王の死
「いいですかい? 姐さん。
あのまま置いて来ちゃって」
「本人がそういっているんだからいいだろう」
マイマスは冷静な声で答えた。
「殺そうとしたってただでは死なないようなやつだ」
「ですよねー」
夜明け前のドン・デラの街路を、異様な集団がぞろぞろと歩いている。
どこからどう見ても、堅気には見えない風体の集団だった。
「ねーねー、ねーさん」
十二、三歳くらいの少年が、マイマスの服の裾を摘んで軽く引っ張る。
「へんなのが、ごーって、お頭がいる方へと」
「へんなのが、ごーっ、と」
マイマスはその少年の言葉を反復し、軽く眉根を寄せる。
「転移魔法か」
「ってことは」
「魔法兵か?」
「どこの?」
「馬鹿!
ブラズニア以外にあるか!」
その集団が、一気に騒がしくなる。
「どうします、姐さん?」
「ブラズニアの魔法兵までが出てくると、流石にアレ一人では荷が勝ちすぎるだろう」
マイマスはいった。
「引き返すぞ」
当然のことながら、ロロ・トロやカロ・トロなどトロ家の兄弟はブラズニア側の監視下にあった。
ここ数日、ブラズニア側が認めたこうした要注意人物たちはその行動を逐一把握されていたのだ。
そして現在、城壁内にあるドン・トロが居る部屋には、ドン・トロとロロ・トロ、カロ・トロの三人が揃っている。
トロ家の失墜を狙っているブラズニア家にしてみれば、またとはない好機といえた。
転移魔法で城壁前に出現した魔法兵たちは、その場に居た衛士隊たちに無言のまま襲いかかる。
この場に居合わせた衛士隊は、いきなりの解任劇を訝しみ、職を解かれたカロ・トロ個人に従ってきた者がほとんどだったわけだが、不意をつかれたこともあってすぐに総崩れになった。
最初の一撃で大半の者が致命傷を負い、そうでないものも事態の急変に対応できずに戸惑っている。
「応戦せよ!」
半数近くが倒されてから、ようやくそんな声があがりはじめた。
「ドン・デラ衛士隊の意地を見せてみろ!」
「間合いを詰めろ!
近寄って、魔法を使う隙を作らせるな!」
しかし、衛士隊とてそれなりに場数を踏んでいるだけあって、健在な者はすぐに持ち直して魔法兵の方に踏み込んでいった。
「魔法兵といえど、近寄ってしまえば普通の兵と変わらん!」
「おう!」
ブラズニア家の魔法兵とドン・デラ衛士隊とが正面からぶつかりあった。
「どっちに加勢します?」
「馬鹿!」
マイマスはそんな問いを発っした仲間を叱責する。
「どちらにも構うな!」
マイマスたちにしてみればドン・デラ衛士隊はもちろん天敵ともいえる存在だったし、ブラズニア家の魔法兵にしてもいつ敵に回ってもおかしくはない存在だ。
いずれにせよ、そのどちらかを助ける義理はない。
マイマスたちヴァルクールの仲間たちは接戦を続ける両者を迂回して城壁へとむかう。
「こら!
