領主としての日々
「……よりどりみどりだな」
バツキヤが手渡してきた書類の束をぱらぱらとめくりながら、ハザマはいった。
「今の山岳地では……」
バツキヤはそういって肩をすくめる。
「……救援の手は、いくらあっても足りないくらいでしょう。
動物が荒ぶっているだけならまだしも、それに便乗してさらに騒ぎを大きくしようとする者たちにも事欠かないようですし……」
「中央委員とその他の部族との勢力争いに利用されそうなのは抜きにしてくれ」
そういって、ハザマはバツキヤの手元に書類の束を戻した。
「前にもいったように、今はそういう面倒なことに足を突っ込みたくない」
「……そうなりますと……」
バツキヤは、素早く書類を二種類に分けはじめた。
「受けられる依頼は、半減しますね」
「当然、ブラズニアの方の意向を確認しないで決めることはできないわけだが……」
ハザマはさらに条件をつけ足す。
魔法兵を多用する以上、洞窟衆の独断でことを進めるわけにはいかない。
「……これ、いつまでに返答しなければならないって期限はあるの?」
「明日、またこの前にきた中央委員の方が来るそうです。
依頼を受けるにせよ受けないにせよ、返答はそのときにまで用意してくれれば、ということで」
バツキヤが即答する。
「この書類は、伝令師が検討してくれといいながら置いていきました」
伝令師とは、転移能力を持つルシアナの子らの総称である。
人や物資の搬送以外にも、中央委員からの通達を行ったり、ときには部族間の簡単な交渉を行うことさえある。
「……で、ブラズニアの意向を確認することは前提として……あと、なにか条件はないかな?」
ハザマはそういってこの会議に出席している面々を見渡した。
「いうまでもないことですが……」
タマルが片手をあげて発言した。
「……お試しだった前回とは、前提となる条件が違います。
中央委員からできるだけお金を引っ張れるような案件をお願いします」
前回のときは、中央委員から支給された報酬はほとんど人件費に消えた。
かろうじて赤字にはなっていない、という程度の収支状況だったわけで……。
「これから、お金はいくらあっても足りません。
引っ張れるときに、引っ張られるところから、引っ張れるだけ引っ張っておかないと……」
「となると……」
ファンタルが口を挟む。
「……一軍を中心にした少数編成であることは以前と同じ。
しかし、できるだけ作戦遂行までに要する日時を引き延ばして報酬を吊りあるだげ吊り上げても不自然ではない案件を選んだ方がよい。
ここに残しておく戦力も、少ないよりは多い方がいいからな」
安全保障の問題以外にも、後継者の育成と必要な人数を確保しておかなければならない。
洞窟衆の兵隊さんは、武器の扱いや多数で動くときの連携など、通常の兵員に必要とされる以外にも、各種魔法に熟練し、使いこなせた方がいい……ということになっている。
おぼえるべき技術は多く、「使える」という判断ができるほどに育つまでには時間も手間も必要となるのだった。
「……そうなると……」
いいながら、バツキヤは書類を何枚か抜き出した。
「……かなり数が限られてきますね。
まず、デンバイ山頂とガバナを繋ぐ道の安全を確保する仕事。
ガバナは大きな村ですから、そこを拠点にして何日か動くことになります。
食料の備蓄にも余裕があるそうですから、食料などをこちらから持参する必要もないそうです。
この道が安全に通行できるようになれば、デンバイ山の領域に居る部族民がガバナがからの補給を受けながらしばらく自由に動けるようになります。
現在、この近辺では複数の異族が抗争を繰り広げているようで……」
などなど、現在の洞窟衆にとって都合のよい案件をいくつかピックアップしてみせる。
「では、それを持っていって、ブラズニアの方にお伺いをたてみてくれ」
一通りの説明をうけたあと、ハザマはそう結論した。
「具体的な出兵プランは、ブラズニアの意見を聞いてから改めて煮詰めよう」
あるとき、オルダルトが王国の役人を何人か連れて面会を求めてきた。
「……つまり、この人たちをうちで使え、と?」
ハザマはオルダルトに確認する。
