ハンガス城市の奪取戦
「魔法効果消去結界を張っている場所がたった四カ所しかないのか」
イリーナからあがってきた報告を確認してから、ケイシスタル姫は呟いた。
「あの城市の大きさからすると、警戒が緩いのではないか?」
「周囲はすでにムノライ王国で制圧しているという油断もあるのでしょうね」
イリーナはそう応じる。
「それと、通常時ならば、あの城市は数万からなる兵が配備されているようです。
しかし、現在あの城市に詰めているムノライ王国の兵士は数千人だといいます。
必要とされる人員の一割程度しか配備されていないわけでして、完全に手が足りていないのでしょう」
「国境の都市が領内の中にある場所に変わったのだから、警戒が落ちるのも道理か」
ケイシスタル姫はいった。
「兵が増員される様子はあるのか?」
「わが軍と接触してからムノライ王国方面に伝令が出た様子ですが、新たな兵が城市に入った樣子はありません」
「では、その城市の内部に入っているムノライ王国の兵士を無力化することさえできればいいわけだな」
ケイシスタル姫はいった。
「できそうか?」
「通常でしたら、これほどの規模の城塞を攻め落とすのにはかなりの厳しいはずなのですけどね」
イリーナはいった。
「今回の場合、魔法効果消去結界がほとんど張っていない関係で、城壁の中に出入りし放題でして」
ブラズニア公爵家魔法兵の長であるというブロスキがそういって肩をすくめる。
「正直なところ、拍子抜けするほど無防備な状態です。
明日にでも一気に中に攻め込めば、今のこちらの人数でも十分にやりあえることでしょう。
城壁の中での戦闘ということになれば少人数同士の戦闘になりますし、その際、とりまわしがしやすく遠距離攻撃が可能な小型連弩を持っているこちらが圧倒的に有利になるはずです。
それと、最初に武器庫を開放しておけば、城市の中にいる者たちも加勢してくれるはずです」
「城市の中には、武装解除されたスデスラス兵士たちも大勢居るということであったな」
ケイシスタル姫はいった。
「二万とか三万とか。
とにかく、かなり大勢の兵士たちがあの中に居ます」
ブロスキが答えた。
「武装解除したはいいが、全員を幽閉しておくのには数が多すぎ、かといってそのまま野に放つのは不安要素となる。
そこで、城市の中に留めておいたわけですね」
「今回は、それが仇になるか」
ケイシスタル姫はため息をついた。
「占領する側というのも、これでなかなか苦労が多いものだなあ」
「よほどうまくやらなければ、少数による多数への支配体制などまともに維持できるわけがありません」
冒険者ギルドのスゲヨキがいった。
「うまくいく占領政策があるとすれば、それは占領される側にとっても相応の利益がある場合のみです」
「それはともかくとして、だな」
ケイシスタル姫はいった。
「今回の件につき、こちらからはふたつほど注文を出させていただきたい。
ひとつは、スデスラス王国側に人的物的な被害をできるだけ出さないようにすること。
もうひとつは、ムノライ王国によるこれ以上の侵攻を許さない体制を作ること」
「それは、ハンガス城市を奪還したあとのことになるわけですな」
ダラボンド伯爵が確認をする。
「難しいですか?」
「いや、容易といえば容易であろう」
ケイシスタル姫が問い返すと、ダラボンド伯爵は鷹揚に頷いた。
「また、確かに必要な布石でもある。
せっかく奪取したハンガス城市がまた敵の手に落ちてしまっては、ザメラシュの吶喊もいいところですからな。
知っての通り、ハンガス城市の北面はボダラスという川に面している。
このボダラス川に架かっている橋を落としてしまえば、大規模な援軍を送ってくるのはかなり難しくなるはずだ。
当面の時間稼ぎとしては、それで十分であろうよ」
その他、具体的な手順や役割分担などを討議が続いた。
翌日、ケイシスタル姫の軍勢は早朝から動きはじめる。
ほぼ全軍が、ハンガス城市にむかって前進を続けていた。
