王都からの急報
「お二方とも、王国軍には参加なされるのですか?」
ハザマは、公子ふたりに訊ねてみる。
「参加する予定です」
「参加要請は来ていますね」
ムヒライヒ公子とアズラウスト公子は、それぞれ微妙に温度差がある返答をしてきた。
「今回のいくさで、こちらの魔法兵もそれなりに損耗しましたからね」
アズラウスト公子は、続けて説明を補足する。
「うちの方法論が実戦でもそれなりの効果が得られたことを実証できたわけですし、あとに続く人材を育成しなければななりません。
一流の魔法兵を育てるのためには教えるべき事が多く、やはりそれなりの年月と予算が必要になります」
「つまり、王国軍でではなく、ブラズニア家の手勢を増やすことを優先するということですか?」
ハザマは、そう確認をしてみる。
「難しいところですね」
アズラウスト公子は表情を引き締めた。
「おおっぴらに王都の意向に逆らう訳にもいきませんし。
実際には、教官役を務める者の人数をうまく調整して凌ぐことになりそうです。
ちょうど、前線勤務からはずれることを希望している者たちが続出しているところですし、意外と両方の要件を満たせるかも知れません」
「ブラズニアの魔法兵は、そんに負傷者が多かったのですか?」
ムヒライヒ公子が意外そうな顔をしてアズラウスト公子に訊ねた。
「そちらの死傷者は、せいぜいガルメラ城に突入したときしか出ていなかったと聞いておりますが」
「負傷者だけではなく、最近になって前線から後方勤務を希望する者が多く出てきましてね」
アズラウスト公子は表情を綻ばせて軽く頷く。
「数名、洞窟衆の女性兵と抜き差しならない関係になって、正式に婚儀をする予定だそうです。
上官としましては、素直に祝福したいところですね」
「ああ」
ムヒライヒ公子も頷いた。
「それはめでたい。
いや、軍務の最中に相手を見つける機会は、通常ではあまりないですからね」
「実戦に出られる人数が減るのは惜しいところですが、後継者の育成にも力を入れたいという気持ちもありまして」
そういって、アズラウスト公子は肩をすくめる。
「それに、洞窟衆の方々との結びつきが強くなることも考えると、ここは素直に後方送りにしておいた方が得策であろうと判断しました。
ハザマ男爵のところにも、そのはなしはすでに届いておりますよね」
「ええ。
つい最近、耳にしたばかりですが」
ハザマは頷く。
「そういう結婚組を後継者育成に回すということも、考えておりました」
「人材というのは、特に複雑な技能持ちとなるとすぐには育ちませんからね」
ムヒライヒ公子はもっともらしい顔をして頷く。
「実戦経験のある者がそれなり人数で確保できるのであれば、それに越したことはありません」
人材育成の面では、やはりどこでも頭を悩ませているらしかった。
「ところで洞窟衆の方では、王国軍に協力をするのですよね?」
ムヒライヒ公子が、ハザマの方に確認をしてくる。
「王国軍と、それにガダナクル連邦から軍事技術の教授をしろとの要請が来ていますが、両方ともできる範囲内で応じる予定です」
ハザマは淀みなく答える。
「通信術式の活用と、それに使い魔を多様した偵察方法などをお教えする形になる予定ですが」
どちらも、洞窟衆にしてみれば今さら改めて秘匿するほどには重要視されていない技術でもあった。
「それはいい」
ハザマの言葉を確認したムヒライヒ公子は、何度も頷いた。
「そうした技術が周辺諸国で共有されれば、余計な紛争が少なくなるはずです」
「そういうものなのですか?」
ハザマの口から、ついと疑問の言葉が出てきた。
「ええ」
ムヒライヒ公子は頷く。
「そうした方法を皆が知っているとなると、どこかが軍を動かせば周囲にもすぐに知られることになります。
これまでとは違い、少なくとも奇襲はし難くなる」
早期警戒の方法論が確立し、どこの国でも普通に知られてしまう状態になると、かえって小さな紛争は起きににくくなる、といいたいらしかった。
抑止力となる、といういうムヒライヒ公子の理屈はそれなりに筋が通っているように思えたのだが、反面、それだけでは本気の戦争を抑止することはできないのではないかと、ハザマはそう思ってしまう。
