早朝の急報
洞窟衆最古参の一人にトエスという少女が居る。
この同時には、洞窟衆となった者たちがそれなりのところを得て専門化された仕事に従事しているのを余所に、このトエスだけはいつまでも明確な所属を持たずに一種の遊軍として働いていた。
いや、「仕事の内容が明確に専門化されてはいない」というだけで、輪郭が曖昧な「トエス組」ともいうべきなんでも屋を洞窟衆内に組織していた、というべきか。
もともとこのトエスには、ひどく面倒見がいいという側面があった。
それが誰であれ、気軽に声をかけいつの間にか親しくなっている、という性格なのである。
そのおかげかどうか、最初のうちは国境紛争時の負傷兵の相談に乗っていたり、託児所の創設に関わったりしていたのが、このトエスの周囲にはいつの間にか他の部署になじめなかった者たちが集まるようになっていた。
人だけではなく、突発的に発生する管轄がはっきりしない仕事なども、このトエス組に投げられることは多かった。
このトエス組に集まった者たちは、癖があって周囲になじめなかったり健康上の理由で長時間の労働に耐えられなかったりする者がほとんどであったが、決して無能な集まりではなかった。
たとえば最近では、マイノという少女に急に水路経由の通商路開拓が命じられたときなどには、このトエス組が円滑な立ちあげに大きく貢献した。
なにから手を着けていいのかわからないマイノに対して、
「まずはお船を作らなけりゃ。
簡単な筏でいいそうだから、ちゃっちゃと作っちゃおう」
「あとは、先遣隊を組織して。
むこうさんと交渉できるような人たちを集めて……」
「ドゥちゃんたちにはもう声をかけておいた?
しばらくこっちで働いて貰う必要があるんなら、早めに周知しておかないと……」
「それから、持参する穀物や通信タグの手配もお願い。
手ぶらでいくよりは手土産をもっていったほうが心証いいだろうしさ」
などと声をかけ、なんとか稼働できるところまで形を整えてから、あとの差配はリイスにゆだねて引きあげた。
最近になって洞窟衆に合流してきた者とは違い、古参の洞窟衆は激しい変化に晒されてきた経歴があるし、戦闘行為から生産活動まで、その場その場でなんでもできることをやってきた。
そのせいか変な度胸はあるし、余程のことに直面しなければ物怖じするということがない。
臨機応変に対応し、早急に問題を解決するために行動を続けるのはお手の物であった。
イリーナら、山岳地方面で傭兵働きをしてきた連中が出撃するたびに拾ってくる孤児たちも、他に担当する部署がなかったのでこのトエスらに任されることになった。
トエスらは託児所の運営が軌道に乗るまで関わった実績がある。
「……でも、親が居るのと居ないとでは全然違うからなあ……」
とかボヤきながら、トエスは知り合いの各方面に通信で声をかけて回った。
しばらく自由に使える土地を確保し、天幕用の布地を運ぶように手配をする。
この建築ラッシュのさなか、すぐに新規の建物を用意できるとは思えなかったためであった。
それに、仮設とはいえ洞窟衆が使うための建物も増えてきたので、野営用の天幕はそろそろ余りはじめていた。
同時に、暇そうな人たちに声をかけて集めて、しばらく子どもの様子を見て貰うようにする。
このときのハザマ領内には、国境紛争時に負傷し、身体になんらかの欠損を生じた者たちなどは、意外に多く存在していた。
郷里に帰れる者はいいのだが、帰ったとして常人並の労働には耐えられず、体に負担がかかりすぎない程度の軽労働で日銭を稼ぎながらぶらぶらと暮らしている者たちである。
日頃からそうした者たちの相談にも乗っていたトエスは、そちらの方面でもそれなりに顔が広かった。
「将棋やチェスをやりながらでいいから、しばらく子どもらの面倒を見てやれないかしら」
とか声をかけていくと、すぐにそれなりの人数が集まる。
多少、人数が余ったとしてもトエスは気にしなかった。
「あのイリーナのことだから、どうせ出動するたびに子どもを拾ってくるんだろうな」
と、そういう確信を持っていたからである。
それに面倒を見る、といっても、当面の衣食住の保証は洞窟衆で持つわけで、現場で具体的にやることはといえば、子どもたちが羽目を外して大きな怪我をしないように見張るくらいであった。
手間がかかる乳幼児の世話などは、別に寡婦の集団に相談をして預けたりした。
その他に、古着を集めて仕立て直したり、毎日の食事の手配をしたり、あるいは新しく井戸を掘らせたり……とやるべきことは多かった。