ブラズニアの魔法兵が転移魔法を多用すればそれなりの人数を一気に城壁内に送り込むことができるのだが、敵軍の注意を分散するための囮として部隊が接近するのを見せつける必要があるのである。
一日進軍を続け、ハンガス城市が見える場所まで近づいてきたところで前進をするのを止めて、野営の準備にかかった。
何回か、ハンガス城市からムノライの兵士が出てきて、こんなところでなにをしているか、即刻解散してこの場から立ち退けなどといってきたが、ハンガスを陥落させるために来た、解散などするわけがない、どうしてもというのならば力ずくでわれらを散らしてみろ、などと兵士たちが罵声混じりにいい返すとすぐに引き返していく。
いざ交戦するとなると、城市の中にこもって防戦する方がよほど有利であるということはわきまえているらしく、脅しては来るがまとまった兵力を出してくるつもりはないらしい。
さらに明けて翌日、ケイシスタル姫の軍勢はいよいよハンガス城市への攻勢を開始した。
まずは、ムヒライヒ・アルマヌニア公子の配下たちがここ数日で作りあげたカタパルトによる投石攻撃が行われる。
これは、城壁そのものへの攻撃を目的にしたものではなく、城壁の上にあるバリスタなどの兵器を狙ったものであった。
精密標準が可能であることを自負しているこのバリスタ部隊は、最初の二、三発のあとに標準修正を行っただけで、次々と目につくバリスタを破砕していく。
その他に、城壁の屋上には様々な兵器があり、城壁に近寄る者にむけて準備が行われているはずであったが、この時点では城壁までの距離がありすぎて具体的な所在地が判然とせず、狙撃することができない。
目立ったバリスタがすべて破壊されたのを確認してから、ようやくタワーシールドを構えた歩兵たちが前進を開始する。
「よし。
われわれも移動を開始する」
ブラズニア公爵家魔法兵隊長のブロスキがいった。
「打ち合わせ通りに動け。
一班は武器庫を開放してその中身を城市内の人々に渡すこと。
ニ班は魔法効果消去結界を張ってある場所にむかい、そこに捕らえられている要人の身柄を確保すること」
この二つの班は、どちらも魔法兵と通常の兵士とで構成されていた。
当面、魔法兵は転移魔法によって兵士たちを城壁内へと送り込む役割に専念することになる。
狭い城壁内部では、おおがかりな魔法攻撃よりも兵員の数を揃えて人数で押していった方が、なにかと小回りが効く。
「着弾……今!」
ハンガス城市とムノライ王国とを結ぶ橋の手前に、大きな水柱があがる。
「手前約十ヒロに着弾!」
「弾頭をもう少し軽い物に変えてください」
ほぼ同時刻、ボダラス川に面した場所で、ムヒライヒ公子率いるカタパルト部隊が展開していた。
ただしこちらのカタパルトは、ここに到着してから作った急造品ではなく、王国軍で各種の実験に使用していたものであった。
分解して運んできたわけだが、それでも輸送の際、取り回しにはかなり苦労してきた代物になる。
なぜそんな苦労をしてまでそうしたカタパルトを運んできたのかというと、急造品と比較するとそうした使い慣れたカタパルトは命中精度などがかなり違ってくるからだ。
基本的に同じ設計図から作られたカタパルトのはずだったが、使い続けるうちに細かい癖といったものが出てきており、扱い側が習熟している場合にのみ、その癖を呑み込んで軌道を修正することが可能であった。
現在、この搬入品カタパルト三機を扱っているのはムヒライヒ公子配下の中でもかなり扱いに習熟した者たちになっている。
この攻撃の目的は、もちろん橋梁の破壊になるのだが、同時に、ムノライ王国からの援軍が到着したとしても、その場に足止めすることも目的としている。
ボダラス川は水深が深く川幅も広い。
橋を落とされたとしたら、船を使うしか、こちらに渡ってくる方法がない。
移動速度が限定されている船などは、城市側から見ればいい標的である。
二発か三発を無駄にしただけで、三機のカタパルトは橋の上に弾頭を命中させることに成功する。
「できるだけ同じ箇所に着弾するよう、細かく調整してください」
遠眼鏡を覗き込みながら、ムヒライヒ公子はいった。
「弾頭も無限にあるわけではありません。