そこの不審者ども!」
当然のことながら、衛士隊の者が戦いを続けながらもこの不審な一団に声をかける。
「貴様ら、どこにいくか!」
「なに、うちのお頭を助けにね」
一団の誰かが、へらへらと笑いながら適当に答える。
「この場では別にお上にさからうような真似をするつもりもありませんから、皆さんはそのままで。
どうぞお構いなく」
「そんなことをいわれたからといって、はいそうですかと通せるもんか!」
「とはいえ、皆さん、今はそれどころじゃないでしょう」
乱戦を続ける両者の脇を、ヴァルクールの仲間たちがとってぞろぞろと移動していく。
「こら、ブラズニアの魔法兵ども!」
「今はこんな真似をしている場合ではない!」
「そこの不審者を先に行かすな!」
流石にそのまま素通りさせてくれるわけもなく、ブラズニア家の魔法兵とドン・デラ衛士隊とがマイマス率いる一団へと襲いかかろうとする。
「ここは任せろ!」
その先鋒の前にマイマスが立ちふさがり、近づいてくる者を片っ端から斬り伏せていく。
衛士も魔法兵も、マイマスの神速には対応できず、近づく端から倒されていった。
マイマスがしんがりとして敵の侵攻を阻み、残りの者たちがぞろぞろと城壁の中に入っていく。
「いい加減、トタラスを起こせよ」
「確かにまとめて眠らせた方が早いや」
「今日はもう十分に働かせたっていうのに」
一味の中からそんな声があがり、幼い異族を背負っていた巨漢がぶつくさと文句をいいながら背中からその幼子を降ろした。
「あんまり変な時間に起こすと、あとでへそを曲げるんだよな、こいつ」
「この非常時だ!」
「そんなこともいってられんだろう!」
「マイマスの姐さんばかり働かせてるなよ!」
一味は、どこか緊張感のない口調でわいわいと騒いでいる。
「わかったよ、うるせえな。
姐さん、歌わせます!」
巨漢が、地面の上に立たせた異族の子どもに耳打ちした。
「ほら、トタラス。
歌え」
トタラス、と呼びかけられた異族の子どもは、大きく口を開けて朗々たる歌声を響かせる。
その直前に、マイマスは戦いの場からさっと距離を置いて自分の両耳を手で塞いだ。
他の、マイマスの仲間たちも同じように耳を塞いでいる。
それまで死闘を展開していたブラズニア家の魔法兵とドン・デラの衛士隊が、ほぼ一斉にその場で倒れていった。
どちらも精強無比な戦士揃いであったはずだが、抵抗する間もなくその場で眠りだしたのだった。
「よし、トタラス」
周囲の殺気立った連中がすべてえ眠ったのを確認してから、巨漢はトタラスと呼ばれた幼児の口を素早く手で塞ぐ。
「もう歌はいいぞ、十分だ。
あとで甘いものをたっぷりとご馳走してやるからな」
「また、なにか飛んで来る」
先ほど魔法兵の転移魔法を察知した少年が、いきなりそんなことをいい出した。
「今度は、もっといっぱい」
「ブラズニア家の連中は、なにがなんでもトロ家の連中を始末したいらしいな」
マイマスがいった。
「どうしやす、姐さん」
「いくらあいつでも、魔法兵どもに囲まれたら逃げきれないだろう」
マイマスは、不機嫌な表情をしていった。
「ダザバとトタラスはこの場に残ってやってきた魔法兵の足止めをしろ。
残りは城壁内に入ってヴァルクールのやつをひっ捕らえろ。
やつをとっとと捕まえて、魔法兵どもの数が増える前に逃げ切る」
「へい!」
残りの一味が、声を揃えた。
魔法兵たちが城壁内に直接転移しないのは、ドン・トロ老が城壁内に魔法効果を消去する結界を張っていたからだった。
つまりはドン・トロ老も普段からその程度の用心をしていたということになるのだが、そのドン・トロ老にしても今回の茶番劇にはすっかり白けきっていた。
息子たち、とりわけ長子であるロロ・トロの取り乱しぶりが、どうやら予想外にドン・トロ老の神経に障ったらしい。
このロロ・トロに限らず、息子たちはそれぞれに問題がありそのまま自分の跡目を継承するのは無理だと以前からは判断していたわけだが、その判断の正確さをこのような形に目前につきつけられると流石のドン・トロ老も鼻白む。
もともと一代でここまでにしたものであるから、ドン・トロの死後そのまま解体することになっても構わないくらいに思っていたのだが、ドン・トロ老の意思をよそにして息子たちと部外者たちがここまでの茶番を繰り広げるのは予想外だった。
ましてや、この茶番のためにドン・デラ全土が巻き込まれ、決して少なくはない死傷者まで出してしまっているという。
にもかかわらず、ロロ・トロは自分の進退にしか興味がなく、カロ・トロは愚直にも自分の職務を遂行することだけを考えている。
この場にはいないホロ・トロとルノ・トロも含めて、どれも不肖の子どもたちだとドン・トロ老は思った。
そのドン・トロ老の目前では、ヴァルクールとかいう盗賊を襲うとするロロ・トロ、そのロロ・トロを制止し、同時にヴァルクールを取り押さえようとするカロ・トロ、その両者から逃げようとするヴァルクールという三つ巴の揉み合いが発生している。
そんなに広い部屋でもなく、大の男三人がそんなことをすればすぐにも決着がつきそうなものだが、ヴァルクールとやらは他の二人の追撃を巧みにかわし続けていた。
かといって、この場からすぐに逃走できるほどの余裕もなさそうであるが。
ドン・トロ老はこの茶番に関わりあうのを避けるべく、できるだけその三人にか遠ざかるとようにして、部屋の隅で成り行きを見守っている。
「お頭!」
そんなとき、数名の集団が部屋の中に入ってきた。
「なにをいつまでもグズグズしていますかね!
