汚れ仕事の担い手たち
「どう思うよ、これ」
「微妙なところですねえ」
ハザマとその担当者はいっしょに影組頭領からの書状を読んで顔を見合わせる。
「男爵様と一度、直に会見する機会を持ちたいという件は、まあ想定の範囲内です。
ですが、もう一方の」
「是非ともうちで働かせたい者がいる、というのは、かなり臭いなあ」
「内通者でもあり得るのは当然として、むこうから指名しての斡旋となると、影組においてもなんらかの問題行動を起こしているような方なのではないかと」
「そう考えるのが妥当だよなあ」
ハザマはため息をついた。
「わざわざ現役の、働き盛りで使い勝手がいい人材を回してくれるほどには、むこうさんも親切ではなないだろう」
書面の文面は、こちらも申し出に対してかなり前向きな内容になっていた。
それこそ、ハザマたちが不審に思うほどに。
当然、裏になにかあるのではないかと勘ぐってしまうわけである。
「いずれにせよ、こちらは教えを乞う立場なわけですし、ここは素直に相手のいい分を飲んでおいた方がよいのではないですか?」
「ま、そうなるわな」
ハザマも担当者の言葉に頷いた。
「ここでこのはなしを蹴っても事態は悪化するばかりなわけだし。
この場はわざと相手の出方に乗ってみることにしようか」
そもそも、問題行動の多い癖のある人材ならば洞窟衆の内部にもそれなりに居るわけであり、いまさら強く忌避すべきでもないかな、とかハザマは思う。
「では、この件はそのように。
前向きに検討することを前提として、頭領様との会見の日時を設定させていただきます」
担当者は、そういった。
「最後の、かなり根本的な問題を提示しておきたいのですが」
「なんだ?」
嫌な予感がしたので、ハザマは軽く身構えた。
「まだなにか問題があるのか?」
「いえ、今の時点で問題があるというよりも、広く領外の情報を収集しようとするとなると、どうしても避けられない問題が新たに発生するということを改めて指摘しておきたいのです」
そういって担当者は新たな書面をハザマの目前に提示する。
「こちらが、外交と諜報関係に必要となる予算案になります」
「む」
そこに並んだ数字を見て、正確にいうのならばその数字の桁を見て目を見開いた。
「こんなにかかるものなのか?」
「もともと、そちらの方面はかなりの金食い虫ですから」
担当者はそういって肩をすくめた。
情報の収集には金がかかる。
内部の人件費や必要経費はもちろんのこと、それ以外にも外部の内通者などに渡す見返りや贈賄などの費用も含むわけで、その金額も必然的に庶民的な感覚からはかけ離れたものにある。
「金がかかる割には、成果が見えにくい。
投資した分だけ、目に見える見返りが発生するわけでもない。
そういう仕事ですよ、これは」
「領地の年間予算に影響を及ぼしかねないような金額だな、これは」
ハザマは呆れたような口調でいった。
「そうです」
担当者はあっさりと頷いた。
「そして、この予算案を財務の方に認めさせる役割は、男爵様の仕事になります」
「え?」
「だってそうでしょう。
わたしどもは男爵様の命に従う形で動いているわけなのですから」
そういって担当者は肩をすくめる。
「なぜ、そうした方策が必要なのかという理由を別部署に納得させる仕事まではやっていられません」
自分たちはハザマの命令に従って動いているだけであり、仕事を命じた理由についてはハザマ自身が責任を持って財務部門に説明せよ、というわけであった。
「これをタマルに承諾させるのか」
ハザマは頭を抱えた。
「逃げ出したくなってきた」
「ご武運をお祈りしておきます」
その担当者は、無責任にそういい放った。
『わかりました』
一連の予算案について、通信術式を介してハザマが説明すると、タマルはこちらが拍子抜けするほどあっさりと承諾してくれた。
『そのつもりで用意をしておきます』
「この予算、このまま通しちまってもいいのか?」
かえって、ハザマが確認するようなことになった。
『どうしても必要な出費なのでしょう』
タマルは、そう返答する。
『実をいうと、ここ最近の純益が大きすぎて、どこかで赤字を出しておかないと来年度に王都に収める上納金の額がとんでもないことになってしまうのですよ』
「なるほど」
そう説明されて、ハザマも納得する。
「そのまま王都に持って行かれるよりは、たとえそんなところであっても金を使う方がいいわけか」
『この領土は王国にとってもそれなりに微妙な位置にありますからね』
タマルはいった。
