公爵たちとの問答
「人材、ないしはその育成が大きな商品に成る得ることは理解できる」
グフナラマス公はそう口にした。
「ただし、知識や技術の習得には、通常、年単位の時間が必要となる。
その上、個人により修得のために必要となる時間は異なってくるし、中には最後までモノにならない者もでてくる。
事業化するのには、リスクが大きすぎないかね?」
「人材の育成そのものを事業化する、ということは、そのリスクを教育を施す側が全負担することではありません」
ハザマは答えた。
「実際、今、うちのところでやっているのは、教育のためにかかる費用は教育を受ける側に負担して貰う形を取っています」
「民の側が、そうした費用を負担したがるのですか?」
ニョルトト公が、訊ねてきた。
「ええ、そうです」
ハザマは、即答する。
「文字の読み書きという基本的なところからはじまって、各種魔法や専門知識まで……。
教材の作成や教師の養成に力をいれて、できるだけコストを下げるように努力していることもありますが……。
今のところは、まあ、なんとかなっています。
これだけの技能を修得したら、もっと割のいい仕事に就けるよ、という誘導がうまくいっている面もありますが。
たとえば、冶金に必要な、金属類を熔解できるほどの高温を発生させることができる魔法が使えるようになれば、一回勤務するごとに日雇い一日分の賃金を軽く超える実入りになります。
魔力切れになるまでの時間に個人差があるので、一律いくら以上とうたうことはできませんが……半日前後の拘束時間で一日分以上の現金が入手できるということになるわけですから、普通に肉体労働をするよりは、断然、いい。
余った時間は、別の仕事をするなりあるいは別の知識を仕入れるなり、あるいは単純に休んだり遊んだりすることに使えるようになる。
今のあそこには、出来高で支払いが行われる賃仕事なども豊富にあります。合間時間に小遣い銭を稼ぐのに困ることはありません」
「仕事の種類が多く、選択の余地があるということか?」
グラウゴラス公が確認してくる。
「ええ。
あくまで、今の時点では、ですが」
ハザマは頷く。
「単純な肉体労働からちまちました内職仕事、それに、高度な知識や技術を要する専門的な仕事まで。
どの仕事に就けるかは、働く側の意欲と能力次第。
そして、割のいい専門的な仕事に必要な知識や技能を学ぶ機会も、できるだけ整えていく予定です。
そうやって、居留地と新領地の普請が一段落つくまでには、働きながら学べる環境を維持していけば……あとは、あそこに流れ込んできたやつらが自分の意志と意欲で一人前の、どこへいっても通用する人材になっていくものと思っています」
「それで、そのあとは?」
ワデルスラス公が、問いかけてきた。
「その建築ラッシュも、いずれは終わる。
そうすれば仕事自体が減って、流入してきた労働人口を支えきれなくなるのではないか?」
「そこまで時間が経てば、今度は教育機関そのものが産業として成立できるようになっていますよ」
ハザマは、平静な声で答える。
「今のところは、医学や薬学、基礎的な魔法などに手を着けていますが、いずれはもっと広範な分野にも手を広げていく予定です。
幸いなところに、建築とか土木の関係では、最近、帝国の専門家が来てくれたことですし、こちら方面も、実際に仕事をすることを通じてそれなりの知識が得られることでしょう。
必要性のある分野から順番に専門家を招いて適切なカリキュラムを整えていけば、いずれは多様な人材を育成することが可能となるはずです。
そうなれば今度は、各方面の専門家になるために新領地へ訪れる者も出てくるでしょう。
分野にもよりますが、素人が専門家になるまでには数年単位の時間が必要となります。
その間、新領地に滞在して金を落としてくれるわけでして……これはもう、立派な産業になるのではないですかね?」
ハザマがいい終えると、諸公は数秒、黙り込んだ。
「さらにいえば……」
しばらくして、グフナラマス公は口を開いた。
