出兵の会議
「反乱、というよりは、暴走と入った方が適切かも知れません」
ルシアナが崩御したあと、その支配下にあり、人間に服従していた異族や野生動物が一斉に好き勝手に暴れはじめていた。
山岳地帯もずいぶんと広いので、これまでは直接人間たちと接触する機会は少なかったのだが、最近になって人間や人間の荷を直接狙うような者たちが増えてきているという。
また、異族同士の衝突の頻度も増えてきていて、周辺の環境や動植物にも少なからず影響を与えるようになってきている……などと、バツキヤは説明した。
「……部族連合は、黙ってみているだけかよ?」
ハザマは、渋い顔つきになった。
そうしたときに、率先して鎮圧にあたるようでなければ、なんのための権力なんだかよくわからない。
……と、ハザマにいわせれば、そういうことになる。
「もちろん、それなりの対処は行っているようですが……」
バツキヤは、慌てていい添える。
「なにぶん、同時多発的な現象であり、加えて、部族連合の領土は大変に広大ですから……」
しかるべき場所に兵を移動するだけでも相応の日数を要する。
兵が到着したときには、問題自体がすでに解決しているか、それとも飛火をして拡大しているか。
いずれにせよ、直接的な介入は間に合わないのが現状らしい。
問題が起きている場所の近くに居る部族を、物資面などであとづけ的に支援をするのが精一杯のようだった。
バツキヤの説明を聞いて、ハザマはため息をついた。
「……それで、おれたちにどうしろと?」
ある意味ではとても現実的な判断力を持つハザマは、部族連合のような巨大な勢力で対処できないトラブルを、洞窟衆で解決ができるとも思わなかった。
人口比や戦力比で考えると、部族連合と洞窟衆とでは、比較するのも馬鹿らしいくらいの格差がある。
「事態の全面的な解決は無理でも、最低限、自分たちの利益を損なうおそれがある場合は、対処すべきでしょう」
バツキヤは、ハザマの顔をまっすぐに見つめてそういい切った。
「そうしないと、今後、山岳地方面での活動は大きく制限されることになります」
「……とりあえず、関係者集めて来て」
ハザマはいった。
どこかに出兵するにしても、規模を決定したり兵站の準備をしたりする必要がある。
「ええっと……ファンタルさんにタマル……あと適当に、関係ありそうなやつらを片っ端に」
事前に関係者の合意を取りつけておかないことには、無用の混乱を起こすだけなのだ。
「すでに召集をかけて、ハザマさんを待っています」
硬い表情のまま、バツキヤは答える。
「ええ。
中央委員所属のバイデスといいます」
会議室に入ると、真っ先にどことなくしょぼくれた感じの中年男が挨拶をしてきた。
「今回の件についてこちらに報せに来てくれた方です」
部族連合のお役人というわけか……と、ハザマは納得し、バツキヤにむかって即座に通信で、
『いいように使われている可能性は?』
と問い質した。
『あります』
やはり通信で、バツキヤは即答する。
『ですが、実際にはかなり少ない可能性になりますね。
今の時点でそんな形でこちらをハメたとしても、部族連合にとってはあまり旨味はありません。
洞窟衆にこれ以上の貸しを作ることは、彼らに取っても得策ではないでしょうから。
それに、裏もしっかり取るように手配もしていますし……』
ここは、素直に信じておいても損はないだろう……というのが、バツキヤの見方であった。
『仮に騙されたとしても、部族連合が相手なら、あとからいくらでも代償を請求できるわけですし』
どちらにせよ、ここで恩を売っておいて損はない……ということらしかった。
「ええと、バイデスさんといいましたか?」
ハザマは、自分のために用意された席に着きながら、そういった。
「軍事的な遠征、それもかなり遠い場所まで出向いていくとなると、こちらも決して少なくはない負担を負うことになります。
検討の末、場合によっては商路そのものを破棄するという結論に至ることもあり得ます。
その辺は、お含み置きください」
慈善事業で、リスクも負担も大きい出兵や戦争なんてできるわけがないのだ。
バイデスは、
「まったくもって、その通りで」
と頷くだけだった。
「部族連合としては、手持ちの情報をお伝えしてあとの始末についてはこちらの判断にお任せするだけでして」
「それでは……とりあえず、前向きに検討するという前提で、部族連合からの情報というのをお聞きしましょうか」
