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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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市長と盗賊の幕間劇

「ヴァルクール!

 貴様、なにを考えている!」

「市長、あんたこそ」

 血相を変えて怒鳴りつけたロロ・トロにむかって、ヴァルクールはにやりと笑って見せた。

「ドン・デラは今、混乱の巷と化している。

 なのに、肝心の市長が職務を放り出してこんなところにいらっしゃる!

 さてこれは、いったいどういうことなんですかねえ!」

 そういってヴァルクールは芝居がかった動作で両手を広げて見せた。

「やめんか」

 そのやりとりを見ていたドン・トロ老が、渋い顔をして一喝した。

「今はそんなに呑気に構えていていいときではなかろう」

「まあ、そうですな」

 ヴァルクールはその場で姿勢を正す。

「で、わたしはさっきもいったように、こちらのご老体を逃がそうと思ってやってきました。

 むろん、ご本人がそれを望めば、ですが」

「どうせ、逃げ出す隙に残っていた家財を掠めようという魂胆だろう」

 ロロ・トロは声を怒らせて確認する。

「もちろん、そうですよ」

 ヴァルクールはしれっとした顔でいった。

「だって、あのブラズニア家を敵に回そうっていうんですよ?

 それくらいの役得くらいなければ割に合わないってもんじゃありませんか。

 なに、これから逃げ出そうっていうんだから出来るだけ身軽になって貰ったほうがいい。

 残った財産は、わたしらがせいぜい有効に使わせてもらいます」

「逃がし屋のヴァルクール、か」

 ドン・トロ老は苦笑いを浮かべた。

「どこまで本気でいっているのやら。

 噂は耳にしているぞ。

 なんでも、逃げ足ばかりは一流だが、そのかわり割の合わない仕事ばかりを請け負う妙な盗賊だとか」

「やだなあ、ご老体」

 ヴァルクールはそういって顔をしかめた。

「わたしらだって別に、好きでそんな仕事ばかりをしているわけやありませんって。

 いろいろな巡りあわせで、いつもたまたまそうなることが多いってだけのことで。

 いやあ、貧乏暇なしってのは本当ですねえ」

「盗賊のセリフではないな」

 ロロ・トロは軽くため息をついた。

「それで、護衛を片づけたのも貴様の仕業か?」

「なに、それもせいぜい、ほんの半分くらいなもので」

 ヴァルクールはいった。

「もともとも、こちらのご老体の計らいによって、半分ほどはすでに市中を見回りに出ていたもので」

「残りの半分は?」

 すかさず、ロロ・トロが訊き返す。

「まず眠って貰って、そんでもって見えないところに運ばせてもらいました」

 ヴァルクールはなんでもないことのようにいい放つ。

「わたしんところの仲間には妙な特技を持っているのが多いもんで。

 そのうちの、眠らせ姫ってのにちょいと歌を歌ってもらいましてね」

「貴様!」

 ロロ・トロは、厳しい声を出す。

「なにが目的だ!」

「ああ、もう!」

 ヴァルクールは頭を掻きむしった。

「さっきもいったじゃないですか!

 ご老体を逃がしてやりたいだけですよ!

 もちろん、相応の対価はいただきますがね!

 それよりもやっぱり、老い先短い身とはいえ、このドン・デラに大功のあったご老体をみすみす政治的判断とやらの茶番につきあわせるのが嫌だって、ただそれだけですよ!」

「ま、嘘はなかろうな」

 ドン・トロ老はヴァルクールの顔を眺めながらそんなことをいった。

「これでも、人を見る目はあるつもりだ。

 このヴァルクールとやらも、むろん、到底善人などではないが、目先の損得勘定だけで動く人種でもない。

 どちらかというと、その逆に様々なしがらみを気にしすぎてしょっちゅう足元をすくわれているような手合いだ」

「いいたい放題にいってくれますな、ご老体」

 ヴァルクールはドン・トロ老に顔をむけて目を剥いた。

「そいつはさておき、わたしらの方はともかく、市長はなんでこちらに足をお運びで?」

「それは」

 ロロ・トロはそこでいいよどんだ。

「父を、助けるか、それとも最後の別れを告げるためにだ!」

「馬鹿をいっちゃいけない」

 ドン・トロ老はゆっくりと首を横に振る。

「今のお前は、市長だろう?

 その市長が、この非常時にどうして市庁舎に居ない?

 お前が居るべき場所は、こんなところじゃないはずだろう?

