無形の商材
ハザマは、少し考え込む。
そういえば、成体になった途端、飲食をしなくなるタイプの虫もいたよなあ、と思い返す。
だた、そうした虫はだいたい生体になってからは生殖行為のみに専念する傾向があるようだったが、鉄蟻たちはどうやら産卵だけに専念する女王役の個体が存在するらしいというし。
その辺の役割り分担が、実際にはどうなっているのか。
「飲まず食わずなら、そう長くは生きられないんじゃないか?」
ハザマが、質問を重ねる。
「肯定」
小型鉄蟻は端的に答えた。
そのあとにさらに詳しい説明が続かないのは、この場で説明するのに適切な時間の単位についてまだ鉄蟻が知らなかったから、だろうか。
短い間を空けて、鉄蟻が続ける。
「成体。役割。専門。個体。
長期。持続。不要」
鉄蟻の成体は一定の役割に専念するためのものであり、長期に渡って活動する必要はない、といいたいのだろうか。
個々の鉄蟻自体は、完全に、巣の活動をサポートするための部品に徹しているわけか、と、ハザマは思う。
所詮、別種の生物であるのだからそれを擬人化して判断するのは間違っているとは思うのだが、ハザマの胸中にはなんとなく割り切れない思いが残る。
ハザマは酒杯を煽った。
「では、お前らは基本的に、成体になってからはあまり長く生きられないのか?」
そう、問う。
「肯定」
鉄蟻は即答する。
「幼体。長期。巣。無用。
成体。短期。巣。有用」
長い期間をなんの役にも立たない幼体として過ごし、無事に成長しきったあとようやく巣のために働ける短い成体期間に至る。
鉄蟻とは、そういうライフスタイルを持つ生物であるらしかった。
そういう風にできている、と納得するしかないんだろうな、と、ハザマは無理に自分自身を納得させる。
そんなとき、小屋の扉を開け放ち、中に入ってきた者が居た。
冷たい外気が侵入し、小屋の中の気温が一気に下がる。
「いやあ、雪が降ってきましたよ」
中に入ってきた男が、呑気な声を出した。
「ついでに、料理と酒の追加もお持ちしました」
なんのことはない。
もう一体の小型鉄蟻を外に送っていった、子守衆のひとりだった。
「随分とまた、大勢連れてきたな」
ハザマはそういってから男を手招きした。
その男の肩やら脇やらに、びっしりと小型の鉄蟻が鈴なりにしがみついていた。
「外は寒かったろう。
まずはこっちに来て、お前も暖をとれ」
「そうですか?
それでは、遠慮なく」
子守衆の男は躊躇することなくハザマの誘いに乗って、ストーブに近づいてくる。
どのみち、外から持ち込んだ小型鉄蟻をハザマのそばまで運ぶ必要があるのだ。
男がストーブのすぐそばまで来ると、男にしがみついていた多数の小型鉄蟻が一斉に離れてすでに居た小型鉄蟻の周囲に集まった。
鉄蟻たちはその場で忙しなく体や肢を振るわせはじめる。
おそらく、先に居た鉄蟻が他の鉄蟻たちに対してこれまでに知り得た事柄を説明しているのだろうな、とハザマは推測した。
「飲むかい。
いや、飲め」
ハザマは、ストーブに手をかざして暖を取っている子守衆の男に酒を勧めた。
現在、ハザマたちはストーブを中心として円陣をくむ形で座して居る。
「いただきましょう」
男は素直にハザマから酒杯を受け取る。
体を内側から暖めるのに、強い酒は必須であった。
山地ではかなり強い蒸留酒が昔から醸造されているのだが、これも必要があって発達した文化なのだろう。
「お前、名前はなんという」
ハザマは男に訊ねた。
「ポンぺといいます」
男は即答する。
「以後、お見知りおきを」
そういうとポンぺは酒杯に注がれた酒を一気に煽った。
双子たちの子守衆に対して、これまでハザマはろくに声をかけてこなかった。
ここに来てようやく声をかけるようになったのは、身辺近くに居て気軽に雑用を頼むことができる存在をようやく有り難く思えるようになったからだ。
「双子たちの様子はどうだ?」
ハザマはポンぺに語りかける。
この場で交わす話題がそれ以外に思いつかなかった。
「どうもこうも。
なんとも活発なお子さんたちで」
ポンぺは答えた。