ハザマ領は、形の上では王国から下賜された領地である。
だから、王国中央から派遣された官吏が査察をしつつ、この新領地の立ちあげを手伝うことは、別に不自然ではない。
だが……どうせ、王国側にこちらの情報を流すためのスパイも兼任しているのだろうな、とハザマは思った。
ま、いいか。
とも、思ったが。
相手の意向がどうであれ、使える人材が不足していることは確かなのだ。
むこうから来てくれるというのであれば、喜んで酷使してやろう。
『中央からきた偉いお役人様だそうだ』
そんなことを考えながら、ハザマは通信でリイスを呼び出す。
『適切な部署に配置して、判断を仰いでさしあげろ』
『過大な仕事を与えつつ、その方々が示す判断を記録して自分たちのものにしろ、ということですね』
普段からハザマの遣り口に触れているリイスの理解力は十全だった。
『では、対処が難しい案件ばかりを回してその動向を記録するように手配をします』
彼ら王国官吏たちは、現在洞窟衆が行っている領地開拓、ならびに扱っている商取引の規模を見てかなり驚いていたようだ。
日々、動いている金額だけを見るなら、現在のハザマ領は王国内でも随一なのである。
なんらかの事業で稼いだ金銭がすぐに経費として右から左へと消費され、洞窟衆にはほとんど備蓄されないという点が問題なのであるが。
何年かして現在の建築ラッシュが一段落し、洞窟衆の各種事業が今の規模のまま推移した場合、このハザマ領はどれほど豊かな領地になることか……。
またあるときは、居留地に居残っている国外の大使たちから呼び出され、仰々しく勲章を授けられたりもした。
なんでも、「大ルシアナを討伐した功労者」として、各国から表彰されたらしい。
彼ら、山岳地に直接国境を接してた国々にしてみれば、大ルシアナとは中央委員と同等かそれ以上に部族連合の恐怖をイメージさせる存在であった……ようだ。
その大ルシアナに一矢を報いるどころか、一気に討伐してしまったハザマは、どうやらかなり頼りになる英雄ということになってしまう……ようだった。
ハザマ本人の実感はさておき、対外的な虚像だけは果てしなく肥大していくなあ……と、ハザマは他人事のようにそう思う。
もちろん、これからもつき合いが続くであろう諸外国との関係を気まずくするのもなんだし、洞窟衆の者たちの意見もおおかたは「くれるというものは貰っておけ」ということで一致していたので、ハザマは遠慮なくそうした勲章を受けた。
そして、そのままリンザなりクリフなりにその勲章を預けて、翌日にはその存在自体をすっかり忘れ去る。
見たこともない人たちの感謝とか敬意とか、そうしたものによって自分を慰める趣味をハザマは持たなかった。
それよりももっと差し迫った問題が多々あり、そんな些事に意識を取られている余裕がこの前後のハザマにはなかった……というのが、より正しいのだが。
「それで、山地の様子はどうなんですか?」
その前後で、ハザマと洞窟衆の関係者にそんな問いがなされることが多かった。
居留地に居る外国人たちは、そうした表面的な敬意とは別に、もっと具体的なものも洞窟衆に対して求めている。
つまり、
「政情不安な山地についての、より具体的な情報」
を、みな、欲していたのである。
これは、直接山地に隣接する国々にとっては切実な問題だった。
ハザマたちが接することができたのは、広大な山地の中でもごく一部のかなり限られた地域の情勢に過ぎなかったが……それでも、ハザマは問われれば知っている限りのことを伝えるように洞窟衆の者たちに指示し、自分自身で答えることもあった。
そうした問い合わせが予想外に多く来るようになったので、あるとき、ハザマはバツキヤと出版部に対して、
「山岳地の情報をまとめて定期的に刊行しろ。
それに対価を取って売り出せ」
と命じた。
「最初は大した情報は集まらないだろうし、ペラ一枚でもいい」
具体的な情報、というよりも、山岳地に隣接する地域に居住する人々は、不安を紛らわせるためのお守りが欲しいのだ。
おそらく、これがこの世界で初めての新聞になるな……と、ハザマは思った。
その新聞、「山地月報」には洞窟衆の山岳地における躍進ぶりが多く掲載されることになる。