『その手の機密費に予算をつぎ込むことはどこの貴族もやっていることですし、むしろまったくやらないでいるとかえって不審に思われ、痛くもない腹を探られることにもなりかねません。
それに、普段からそういう情報も収集しておかないと、これからはどんどん身動きがとれなくなっていくと思います』
案外、冷静に状況を見ているな、と、改めてハザマはタマルのことを評価した。
「出入りの商人たちからも、さりげなく領外の状況を聞き出すようにしておいてくれ」
『基本ですね』
タマルはいった。
『すでにやっていますから、ご心配なく。
ただ、商人というのはどこの土地でも狡猾なものですから、相場の操作などを目的に偽の情報を流布することがあります。
収集した情報もそういった点を考慮してある程度ふるいにかけないと、ものの役に立たないということは指摘しておきます』
そこまで説明されてみれば、納得がいく。
あちこちに渡り歩く商人の方が、より切実に正確な情報を欲してるわけで、タマルが敏感になるのも無理はないのだった。
いや、国家のように武力に頼ること選択肢がほとんどないからこそ、より敏感に周囲の状況を読む能力が必要となるのではないか。
『そこまでするのなら、ついでに』
「まだなにかあるのか?」
『今の時点では、どうでしょうか?
でも、将来的には必ず必要となる仕事があります』
「なんだ、それは?」
『洞窟衆の内部、各部署を秘密裏のうちに監査する部署です』
タマルはいった。
『各部署が扱う金額も今ではかなりのものになっていますから、自分の権限を利用して私腹を肥やしている者が出ていても不思議ではありません』
「そいつを確認するための部門を今のうちから作っておけと?」
『手遅れになってから準備するよりは遙かにマシでしょう』
タマルはいった。
『取引金額の誤魔化しや資材の横流し、横領、贈賄など、責任が伴う部署ほど誘惑は多いわけですから』
そうした誘惑を常に退けられる人間ばかりでもない、と、タマルはいいたいらしかった。
『罰則なども含めて、考慮していただけると助かります』
「そうだな」
ハザマは渋い顔で頷く。
「監査部と、罰則を含めたそうした不祥事が起こったときの対処法、それに、そうした不祥事が起こらないようなチェック体制を作るように指示をしておく」
『そうですね』
タマルはいった。
『不祥事を未然に防ぐような制度を作っておくのが、一番ですね』
もちろん、ハザマはその件についても直属班に丸投げした。
「それ以外ですと、人材育成部門のルアさんからマヌダルク姫の学校との協業の件について、どれくらいの協力をすればいいのかそろそろ具体的な線引きをして欲しいという要望が入ってきています」
「あー。
その件かあ」
ハザマはいった。
「っていうか、あの学校、今、どこまで準備できているの?」
「学習要項を検討しつつ、用地の買収と校舎など施設の建設を準備させているところですね」
ハザマの秘書役が答える。
「実際に開校するのは、もう少し時間がかかるでしょう。
具体的にいうと、早くても一年先以上の時間が必要だと思います」
「そのうち、今、うちのやつらが協力しているのは?」
「主として、建設面の施工管理になります。
そちらの仕事に関しては、領内の開発に従事した経験者がいくらでも居るので。
それ以外に、分野によっては学習課程の整備についても部分的にお手伝いをしている感じですか」
「具体的には?」
「先ほどいった、建築現場の施工管理にせよ商売をやるにせよ、座学だけではなく、もっと現場に出て経験を積む機会を増やした方がいいのではないかと提案したり、とか。
その学校に通うことになるのは、それなりのところのお嬢様方ばかりなわけですから、帳簿とか人を管理することついてはそれなりの心得を持っていると思うわけです。
ですが、そうした上から見てみるのと実際の現場とでは、持ち上がってくる問題の質が違う。
それを体感する機会をもっと増やした方がいいのではないかと提案しています」
「なるほど」
ハザマは頷いた。
「実地の経験だけは豊富にあるからな、うちのやつらは」
「おかげさまで。
それで、そうしたお嬢様方にあまり泥臭い仕事をさせるのも気が引けますので、もっと上品なイメージの事業をその学校が主体になって立ちあげ、実習がてらに継続してみてはと提案しました。
そうした上流階級の方々なら、目も肥えていらっしゃるでしょうからね」
「んー。
当面はいんじゃないかな、それで」
ハザマは、煮え切らないいい方をした。
