登城前のひととき
「この騒動を鎮めようとすれば自然と後継者のうちの誰かを選ぶことになりますわけでして」
ギシュツは続ける。
「いいかえると、四人の後継者すべてを平等に扱っていたらいつまでもドン・デラが落ち着きません。
ドン・デラの騒動を収めるとは、つまりはそもそもの発端となっている後継者の件にも決着をつける必要があるわけです」
簡単にいってくれるよなあ、と、ハザマは思う。
「そいつを洞窟衆がやったとしたら、かなり多方面から恨みを買うことになるな」
ハザマは冷静な声で指摘をする。
「ですから、塩賊としても相応の補償を用意をしているわけです」
ギシュツは、ここぞとばかりに畳みかけてくる。
「山地方面の塩流通に関わらせるともなれば、その利権関係だけでもかなりの利益になります。
それに、うちとの関わりが強化されることは、そちらにとっても損ばかりでもないでしょう」
ギシュツはそういってこれからもたらされるであろう巨大な実利と、そして今後、塩賊が洞窟衆のうしろ盾になってくれる可能性を示唆した。
「それは、あんたの一存で提案していることではないんだよな?」
ハザマは確認する。
誰だって、空約束でいいように酷使されるのは避けたいものだ。
「おおむね、塩賊の総意であると思って貰っても差し支えありません」
ギシュツは頷いた。
「なんなら、あとで魔法込みの契約を交わしましょう」
「これだけ大きな案件だ。
そうするのが当然でしょうね」
ハザマは頷いた。
「こちらでも契約の内容を精査した上で検討し、返答することにしましょう」
「色よい返答、感謝をいたします」
ギシュツも、真摯な表情で頷いた。
「そちらも内部の意見を統一する必要があるでしょうし、すぐに明確な返答があることまでは期待しておりません。
ただ、塩賊の意志を知っていただきかった」
それを聞いて、
「どう転んでも憎まれ役だけどな、こっちは」
と、ハザマは思う。
「ただ、こちらもかなりの泥を被るわけですから」
そんなことを思いながらも、ハザマはそう続けた。
「実際にその仕事を受けると決まった場合は、塩賊にもそれなりの便宜を図って貰いたい」
「それなりの便宜、ですか?」
ギシュツが訝しがる。
「具体的には、どのようなことをお望みでしょうか?」
「さし当たり、その四人の後継者個々に対する紹介状は、最低限、用意して貰いたい。
ハザマはそういったあと、少し間をあけて、
「いや、その前に、ドン・トロという老人に面会をするが先か」
と続ける。
「……これから制圧する相手にいちいち挨拶をなさるおつもりですか?」
この言葉を聞いて、ギシュツが目を丸くした。
「つけ込む隙のある者から順番に、力ずくで平定していけばいいものを」
どうやら、塩賊ではそういう解決を想定していたようだ。
だが、そういう方法はハザマの好みではない。
「だって、後継者を選ぶ必要があるんでしょ?」
何気ない口調でハザマはいった。
「だったら、最低限、面通しして相手のいい分くらいは聞いておかないと。
仮に物別れになったとしても、すべてが終わったあとに寝覚めが悪い。
それに」
「それに?」
「そこで性急に結果だけを求めてしまうと、ドン・デラの人々が困るでしょうしね。
塩賊の人たちはどうでもいいのかも知れませんが、地元の人にとって一番よさそうな者を後継者にしてかないと、あとあとまで祟ります」
「それは……道理ですな」
ギシュツはハザマの言葉に頷く。
「だがそれは、残すべき相手を選んでこの騒動を収めるというのは、解決の方法としては一番困難な道となるでしょう。
それを承知であえてその選択をしますか、あなたは」
呆れたような、感心したような。
このときのギシュツは、かなり複雑な表情をしてハザマの顔をまじまじと眺めた。
「どうせここまで長期化しているんです。
今さら解決を急ぐべき理由もないでしょう」
ハザマは平然とした顔をしてそういった。