洞窟衆が発行しているのだから当たり前だ……ということもあったが、それ以外の情報源がまだまだ限られているのだった。
洞窟衆と直接交渉している中央委員にも、
「しかじかのコンセプトの刊行物だから、外部の理解を得るためにも情報を提供してくれ」
という働きかけは行っているのだが、長年に渡り秘密主義を貫いてきた中央委員の体質がすぐに改善されるわけもなく、結局は洞窟衆の関係者が見聞した範囲内でしか記事を作成できなかった。
その月報の中で、洞窟衆の働きは鮮烈に表現された。
一部の部族民たちとよしみを通じ、水路を活用した通商路を開通させた。
これは、陸路ならば一月や二月はかかって当たり前の遠方から、わずか一両日中にハザマ領との間を往復する、画期的な速度を誇っていた。
この通商路を経由してハザマ領にもたらされた石材や金属資源は、さっそく活用されることになった。
陸路の方も、それまで他国民が足を踏み入れたことがないような奥地に続々と洞窟衆の拠点を作り、安全に通行できる範囲を毎日のように拡大していた。
同時に周辺の部族民たちと共同して治安を守り、従来とは比較にならないほど短期間に物資の搬送が可能になった。
洞窟衆の輸送隊と同道して直接部族民と取引をすることさえ可能だと、という。
そうしたことを望むほど野心的な行商人は、滅多に現れなかったが。
数日ごとにハザマ領を発ったりハザマ領に着いたりするこの定期便が定着したおかげで、山岳地の産物が大量に運び込まれることになった。
ハザマ領を経由して、それらの商材は王国をはじめとした多くの国々に伝えられていく。
また、洞窟衆は中央委員の依頼に応じる形で、山岳地においても様々な武力行使を行った。
金銭を対価にした、一種の傭兵働きではあったが、それによって命を長らえた者が少なからず居たのも、事実であった。
「……で、そいつらは、なに?」
半眼になったハザマは、イリーナにそう訊ねた。
「動乱の影響で孤児となった子たちでして」
イリーナは平然と答えた。
「むこうでも持て余されて、どうやら行き場がないようでしたので連れ帰って来ました」
「……よく、ブラズニアの人たちがこいつらの輸送まで引き受けてくれたよな」
ハザマはそう呟く。
転移魔法は高度な技術であり、それを駆使できる人材の人件費は馬鹿にならない。
「でも、みなさん結構ノリノリでしたよ」
イリーナはあっさりそういった。
「この子たちのこと、無償で運んでくれましたし」
「で……こいつらを、洞窟衆で養えと?」
「未来への投資と考えてください」
イリーナはハザマにそういった。
「数年後には、背後関係に気を使わなくていい、生え抜きの洞窟衆が増えるんです。
それを思えば、たかだか数年の養育費なんて高が知れたものじゃあないですか」
「……タマルは、お前が説得しろよ」
ハザマは、イリーナを説き伏せることをあきらめた。
「その子たちは、とりあえずトエスにでも預けておけ」
もともと、このイリーナたちは、無闇に誰か困窮した者たちを助けたがるという気質を持っている。
ハザマが居た世界の用語でいうと、メサイア・コンプレックスというやつか。
正義の味方願望、といういい方をすると、わかりやすいかも知れない。
そうした願望も……周囲の者たちに迷惑をかけすぎないかぎりにおいては、容認すべきなんだろうな。
と、ハザマはそう判断した。
だからといって、その願望に捕らわれて大局を見失うようなことがあっても困るわけだが。
そんな日々を過ごすうちに、ハザマ領内にはそれらしい建物がぼちぼち姿を現すようになり、同時に寒さが厳しくなってきた。
暦の上では、秋口から冬へと本格的に移行する時期であるらしい。
それでも、ハザマは以前に住んでいた場所よりは、いくぶんか温暖な印象を受けた。
「このへんは、まだ平地のうちですからね」
なにかの雑談のおりに、バツキヤは気候のことについてそう述べる。
「もう少し登ると、寒さも全然厳しくなるんですが」
そのバツキヤによると、とりあえずハザマ領の近辺は、一年を通して雪が降ることさえ珍しいくらいの気温で済むようだった。




