革新性の検証
「そういえば、そちらのヴァンクレスくんはスデスラスの新兵器をむけられたことがあるそうですね」
ムヒライヒ公子は微妙に話題を逸らした。
「実戦の場であれに対面してみて、どう感じましたか?」
「どうって……まあ、喧しかったな」
酒杯を傾けつつ、ヴァンクレスは答える。
「あれが命中したやつはほとんど居なかったはずだが、あの音のおかげで落馬したやつがだいぶ出てた。
まあ、馬だって何度かあれをやられればそのうちあの音にも馴れるんだろうが、馬が馴れるまではそれなりに脅威にはなるだろうよ」
落馬が騎手にもたらすダメージは、以外に大きい。
場合によっては、死に至る。
ヴァンクレスは直接的な攻撃力はまるで評価しなかったものの、そうした間接的な効果までは否定しなかった。
「なるほど。
音、ですか」
ムヒライヒ公子は思案顔で頷いた。
「馬だけではなく、人にも影響が出てくるかも知れませんね」
火薬が爆発する際に生じる大きな音。
その心理的な効果を、ムヒライヒ公子は想像していた。
戦場では、そうした一見取るに足らない要素が大きな影響力を持つことがあり得ると、経験上知っていたからだ。
「ああ」
ヴァンクレスも、ムヒライヒ公子の意見に賛同する。
「意外に多いからな、そういうことでビビって動きが悪くなるやつは。
あの大きな音は、意外に厄介かも知れねえ」
ヴァンクレスはヴァンクレスで、これまでの経験からその手の効果を容易に想像できるのだった。
「ヴァンクレスくんなら、あの音にどう対抗しますか?」
「馴らすしかないんじゃないか?」
ヴァンクレスは、あっさりと答えた。
「馬だろうが人だろうが、何度も同じ音を繰り返し聞かせてやれば、いずれは動じなくなるはずだ」
「なるほど」
ムヒライヒ公子は、ヴァンクレスの言葉に頷く。
「訓練あるのみ、ですか。
案外、それが一番手っ取り早い解決法なのかも知れませんね」
身分も人となりもまるで異なっているのだが、このふたりはともにかなりの現実主義者でもある。
話題によっては、普通に会話が成立するようだった。
「あなたがゼスチャラ師ですか」
一方、アズラウスト公子はゼスチャラの方にはなしかけていた。
ちなみに、「師」というのは一定以上の力量を認められた魔法使いへの敬称である。
「著作はいつも拝見させていただいております」
「著作と呼べるほど大した代物でもないんだけどなあ」
ゼスチャラはそういって頭を掻いた。
「読んだんならわかると思うが、あんなの、一人前の魔法使いなら誰もが心得ていることをずらずらと並べ立ているだけでさあ」
「ですが、取得選択の筋がよろしい」
アズラウスト公子は断言する。
「大変に。
理論部分に関わる説明を大胆に割愛し、素人でも最短で魔法を使えるようにする。
一切の余分な煩雑さを捨てきった合理性がある」
「合理性ってか、単に面倒な部分を全部省略しているだけなんだけどな」
そういってゼスチャラはまた酒杯を傾けた。
「そっちのハザマの野郎からの注文が、ど素人でも最短でその魔法だけは使えるようになる教本ってことだったんでな。
もっと体系的に知識を修めていく従来の魔法修行のやり方とは方法論がまるで違うから最初のうちはおれもかなり戸惑っていたんだけど、何冊かやってみるとこれはこれでアリかなと思うようになってきた」
「ええ、そうです」
アズラウスト公子はゼスチャラの言葉に頷く。
「われら魔法使いは、どうも魔法のことを必要以上に神聖視し過ぎていたのではないかと、そう思いました」
ヴァンクレスもたいがいに物怖じしない性格をしているが、このゼスチャラにしてみても、公爵家にゆかりのあるアズラウスト公子を目前にしてもまるで動じることがない、ある種の図太さを持っていた。
特に、今日のように酒が入っているときは無敵である。
「あなたの著作によって、魔法など単なる道具に過ぎないのだと思い知らされた次第です。
これからは魔法も、一部の者が使用できる特権的な技術から、知識さえあれば誰でも使用できる、もっと気軽な道具へと変化していくことでしょう」
アズラウスト公子はそう続ける。
「いわば、魔法とわれわれ人間との関係が、もっと気軽なものへと移行していくわけです。
