二人の来訪者
「今度は一体なんなんですか?」
唐突に扉が開いて、何名かのともを伴ったバグラニス・グラウデウス公子が小屋に入ってくる。
「ああ、あなたが来たのですか」
ハザマは軽く頷いた。
「どうですか?
駆けつけ一杯」
今後の展開に影響するので、子守衆たちはハザマ領と頻繁に連絡を取って鉄蟻とハザマの交渉の様子を伝えていた。
そのハザマ領経由で王都までこちらの状況が伝わることも、ハザマは当然の前提として予想している。
なにしろハザマ領では、王都から派遣された官僚たちも洞窟衆に混ざって大勢働いているのだ。
なんらかのリアクションが起こるとしても早くても明日以降になるものと思っていたので、ここまで反応が早いのは予想外だったが。
「そんなことよりも、この場で今、なにが起こっているのかという説明を要求します!」
性急に、ハザマに対して説明を求めてくる。
この眠たげな目つきをしたバグラニス公子は、どうやら何事かに憤っているらしい。
「詳しい報告が王都に届いたから、こちらに来たのではないのですか?」
ハザマはのんびりとした口調で応じた。
「その報告だけではなにが起こっているのか理解できないから、急ぎここに来たんです!」
バグラニス公子は、今にも噛みつかんばかりの勢いでハザマに迫る。
「鉄蟻退治をしていたあなたが、なんで今は鉄蟻との和睦を進めているのですか!
というか、鉄蟻とは人間と対話ができる生物だったのですか!」
どうやら、ここでの出来事はこのバグラニウス公子の理解が及ばない範疇にあるらしかった。
いや、このバグラニウス公子に限らず、普通は想像すらしないよな、と、ハザマも思う。
ハザマ自身にしてから、ヘムレニー猊下に示唆されるまでそうした可能性を頭から除外していたほどなのだ。
このバグラニウス公子は若くして先の国境紛争のおり、王国の代表として部族連合との講和を終結したほどの重要人物である。
王国の外交関係の若手の中では、おそらく一番の出世頭であった。
そんな切れ者のバグラニス公子でさえ、人間以外の生物集団となにがしかの取り決めを行うという行為は、どうやら想像の外にあったようだ。
「まずは、順番に説明していきますね」
ハザマは冷静に態度でこれまで経緯を説明し、小型鉄蟻やヘムレニー猊下をバグラニウス公子に紹介した。
「……と、いうわけです」
ときおり質問を受けつつ、ハザマはかなり長い時間をかけてバグラニウス公子に対する説明を終えた。
「にわかに信じられないことは、理解できます。
かくいうおれだって、このヘムレニー猊下が鉄蟻と意志の疎通ができる可能性を示唆してくれなかったら、こんなことはしていないでしょう」
バグラニス公子以外の人々も、それぞれの態度でその説明を大人しく聞いていたわけだが。
「なんでこんなところにヘムレニー教団の教主が」
バグラニス公子は戸惑った表情をして周囲を見渡す。
「それについては、そこに居るご本人に直接お訊ねください」
ハザマはざっさりと答えた。
「一言でいえば、興味本位なんですけどね」
ヘムレニー猊下は例によって微笑みを浮かべながらにこやかに答える。
「ハザマ様のやりようをそのまま見物したかっただけで、決して他意はないんですよ」
「信じられませんね」
バグラニス公子は一言で斬って捨てる。
「あなたほどの地位にある方が単身で動いていて、それでなんの意味もないなどといわれてもこちらとしてはすぐ頷くことはできません」
外交官としては、正当な判断なのだろうな、と、ハザマも思う。
ヘムレニー教団はそれなりの規模であり、下手をすると王国に匹敵するだけの影響力を持っているということだった。
しかも信徒には商人が多く、かなり広い範囲に散らばっているということだから王国としても警戒しないわけにはいかないのだろう。
「ええ、ご免」
そのとき、また扉が開いて新たな客人がどかどかと入ってくる。
「わしは中央委員から派遣されてきた、ナゴトス族のブラスダいうもんじゃ。