 市長たる者がこの非常時にドン・デラを見捨てて逃げる算段などをしてどうするつもりか!」

「いや、本当」

 ヴァルクールも、ドン・トロ老の言葉にうんうんと頷いている。

「こればかりは、ご老体がいうことが正論だと思いますわ」

 そのいい方に、ロロ・トロはいらだちを募らせる。

「盗賊風情になにがわかるかっ!」

 ロロ・トロは叫んだ。

「トロ家の血筋が根絶やしにもされかねん危機に、なりふりなんざ構っていられるか!」

「だからといって、通すべき筋を外してなんとするか!」

 今度はドン・トロ老がロロ・トロを叱責する。

「なんとかこの場をしのいだとしても、そんなことではこれ以降のトロ家の名望は地に堕ちるぞ!」

「名望など、生きていさえすればいくらでも挽回できます!」

 ロロ・トロは反駁する。

「今この場は、まず生き延びることを第一に考えるべきではないですかっ!」

「これもまた、正論」

 ヴァルクールはしたり顔でロロ・トロの言葉に頷く。

「生きてりゃこそ、やり直す機会にも恵まれるってもんで」

「それもひとつの考え方ではあるだろう」

 ドン・トロ老はいった。

「だが、そうして生き延びることができたとしても、その先には道はない。

 みずから成すべきことから逃げ、その結果命を拾ったとして、その命に価値があると思うか?

 あるいは、お前が職務を放り出すことによって散る命もあろう。

 その命よりも、お前自身の命の方が重いとなぜいい切ることができる?」

「それは」

 ロロ・トロは一瞬絶句し、ドン・トロ老に答えることができなかった。

「ですが!

 本音では誰でも、自分自身の命が一番重く感じているものではないですか!」

「そのような考え方もあろうな」

 ドン・トロ老は鷹揚に頷いた。

「それ自体は否定はせん。

 しかし、わしはそうは思わない。

 つまりは、ここでお前とわしの道は決定的に違えてしまったということだ」

「……それでは!」

 ロロ・トロはまた絶句した。

「ああ。

 わしはここに残る」

 ドン・トロ老はなにも気負いがない様子でそういいきった。

「なに、ブラズニア家の小倅がこの皺首を欲しいというのなら、そのままくれてやるだけのことよ。

 わしはこれでもこれまでの生涯でやりたい放題のことをやり、常人の何倍もの体験を積んできたつもりだ。

 もはや惜しむべき命があるわけでもない」

「ちょっ!」

 なぜか、ヴァルクールが慌てはじめる。

「そいつは考えものですぜ、ご老体!

 それだとわたしらの実入りもなくなっちまうっ!」

「そういう算段であれば、そこのロロ・トロとすればよかろう」

 ドン・トロ老はそういって寝台の上に寝そべった。

「あとは若い者同士で好きにせよ」

 思わず、ロロ・トロとヴァルクールは顔を見合わせる。

「正直なところ、気が進みませんね」

「同感だ」

 二人してそんなことをいいあいながら、深々と頷きあう。

 妙なところで感性が似ている二人であった。

「こんなのに頼るくらいなら、わたし一人で逃げます!」

「そうしてくださると実に助かります」

 ロロ・トロがドン・トロ老に向き直って叫ぶと、間髪入れずにヴァルクールが相槌を打つ。

「くどいぞ、ロロ」

 ドン・トロ老はそういって目を閉じた。

「わしはこれでもドン・デラの一時代を築いた男だ。

 そう自負しておる。

 なのに、静かに眠る権利さえ与えられないのか?」

「市長」

 ヴァルクールがロロ・トロに語りかける。

「ここまで覚悟を決めてしまった人には、もはや言葉は無用ですぜ。

 このご老体だけでなく、人には誰しも好きな方法で破滅する権利ってもんがあるべきじゃあないんですかい?」

「そこまで悟れるかっ!」

 ロロ・トロはヴァルクールの言葉に反駁した。

「人の命がかかっているんだぞ!」

「では、市長が職場を放棄したことで失われた命はどうでもいいとおっしゃるので?」

 ヴァルクールは目を眇めてロロ・トロの顔を見つめたあと、冷たい口調で指摘をした。

「市庁舎の方じゃあ、流民に役人、それに魔法兵。

 相当の人死が出たと聞いております。

 それをすべて救えたとはいいませんが、市長がその場で采配を振るっていたら、こう少しマシだったんじゃありませんかね?」

 基本的にヴァルクールという男は、口だけで綺麗事を述べるくせに、行動がその綺麗事を裏切っているようなお偉いさんが好きになれない気質だった。

「それとも、人の命に軽重の違いがあっていうんですかい?

