人材の育成事情
「とはいえ、国債発行前後の業務は、多忙な時期は短くて済むはずですから」
ハザマの表情を読んで、ダドリスがフォローを入れてくる。
「なんといっても、用意した分を売り切ってしまえば、否が応でも手は空くわけでして」
「そんなにすぐに売り切れるもんなんなのか?」
ハザマは、即座にそう切り返す。
「実際にやってなければわからない部分が多いですが、これまでの手応えなどから予想しますに、せいぜい一日二日程度で売り切れてしまうのではないかと」
ダドリスによれば、国債についての情報をさりげなく流した日から、商会への問い合わせが殺到したという。
問い合わせをしてくる者、すべてが実際に国債を買うわけではないのだろうが、国債という仕組みに対しての関心はかなり強いらしかった。
「……問い合わせがあった件数の数分の一が実際に買ったとしても、すぐに売り切れてしまうだろう」
と、ハザマ商会の内部では予想されている……ということだった。
「むしろ、一度に買える数を制限しようという流れになっています」
どこかの勢力に国債の買い占めをされ、新領地の方針に細かく干渉をされるのもハザマたちにとっては都合が悪いのであった。
それを防止するために、一口あたり金貨十枚分までしか購入できない……という制約を課す予定であるという。
これはまた、国債の購入者を、実質的に組織ではなく個人に限定するための措置でもあった。
「契約魔法を行使する関係上、国債の売り先はこちらでも控えることになりますから……」
一度売った国債を転売、ないしは誰かが買い集めることまでは阻止できないが、それでもいくらかは抑止することができる、とダドリスは説明してくれる。
「一年で、一割の利率だっけ?」
ハザマは、ダドリスに確認した。
「その程度の利率なら、目の色を変えるほどの儲けにはならないような……」
「一年で一割、というのは一番安い国債のことになります」
ダドリスは、答える。
「五年国債や十年国債だと、もっと利幅は大きくなりますが……。
それよりもこの場合は、こちらで設定した利率ではなく、新領地関係の利権に食い込んでくる可能性の方が重要なわけでして……」
それを阻止するためにも、国債の買い占めは阻止する方向に動いていかなければならない、ということらしかった。
……なかなか面倒なことになっているんだな……と、ハザマは思った。
当のハザマが発案者であるので、かなり無責任な態度であったが。
「では、その国債発行のピークを無事にやり過ごしたとして……」
ハザマは、ダドリスに次の質問を投じる。
「……その、いきなり大勢増えた、契約魔法をマスターした人たちが仕事にあぶれるってことはないの?」
苦労して修得した技能が、ごく短期間しか役に立たない……ということになったら、当人にしてみればかなりやりきれないことになる。
「ご心配には及びません」
ダドリスは、明言する。
「契約魔法を必要とする仕事は、商会内部に限定しても、まだまだいくらでもあります。
仮に商会から離れたとしても、契約魔法を修得していれば、まず仕事に困ることはありません。
まあ、あくまで王都やドン・デラのような人口密集地においては、ですが……」
どうやら契約魔法というのは、ハザマが漠然と予想していたよりは潰しが利く技能であるらしかった。
「……なら、問題はないわけか」
ハザマは、呟く。
「でも、契約魔法の需要がそんなにあるんなら……なんでもっと使える人が増えていないんだ?」
「それは、ですねえ……」
ダドリスは、少し考え込む顔つきになる。
「……まずは、契約魔法自体が、すぐにおぼえられるほどには簡単なものではないということ。
それに、契約魔法だけを単体でおぼえても、あまり役には立たないということ……が、あります。
実際には、帳簿とか商法とか、そちらの知識をあわせて持っていないと……あまり使い出がないわけでして……」
契約魔法「だけ」をおぼえていても、仕事には事欠く……ということらしかった。
通常、契約魔法をおぼえるのは、主に商人関係であり、たいていは数年の奉公と引き替えに、一通り必要な知識を叩き込まれる……と、ダドリスは説明してくれる。