だが、ハザマはこの場でそうした疑問を口にすることはなかった。
その代わりに、
「お二方は、まだ結婚をなさる予定はないのですか?」
と訊いてみる。
ムヒライヒ公子にせよアズラウスト公子にせよ、王国公爵家の出でまだ若く、独身。
その手のはなしが出ていないわけはないのである。
そう訊かれたふたりの公子は、なぜか微妙にハザマから目線を逸らした。
「アルマヌニア家は兄があとを継ぐことになっていますし、それに兄には嫡子も居ますからね」
というのが、ムヒライヒ公子のいい分であった。
「わたしの個人の進退など、あまり問題とはなりません」
「身を固めると、なにかと不自由になりますからねえ」
アズラウスト公子は微妙な笑みを浮かべながらそういった。
「魔法の研究に寛大であり、なおかつ理解を示してくれるご婦人がどこかに居ればよいのですが」
このふたり、女性の扱いに関しては案外同じようなレベルなのかも知れないな、とハザマは思う。
身分からいっても容姿からいっても、その気になりさえすれば相手には不自由しないだろうに。
「男爵こそ、儀典局から早く身を固めろとせっつかれているそうですが」
アズラウスト公子が反撃してくる。
「儀典局は、おれを王国に縛りつけておきたいだけでしょう」
憮然とした表情を作って、ハザマはいった。
「どのみちしばらくは、相手が誰であれ身を固める予定はありませんが」
ただでさえ領主だの洞窟衆の頭目だのとなにかと不自由な役割を押しつけられているのである。
せめてプライベートくらい、できるだけ自由な身でありたいとハザマは思っている。
「そうですね」
ムヒライヒ公子は、やけに真剣な声色でハザマに同意してくれた。
「なにをするにせよ、好んで不自由な身の上になるのは回避したいところです」
そんな歓談をしつつ、夜は更けていく。
ヴァンクレスやゼスチャラは公子たちを前にしても臆することがなかったせいもあり、割合に盛りあがった。
公子たちにしてみれば、身分に捕らわれずに普通に接してくる者が物珍しかったのかも知れない。
そうして時間が経過してから、天幕の中に小柄な人影が飛び込んでくる。
「大変です!」
その人影、ヒアナラウス・グラゴラウス公子は荒い息をつきながら一気に告げた。
「国王陛下が崩御なさりました!」
ムヒライヒ公子とアズラウスト公子は、緊張した面もちで立ちあがる。
「いつのことだ!」
アズラウスト公子は、ヒアナラウス公子に問い返す。
「つい今し方、伝令が届きました」
「そのことを知っているのは?」
ムヒライヒ公子は鋭い声を出す。
「この近辺では、わたしの側近とこの場に居る人々だけです」
「国王陛下が、崩御……」
ハザマは、ぼんやりと呟いた。
国王とは以前、国葬のついでに爵位を貰ったとき、一度だけ対面したことがある。
かなりの老齢であり、いつそうなっても不思議ではない気がしたので、公子たちが緊張している理由がハザマには理解できなかった。
どうせ実際の政務はあのてっぺんハゲの王子様がやっているわけだし、さほど大きな混乱は起きないのではないか。
などとハザマは思っている。
「そうか、ついに」
「いや、よく保った方なのかもな」
アズラウスト公子とムヒライヒ公子は、真剣な面もちでそんなことをいいあっている。
「ええっと」
ハザマは、遠慮がちに訊ねてみた。
「なにか、問題があるのですか?」
「実務上の問題はありません」
ムヒライヒ公子はいった。
「少なくとも、国政上は」
「ただ……あれほどの国の王ともなると、大小の契約も半端な量ではなく、今の時点では、そちらの名義書換がまだ済んでいらっしゃらないはずなので」
多少の混乱は生じてしまうだろう、と、アズラウスト公子が続ける。
ああ。
と、ハザマはこの世界特有の事情に思い当たる。
この世界には、ハザマが居た場所とは違って契約魔法という代物が存在する。
一国の王ともなれば、とんでもない数の契約を交わしているはずであった。
そのすべての名義変更が済んでいないとなると……。
いやいや。
それは、なかなかたいした問題ではないのだろうか?
