塩賊のギシュツ
「え。
ごめん」
食堂に入ってきたのは、がっしりとした体格の、顔がよく日に焼けた男だった。
「すいませんなあ、このような時間に。
お誘いとあればご相伴させていただきます」
そんなことをいいながら、直属班の者に案内されて、ハザマの対面の席に着く。
「塩賊のギシュツという」
座るなり、男はそう名乗った。
「洞窟衆のハザマです」
ハザマも名乗り返す。
「まあ、まずはおあがりください」
そのあと、食事を薦めた。
「では、遠慮なく」
ギシュツと名乗った男は、そういって卓上に並ぶ料理を一瞥した。
「ほう。
なかなかの品だ」
「宿屋の者にそう伝えておきます」
ハザマは素っ気なく答える。
半ば社交辞令としていっているのだろうが、朝食など褒められたところで、嬉しくともなんともない。
「うん。
焼きたてのパンに滋味あふれる煮込み、よく焼けた薄切り肉。
朝食とはこうありたいものですなあ」
そんなことをいいながら、ギシュツはがつがつと卓上の料理を平らげていく。
「流石は、諸侯も頻繁に利用するような一流店だ」
「ある程度腹が膨れたら、でいいですが、ご用件の方も早めにお願いします」
ハザマは自分でも食事を進めながらそう告げる。
まさかこの男も、わざわざこの宿屋の朝食を論評するためにこんな朝早くからこの場に来訪したわけでもあるまい。
「そう、それだ」
いったん手を止めて、ギシュツはいった。
「昨夜、王国に対してドン・デラの民を救済しろと要求したそうですな。
いやさ、欣快欣快!
それでこそ天下の義侠、洞窟衆の頭領というもの!
まったくもって実に、感服いたしました次第です!」
なにをいっているんだ、こいつは。
と、ハザマはギシュツのいいように心中で呆れた。
「ドン・デラの件に関していえば、そもそもかの地のドン・トロなる人物がおおもとの元凶」
心中の思いをできるだけ表情に出さないように勤めながら、ハザマはいう。
「そのドン・トロ氏は、もともとは塩賊と関わりが深い方だと聞いております。
ドン・デラの民の苦難を思うのならば、まずは塩賊がそのドン・トロ氏の行動に掣肘を加え、今回のような騒動に至ることを阻止するべきだったのではないですか?」
ハザマたちの立場にしてみれば、塩賊の管理が甘いおかげでしなくてもいい余計な仕事が増えているわけであり、ここで皮肉のひとつも飛ばしておいても罰は当たらないだろう。
「これは痛いところをついてきなさる!」
ギシュツはぴしゃりと自分の額を平手で叩いた。
「確かに、筋目からいえばまったくもってその通り!
反駁する言葉も浮かびません。
しかし、ドン・トロの一族はここ数十年でずいぶんと力をつけておりましてなあ。
正直なところ、われらが外から干渉をすることはもはや不可能になっておるわけですよ」
「天下の塩賊が相手にできないような大物を、なぜ発足してから日が浅いわれら洞窟衆がしなければならないのか」
ハザマは、直截に問いと不満をぶつけてみる。
「塩賊が王国に干渉して、洞窟衆がこの件に関わるように進言したということはすでに聞いております」
「なぜかって、そりゃあ、われら塩賊がいきなり洞窟衆にかけあってしまったら、周囲からいらぬ誤解を受けそうでしたからなあ」
ギシュツは呑気な口調でそう答えた。
「その点、王国を経由して伝えておけば、余計な疑念を招かずに済む。
おそらく、これが一番穏当なやり方でした」
「なぜ洞窟衆を指名したのかという、一番肝心の問題には答えていませんね」
ハザマは冷淡な声で指摘をした。
「ドン・デラにもドン・トロ氏にもこれまでたいしてかかわり合いにになることがなかったわれわれにしてみれば、実に迷惑なことです」
「お怒りはごもっとも」
ギシュツは一度手を止めて、真顔でハザマの目を見返す。
「ですが、われら塩賊は苦難する民草のために動く者たちが好きなのだ。
これを機会に洞窟衆とも強く絆を結びたいと、そう思っている」
「別におれたちは、民草のために動いているわけではないですよ」