大きな子たちに関していえば、ハザマ領内の空気に慣れてきた順から簡単な仕事を世話し、自分の教育費くらいは自分で稼いで貰う。
子どもたち、とはいっても、最年長の子はトエス自身とさほど変わらない年格好であった。
彼らがここまで落ち延びてきたのは、それまで養育してきた者たちがこの異変によって壊滅したとか、あるいは後見人になるべき大人が最初からおらず、そのまま前まで居た土地に残っていても明るい将来が見込めなかったからにすぎない。
血縁がものをいう狭い部族民の社会とは違い、このハザマ領では身ひとつだけでこの地に渡ってきた者の方がむしろ多かった。
後ろ盾の有無を気にかける者は少なく、環境さえリセットされれば自立の機会はいくらでも与えられるのだった。
商用地区以外のハザマ領……とは、つまりはほとんど木々に覆われている。
鬱蒼と生い茂る森の中に、今では点々と木々よりも背が高い風車が現れはじめていた。
そこに井戸があり、つまりは誰かが居住しているという証でもある。
洞窟衆による生産のための施設などは、ほとんどこうした森の中に点在している。
商業地区からの交通には若干の手間がかかるのだが、洞窟衆は片端から木々を切り開き、広大な宅地を獲得するという選択をしなかった。
エルシムらエルフに薫陶を受けているから、その影響で……ということも少なくはなかったが、従来の環境をできるだけ保全したまま、森を森として利用することにそれなりの利を見いだしたからでもある。
こうした森の中に点在する洞窟衆の土地は、たいていは狭く、居住する人の数でいえば「村」とか「町」とった規模でしかなかった。
しかし、それだけによけいな邪魔が入ることは少なく、黙々と仕事に集中するのにはうってつけの環境でもある。
そこには、無数の製紙工房といくつかの印刷所や製本工房があった。
毛皮を加工したり、なめしたりする職人たちが集まっている村があった。
ドワーフを筆頭とする鍛冶屋連中は、今では商業地区から離れた、川沿いにある某所に集まっている。
重たい原料や加工品を運ぶためには、水運を利用する方が便利がよかったからだ。
鍛冶仕事に使うための熱源を魔法で提供するものたちは、その鍛冶の村と商用地区を日に何度か往復する筏に乗って通勤していた。
鍛冶仕事に必要となる熱量は膨大であり、常人だと半日もかからずに魔力切れになるので、何人かが交代しながら熱源を絶やさないようにしている。
そして、最近では、大小の宿泊施設が森の中に急ぎ建造されているところだった。
これは、山岳地方面から出入りする人たちのためのものである。
王国や他国との玄関口は、商業地区。
この認識は、決して間違いではない。
だが、その商用地区と山岳地方面を結ぶのは、この森すべてなのである。
洞窟衆が管理する隊商だけでもかなりの人数になる。
そのすべてが一度にハザマ領に帰還する、ということはまずないわけだが、それ以外にも山岳民たちが自分の意志でにこのハザマ領に目指すことも、これからは多くなるのではないか……と、予想されていた。
そちらは昨今、なにかと不安定な情勢であるし、それがなくともこのハザマ領には、この土地にしかない特色を露わにしはじめている。
「……合宿所、ですか?」
タマルが首を捻った。
「いずれは、寄宿舎つきの学校……なんてもんも必要になってくるんだろうがな」
ハザマは説明する。
「まずは、そういうところからはじめよう。
とりあえず大勢が宿泊できる施設を作っておけば、これからはそれなりに需要がでてくるだろうし……」
付与魔法などの、実用な魔法をできるだけ短期間のうちに習得させるための施設……として、「余所から隔絶した環境で数日泊まり込みが可能な場所」を作ったらどうか。
というのが、ハザマの発案の趣旨であった。
「その、学校、ですか?」
タマルはいった。
「そういう、専門の学舎はぼちぼち必要になってきていますし、商用地区のように地代が高騰している場所にそういう施設を作るよりも、森の中で……というのはよくわかるのですが……」
「反対か?」
「……反対すべき理由がありませんね」
ひとしきり唸ってから、タマルはそう答えた。
「ただ、時期的にはちょっと、早すぎるかな、と。
というのは、まだ商業地区の整備がようやく佳境にはいってきた段階で、どうしても熟練した職人が足りません」
「こっちがもっと落ち着いてから、順番に……というわけか」
ハザマも頷いた。
「仕方がないといえば、仕方がないのか」
「焦りすぎですよ」