「……新領地には、各国居留地ならびに山岳地と隣接しているという地の利もある。
それらの国々との交易も、行っていくのだろう?」
「当然ですね」
ハザマは頷いた。
「やらないでいる理由もありませんし。
通常の仲介、中継から新商品の開発まで。
こちらの方も、今まで以上に力を入れていこうと思います」
そのために必要な布石も、すでにいくつか打っている。
これまで、この場であえて口にしなかったのは、そうした商行為は現在の時点でも通常に行っており、わざわざ言及する必要もないだろうとハザマが判断したからに過ぎなかった。
「だが、新領地……いや、今ではハザマ領か。
ハザマ領は、農地には適さない」
グラウゴラス公が指摘をする。
「商業や工業に重点を置くのはいいとして、食料の自給率が低いままでは不安はないのかね?」
「まるで不安がないといえば嘘になりますが……」
ハザマは、そういって方をすくめた。
「……もともと、どんな理由であれ、食料の供給がストップしたら、山岳地方面から飢えた人間が大勢攻めてくるような立地条件ですし。
今さら心配したところで……という気もします。
せいぜい、穀物類の売りしぶりをされないように普段から気をつけるくらいしか対策は思いつきませんね」
「その辺は、割り切るわけか」
「耕作にはむかない土地なのですから、無理にやるのも効率が悪いでしょう」
ハザマは答える。
「もう少し余裕ができたら、あの土地でも栽培可能な作物を研究してみるつもりではありますが……。
ただ、あそこは野生動物の数も無闇に多いので。
そうした作物の栽培に成功したらしたで、今度は獣害対策をする必要があると部下からは指摘されています」
ハザマがそんな質疑応答を繰り広げている間にも、リンザとヴァンクレスは健啖ぶりを発揮して卓上の食べ物を端から平らげていた。
貴族の給されるだけあって、選りすぐりの素材を丁寧に調理した料理ばかりだった。
当然、味の方も極上だ。
少なくとも、普段口にしている素朴な料理とでは、天と地ほどの差があった。
ハザマも途中から肩に乗せていたバジルをテーブルの上に置き、自分の前にある料理を貪るままにさせておいた。
バジルは、人間用に調理された料理や酒も問題なく口にする。
それも、無闇に食い散らかすようなことはせず、かけらも残さずに平らげるので、食事の様子を見ていても不思議と不快感をおぼえることは少なかった。
空いた皿を下げに来た給仕は怖々とした視線をバジルにむけていたが、並みいる公爵たちは、あまりバジルに関心は持たないようだ。
とにかく、ハザマはそんな感じで新領地、ハザマ領の統治に関して長々とした質疑応答をした末、ようやく公爵たちから解放された。
その部屋を辞したあと、喪主であるベレンティア並びにアルマヌニア両家の関係者に挨拶をしておこうとも思ったのだが、廊下に立っていた見張りの者に案内を乞うたところ、
「今足を運んだところで、順番待ちで長いこと待たされますよ」
とにべもなく指摘された。
ハザマは、
「……あとで、改めて挨拶に行くか」
と結論し、通信でオルダルトを呼び出し、同時に、見張りの者に出口への行き方を訊ねておいた。
まさか、王宮の中を勝手に歩き回るわけにもいかなかったのだ。
いくらもしないうちに、オルダルトと合流できた。
「お帰りは、こちらで」
オルダルトはそういって、ハザマたちを先導する。
「……転移魔法とかで、ばっと移動はできないのか?」
ハザマはそう訊ねてみた。
「王宮内は、各種魔法を無効化するための仕掛けがあちこちに施されております」
オルダルトは、平然と答えた。
「公館などもそうですね」
……いわれてみれば、そうした場所でなんの制限もなく魔法が使い放題、ともなれば、敵の攻撃も受け放題になってしまうあけで……。
それよりも、ハザマは、もうひとつのことの方が気になった。
「魔法を無効化する方法なんてのがあるのか?」
「当然、古くから研究されていますよ」
オルダルトは即答する。
「魔法の種類によっては、完全に打ち消すことは難しいようですが……それでも、威力をかなり軽減できます。