無論、転移魔法など、かなり複雑な理論を理解していないと使用できない高度な魔法も多々あるわけですが、それ以外のもっと単純な魔法は、これからどんどん身近に使用されるものとなっていくことでしょう」
「だとよ」
ハザマは隣に居るゼスチャラの体を肘で軽くつついた。
「これはもっと頑張らなけりゃなあ、ゼスチャラ師」
「なんだよ、お前までルアみたいなことをいうのか?」
ゼスチャラは、露骨に情けない顔になる。
「これ以上どうしろっていうんだよ」
「自分でやるのがいやなら、他のやつでもできる仕事は全部他人任せにしておけよ」
ハザマはそう助言をする。
「今なら、魔法使いも大勢居るんだろ?」
「一応、やらせてはいるけどさあ」
ゼスチャラは渋い表情になった。
「ガルメラの魔法使いたちは、どうも頭が固くてな。
結局最後には、おれが校訂しなけりゃまともな売り物にならない」
「それは、記述が専門的になりすぎるということでしょうか?」
アズラウスト公子がゼスチャラに問いかけてきた。
「そうそう」
ゼスチャラは頷く。
「ガルメラからきたやつらってのはたいがい年食っているもんで、うまく機転が利かねえんだよな。
魔法の知識がないやつらむけの文章の中で、専門用語をバシバシ使って説明文書いても読む方にしてみれば訳がわからねえって。
もっとこう、馬鹿にでも理解できるように噛み砕いて説明してやらなけりゃものの役に立たないんだけど」
「専門用語を使用せずに魔法の使用法を説明するわけですか」
アズラウスト公子はそういって軽いため息をついた。
「それは、かなり大変そうだ」
「そうそう。
かなり大変なのよ」
ゼスチャラは、ぶんぶんと凄い勢いで頷いた。
「馬鹿にでも理解できるように書くのがどれほど難しいことか!
できあがった文章だけみて、この程度のものなら誰にでも、それこそおれにでも書けるとかいうやつが居るそうだが、冗談じゃあない!
難しい内容をそのまま難しく書くことより、難しい内容を誰にでも理解できるような平易な言葉だけで伝える方がよっぽど難しいってぇのっ!
そんなにポンポンと次々と原稿をあげることができたら苦労しねーやっ!」
などといっているうちにゼスチャラは自分自身の言葉に触発されてヒートアップしていき、しまいには、
「今に見ていろよ、ルアっー!」
などと叫びだした。
「ちなみに、ルアというのは?」
落ち着いた様子で、アズラウスト公子がハザマに確認をしてきた。
「釣りをするときに使う擬似餌、ではなく……」
ハザマはそっと答える。
「……うちの教育部門の頭です。
このゼスチャラに仕事を催促する役割は、たいていそのルアってやつがすることになりますね。職分上」
「なるほど」
アズラウスト公子は真面目な表情で頷いた。
「いろいろあるのですね」
「まあ、こいつの場合、頻繁にせっつかれないとまともに働かないって事情もあるんでしょうが」
ハザマは、そう説明を補足しておく。
ゼスチャラの態度だけをみて何事か判断されるのは、それはそれで不公正な気もした。
それから、
「ところで教育といえば、なにやら近く、ベレンティア領に王国軍が移転してくるそうで」
と話題を変える。
もともと、早いうちに確認をしておきたかったことでもあった。
「お聞きになりましたか」
「ヒナアラウス公子から、洞窟衆にも協力の要請がありました」
「ああ。
当地でも洞窟衆への協力要請がありましたからね」
アズラウスト公子は頷く。
「そちらによい人材が取られる前に、早めの段階で声をかけておく必要があると判断したのでしょう」
「というと、移転作業が実現するのはもっと先ですか?」
「いえ、人員だけでしたら、もう移動を開始しているのではないですかね」
アズラウスト公子はいった。
「もともと軍人の集まりですから、命令ひとつでどこへでも移動して野営できなければいざというときにも使い物になりません。
本格的に施設などを整えるのには、多少時間が必要になるでしょうが」
そんなもんか、と、ハザマは思う。
「その王国軍というのは、どれほどの規模になりますか?」
ハザマは質問した。
「今の時点で公にされている王国軍将兵は、総数で二万人前後といわれていますね」
躊躇いもせずに、アズラウスト公子は答える。
「ただし、昨今の情勢を鑑み、近く多少の増員があると噂されております。