げんなりとした思いを噛みしめながら、ハザマはギシュツの意見を訂正した。
「結果としてそうなることはあるにせよ、おれたちが動くのは基本的に自分たちの利益のためです」
洞窟衆も、見ず知らずの他人のためにタダ働きするほどには、酔狂でも暇でもない。
「それは、当然でありましょう」
ギシュツはハザマの言葉に大きく頷く。
「なにより、自分の食い扶持もろくに確保できないような非力な者に、他人を助けることなどとうていできないでしょうからな」
それを聞いて、ハザマは脱力感に襲われる。
なんだろう。
この、噛み合っているようで噛み合っていないやり取りは。
根本的なところで、なにかがズレているような気がする。
「とにかく、今回の件の解決を突発的に押しつけられたことは、洞窟衆にしてみれば迷惑でしかない。
このことは、他の塩賊の方々にも強調しておいてください」
少し考えた末、ハザマはそういってこの話題を打ちきった。
「伝えよといわれれば、そりゃあ、伝えるのにやぶさかでもありませんがね」
ハザマの表情をみて、ギシュツも話題を変える。
「それよりも、洞窟衆がこの件の始末を引き受けてくれたことで、われらも大きく展望が開けました。
ドン・デラの始末に関していえば、どのようにつけたとしてもどこからか文句が出る難物。
これまで、ドン・デラにもドン・トロにも深い関わりを持たなかった、同時に日が昇る勢いを持つ今の洞窟衆が事態の収拾を図ってくだされば、もはやどこからも文句のつけようがない」
つまりは、自分たちでは片づけたくはなかった汚物の始末を、おれたちが引き受けてくれて助かったと、こいつはそういっているのだな。
と、ハザマはギシュツの言葉を頭の中で翻訳する。
「おれたちがこの件を引き受けたのは、王国との関係上、断りきれなかったからです」
ハザマは忌憚のないところをぶちまけた。
「そうでもなければ決して引き受けませんでしたし。
ドン・デラの民を思いやってのことではありませんし、洞窟衆が自発的に選択したわけでもありません」
今回、この件の始末を引き受けたのは、あくまでしぶしぶであると強調しておいた。
好んでこんな面倒な仕事を引き受けたと思われたままでは、今後も同じような目に会わせられるかも知れない。
ハザマにしてみれば、ここでいくら強調しておいてもいいくらいの気持ちがある。
「わかってます、わかってますって!」
ギシュツはまるでわかっていなさそうな表情でそういった。
「そういうことにしておきますから」
その表情をみて、ハザマは確信する。
ああ、こいつは、他人のいうことを自分の尺度だけで判断するやつだ、と。
塩賊とは、こんなやつしかいないのだろうかと、そんな疑問も浮かんだ。
「とにかく」
ハザマは続ける。
「引き受けた以上は完遂のため、微力を尽くすつもりではいます。
それで、今この時期に、それもこんなに早い時間から、塩賊の方がどんな用件があってわれわれの元に訪れたのでしょうか?」
ようやく、ギシュツが訊ねてきた本来の用件について切り出した。
「そう、それですよ」
ギシュツは身を乗り出す。
「先ほども申しましたが、塩賊はこの件を機会に洞窟衆と深くよしみを通じたいと考えております。
こいつはわたし個人の考えだけではなく、塩賊全体の総意だと、そう思っていただいて結構です。
実際、洞窟衆のこれまでの働きに対して、塩賊の中で好意的な見方をするものが多い」
「好意だけで動くような単純な組織でもないでしょう、そちらも」
ハザマは短く切り返した。
「ごもっとも」
ギシュツは頷く。
「そちらのこれまでの働き、その理念と実績双方をそれなりに精査した結果の判断だと思っておいてください。
それで、挨拶がわりといってはなんですが、今回はいくつかの土産を用意しております」
そういって、ギシュツは懐から巻いた羊皮紙を取り出した。
「なんですか、それは」
ハザマは訊ねた。
「現在のドン・デラの状況について、うちの者がまとめて書き出したものになります」
ギシュツは真顔で答える。