「いっときもじっとしていられないご様子で、われわれも苦労して追いかけています」
「ま、元気なのに越したことはないけどな」
ハザマは当たり障りのない応じ方をした。
「やつらはまだ、言葉をおぼえる様子がないか」
「まだまだ」
ポンぺは首を横に振る。
「聞くところによると、まだ生後半年にも満たないということではないですか。
喜怒哀楽の表情は態度ではっきりとわかりますが、言葉らしきものを発したことはこれまでにありません」
いろいろと特殊な子どもたちであるし、普通の子どもとは違った発達の仕方をするんだろうな、とハザマも思う。
「引き続き、面倒を見てやってくれ」
ハザマは、そういっておいた。
「言葉も、普段から普通にかけてやれ。
まだ喋れなくても、周囲からはなしかけられることで言葉をおぼえるということがある」
「心掛けておきます」
ポンぺは素直にハザマの言葉に応じた。
「言葉といえば」
ハザマは、少し時間が経過して心なしか落ち着いてきた小型鉄蟻たちにむきなおり、声をかける。
「お前ら、人間の言葉はすぐにおぼえられたのか?」
「否定」
「ヒト。言語」
「音声。パターン。不合理」
「不可解」
「長期。観察」
「不明。言語」
「長いこと人間を観察していたが、お前ら鉄蟻は、音の連なりが人間の言語であるとはなかなか気づけなかった」
てんで勝手に細切れの単語を呟く小型鉄蟻たちの発言を聞き分けて、ハザマは意味の通じる形に整形し直す。
「そういうわけだな」
これは半ば、ヘムレニー猊下やスセリセス、それに子守衆などの聴衆に対するサービスでもあった。
普段、匂いで仲間たちと交渉している小型鉄蟻たちは、文法や語順については理解不能なのか、細切れの単語を連ねて意図を伝えようとしてくる。
その単語の連なりからまとまった意味を読みとろうとするのは、これでなかなか骨が折れる作業だった。
「肯定」
「言語。音声。多い。無駄」
「確かに匂いみたいにしばらく残留しないし、その場に居るやつにしか届かない音声言語は確かにお前らみたいな存在にとっては無駄が多い、不完全な言語に思えるのかも知れないな」
ハザマは、その点を認めた。
「だが、おれたち人間にはお前たちのように匂いの元を分泌する機能がない。
だから音声言語を使うしかしかないし、それに、不便な分、道具を使用することでその不便さを補う知恵も持っている。
あそこに居る奴らがしていることが理解できるか?
紙の上に文字という記号を使用して言葉を記し、あとで文字を知っている者なら誰にでも読みとれるように記録している。
文字とは、音声言語を記憶に残すための記号だ」
小型鉄蟻のうち、羽根を持っている者が書記役を勤めていた子守衆の周囲に飛んでいき、卓上の様子を検分しはじめた。
「お前たちは目新しい仕事が必要となったとき、その仕事に就くために必要な改良を仲間の体に施すようだが、おれたちに人間はこうしてその仕事に役立つ道具を作って使用する。
また、こうして多くの事柄を記録に残すことによって、長い期間を挟んでも、不特定多数の人間に知恵を伝えることができる。
場合によっては、世代をいくつも跨いだ長い時間を挟んでなんらかの情報を伝えることも可能だ」
多分、こんな基本的な事柄から教え合っていかなければならないのだろうな、と、ハザマは思う。
なにしろこれは、実質上、エイリアン同士のファーストコンタクトに近い状況になるわけだから。
まどろっこしいが、この過程を省略することはできないのだろうな、と、ハザマは思う。
少なくとも、本気でこの鉄蟻たちとコミュニケーションを取ろうと思えば。
「多数。同胞」
「熱い。雨」
「死滅」
「道具。疑問」
「いや、あれは厳密にいうと道具ではないと思う」
ハザマは鉄蟻たちが発した疑問を否定した。
魔法は、単純に道具だと断言できる代物ではないだろう。
ではなにかというと、魔法に疎いハザマにもうまく説明はできなかった。
「おい、スセリセス」
ハザマは、スセリセスに話題を振った。
「お前さん、少なくともおれよりはよっぽど魔法に詳しいはずだろ。