できるだけ少ない弾数で、あの橋を使用不可能にします」
タワーシールドを構えた歩兵隊が城壁にある程度近づいていくと、バラバラと矢が降ってくる。
だが、まだ距離がありすぎるので、そうした矢の多くは歩兵隊のかなり手前で虚しく地面に落ちるか、歩兵隊のところにまで届いたとしてもタワーシールドに弾かれるだけであった。
「よし。
あの矢が出てくる場所を、適当に叩け」
歩兵隊のかなり後方に位置するカタパルト部隊が、次々と弾頭を放つ。
今度は城壁の上ではなく、壁面を標的としている。
壁面にあるはずの銃眼を目指してはいるのだが、完璧にそこに命中しなくてもよい。
重たい弾頭が城壁に命中すれば、それだけでもかなりの打撃を与えることができる。
数発で城壁そのものが壊されるほど軟な構造をしているとも思わないが、その中にいて外に攻撃を仕掛けている人間たちに恐怖心を植えつけるのには、それで十分なのであった。
実際、弾頭が命中した場所の周囲からは、しばらく矢による攻撃が停止した。
そうした攻城戦も、城壁内部に居るムノライ兵士たちの注意を引きつけるための囮に過ぎなかった。
城壁内部の数カ所に、ほぼ同時に出現した兵士たちは、事前に打ち合わせをしていた通りに、躊躇することなく動いていく。
途中、誰かと遭遇すれば、相手が武装していた場合は小型連弩を使用して、そうでない場合はそのまま組みついてごく短時間のうちに制圧した。
今回の場合、城市内部に居たスデスラス王国の兵士たちと事前に連絡を取ることができたので、城壁内部の構造もかなり詳細に把握している。
内部で迷うということがなかった。
『第一武器庫を制圧!』」
通信を介して、そんな連絡が届く。
『近くの城市内部に通じる扉を開放した!』
『内部協力者をそちらにむかわせます。
引き続き、内部で警戒を行っておいてください』
「武器庫の制圧に成功したようです」
イリーナはその場に集まっていた元スデスラス王国軍兵士たちに告げる。
「これからそちらに案内します。
速やかに皆さんで武器を分配してください」
イリーナたちに手引されたスデスラスの兵士たちは、すぐに武器庫にまで殺到して剣などの武器を手にした。
そこに収蔵されていた武器の数は相当に膨大なものだったので、中から出して希望者全員に配るだけでもかなりの時間を必要としたが。
だがこれで、城市内部における反ムノライ王国の武装勢力は一気に増えたことになる。
「こちらの隊を率いている方はいらっしゃいませんか?」
武装したスデスラスの兵士たちにむかって、エーデリンク男爵夫人が語りかけた。
「ああ、一応、おれだ」
無精髭を生やした壮年の男が名乗り出てくる。
「これでも太守直属の部隊長を務めていた」
「では、こちらをお渡ししておきます」
「これは?」
「通信タグといいます」
エーデリンク男爵夫人は簡単に説明をする。
「このタグを肌につけておくと、遠く離れた場所にいる者と通話することが可能となります。
あまり自由に動き回られてこちらの者と同士討ちになるを避けるため、一応何枚かお渡ししておきます」
「マジックアイテムの一種か」
その男は軽く顔をしかめた。
「このようなものを駆使しているのが相手なら、ガンガジル動乱でも勝てないわけだ。
これからおれたちはどう動けばいい?」
「このまま城壁内部をうろついて、目にしたムノライ王国の兵士を無力化してくれればよろしいかと」
エーデリンク男爵夫人はそういって微笑んだ。
「こちらの希望としてはできるだけ人死は避けたいのですが、強制はしません」
「なるほどな」
その男は頷く。
「おれとしては、是非とも太守の野郎を捕まえたいところだが」
「それでは、競争になりますね」
エーデリンク男爵夫人はそういって、また笑う。
「あの方の行方は、わたくしどもも捜しております。
居そうな候補地はいくつかあるのですが、今の時点では、まだ捕らえたという報告はあがってきておりません」
武装を取り戻したスデスラス兵士たちは、これまでの鬱憤を晴らすように城壁の内部で暴れはじめた。