こちらに洞窟衆のハザマ殿がいると聞いてきたのだが」
「あ、おれです」
ハザマは片手をあげて挨拶を返す。
「まずはこちらの暖かい場所へどうぞ。
駆けつけ一杯どうですか?」
「有り難くいただこうかの」
ブラスダと名乗った初老の男はそういってつかつかとストーブの近くまで近寄ってくる。
「お主があのハザマ殿か。
想像していたよりも若いの」
「そいつはどうも」
ハザマはナゴストに酒杯を渡しながら、軽い口調で答えた。
外人から見ると日本人はかなり若く見えるというしな、とか、ハザマは思っている。
「それはともかく、今度の鉄蟻の件だが」
ナゴトスはハザマが注いだ酒杯をぐっと一息に飲み干したあと、すぐに本題に入ってきた。
「そいつらが、その実物か」
「ええ」
ハザマは頷いた。
「なにか、彼らと交渉することがおりでしょうか?」
「いや、それ以前にだな。
これまでの詳細をもっとわかりやすく説明して欲しい」
ナゴストはハザマの顔をじろりと一瞥して、いった。
「なにせ、こちらに伝わってきているだけではどうにも細かいところまでわからなくての」
「ごもっともで」
そしてハザマは、先ほどバグラニウス公子にしたのと同じような説明をナゴストに対して繰り返した。
「ええと。
そっちが、ヘムレニーとかいう教団の教主様で、このデカいのが黒鬼のヴァンクレス。そんでこっちが、王国のバグラニウス公子ということかいの」
ナゴストはそういって自分の顎を指で掻いた。
「このうち黒鬼と公子には、先の国境紛争のときにうちの者が世話になっておるの。
しかし、なんだってこんな山中の寂れた場所に、こんな大物ばかりが集まっているのかの」
「押し掛けてきた人たちに訊いてください」
ハザマがそう返答すると、ナゴストは、
「もっともだ!」
といい、笑い声をあげた。
「他の二人はともかく、王国の公子様はおおかた鉄蟻の件を耳にしておっとり刀で駆けつけたのであろうよ。
かくいうわしも、そうなんじゃが」
続けて、ナゴストは推測を述べ、そのあと、ハザマにむかって問いかけてくる。
「それはまあ、別にいいんじゃが。
それで、洞窟衆の。
この鉄蟻の件について、お主はどのような始末を考えておるのか?」
「そうっすね」
ハザマはいった。
「まず前提として、鉄蟻たちは新しい土地を欲しております。
人間にとっては不要な、火山にほど近い場所を希望していますので、これについては中央委員の許可が降りさえすれば容易に実現可能なはずです。
逆にいうと、中央委員の許しがなくては鉄蟻との交渉はこの先一歩も進みません」
「ふむ」
ハザマの言葉に、ナゴストも頷く。
「それについては、特に問題はないと思う。
中央委員の意志を統一するために、多少の時間は必要になるはずだが」
「そういっていただけますと心強い」
ハザマは頷いて、先を続ける。
「それでは、その点について中央委員が快諾してくれるということを前提として、先を続けます。
そのあとに必要となるのは、鉄蟻たちを知性ある集団と認め、自治権を承認することになるか」
「簡単にいってくれるの」
ナゴストはまたじろりと目を剥いてハザマの顔を睨んだ。
「領土を分割し、自治権を承認する。
そいつは実質的にみれば、山地の中に鉄蟻どもの独立国があることを認めるのと同義ではないか」
「それでなにか問題がありますか?」
ハザマは涼しい顔をしていった。
「人間にとって不要な土地を与えて、相互不可侵の約束を取り交わすだけでしょう。
少なくともそうすることによって、中央委員がなんらかの利益を損なうことはないように思いますが。
それどころか、そうして鉄蟻の権利を認めてやりさえすれば、今後、半永久的に鉄蟻との取り引きが可能になります」
「相手が人間の集団であるのならば、それでも問題はない」
ナゴストは指摘する。
「だが鉄蟻どもは、畜生ですらない虫けらどもだぞ。
どうして虫との間にそうした政治的な駆け引きが成立すると思えるのか」
「そう!