鉄蟻たちにも理解できるように、噛み砕いて魔法について説明してやってくれ」
やはり面倒な仕事は他人に丸投げにするのに限る。
とか、ハザマは思う。
「ええ?」
突如話題を振られた方であるスセリセスは、かなり狼狽した様子を見せた。
「ええっと……魔法というのは、ですね。
力ある言葉を利用することによって、この世の条理を強引にねじ曲げる行為全般を指す概念になります」
それでも後半にいくにつれて、スセリセスの口調は淀みないものとなた。
そおらくはどこかの教本にでも記載されていた文句をそのまま暗唱したのだろう。
この世界の魔法とは、つまりはそういう代物なのか、と、今さらながらにハザマは得心する。
こうしてスセリセスが自身を持った態度で説明している以上、これが一般的にも認められている魔法の定義なのだろうな、と。
「最初にその力ある言葉を使ったやつは誰なんだ?」
気づくと、ハザマはスセリセスにそんな問いを発している。
ハザマの世界には、少なくとも公式には魔法はないことになっている。
しかし、この世界には存在する。
その差が一体どこで生じたのか、ハザマは疑問に思った。
「わかりません」
スセリセスはあっさりと首を横に振った。
「いくつか、あやふやな賢者の伝承はあるのですけど。
ですがそのどれもが遙かに昔のこと過ぎて、曖昧でしっかりした記録が残っていないのです」
「そうですね」
ヘムレニー猊下もスセリセスの言葉を保証した。
「一番最初に魔法を使った者については、これは歴史というよりは神話や伝承の領域のことになります」
案外、現実はそんなものかも知れないな、と、ハザマは思う。
「魔法。鉄蟻」
「使用。可能」
「疑問」
「鉄蟻にも魔法は使えるのか?」
ハザマは、再度スセリセスに話題を振った。
「正直なところ、わかりません」
スセリセスは即答する。
「なにしろ、これまでに誰も試したことがありませんから」
ハザマは、少し考えてみた。
「これまで、人語を操るヒト以外の別種族、たとえば異族などが魔法を使用した例はあるのか?」
そして、その疑問をぶつけてみる。
「それも、わかりません」
スセリセスは、やはり首を振った。
「ぼくが知る限りは、そうした前例は記録には残っていません」
「でも、エルフやドワーフは普通に魔法を使っているしな」
ハザマは、そんなことを呟いた。
「魔法の使用条件は、魔法を使いこなせることができるほどの知性があるかどうかだけなのか?
それ以外にも、なにか条件があるのか」
ハザマ領に帰ったら、少し検証してみようとハザマは思う。
「異族に魔法、ですか」
ヘムレニー猊下はなんともいえない微笑みを浮かべてハザマの顔を見つめる。
「やはりハザマ様は、とても興味深いお方ですね」
おそらく、ハザマの発想の特異性について、そういっているのだろう。
だが、当のハザマにしてみれば、ヘムレニー猊下の自分への評価などどうでもよかった。
「いや、仮に鉄蟻やその他のヒト以外の知性体にも魔法が使えるとしたら、だな」
ハザマは、ことなげにそんなことをいった。
「今後、魔法の知識も重要な取り引き材料にできるんじゃないか、と、そんなことを思いついただけなんだけどな」
「鉄蟻たちが魔法なんかおぼえたら、それこそ手が着けられなくなりますよ!」
スセリセスが、大きな声をあげる。
「鉄蟻たちの立場が強くなっても、実際には別にだれも困りやしないだろう」
ハザマは冷静な口調で指摘した。
「本来、鉄蟻とおれたち人間との生活圏は、ほとんど重ならない。
鉄蟻の側は、おれたち人間の土地に侵攻してこようなんていう野心を持つことはまずないんだ」
なにか理由があって、鉄蟻たちは火山の近くから離れたがらない。
おそらくは、火山から遠く離れた場所では長い時間活動できないものとハザマは予想している。
だとすれば、その手の知識も単なる商材にしてしまっても支障はないのではないか。
というのが、ハザマの発想である。
要するに、今後、鉄蟻たちと敵対しないことを前提としてつき合っていけばいいだけのことなのだ。




