弁明すべきことはあるか?」
このように返されると、ムノライ王国側の将官たちは揃って黙りこんでしまう。
「いうべきことがないのであれば、それもよかろう」
ケイシスタル姫はいった。
「これら、ムノライ王国将兵の身柄については、このままハンガス城市の民に委ねようと思う。
わしらが連れていってもかえって手がかかるだけであるし、それに今後、ムノライ王国との交渉するのにあたっても、こうした捕虜は交渉のための良い材料になる。
さしあたって、わしの方からこの城市の者たちに求めることがるとすれば、それは……」
早いところ、この城市の責任者を決めてくれ、と、ケイシスタル姫はいった。
「そうでなくては、わしらも安心してこの城市を去ることができない」
実際問題として、ボーデイ太守に続投させるにせよ、あるいは新たな代表者を選出するにせよ、今後の城市の方針と代表者が明確にならないかぎり、ケイシスタル姫の軍勢としてもこれ以上の交渉ができないのであった。
ケイシスタル姫にこういわれて、その場に居た聴衆たちはさらに騒がしくなる。
「まあ、この城市の責任者が決まったら知らせてくれ」
それを軽く制して、ケイシスタル姫は続ける。
「先ほどもいったとおり、わしらの本隊はこのまますぐにこの城市を離れる予定である。
こちらがこの城市に求めることは、さほど多くはない」
洞窟衆ならびに冒険者ギルドの支店開設を許可すること。
洞窟衆による各種の物流を妨げないこと。
周辺地域での通信網の敷設、保守作業を容認すること。
洞窟衆による各種の商活動を許可すること。
占領軍としては、実にささやかな要求であるといえる。
「あと、これは要求ではなくあくまで要望なのであるが」
ケイシスタル姫はそう続けた。
「今回の戦傷者ならびに捕虜などを丁重に扱い、虐待などはしないことを期待したい」
城市内の意見がすぐにまとまるのかどうかかなり怪しいところであったが、いずれにせよ早ければ明日には自分たちの軍勢は別の場所に出立する予定であるとケイシスタル姫は告げた。
これで、この会合は終わる予定であったのだが。
「ちょっと待って!」
意外な、空気を読まない乱入者が壇上にのぼり、大声で宣言した。
「わたくしは、帰ってきた!
アポリッテア・スデスラス!
スデスラスの王族が、再び祖国の土を踏みましたぁ!」
ヘムレニー教徒の神官服を着た、アポリッテア・スデスラス姫であった。
しかしこのお姫様は、聴衆から大いなるブーイングで迎え入れられた。