今、ブラズニア家の魔法兵がわんさかこちらに来るそうで。
もう用事が済んだんなら、とっとずらかりますよ!」
「待て、お前ら!」
カロ・トロが叫んだ。
「お前らもヴァルクールの仲間か!」
「だったらどうしたってんですかい?」
ヴァルクールの仲間は白けた顔つきでカロ・トロの方に視線をむける。
カロ・トロは先ほど上着を脱ぎ捨てていたので、一瞥しただけでは衛士隊の一員とはわからない風体になっていた。
「そんなおっさんには構うな」
「そうだ。
今はそれどころじゃないんだ」
ヴァルクールの仲間たちは、口々にそんなことをいいあう。
「いくら俺たちでも、魔法兵に囲まれた難儀する。
今のうち、さっさとずらかりましょうぜ」
「はいはい」
ヴァルクールは調子よく答えた。
「そうさせていただきますよ!」
ヴァルクール自身も、この成り行きには少々辟易していたところだった。
この場から脱出できるのであれば、それに越したことはない。
「まて、貴様ら!」
ロロ・トロが、立ち去りかけたヴァルクールにむかって吠えた。
「貴様ら、この場から生かして帰すわけにはいかん!」
「まだそんなことをいってるんですかい」
げんなりした口調でそういいながらも、ヴァルクールは歩調を緩めなかった。
「市長さんがなにを思うが干渉はしませんが、わたしはここいらで失礼をさせていただきます」
ヴァルクールにしてみれば、ロロ・トロをまともに相手にしなければならない理由はひとつもない。
ましてや、今は仲間たちが駆けつけてくれ、なんの不安もなしに撤退することができる状況だ。
さらにいえば、ブラズニア家の魔法兵までもがこの場に集って来るというのだから、なおさらこの場に留まるわけにはいかなかった。
ヴァルクールたちは別に直接ブラズニア公爵家に楯突いたわけではなかったが、いずれにせよ捕まって詳しく詮議されることはできれば避けたい。
平然と去ろうとするヴァルクールにむけ、白刃を手になおも迫ろうととするロロ・トロ。
「いい加減に正気に帰れ、兄貴!」
そのロロ・トロの前を、カロ・トロが遮った。
「こいつを殺したところで、われらの状況はなにひとつ変わりはしない!」
「だがな。
だがなあっ!」
ロロ・トロはその場に跪いて泣き出した。
「失ったんだぞ!
おれはすべてを失ったんだぞ!
地位も権力も、親父の信頼も!
おれにはもうなにもないじゃあないか!」
なんでこうなったこんなことになったともはや体裁もなにもなく泣きじゃくるロロ・トロの狂態を前に、
「それじゃあ、そういうことで」
ヴァルクールはそっと声をかけて部屋を出る。
「おい!」
「もうここには用はない!」
「さっさとずらかるぞ!」
ヴァルクールの仲間たちも、すぐにヴァルクールのあとを追った。
マイマスたちヴァルクールの一味にも計算違いというものはあった。
耳にした者をその場で強制的に眠らせるタトラスの歌声に信頼を置くあまり、ブラズニア家の魔法兵たちの即応性を軽視しすぎたのだ。
彼ら魔法兵たちは、通信術式によって常時連絡を取り合っていた。
転移魔法によってその場所に出た者が軒並み連絡を断てば、すぐにその原因を探ろうとする。
何度かの実験を経た結果、どうやら城壁前に陣取った何者かが近づく者の意識を無差別に刈り取っているらしいことが判明した。
どうやら歌を耳にするとすぐに意識を失ってしまうことも、すぐに検証される。
だとすれば、対策するのは簡単だった。
その怪しい歌声が聞き取れぬよう、耳に綿でも詰めて栓をすればいい。
幸い、通信術式があったので、聴覚を完全に塞いでも同じ部隊の者同士の連絡に支障をきたすことはなかった。
「おいおいおい!」
やはり耳栓をしてタトラスを監督していたザバダは、いきなり増えはじめた動くことができる魔法兵を目の当たりにして狼狽する。
「これじゃあ、囲まれちまうじゃないか!」
「時間稼ぎをする」
いい残して、マイマスがその場で姿を消す。
瞬火のマイマスの異名通り、残像も残さない素早さだった。
だが。
「いくら姐さんでも、大勢の魔法兵をひとりで相手にするのは無理だよなあ」
ダバサは呟き、タトラスの方を叩いて歌うのをやめさせる。
なぜだかはわからなかったが、現にブラズニア家の魔法兵にタトラスの歌が効かない以上、歌を続けさせる理由もない。
そのとき、城壁の中に入っていった仲間たちがどやどやと出てきた。
「首尾はどうだ?」
「ああ。
お頭を連れてきた」
ダバザが問いかけると、仲間たちが口々に即答する。
「急げ!」
ダバザが叫んだ。
「今、姐さんが足止めしているが、ブラズニア家の魔法兵が大勢こっちにやって来るところだ!