タマルはいう。
「今のうちの売りは、短期間での人材育成とその大量投入でしょう。
もう少しすれば、商用地区での育った人たちの手が空いてくるはずです。
それから、徐々に森の中の施設に手を着けていっても遅くはないと……」
建物などに拘るよりも、もっと実質的な部分に力を入れるべきではないか。
この実質的な部分、というは、ようするに「人材育成」という目には見えない部分になるわけだが。
「建物はともかく、合宿させて集中的に教育するのは良さそうですね。
どうせ野営用の天幕は余っていますし、まだ手を着けていない土地は、当面、そういう用途に使っていきましょう」
と、タマルは結論する。
「じゃあ、計画だけはしっかり作っておいて」
「はいはい」
タマルは頷いた。
「おっしゃる通り、どの道、将来的には宿泊施設の需要も増える見込みですしね」
この頃には、タマルの方もハザマの巧いあしらい方を心得はじめている。
水陸両面における通商路の開拓は、今のところうまくいっていた。
食料を手土産に押し掛けていって、助けがいるような状況であったら惜しみなく与える。
当然、「無料で」といういことはなく、相手の事情を鑑みながらなんらかの手段で返して貰う、という条件での「貸し」であるのだが。
すぐに対価を払えなかったとしても、長期的になんらかの手段で返して貰えばいいのである。
また、洞窟衆と現地の部族民が共同する形で水車や倉庫などを各地に建てていく事例も増えていた。
洞窟衆が持ち込んだ各種教本類なども部族民たちはどん欲に吸収し、通信網に関しても、積極的に活用しているようだった。
王国のような土地よりも、各居住地間の距離が開いている山岳地の方が、通信網に関する需要は高いのかも知れないな、と、ハザマは思った。
ハザマ領周辺部族を対象としたこの取引は、順調に推移している。
その状況を指してハザマは、
「まるでODAだな」
と呟いたものだが、その「ODA」という単語がどういった意味を持つのか、この世界には理解できる者がいなかった。
物資や食料の定期的な交換。
各部族民との、長期的な取引を前提とした関係の締結。
とにかく、この短期間のうちに、ハザマ領を中心とした経済圏がにわかに姿を現していた。
そしてその経済圏は、じわじわと拡大中でもある。
周辺の部族民にしてみれば、ハザマ領は重要な文物をもたらしてくれる重要な取引先、ということになる。
「……なんだかうまくいきすぎているな」
などと、ハザマが思いはじめたある冬の早朝。
いくつかの急報が、ほとんど同時に領内にもたらされた。
「山岳地西方十五部族が、中央委員からの脱退を表明」
「エジアス、ガルメラ、ブリュムルの三国がガンジガル王国に併合される」
「ガンジガル王国、山岳部地西部十五部族と連合」
「……つまり、どういうこった?」
早朝に叩き起こされ、断片的な情報を与えられたハザマは、ぼんやりと呟く。
「どうやら……」
リンザはそういって方をすくめた。
「……ガンジガル王国という国が、山岳地に隣接したみっつの小国を一夜にして併呑して、周辺の部族を取り込んで部族民連合を分割。
まっこうから中央委員に喧嘩を売った……ということらしいです」
「……部族連合にしてみれば、弱り目に祟り目だな」
ハザマはそんな感想を漏らした。
いや。
部族連合が弱っている今だからこそ、こうした行動に出られるのか。
これから寒さが厳しくなる季節。
少なくとも当面、部族連合が大軍を動かせる状態にはない。
いやいやいや。
それよりも、重要なのは……。
「……かなり前から準備していた?」
一夜にして三ヶ国を併呑、というのが、普通に考えればまずあり得ない。
軍事的に占拠した、というよりは、三ヶ国の中枢に近い者、行政の決定権を握る者を買収するかなにかしていたのではないか?
一気に十五の部族と協調していることから考えても、時間をかけて工作していたという予想が成り立つ。
いずれにせよ……。
「……動くなあ」
と、ハザマは呟く。
周囲の状況が、ということである。
当然のこのながら……この世界は、ハザマなり洞窟衆なりを中心として動いているわけではない。
この世界に住む人々は、それぞれ勝手な思惑で動いているわけで……。
そりゃ、こういう予想外のことは、それなりの確率で起こるんだろうな。
と、ハザマは他人事のように考えた。
今の時点は、他人事だ。
だが……さて、ハザマ領とか洞窟衆は、今後この状況に対して、どういう働きを期待されるのやら……。