転移魔法については、ほぼ完全に使用不可能にすることができます」
必要性を考えれば、妥当なだろうな……と、この件についてはハザマも納得をする。
馬車は、広い王宮の庭園に何十台も待機していて、国葬に参加した人たちを順番に送っていた。
人数が人数だからなあ……と、ハザマは思う。
転移魔法が封じられているとなれば、なおさら、混雑するだろう。
とにかく、ハザマたちはオルダルトに案内されて、また馬車に押し込まれる。
まだ早い時間だったせいか、あまり待たずに馬車に乗ることができた。
「どうですか?」
馬車の中で、オルダルトにそう訊かれた。
「貴族に列せられた感想は?」
「特に実感はない」
ハザマは即答する。
「ただ、こういう行事は、思っていたよりも面倒なもんだな」
「行事ですからね」
オルダルトも頷く。
「煩雑なのは、仕方がありません」
それからハザマは、
「ベレンティア家とアルマヌニア家の関係者に挨拶できなかったのだが、後日改めてでも構わないのだろうか?」
と、オルダルトに確認しておく。
「あとで、使者を送っておけば十分でしょう」
オルダルトはあっさりとそういった。
「あちらも、今頃大勢の弔問客を迎えて、大わらわになっているはずです。
誰が来て誰が来ていないのかなんて、いちいち気にしている余裕もありませんよ。
なにしろ、大貴族ですからね」
そんなもんか……と、ハザマは思う。
だとすれば、今日貴族になったばかりのハザマが勢い込んで訪ねていっても、周囲には「新興貴族が強引に名を売り込みいった」、みたいに受け取られるかも知れない。
両家の喪主の方から国葬の前に挨拶をされているし、オルダルトのいうとおり、あとでそっと使者でも送っておいた方が、かえって失礼がないのかもな。
とか、ハザマは思った。
「それで、今日はこれからどうするんですか?」
オルダルトが、確認してきた。
「この馬車は、ハザマ商会まで行きますが」
「できれば、はやいとこ新領地の方に帰りたいな」
ハザマは即答する。
「公館詰めの人材をピックアップする必要があるし、その他にもいろいろ……。
とにかく、今、おれが王都に長居しても、あまり得るところがない」
貴族になったハザマに、有象無象がなにかと口実を設けて面会に来る……という可能性もあるのだ。
ハザマとしては、できるだけ速やかに王都を離れたかった。
でないと、いろいろと面倒なことになりそうな予感がする。
「そういうと思っていました」
オルダルトは頷いた。
「それでは、商会の方に魔法使いを待機させておきます」
そういって、オルダルトはしばらく黙り込んだ。
どうやら、通信を使って魔法使いに連絡を取っているらしい。
「なんかいろいろ、複雑になってきたなあ……」
誰にともなく、ハザマは呟く。
「今や、領地持ちの貴族ですからね」
その呟きに、隣に居たリンザが応じる。
「……貴族、ねえ」
ハザマは、ぼやいた。
「実感はないんだが……。
なんだか、どんどん面倒なことになるな」
ハザマ商会の前で馬車を降り、その場に待ちかまえていた洞窟衆対策班の三人の魔法使いの転移魔法によって新領地へと送られた。
ペドロムら、ハザマ商会の面々に挨拶もしないで移動した形になるわけだが、なにか用事があれば通信で連絡が可能であるので、それで支障はないはずだった。
「ハザマさん!」
洞窟衆が使用している天幕の前に出現したハザマたちは、さっそくバツキヤによって出迎えられた。
「帰ったばかりのところ悪いんですが……」
「待てよ。
あまりよくない予感がする」
ハザマは、うめくようにいった。
相応の理由がなければ、どちらかというと冷静なバツキヤがここまで取り乱した様子を見せるわけもないのだ。
「……今度は、なんのトラブルだ?」
「山岳地の各地で、異族による反乱が起こっています」
バツキヤが、早口に答えた。
「このまま静観しますと、洞窟衆の商路が分断されることにもなりかねません」
「……そいつは、大変」
ハザマは、平坦な声でそう答えた。