なぜだかやつらには、タトラスの歌が効かないんだ!」
「なんだと!」
「姐さんだけに苦労をさせるな!」
「魔法兵がなんぼのもんじゃい!」
もともと単純で、物事を深く考える習慣がない無法者の集まりである。
腕におぼえがある者が、それぞれ自分の得物を振りかざして突進していく。
今度は、ブラズニア家とヴァルクールの一味とが正面から激突することになった。
「もう一度、説明してください」
魔法兵を指揮する立場にあるアズラウスト・ブラズニア公子は部下の説明を遮って、そう質問した。
「どこの手勢とも知れない無法者たちの間で、交戦状態になっております」
「ドン・トロ老のところにむかった者たちのことですよね?」
アズラウスト公子は軽く眉根を寄せた。
「相手は、われらの身元を把握した上で反抗しているのですか?」
「そうです。
ドン・トロ老の身柄を抑えにいった部隊です」
その部下は、律儀にもアズラウスト公子の質問に対して順番に答えていく。
「さらにえば、現在、そこにはドン・トロ老だけではなく、ロロ・トロとカロ・トロの両名も居るということです。
相手の賊は、どうやらわれらがブラズニア家の手勢だと理解した上で抵抗している様子です」
「いったい、どこの無法者ですかその馬鹿者どもは?」
アズラウスト公子は、また問いを発した。
「領内でブラズニア家に逆らうことの意味がわからないわけでもないでしょうに」
正直なところ、アズラウスト公子はその予想外の伏兵に対してかなり呆れていた。
無謀というか、なんというか。
とにかく、アズラウスト公子がこれまで接したことがない人種であることは確かであるらしい。
「相手の正体と目的は、今の時点では不明です」
その部下は、やはり律儀に答える。
「しかし、目的は不明ながら、その無法者の抵抗は予想外に強く、わが部隊の行く手も完全に遮られているとか」
「……無法者に偽装した、どこかの勢力の回し者では?」
「挙動などを見る限り、その可能性は薄いかと。
なんといいましょうか、その者達の動きはてんでバラバラでして、訓練を受けた形跡もなければ統制が取れたものでもありません」
そうした烏合の衆でありながら、厳しい訓練を受けた魔法兵と五角以上に渡り合う、無法者の集団。
なんだ、それは。
と、アズラウスト公子は興味をおぼえた。
存在自体が、にわかには信じがたい。
「それでは、わたしが直に行って確認してみましょう」
アズラウスト公子は、口端を釣りあげてそう宣言した。
「何名か捕らえて尋問すれば、連中が目的とするところも明瞭になるでしょう」
「やめんか、お前ら!」
ドン・トロ老はそういって息子たちに近寄る。
「今、そんなことをしている場合か!」
先程までの余裕は、今のドン・トロ老にはなかった。
なにしろ息子たちは、どうした加減か抜身の剣を手にして鍔迫り合いをしている。
表情からもその挙動からも、本気でせめぎ合っていることが見て取れた。
早くやめないと、兄弟同士で血を見ることになる。
そんな馬鹿な真似は、すぐにでもやめさせなければならない。
狼狽しつつ、ドン・トロ老はロロ・トロとカロ・トロの間近に迫っていく。
「いい加減にせんか!」
もう一度、ドン・トロが一喝する。
と、その声の激しさに動揺したのか、カロ・トロの剣に弾かれたロロ・トロの短剣の切っ先が逸れて、ドン・トロ老の胸元に吸い込まれた。