 そりゃ、誰だって本心では自分がかわいいって決まっています。

 自分や身内の命を優先しようってのは、そりゃ、人情ってもんでしょう。

 ですが、この百万都市のドン・デラの市長さんが肝心なときにその人情に溺れて職務を放棄したってのは、こりゃ立派な醜聞なんじゃあないんですかね?」

 ロロ・トロのような言動に一貫性がない人間は、ヴァルクールが真っ先に嫌うタイプだった。

「このっ!」

 痛いところを突かれたこともあって、ロロ・トロは内懐に潜ませていた護身用の短刀を抜き放った。

「おっと、それはいけねえや」

 ヴァルクールは素早く飛びのく。

「そんな物騒なもんはさっさと収めてくださいね。

 素人さんがそんなもんを振り回したって、自分がつまらない怪我をするのが関の山ってもんです」

 一見して全く強そうには見えないが、この男も幼少時からあまたの修羅場を潜り抜けて来た経歴の持ち主であった。

 いざというときの反応や状況判断はかなり素早いし、こうした場に慣れていないロロ・トロの動きくらいはどうとでもあしらえるという自信もある。

「盗賊!」

 しかしロロ・トロは、ヴァルクールが冷静なまままるで慌てていない様子を見たによってかえって激高した。

「このわたしではなにもできないというのか!」

「単に、人にはむき不むきがあるってだけのことですよ」

 ヴァルクールはロロ・トロに諭すように語りかける。

「市長がそんなものを振り回すことに長けていたって、なんの自慢にもならないし誰も喜びやしませんって」

「知った風なことをっ!」

 頭に血が昇ったロロ・トロは手にした短剣を振りかざしてヴァルクールにむかっていく。

 しかし、ヴァルクールの目から見て、悲しくなるほど緩慢な動きだった。

 まあ、普段から書類仕事しかしていない人ならこんなもんか、とか、ヴァルクールは冷静に判断しながら軽くステップを踏んだだけでロロ・トロの突進を避ける。

「ほら、市長。

 素人さんがそんなもん振り回してもどうにもなりやしませんから。

 早いところ頭を冷やしてください。

 ね。ね」

 ロロ・トロの攻撃を躱しながら、ヴァルクールはこんこんと言い聞かせ続けた。

 しかし、そうした余裕のある態度を見れにつれ、ロロ・トロはその逆に逆上していく。

 ロロ・トロ自身は自覚していなかったが、ヴァルクールがロロ・トロの心の中で一番気にしている、罪悪感をおぼえる部分を鋭く指摘してしまったため、ロロ・トロとしてはその指摘をしたヴァルクールの存在を消してしまいたいという激しい衝動に駆られていた。

 これまで自分自身で認めようとしなかった罪悪感を露わにした相手を消すことによって、その罪悪感ごとなかったことにしようという心理が働いていた。

「これ、やめんか!」

 慌ててドン・トロ老も寝台から立ちあがって、ロロ・トロを制止しようとした。

「こんなところで!

 ロロ!

 いい加減、やめないかっ!」

 ロロ・トロを制止しようとした、とはいっても、ドン・トロ老の動きはロロ・トロ以上に緩慢なものにすぎない。

 なにしろドン・トロ老は、病を得た小柄な老人に過ぎないのだ。

 両者の間に自身の体で割って入る、などという真似なぞできやしなかったし、ドン・トロ老もするつもりはなかった。

 少し離れたところから、声をかけるのが精一杯だった。


「うるさいな」

 唐突に扉が開き、針のように痩せた女が首だけ突き出して中の様子をうかがった。

「人払いをしておいて、なんの騒ぎだ」

 そしてすぐに、暴れるロロ・トロとそれをいいようにあしらうヴァルクール、少し離れた場所でロロ・トロを止めようとするドン・トロ老の様子を一瞥し、すぐに状況を把握する。

「手伝いはいるか?」

 顔だけを突き出した女は、ヴァルクールにそう声をかけた。

「いや」

 ヴァルクールはその女にいった。

「姐さんたちは、そのままで」

「どうやら衛士隊がこちらに近づいてきているようなのだが、そちらはどうする?」

「そのままで」

 ヴァルクールは即答した。

「どうやらここではもう、仕事にならないらしいです。

 皆さんは先に引きあげておいてください。

 わたしも、もう少し様子を見てあとを追います」

「そうか」

 女は、あっさりと頷いた。

「それじゃあ、お前を除く全員を引きあげさせる。

 自分からいい出したんだから、自分の身は自分で守れよ」

「はいはい」


「ずいぶんと呑気なやり取りをしてくれたじゃないか、盗賊」

 そういうロロ・トロは、すっかり息があがっていている状態だった。

「これでもわたしは、逃げるのだけは得意でして」

 涼しい顔をして、ヴァルクールが答える。

「もうやめませんか?