「おれからは、特にいうことはないや。
あ、ひとつだけ。
ここまでは協力するけどここからはできないという線引きは、しっかりやらせるように指導しておいてくれ。
協力をするのはいいんだが、必ず儲けを出すように。
新しい仕事が発生するたびに契約書をしっかり交わして、情にほだされてただ働きはしないようにと釘を刺しておいてくれ」
全員が、とまではいわないが、洞窟衆ならびにハザマ領にやってきて働いている者の大部分は、元居た社会からなんらかの理由で爪弾きにされてきた者たちであった。
そうした者から見れば、マヌダルク姫の周辺に集まってくるような人々は眩しく見えるのではないか、と、ハザマは思う。
この世界では社会の中に身分というものが厳然と存在し、立ち位置によって、食べる物も着る物も自然と差別化されている。
やり方によっては、なんらかの方法によって成りあがって富裕層の仲間入りをすることも可能ではあったが、それを成功させるためにはかなりの努力と、それに運が必要になる。
誰もが、そこの場所に立てるわけではない。
そうした上流階級の人々と親しく接触する機会を得たことによって、悪い影響が出てくるのではないかとハザマは危惧していた。
「男爵様がなにを危ぶんでいるのか、いまひとつ理解できません。
ですが、内部の者がマヌダルク様たちの学校関係者と接触するときは、あくまで仕事であると認識させることを徹底しておきます」
そして、秘書役の者は現在、洞窟衆が行っている事業展開についての説明に移る。
「領内の開発事業については、商用地区の工事がおおかた終わり、森の中の各地所の開発が本格的化しているところです。
これについては、工事に携わる人足や職人なども、すでにかなりの人数が自分の仕事に関して熟練してきているので、特に問題はないかと」
さらにいうのならば、部族連合から王国に支払われることになっている膨大な賠償金がそろそろ届きはじめており、国境紛争のときに活躍した洞窟衆へ王国が支払うことになっている報酬も流入しはじめている。
その他の事業の収入もあり、開発事業に必要な資金が不足する心配もなかった。
「製造部門に関しては、各部門とも堅調。
利益率は、製造する物品によってそれなりに前後するわけですが、総じて作った分だけ売れてる状態が続いております」
特に、出版物の売れ行きが明るいそうだ。
他の商品を売買するために立ち寄った商人が、本業の商品の片手間に本を買いあさって転売することが多いようで、出版すればするだけ捌けていく状態が続いている。
あまりかさばらず、それでいて必ず売れるとわかっている本のよううな商品は、たいていの商人にとっていい小遣い稼ぎになるようだ。
「特に、医学関係の実用書がよく出ています。
よくある病気や怪我に対する対処法をまとめた冊子ですね」
これは、エルフのムムリムが監修して出版しているシリーズであった。
ムムリム自身も執筆を担当することがあったし、それ以外に、国境紛争のときなどに知り合った王国内の名のある医師たちに症例ごとに分担を決めて執筆して貰っている。
この世界、というか、王国内にもそれなりに医者が居るのではあるが、その多くは貴族などの専属医であり、好んで庶民を看るような医者の数は少ない。
また、医者を育てるような環境や専門機関も皆無に近く、つまりは、まともな医学知識がほとんど普及していなかった。
体系的な医術書を出すのは準備をするのに時間がかかると判断し、ムムリムは、ページ数の少ない、症例ごとに対処法をまとめた冊子を連続で刊行させることにした。
それが、世間の需要の見事にはまり、売れている状態であるという。
「これ以外に、色刷りを多用した薬草とその加工法を記した図鑑の刊行を準備しています」
そうした方面に明るい、エルフの知識を広めるために企画されたものであった。
多色刷りの部分は、木版画で対応するつもりのようだ。
本としてもかなり大判でページ数があるものになることが予想されており、商品としてかなり高額な物になるだろう。
だが、それでも出版部門では、売れるはずであると予測しているという。
「紙の増産の方は間に合うのか?」
「常時品不足ではありますが、山地方面の各地で順次増産中でありますから、いずれは解決するでしょう。
山岳民にしてみれば、紙は貴重な、手軽に換金できる物品になります。
しかも、鉱石のように消費すればそれで終わり、ではなく、再生産が可能な物です。
みな、力を入れて生産してくれますよ」