「今回、新しく契約魔法を詰め込まれているやつらは、その他の知識をすでに修得済みっていうわけか……」
ハザマは、小さく呟いて、頷いた。
「結局は、教育コストの問題なんだな……」
他では、仕事をさせながら、数年がかりでゆっくりと仕込む知識を、このハザマ商会ではごく短期間のうちに詰め込んで教育する。
ハザマ商会自体がまだまだ新興の組織であるから、仕方がない側面もあるのだが……。
「うちのように、使用人に何日も勉強だけをさせている組織は少ないでしょうね」
と、ダドリスも頷いた。
「そうしないと、日々拡張し続ける業務をまともにこなせないという事情もあるわけですが……」
人材育成面に関していえば、かなりの自転車操業であるといえる。
こうした事情は、ハザマ商会のみならず、洞窟衆の方でもあまり代わり映えしないのであるが。
「……落ち着かないことだな」
ハザマは、そう感想を述べた。
だからといって、適当なところで立ち止まるわけにもいかないのだが。
もはやハザマ自身の意志とは関係なく、各方面から仕事を持ちかけられ、場合によっては強く拒絶できないことも少なくはない。
これまでなまじ大きな失敗をしでかしていない分、洞窟衆に対する期待は大きいらしかった。
下手に名をあげてしまったツケなんだろうな……と、ハザマは思う。
いずれにしろ……。
「教育関係の産業化は、いずれ本格的にやるつもりだったから……」
と、ハザマはひとりごとをいう。
ちょうどいいといえば、ちょうどいいのだ。
むしろ、洞窟衆やハザマ商会の関係者で、先行して組織的な経験を積んでいる……程度に考えることにする。
「……それじゃあ、次は……」
ハザマは、ダドリスにそうリクエストをした。
「印刷所に案内してくれ」
「残念なことに、活字関係の資材はまだこちらには届いておりません」
ダドリスは、ハザマたちにそう説明をする。
「こちらで行っているのは、通信に必要な中継タグの生産ですね」
その工房の中には、革が焼ける独特の臭気が充満していた。
「焼き印、ということでいいのかな?」
周辺で行われている作業を見渡して、ハザマはそう口に出す。
「通信タグを作るところは、はじめてみる」
「ええ、そうですね」
ダドリスは、ハザマの言葉に頷く。
「工房村から送られて来る現版をこちらでいくつか複製して、それを使用して革に焼き印を押します。
さらに、術式回路に起動のための魔力を通すと、それ以降は通信の中継を行うわけでして……」
一度起動してしまえば、あとはタグの周囲にある魔力を使用して、通信タグは理論上、半永久的に稼働し続ける。
実際には、通信タグも物理的に経年劣化をするわけで、定期的に交換する必要があるわけだが。
アルマヌニア公領内部にある森の中のうち捨てられていた村を、洞窟衆はいくつか再生していた。
洞窟衆はその一部に手工業のための人材を集め、とりあえず、「工房村」として利用している。
別に農地としての可能性を諦めたわけでもないのだが、一度野に還った土地を再生するためには数年単位の時間が必要であり、すぐにはまともな収益を生むことがない。
それでは……と、農地としての再開発と平行して、もっと短期的に利益が望める手仕事をするための生産拠点として、利用しているわけだった。
通信網に必要な術式タグは、そうした工房村で開発されている。
原版を工房村で作って、それをドン・デラや新領地、王都などの各地に配布して、同時に生産しているわけだった。
それも……。
「……数日ごとに、新しい原版が送られてきます」
と、ダドリスはそういって肩をすくめた。
「そのたびに、新しい機能が付加されていたり、魔力の消費量を抑えるための工夫がなされたりするわけですが……いったい、どういう人があの原版を製造しているんですかね?」
通信術式のタグを頻繁にアップデートさせているのは、かなりの魔法オタクに違いない……ということらしかった。
「……いわれてみれば、誰がやっているのか聞いたことがないな」
と、ハザマも呟く。
誰が開発作業を担当していようが、これまで困ったことになっていないので詮索する必要もなかったわけだが……機会があったら、確認してみよう。