対するムノライ王国の兵士たちは、同時に数カ所で起こっている事態に対応を迫られている上、兵数としても完全に劣勢になっている。
さらにいえば、ケイシスタル姫側のように通信で連絡を取り合っているわけでもなく、急激に変化をし続ける状況に対応することができなかった。
次々と討ち取られ、あるいは捕縛されて無力化されていく。
ムノライ王国側の関係者で、このときの事態の全体像を把握していた者は皆無であったに違いない。
ハンガス城市への攻撃を開始してからいくらも経たないうちに、城内に居るムノライ王国兵士の大半は無力化されてしまった。
いくつか存在した魔法効果消去結界が張られている場所も、優先的に捜索された。
その結果、残るはあとひとつとなっている。
これまで、ムノライ国軍やハンガス城市の統治に関わってきた要人を何名か確保していたのだが、ハンガス城市の太守であったボーデイとムノライ王国軍側の責任者はいまだ捕らえられていない。
「あの奥に居るはずだと思うんですけどね」
「あれが、邪魔をしているわけか」
状況を説明されたブロスキはいう。
「結界の中ですから、ゴーレムの類ではないと思われますが」
「大方、結界の外で身体強化の魔法を重ねがけでもしたんだろう」
身体能力を一時的に底上げする魔法は、一度体にかけてしまえば結界の中に入ってもしばらくは効果を持続する。
「しかし、醜悪なやつだ」
そういって、ブロスキは前方で待ち構えている甲冑に視線をやる。
重装歩兵の装甲を、さらに極端に分厚く、重くしたような相手だった。
これでは確かに、連弩などはあまり効果がないであろう。
当然、生身であればこんな重たい装備を身につけたらろくに身動きができないはずであった。
「は、は、は」
その甲冑は、しわがれた声でいった。
「貴様らが何者かは知らんが、この場は通さん」
「あー、そうかい」
ブロスキはそれを適当にあしらう。
「ったく。
火薬さえ使えれば、こんなやつをまともに相手する必要もないのだがな」
火薬はガンガジル動乱の際に多用してしまったため、王国や洞窟衆側では極端に不足してしまっている。
今回はいくらも持ち出すことができなかった。
「仕方がない」
ブロスキはそういっって、自分の兜の面頬を下ろす。
「おれが相手をしてやるか」
「無理はしないでくださいよ」
「しないさ。
まだ新婚だしな」
軽くそういい残して、ブロスキは甲冑にむかって距離を詰めた。
早い。
相手の甲冑ほどではないにせよ、ブロスキも歩兵としてはかなりの重装甲である。
にも関わらず、その足取りはあくまでも軽やかだった。
「ふん!」
ブロスキが近づくと、甲冑が手にしていたメイスを一閃する。
直線的だが、驚異的な速さの斬撃だった。
しかし、ブロスキは身をかがめてそれを避ける。
それだけではなく。
「よっ」
間の抜けた声を出して、振りぬいたメイスの石突きを軽く手で押した。
それだけで、渾身の力を込めてメイスを振りぬいた甲冑の大勢が崩れる。
甲冑自体の重量に助けられて転倒こそしなかったもののの、体が大きく泳いだ。
「ほい」
そこに、ブロスキが相手の軸足を軽く払う。
轟音を発して、甲冑が地面に転がった。
「今ので、どこか折らなかったか?」
素早く甲冑が手放したメイスを蹴ってから、ブロスキはその胸に足を置いた。
「この手の魔法に習熟していないやつは、よく勘違いをするんだよな。
力が強くなっただけで、自分も強くなったんだと。
実際には、いくら一部分だけが強化されたところで、それを使いこなせなければやっぱり弱いまんまなんだが。
たとえば」
そういって、ブロスキは甲冑の手首を取り、それを捻じりあげる。
甲冑の中から、悲鳴が響いた。
「こんな重装甲なら、そりゃ確かに刀剣や矢は通じないだろう。
だけど、中身はやはり人間なわけで、こういう関節技は有効なわけだ。
悪いが、今の状況であんたのような者を野放しにしておく余裕もないからな。
このまま手足を壊させてもらうよ」
そういいながら、ブロスキは少し離れた場所に待機していた部下たちに合図をして、この先の捜索を促した。