「王国がそちらに頼んだ件に関しては、この羊皮紙にかかれた情報がなんらかの足がかりを与えることでしょう」
「へえ」
ハザマは、短く応じた。
これでなかなか、塩賊の連中も道理はわきまえているらしかった。
少なくとも、この仕事でなにが必要になるのか判断するだけの頭は持っているようだ。
「それをタダでくださると?」
念のため、確認しておく。
受け取ったあとで別に対価を要求されたら、洒落にならない。
「そのまま、お納めください」
ギシュツはいった。
「塩賊としましては、洞窟衆にお近づきになれた挨拶代わりの品だと認識しております。
それとは別に……」
「それとは別に?」
ハザマは、今度はなにを要求されるのかと身構えた。
「山地での塩の流通について、洞窟衆には今後ともご助力をいただきたい。
われら塩賊の影響も平地の諸国までであって、山地には及んでおりません。
これを機会に、山地での流通網を構築しつつある洞窟衆にこちらの仕事を助けをしていだきたい」
そういうことか、と、ハザマは安堵した。
「塩の流通についてなんらかの補助をすることは可能ですが」
ハザマはすぐにそう答えた。
「山地には岩塩を産出する土地もあります。
なにより、山地はとても広大だ。
塩賊だけで塩の流通を独占することはまず不可能であると、前提としてまずそう認識しておいてください」
このような商談ならば、過度に警戒する必要はないだろう。
細かい条件などについてはあとでタマルにでも詰めさせることにして、そこで利害があわなければ断ればいいだけのことだった。
「まずは色よいお返事をくださったことに感謝を申しあげます」
ギシュツはそういって、ハザマに対して大きく頷いて見せた。
「前向きに検討をしていただけるとのこと。
すぐにその報を持ち帰って仲間たちに伝えさせていただきます。
それとは別に……」
まだなにかあるのかよ!
と、ハザマは驚く。
「……そもそも、今回のドン・デラの一件は、ドン・トロが後継者を明確に定めなかったせいで息子たちが争いはじめたのが発端です。
洞窟衆の、いや、ハザマ様の目でドン・トロの息子たち四人の人となりを見定めて、そのうちの誰を後継者に据えるのか、決していただきたい」
……なんだ、それは。
と、ハザマは呆れた。
「そんな重要なことを、それまでたいして縁のなかったおれなんかに決めさせるのですか?」
震える声で、そう訊き返した。
この場合、声が震えていたのは緊張のせいではなく、強い憤りが原因であったが。
「おっと!
いや、おっしゃりたいことは、よーくわかります」
ギシュツはハザマを制するような手つきをしてから、そう語り出した。
「だが、今回の場合、詳しく事情を知らない者に任せる方が、かえって都合がいい。
というのは、ドン・トロの息子たちのうち、誰を選んだとしても、どこからか不満の声があがり、なにかしらの不都合が起こるからです」
「その不満の声をあげるのは、王国の内部でのことですか?
それとも、塩賊の内部でのことですか?」
ハザマは、すぐに確認した。
「鋭いですな」
ギシュツは頷く。
「その両方です。
というのは、息子たちはそれぞれ、王国内外の勢力と結びついている節があります」
いいかえると、その息子たちのうちの誰を選んだとしても、選ばれなかった者を支援していた勢力からの恨みを買うというわけであった。
「とことん、使ってくれるもんだよな」
ハザマは、今にも噛みつきそうな顔をして、そういった。
なんのことはない。
体よく、汚れ役をすべて洞窟衆に押しつけようとしているだけなのだ。
「ご不満に思われるのは、実にもっともなのでありましょうが」
ギシュツはしたり顔でそう続けた。
「この後継者争い、ことの正否によっては、ドン・デラ内部に限らず、この王国内の序列にも大きく影響を与えかねません。
そのような選択は、塩賊がよくするところではない。
従って、よく内情をわかっていない洞窟衆の方々がその場の判断で片をつけてしまった方が、まだしも傷が少なくて済むというものです」
勝手な理屈だな、と、ハザマはそう思った。