「ここで手を抜くと、あとでブラズニア公子にも恨まれそうだし」
「なるほど」
ギシュツは得心したような表情となる。
「男爵はブラズニア公爵家の方々とも懇意にしておりましたな」
「懇意に、というほど親しくはないつもりですが、まあそれなりに交友はあります」
ハザマは無難な返答をしておく。
「それよりも、紹介状の件は?」
「無論、急ぎ用意させましょう」
ギシュツはいった。
「他に入りようなものはありますか?」
「特にないです」
ハザマは即答した。
「ただ、洞窟衆もいまではおれの一存で動くような小さな組織ではなくなっている。
塩賊の方々の事情と要求はそれなりに理解できたつもりではありますが、身内で検討してみた結果、ご依頼の件をお断りさせていただくことは十分にあり得ます。
そのことは重々、お含み置きください」
「男爵の立場ならば、そういうでしょうな」
ギシュツは大きく頷いた。
「ですが、今後の利害を考慮すると、洞窟衆が選ぶべき道は決まっているようにも思えます。
当方としてはせいぜい色よい返答を期待することにいたしましょう」
そうして本題が終わったあとも、ギシュツはぐだぐだと長居をして世間話に終始し、通常の三人前にあたる量の朝食を平らげてからようやく辞去した。
「ああいう掴みどころのないやつが一番、扱いに困るな」
ギシュツの姿が消えてからしばらくして、ハザマは誰にともなくぽつりと感想を述べたという。
そのあと、迎えの馬車が来るまでの時間はハザマを筆頭とする王宮にむかう者たちの身支度のために費やされた。
一応ハザマも爵位持ちであるし、正式に招かれた身であるから側近の者を何名か随行するのはむしろ当然とされた。
貴族である以上、それも王宮に招かれている以上、そうして常時数人を侍らせておくのも貴賓としての振る舞いである、というわけである。
ハザマ自身も礼服を身につけていつも以上入念に頭髪などを整えられたのはもちろんのこと、同行する者たちも慌ただしく、堅苦しい服装に着替えはじめた。
そうした礼服が一番様になっていたのは、護衛役として随行するヘルロイ・スデスラスであった。
流石王族というべきか、そうしてきっちりとした格好をすると、所作のひとうひとつが洗練されたものにみえる。
逆にハザマ自身を含むその他の者たちは、立派な服装と挙動が見事に乖離している口だった。
「ま、おれたちが成りあがり者だっていうことは紛れもない事実だしな」
誰にともなく、ハザマはいう。
「形だけでも整えておけばそれで上等だろう。
どうせむこうもこちらのことを珍獣くらいに思っているんだから、必要以上に硬くなる必要はないさ」
自分自身にむけて、というよりは、やはり随行する予定の直属班の者たちにむけた言葉だった。
以前、国葬の際にハザマに随行したリンザは別として、他の者たちはそもそも王宮に出入りできるような身分の出身ではない。
多少のボロが出るのはしかたがないが、必要以上に萎縮されるのも困るな、と、ハザマは思ったのだった。
思い返してみると、貴族になるために王城の中に入った前回と違い、今回は貴族として招かれていて、ハザマの立場も微妙に違っている。
ハザマ自身は貴族らしさなどに一片の価値も見いだしていないが、立場的にはそれらしい振る舞いを期待される機会が多くなるのだろうな、と、他人事のように思った。
見かけはともかく、今回重要となるのは洞窟衆ないしはハザマ領の権益をできるだけ守るように心がけねばならないということなのだが、これについては一方的にこの国の王様から命令を下される立場であるから現在のハザマにはどうしようもない。
正式に命令をくだされたあと、水面下で行われることになっている王国との交渉でできるだけ多くの対価を引き出すよう、今後、努めていくだけであった。
気づけば、ずいぶんと多くの荷物を抱えているもんだよなあ、おれ。
などと、ハザマは他人事のように現在の自分の境遇に思いを馳せる。