 これまでで、無駄だとご理解いただけたと思いますが」

「そうはいくかっ!」

 ロロ・トロが、咆えた。

「お前を、お前のいうことなんか認められるかっ!」

 あ。

 思ったよりも、追い詰められているな、この人。

 そのときのロロ・トロの目を見て、ヴァルクールはそう判断した。

 ヴァルクールはこんな目をした人間をこれまでに何度か目撃をしている。

 下手をすると、暴発しかねない人間の目つきだった。

 こんな目つきをしたやつは、その直後に誰にも予想できないような、なにかとんでもないことをしでかすのだが常だった。


「いいから落ち着きなってっ!」

 ヴァルクールはロロ・トロにむかってそういいながら、注意深く手元に視線を据える。

 さっきマイマスたちを帰すんじゃなかった、と、ヴァルクールは思う。

 マイマスやなんらかの武芸の嗜みがある者ならば逆上したロロ・トロから短剣を取り上げる程度のことは造作もなくやってのけるだろう。

 しかし、ヴァルクールは場慣れこそしていたものの、どちらかというとそうした荒事を苦手としていた。

 まいったなあ、と、ヴァルクールは思う。

「ご老体は離れていてくださいよ!」

「頼まれたって近寄らん!」

 さて、どうするか。

 ヴァルクールは考える。

 そんなとき、

「おやじ、無事かっ!」

 と叫んで、男が室内に入ってきた。

「カロ!」

 ドン・トロ老が叫ぶ。

「お前まで、こんなときになにをやっている!」

「この状況は!」

 その声には応じず、カロ・トロはすぐに室内の状況を把握して叫び返した。

「なんで兄貴がこんなところに!

 なんでそんなもんを抜いている!」

「カロ・トロだって!」

 ヴァルクールは叫ぶ。

「衛士隊長じゃないかっ!」

 盗賊のヴァルクールにとっては天敵のような人物であった。

 当然のことながら、これまでに面識はない。

 あったら捕まっている。

「その男はヴァルクール!」

 ヴァルクールの思考を中断するように、ロロ・トロが叫んだ。

「盗賊のヴァルクールだ!」

「余計なことを!」

「なに、あの逃がし屋か!」

 ヴァルクールとカロ・トロが同時に叫んだ。

「大した賞金首じゃないか!」

 そういって、カロ・トロまでもが腰の剣を抜きはなった。

「おいっ!」

 思わず、ヴァルクールは叫ぶ。

 ヴァルクールにとって都合の悪いことに、カロ・トロは出口である扉を背にしていた。

 市長なんて放っておいて、さっさと逃げればよかったな。

 今になって、ヴァルクールは歯噛みする。

「逃がし屋!」

 カロ・トロは叫んだ。

「聞くところによると、お前はあの黒鬼のヴァンクレスの兄貴だというじゃないか!

 お前も一度捕らえられてみるか!

 戦地に送られた弟とは違い、今ならハザマ領での重労働程度で済むぞ!」

「謹んでご遠慮させていただきますよ、っと!」

 カロ・トロがヴァルクールの注意を引いている隙に、死角から近寄ってきたロロ・トロが斬りかかってきたのを、間一髪で避ける。

「あぶねえっ!」

「兄貴、なにをやっているっ!」

「終わりだ!」

 ロロ・トロは焦点のあっていない目を見開いて叫んだ。

「こいつを始末しないと、終わりなんだっ!」

「錯乱したか!」

 カロ・トロが、ようやくロロ・トロの精神状態を把握した。

「市長、なんだかさっきからおればかり狙って来るんですよ!

 本気で!」

 ヴァルクールが叫んだ。

「なにがどうなっているんだ!」

「こっちが聞きたいわ!」


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ヴァルクール人が良いんだから さっさと逃げればよかったのに(≧∀≦)
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