そこです!」
それまで静観していたバグラニウス公子が大きな声をあげる。
「知性があるのかないのかという点は、まずは保留しておきましょう。
仮にそうした交渉が可能であるとしても、鉄蟻とは、それほど信頼のおける相手なのですか?」
「その点については、ご自分たちで直に確認してみてください」
ハザマはそういって小型鉄蟻たちを指し示した。
「おれがどうこういうより、自分で直に対話をしてみて確認する方がいいでしょう。
鉄蟻たちは、すぐ目の前に居ますよ」
「この人たちは、お前らにわかりや易く説明すると、大きな巣から派遣されてきた個体だ」
ハザマはナゴストとバグラニウス公子について、小型鉄蟻たちに対してそういう説明の仕方をした。
「この人たちを直接対話をしてやってくれ。
うまくいけば、お前ら鉄蟻にとっても利益を得る機会となり得る」
「ヒト。巣」
「複数。疑問」
「ああ。
ヒトの巣、おれたちは国とか部族とか呼んでいるんだが、これはもういっぱいある。
なにしろおれたち人間はこの地上に満ち満ちているからな。
それで、部族連合と王国とは、その国々の中でも比較的大きな巣に相当する。
特に部族連合は、お前たちの巣があるこの山中を囲む広大な領土を管轄している巣だから、よーくはなしをしておいた方がいいと思うぞ」
「肯定」
「ハザマ。巣。疑問」
「おれの巣は、洞窟衆といってかなり小さな巣になる。
部族連合と王国という大きなふたつの巣に挟まれた、ごくごく小さな巣だ」
「中。洞窟衆。巣」
「役割。ハザマ。疑問」
「一応、名目上の責任者ってことになっている。
といっても、お前らにはわからんか。
巣の意志を代弁する存在になるな。
人間の巣における意志決定の方法については、かなり複雑な内容になるからまたあとで別の機会にでも詳しく説明しよう。
人間はお前たちとは違って、個体のひとつひとつが意志を持っている。
その分、巣の内部、ならびに巣同士のやりとりもかなり複雑なことになっているんだ」
ナゴストとバグラニウス公子が個別に長々と小型鉄蟻と会談している間にも、ハザマは別の小型鉄蟻との対話を続けている。
なにしろ鉄蟻と人間とでは根本的なところから色々と違う部分が多すぎるので、お互いの性質についてだいたい理解するところまで漕ぎ着けるだけでも多大な労力を必要とするのだった。
細かい疑問を片っ端から訊き合い、根気よく相互理解を深めていくしか対処する方法がない。
「ハザマ殿!」
あるとき、バグラニウス公子がハザマにむかって大きな声を出した。
「たった今聞いたのですが、鉄蟻たちに攻撃魔法を含む魔法の教授を提案したというのは本当ですか!」
「仮定として、そうした案があることは提示したおぼえがあります」
ハザマは平静に答える。
「もっとも、仮に知識を授けたとしても、鉄蟻が魔法をうまく使いこなせるのかどうかは、実際にやってみないことにはわかりませんが」
「なんだと!」
ナゴストもハザマの方に振り返って大きな声を出す。
「ただでさえ始末に悪いってのに、さらにこいつらを強力にするための武器を渡そうとするとは何事か!
ますます手が着けられないことになるぞ!」
「鉄蟻たちが周辺の土地を制圧する気なら、とっくの昔にそうしていますよ」
ハザマはうんざりした口調を隠そうともしなかった。
そして、近くにいた鉄蟻に訊ねる。
「今、お前らの巣にはどれくらいの鉄蟻が潜んでいるんだ?
できるだけ具体的な個体数で示してくれ」
「膨大」
「数量。不明」
「数え切れないほど、というわけか?」
「稼働中。育成中。孵化前」
「数。範囲。疑問」
「ええっと、どこからどこまでを個体数に含めていいのかわからない、ということかな?」
「肯定」
「女王。一昼夜。五万以上」
「産卵。可能」
「現状でも、いくらでも補充が効くというわけだ」
「資源。不足」
「産卵。抑制」
「今のところは、栄養状態が悪くなりそうなんで産卵する数を抑えている、と。
それでは、あー。
今回、地上に出してきた鉄蟻たちは、巣の中に居る鉄蟻の何割くらいにあたるんだ?」
「不明」
「憶測。一割。以下」
「そこまでなのか」
流石のハザマも顔をしかめた。
「ええ。
お二人に説明しますと、今回地上に出てきた鉄蟻はなんだかんだでどうにか始末できたわけですが、それでもとんでもない数になります。
今、地上に死骸が残っているものだけでも膨大な数になりますが、その何倍もの数の鉄蟻が雪崩に飲まれて雪の下に眠っています。
あとで、明日、明るくなってからでも雪上に残っている鉄蟻の様子を見に行ってみるといいでしょう。
その数に呆れることを請け合いますよ」
さらに、ハザマは続ける。
「やつらの巣の中には、さらにその何倍もの鉄蟻が待機していて、しかもいくらでも補充が効く状態であるといいます。
こんな状態でも鉄蟻たちがこれまで他の土地に侵攻してこなかったのには、それなりの理由があるかと思われますが」
「不要」
「冷たい。土地」
小型鉄蟻が、ハザマの疑問に答えてくれた。
「それがすべて嘘だとは思わないのですか?」
バグラニウス公子が叫んだ。
「虚偽。不要」
「証明。可能」
「同胞。多数」
「出現。可能」
「嘘だというのなら、これから地表に大勢の鉄蟻を出して見せますって、こいつらはいっていますよ」
ハザマはバウラニウス公子にいった。
「ようやく、これまで出てきた鉄蟻を始末し終えたばかりなので、もしそうなったとしてもその始末は今度は王国が責任をもって行ってくださいね。
正直にいいまして、直前までの戦闘でうちの連中はかなり疲弊していますので」