随分と数奇な経歴を歩んでいるというべきであろうが、そうした事情では洞窟衆周辺の者たちもハザマと対して変わらず、いや、中には洞窟衆の存在や働きによって本来あるべき人生が大きく歪められてしまった者たちも決して少なくはない。
そうした中で、その元凶ともいえるハザマ自身が自分の身だけを嘆くというのも自己憐憫が過ぎるというものだし、そもそもハザマはそうした感傷に浸るのような性格でもなかったので、このときも特に深くは考えなかった。
一同の準備が整ったあとに迎えの馬車が宿屋に到着する。
四頭だての立派な馬車が二台、宿屋の正面につけられて、そのうちの一台から官吏のオルダルトが出てきた。
そのオルダルトに促される形で、ハザマたちは分乗して車中の人となる。
「そちらから出された要求は、無理押しをして飲ませることにしました」
馬車の中に入るなり、オルダルトは口を開く。
「ああ、あの件ね」
ハザマは内心で、
「おれ、なにを要求したっけか?」
と思いながらも適当に相槌を打つ。
「王宮内の人たちが、よく承知してくれたなあ」
「反対派を無理に黙らせて強行する形になりましたが、王国にとってもドン・デラにとっても最上の選択なのでしょう」
オルダルトは硬い声でそう応じる。
「財源の確保ももちろんですが、それ以外に被害金額の査定方法についても議論がはじまっています。
こうした形で直接民の救済をするのために王国が国庫を開くなど前代未聞ですからね。
はは。
今頃、城内の者たちは大わらわですよ」
ああ、そうか。
ドン・デラの民の被害を補償しろとかいったんだよな、おれ。
と、ハザマはこのオルダルトの反応を見て思い出す。
「でもあれ、今の王様って正式に即位したばかりじゃないですか」
ハザマは呑気な声でいい放った。
「ここでいい王様アピールしておけば、あとで絶対いいことがありますよ。うん」
「その効果も強調して、反対派をどうにか黙らせることができましたよ」
オルダルトは疲れた声を出した。
「つくらなくてもい敵を大勢作ったような気もしますが、そうしないと男爵がこの件を引き受けないとおっしゃるのだからこちらとしては他にやりようがない」
この人も、難儀な立場だよなあ、と、ハザマは同情した。
王国と洞窟衆の間に立つということは、つまりはいつかはこういう目にあうということなのだろう。
職務の内容的に板挟みになることが確定しているのだから、甘受するしかないよね、と、ハザマはそんなことを思った。
オルダルトの立場を配慮して少しでも譲歩しよう。
などという殊勝なことは決して思わないのが、ハザマという男であった。
ハザマはハザマで、今では大勢の人間の生死や財産について責任を持つ立場であり、妙な遠慮をしていたらそれこそ無駄に仲間の損害が増すばかりなのだ。
それに、そもそも王国が今回のような無理難題を吹きかけてこなかったら、このオルダルトだって板挟みになることもなかったわけで、本当の原因は洞窟衆をいいように使おうとする王国の傲慢さにあるとも思っている。
ハザマがもう少し理想主義的かつ夢想的な性格であったのなら、
「打倒王国!」
などといいだして反旗を翻していたのかも知れない。
が、ハザマという男にはどうしようもなく現実的な視線を持つ面があり、この時点では公然と王国の威光に逆う意志は持てないでいた。
そのかわり、どうせ断れない命令ならと、その命令を遂行する対価としてかなり無茶な要求をすることにも躊躇わないのであるが。
そんなことをハザマが考えているうちに、二台の馬車は王都のただ中を駈けて王城へとむかう。
王都の公道はこの時間帯は馬や馬車での移動が制限されているのであるが、貴族が公務で使用する限りは例外とされている。
ましてや、これらの馬車には王家の紋章が刻印されていた。
当然、こうした馬車の行く手を遮る者は皆無であり、誰もが馬車の前をあけて道を譲る。
いくらもしないうちに、ハザマたちが乗った馬車は王城の門の中に入っていった。