ハザマは、バイデスをそう促した。
異族の反乱(という表現を、バイデスは使用した)が起こっているのは、現在五十カ所以上。
ただし、この数は今後増える見通しである。
それ加えて、知能を持たない野生動物の活性化による被害ももはや集計ができないほどに増加している。
田畑や備蓄していた食糧が食い荒らされたり、人里から離れた場所を通行中の人間が襲われたり……といった感じで、被害の現れ方は多種多様であったが、いずれにせよこれまで比較的人に害を与えることがなかった野生動物が気性を荒くしている、ということであった。
まるで、
「ヒトを恐れなくなったようだ」
と、バイデスは表現した。
「それがすべて、ルシアナを失った影響であると?」
ハザマは、バイデスに確認してみた。
「中央員としましては、そうした見方を採用しています」
バイデスは、慎重な口振りで答える。
「それ意外に原因は考えられません。
思い返してみれば、中央委員なり部族連合が発足する以前から、ルシアナはこの地に君臨しておりました。
その重石がいきなり消失し、現在は箍が外れた状態なのではないかといわれております」
こうしてみると、部族連合は、ルシアナが去勢した環境に寄生したようなものなのかも知れませんな……と、バイデスは小声で呟いた。
「だとすれば……その状況は、今後好転する見通しがないことになりますが」
ハザマは、そう指摘をする。
「部族連合は、現在の状況にどう対応するおつもりか?」
「現在、協議中です」
バイデスは、即答する。
「中央員の中でも、意見が割れているところでして」
……大丈夫かいな……と、ハザマは思った。
ひょっとすると、部族連合の現体制も、あまり長くは保たないかも知れないな、と、そんな予感さえ、してくる。
「中央員の方針はともかく」
気を取り直して、ハザマはさらに質問を重ねる。
「各地の部族たちは、独自の判断で抵抗を続けているわけですね?」
「もちろんです!」
バイデスは、大きな声で答える。
「そうでなくては、日々の生活でさえ、まともに営めません。
ただ、いかんせん、散発的な抵抗だけでは……」
野生を取り戻した自然の脅威には対抗できそうもない……という見通しを、バイデスは口にする。
「……持久力や戦力比の問題ですよ。
部族民はそれぞれ、最大でも人口数千単位までの集落で山岳地の各地に散って生活しています。
それだけの戦力で、荒ぶる異族や野生動物にどこまで抵抗できるかというと、これは、かなり危うい」
「近くに居る部族同士が合流するとか、できませんか?」
ハザマは、訊ねてみる。
「できますし、手配もしています」
バイデスは即答する。
「おかげで中央委員が抱える伝令師も出払っている状態です」
中央委員も、打てる手は打った上で、ハザマたち洞窟衆に救援を求めているようだった。
「……大まかな状況は、だいたい理解できたと思います」
ハザマは、頷いた。
「あとで、より詳細な情報を求めるかも知れませんが」
「そのときは、できる限りそちらのご意向に沿いたいと思っております」
「それから、おれたちはあくまでおれたちの利益を優先して動きます」
ハザマは、バイデスにそう断りを入れておく。
「それだけの規模の暴走になると、おれたち洞窟衆ができることも、こういってはなんですが多寡が知れている。
部族連合の領地すべてに安寧をもたらす、ということは現実問題としてできそうにありません。
どこを優先的に助けるのかという選択は、あくまでおれたちの意志で行います」
「当然でしょうな」
これについても、バイデスは頷いた。
「また、それは部族ごとの自決主義の伝統にも準じております。
部族連合においても、あとでそのことに関して物言いをつける者はいないはずです」
「……そう願いたいものですね」
ハザマは軽く頷いて、今度は、その場に集まってきた洞窟衆の者たちに顔をむけた。
「ということで、聞いていた通りの状況なわけだが……。
今回の件、どこまで介入したらいいと思う?
いや、訊き方をかえよう。
今の洞窟衆に、どこまで介入できる余力があると思う?」
「……財政担当としては、今度の出兵は避けるか、避けられないとしてもできるだけ小規模にするべきだと思います」
タマルが片手をあげて、すぐに口を開いた。
「だって、領内の整備に多くの予算を取られるこの大事な時期に、ですよ?