「葬儀は?」
「現在準備中だそうです。
詳細が決まり次第、その旨を報せてくるとか」
「われらは王都に移った方がいいな」
「そうだな。
幸い、当地ではもはや大きな問題は起こりそうもないし」
考え事をしていたハザマをよそに、公子たちはそんなやりとりをしていた。
「あの」
ハザマはいった。
「おれも、王都に移動した方がいいんでしょうか?」
「行かないでください!」
その途端、ヒアナラウス公子がハザマの腕にすがりついてくる。
「両公子が王都に移動しますと、メレディラス王国の有力者はほとんど居なくなってしまいます!」
ハザマまでがこの野営地から姿を消してしまうと、人々に与える印象としてのメレディラス王国の威厳がかなり目減りし、今後の外交活動にも大きな影響を与えかねない、といった内容をヒアナラウス公子は早口に説明をする。
一連の動乱の中で大きな活躍をした洞窟衆は、ここガダナクル連邦の人々の中には強い印象に残していた。
その洞窟衆がうしろに控えているだけでも、ヒアナラウス公子としてはなにかとやりやすいらしい。
ヒアナラウス公子の説明を聞きながら、ハザマは、
「またハザマ領に帰るのが遅れるな」
などと考えている。
当然のことながら、酒宴はそこでお開きとなった。
アズラウスト公子とムヒライヒ公子は野営地を引き払う準備をしはじめ、ハザマたち三人は洞窟衆の天幕へと引きあげる。
ヴァンクレスもゼスチャラも、まだまだ飲み足りなさそうな顔つきをしていたので、ハザマはそのまま天幕の中まで引き連れてきた。
このふたりが洞窟衆の仕事に真面目に取り組んでいたことは事実であり、それで気が済むのであれば酒くらい、いくらでも用意させるつもりだった。
洞窟衆の天幕に帰ると、タマルはまだ照明魔法の下で書類と格闘していた。
そのタマルに、ハザマは「国王崩御」の件を告げる。
タマルは手を止めて、顔をあげた。
「それ、口止めされてます?」
「一応」
ハザマは答えた。
「だけど、王国内には今夜中に広まりそうだし、そのニュースがこっちまにまで伝わるのも時間の問題だろうってさ」
ヒアナラウス公子は、ハザマにそう説明したあと、
「今の時点では、国外の方には伝えないでおいてください」
といわれた。
洞窟衆の連中はたいたいはメレディラス王国の一員だから、特に秘匿する必要もないだろうとハザマは判断している。
「そうですか」
タマルは、何事か考え込む顔つきになった。
「国王陛下がお亡くなりになると、こっちにまでなにか影響してくるのか?」
ハザマは、タマルに訊いてみた。
「まるで影響がないといえば嘘になりますが、しかしそんなに深刻な影響が出てこないであろうことも確かですね」
タマルは、ゆっくりとした口調でいう。
「洞窟衆に関連したことよりも、占拠したばかりのスデスラス王国の方では、なにかしらの影響があるかも知れません。
いえ、きっと何かが起こるでしょう」
いわれてみて、ハザマはようやく思い当たる。
領土の一部を占拠されたばかりのスデスラス王国にしてみれば、メレディラス王国勢力が動揺すれば、それは反撃の好機となるはず、なのであった。
「今度はそっち方面が乱れるか?」
ハザマは、タマルに確認した。
「場合によっては」
タマルは答える。
「スデスラス王国方面の事情がこちらにはあまり伝わっていませんから、なんともいえないところはありますが。
そちら方面からの輸入を予定しているこちらとしましては、できるだけ穏便な状態でいてほしいところですけど」
「……ちょっと、王都の公館に連絡してそちら方面の状況を探らせてみる」
「お願いします」
この時点では、洞窟衆はスデスラス王国方面へは進出しておらず、従って詳細な状況を知ろうと思えば王都の公館を頼るしかない。
今後のことを考えると、もっと多方面に人員を派遣して周辺諸国の状況を常時把握する必要があるな、と、ハザマは改めて痛感した。
それなりに有能な諜報員と外交官が欲しいところだった。
諜報員にせよ外交官にせよ、その手の人材の育成法なんて、ハザマにはまるで見当がつかないのだが。