と、ハザマは思った。
『お前様よ。
今、時間は空けられるか?』
そんなことをやっているうちに、また新領地から通信が入る。
今度は、エルシムからだった。
「ああ、はい。
大丈夫ですが」
ハザマは、軽い口調で答える。
「なにか問題でも起こりましたか?」
『問題というわけでもないのだがな。
少々、早めに確認しておきたいことがあって……』
エルシムは、
「これまで、帝国からやって来た技師たちを案内していたのだが……」
と前置きして、
『その技師たちから、お前様に確認したいことがあるそうだ』
と述べた。
現在、領地開発を担当しているエルシムが案内をした……ということになると、その帝国の技師たちは、土木とか建築関係の専門家だろう。
ハザマは、そう予測をする。
「それで、具体的にはなにをお聞きになりたいわけですか?」
ハザマは、エルシムにそう質問した。
『結構大勢居るので、こちらでやつらの質問をまとめておいた』
エルシムは、事務的な口調で告げる。
『まず第一に……上下水道は完備し、下水道は排泄物用とその他の生活用水に峻別するのだな?』
「当然ですね」
ハザマは頷く。
「せっかく新しく作るんだ。
清潔で快適な環境であるに越したことはない」
『やつらがいうには、そうすると、土木関係だけでもかなり工費が跳ねあがるということであるが……』
「その分、他の分野で稼ぎます」
これももまた、ハザマは即答する。
「というか、新領地は、常時隣接した居留地と競争することになります。
宿ひとつとってもより清潔で快適な方が有利になるでしょう。
ここでケチったら、かえって将来の上客を取り逃すことにもなりかねません」
『第二に、上水道は本当に実現できるのか?』
「そちらの件については、おれよりも時計屋のナイゼルという人に直接訊ねてください」
ハザマは、いった。
「風車や水車、それに手押しのポンプが実用化すれば、だいたいは解決するはずです」
『第三に、どの施設から着工すべきか?』
「まず、病院関係。
こちらは、以前よりムムリムさんから念を押されていますし、予算的にも保険金を堂々と使えるはずですから、問題はないでしょう。
それから……そうですね。
お金になりそうな施設、洞窟衆が開発した商品を扱うショールームや宿屋、それに銭湯などですか。
いや、いきなり銭湯を作るよりも、まず作業員むけの簡易なシャワールームとかを作って、上下水道整備の経験を作っておいた方がいいのかな?」
『その前の段階で、せめて居留地に隣接した地域だけでもしっかりとした道路を整備するべきだと、技師たちはいっておるがな』
エルシムはそんなことをいった。
『しっかりとした道があるのとないのとでは、資材の搬入効率がまるで違ってくるそうで……』
「そういう判断は、専門家の人たちにまかせます」
ハザマはいった。
「こっちは素人だし……必要な物などがあれば、できるだけ期待に添えるように手配をしてあげてください」
『優先順位は高く設定する、ということだな』
エルシムが、むこうで頷く気配がした。
『建築に必要な資材は、最近、値あがりする傾向にある。
場合によってはかなり高くつくこともあり得るが……』
「明日になれば国債を一気に売り出すそうですから、しばらくはそれで持たせることができるでしょう」
ハザマは、そう答えた。
「長期的なことに関しては、またあとで考えます」
『……とりあえず、目の前の問題だけを片づける』
エルシムは、そう感想を述べた。
『いつものことだな』
「実際、長期的な展望をゆっくり考えているほどの余裕もありませんですしね」
ハザマは、そう呟いた。
「仮に考えたとしても、すぐに突発的に状況の変化が起こるんで、あまり役には立たない面もありますが……」
そうであっても、新領地は洞窟衆の重要な拠点になるわけであり、多少の出費を覚悟してもしっかりしたものを建造しておくべきなのだ……と、ハザマは思う。
そうした施設がある程度揃ってきたら、それだけで人が集まってくる場所になるはずであり……。
そうなれば、金も自然と落としてくれるはず……でも、あった。