それに同盟国からも広く研修生を受けつけ、共同で戦術を研究することについても通達が来ています。
それらを合わせると、最終的には現在の二倍以上の人数になるのではないでしょうか」
軍人さんたちだけで総数で五万人前後。
さらにその軍人さんたちが消費する物資を扱う人々がさらにその数倍、という予測は、大きく外れていないようだった。
「先ほどもいったように、ヒアナラウス公子から協力の要請を受けているわけですが、洞窟衆になにを期待しているんでしょうね?」
ファンタルにも同じ質問をしているのだが、確認をするためにここでも同じ質問を繰り返してみる。
「それは、ですね」
それまでヴァンクレスとはなしこんでいたムヒライヒ公子が、ハザマの方に顔をむけて説明してくれた。
「おそらくは、これまでに重視されていなかった補助魔法全般の効果的な使用法を教授することを期待されていると思います。
軍事上、直接的な攻撃力を持たない種類の魔法はすべて補助魔法として分類されているわけですが、洞窟衆はこの補助魔法をうまく活用して戦果を何倍にも拡大してきた。
その方法をうまく学ぶことを期待しているのだと予想します」
その分類でいうと、通信や使い魔の使用も、確かに補助魔法ということになるな、とハザマは思う。
「確かに」
アズラウスト公子も、ムヒライヒ公子の言葉に頷いた。
「その点、今回のガンガジル動乱ではかなり画期的な成果を出せたことになります。
これを無視することはできないでしょう」
「そんなにですか?」
ハザマは首を捻った。
そこまでいわれるほど画期的なことをやった、という自覚が、この男にはない。
「だってそうでしょう」
ムヒライヒ公子は、身を乗り出して力説しはじめる。
「先だっての決戦でさえ、本来なら勝てるはずがない布陣です。
あれほどの大軍を目の前にして些かのおくれをとることもなく最後まで持ちこたえた。
これだけでも大いなる欣快事です」
「普通、あれほどの戦力差で、しかも寡兵の側に身を置いていれば、すぐにでも逃げ出したくなりますね」
アズラウスト公子も、そういって頷く。
「おそらくは、大陸の戦史の中でもかなり例外的な結果として長く記録されることになるでしょう」
彼らの常識に照らし合わせれば、戦争の結果は、事前に揃えることができた戦力差がほぼそのまま反映する。
特に遮蔽物などがろくにない野戦においては、寡兵の側がより大勢の敵軍を破るなどという事例は滅多にないのだった。
今回の結果は、その常識を覆した非常識な例になる。
こういう結果がもたらされた原因を、詳細に分析されるだけの必要性は十分にある事例であった。
「通信の活用もですが、一連の索敵行動についても大いに評価されています。
敵軍の正確な位置と規模を把握しておくと、どれほど指揮がやりやすいのか。
今回のいくさほどこのことを実感できた例はないでしょう」
ムヒライヒ公子は説明を続ける。
「ガダナクル連邦側の司令部に居合わせた者たちなら、口を揃えてそういうはずです」
ムヒライヒ公子自身とそれにアズラウスト公子とは、今回の決戦では幕僚ではなく前線部隊の指揮官として参戦していたわけだが。
「敵の動きを詳細に知ることができた、というのは、これまでいくさを考えると、あり得ないほどの改善なのですよ」
怪訝な表情をしたままのハザマに、アズラウスト公子もそう解説してくれた。
……つまりは、リアルタイムで情報をやり取りできることの大切さに気づいた、というのこなのかな、と、ハザマは想像をする。
これまでは、敵軍はおろか味方の動きでさえ、周囲の物音を聞いて推測するレベルでしか判断できなかったわけだから……今回の決戦で整えた環境は、それこそ雲泥の差だったのかも知れないな、と、ハザマは思う。
「司令部の指令がすぐに届き、こちらからの進言もすぐに司令部に届く。
これだけでも、格段に違います」
ムヒライヒ公子はいった。
「それまでの転移魔法使いの伝令を使用したやり取りと比較したら、まるで違います」
なにかと慌ただしく、変化の早い戦場で伝令ごしに書面のやり取りをするのと比較したら、それは通信の方が断然楽でレスポンスも早いだろうな、と、ハザマも納得する。
ハザマ自身は従来の方法の煩雑さを経験したことがなかったので、漠然と想像するだけであったが。