なんだって、出兵なんてお金が出て行くばっかりで見返りが少ないことをやらなければならないんですか!」
「ですが……」
すぐに、今度はバツキヤから反論が出される。
「放置しておいても、長期的に見れば洞窟衆の損害は増えていくはずです。
山岳地の情勢が不安定になれば洞窟衆の中で働いている多くの部族民たちが浮き足立ちますし……。
それ以上に、このままでは近い将来、山岳地で生計を立てられなくなった山岳民が何十万という単位で流民化し、ハザマ領のなだれ込んでくるでしょう。
そうなれば、到底まともな治世を行えるとも思えず……ハザマ領のすべてが破綻します」
「出兵は物入りだが、出兵をしないでいるとそれ以上の被害を招く、ということだな?」
ハザマが、バツキヤの意見をまとめた。
「そうです」
バツキヤは頷く。
「この場合は、損をして得を取るべきではないでしょうか?
ここで政情の安定化に貢献しておけば、中央委員はもとより直接助けられて各部族に対して大きな恩を売ることができます。
長期的に見れば、一時的な出費も十分に回収可能かと……」
「……いうの簡単なんだけどなあ……」
タマルは、ぶつくさと小声で呟いた。
「そのための遣り繰りをするのは、こっちなんだけど……」
「とりあえず、規模の大小についてはこれから検討することにして……」
ハザマは、いった。
「……出兵は行う、という前提で討議を進めよう。
ええと、次は……ファンタルさん。
今の状況で、どれくらいの人数を動かせますか?」
「それは……予算によるな」
ファンタルは、端的に答える。
「兵を動かすのもただではない。
なにしろ、兵は生きているし飯も食う。
飯を運ぶための兵站を維持するのも無料ではない。
お義理に、一カ所か二カ所だけどうにかするのならばすぐにでも準備はできる。
だが、長期的に、確実に鎮圧し、治安を維持しようとすると……どうしたって、先立つものが必要となる。
現在、洞窟衆が抱える予備兵力をすべて、長期的に投入するとなるとこれは、洞窟衆の財政は軽く破綻してしまう」
出兵をするのであれば、まず、使える予算の上限を設定しろ……というのが、ファンタルの意見であった。
ある意味で、とても常識的な意見ではある。
「……ということですが……」
ハザマは、バイデスに顔をむけた。
「今回の件について、部族連合はわれわれにどれくらいの見返りを用意できますか?」
それによって、こちらから出せる兵の質や量も変わってくる、というわけである。
「ああ、そうですね……」
バイデスは、気の抜けた顔をして頷いた。
「……一応、事前に提示されていた金額は……。
ただし、一度洞窟衆の働きを確認させていただいて、場合によっては追加があるかも知れませんが……」
「金貨一万枚、か」
出兵の費用として、大きいのか少ないのか。
ハザマには、にわかには判断できなかった。
「ファンタルさん。
この予算で、足が出ない程度の規模で出兵の用意をお願いします」
「心得た」
ファンタルは頷く。
「この金額だと、兵站の整備ならびに長期的な戦闘行為では足が出る。
転移魔法を多用し、少数精鋭の部隊を編成した上での短期決戦を目指す形になるが、それで構わぬな?」
「編成などについては、お任せします」
ハザマは、そういって頷いた。
「ですが……部隊単位の転移魔法、って……。
転移魔法を使える人間、そんなに大勢居ましたっけ?」
「皇女様の手下に数名。
あとは、ブラズニアの魔法兵が何十名か、技術供与という名目でこちらに残っている」
ファンタルはいった。
「ブラズニアの公子は洞窟衆には好意的だし、実戦経験を得る機会だということになれば断ることもないだろう」
ファンタルによれば、魔法兵たちは使い魔の運用など、索敵用魔法を学び、洞窟衆側は代わりに魔法兵たちから各種付与魔法を学んでいる最中であるということだった。
これまで合同演習を重ねてきた間からであるから、はなしの持って行きようによっては協力を得られる可能性が高い。
「……そういうことなら、その線で手配をお願いします」
ハザマも、頷く。
ハザマにしても、無闇に長い補給線を維持する手間が省けるのであれば、そちらの方がよいのだった。
「……と、いうことでよろしいですか?」
そして、思い出したように、ハザマはバイデスに確認をしておいた。




