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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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時計屋との会話

「意外にうまいもんだなあ」

 焼き餃子を口の中に放り込み、しばらく咀嚼したあと、ヴァンクレスはいった。

「噛むと熱々の中身が口の中に広がるのが、いい」

「ですね」

 ザバンも、ヴァンクレスの言葉に頷いている。

「中の具に関しては、もう少し研究してみる必要があると思いますが……」

「だけど、この小魚のぶつ切りは結構いけるよ」

 ハザマはそう感想を述べた。

「葉野菜といっしょに火を通しているから匂いも気にならないし、それの頭も骨も一緒くたにだから食感が変わるのもいい」

『試作班のコキリです』

 試食をしながら、そんなことをいいあっている最中に通信が入ってきた。

『ハザマさん。

 今、お手すきですか?』

「ああ。

 大丈夫といえば大丈夫だけど……」

 ハザマは、そう答える。

「……長くなりそうか?」

『おそらく』

 コキリは、淡々と答えた。

『皇女様が仲介してくださって、帝国から大勢の人たちが来てくれて、到着しはじめているのですが……。

 そちらの中の何人かが、ハザマさんにいくつか質問をしたいといい出しまして……』

「そうか」

 ハザマは、あっさりと頷いた。

「ま、予想はしていた。

 今、その人たちと代われるか?」

『はい』

 コキリは、短く返答する。

『それでは、今から時計屋のナイゼルさんと代わります』

『……ハザマ殿ですかな?』

 おずおずとした調子の声が、通信術式を通して伝わってくる。

『……これで本当に伝わっているのかいな……』

 という小声も、聞こえてきた。

「ちゃんと伝わっていますよ」

 ハザマが返答をすると、

『おお!』

 という感嘆の声が聞こえてくる。

『本当だ!

 いや、しかし。

 この通信術式というのは、たいしたもんですあな!』

「ええと……時計屋のナイゼルさんといいましたか?」

 ハザマは、通話の相手を促した。

「それで、ご用件というのはなんでしょう」

『おう!

 そうだった、そうだった!』

 ナイゼルという男は、口調を改める。

『昨夜に当地に到着して、早速ハザマ殿が残したメモにあったいくつかの仕掛けを試作してみたのだがな……』

「うまく動きませんでしたか?」

 ハザマは、確認する。

『いや。

 その逆に、おおかたの仕掛けはうまく作動した』

 ナイゼルは、そういった。

『ただ……風車や水車はわかるのだが、あの手押しポンプというやつの作動原理がよくわからない。

 あれは、いったいどういう原理でうまく水を吸い上げられるのですかな?』

 なるほどなあ……と、ハザマは思った。

「まずですね……空気には、重さがあります」

 こうした質問が来るのは、半ば予期していたところでもあるのだが……さて、どう説明したら、理解しやすいものか……と、ハザマは頭の中で整理をはじめる。

「風が吹けば抵抗を感じるのも、空気に重さがあるからです。

 われわれが普段、そのことを感じないのは、われわれの体が空気の重さがあることを前提として、それに抗するようにできているせいでして……」

『……空気に……重さがある……』

 ナイゼルは、ハザマがいっていることを噛みしめるような口調で反復した。

「すぐに納得できなくても、そういうものだという前提を、とりあえず受け入れてください」

 ハザマは、続けた。

「それで、ポンプの作動原理についてですが……。

 あれは、水を吸い上げているというよりも、絶えず空気の重さを受けて下に押しつけられている水に、細い管を通して逃げ道を与えているわけです。

 その証拠に、ポンプをあまり高い場所に設置して、水面から長く距離を取りすぎるとうまく作動しません」

 さて、こんな説明でどこまで理解してくれるのか……とか思いながら、ハザマは説明を続ける。

『ちょ……ちょっと待ってくだされ!』

 ナイゼルは、戸惑った声をあげなげた。

 数秒経過してから、

『……なるほど、そういうことですか』

 と、妙にものわかりがいい声が返って来た。

『今、空気に重さがあるという前提で、簡単な図を書いてみました』

 ナイゼルは、そう続けた。

『そういう前提に立ってみれると、確かに手押しポンプは作動しますな。

 水面上には、絶えず下方向への負荷がかかっている……か。

 その空気の重さというのは、実際にはどれくらいのものなのでしょうか?』

「さあ」

 ハザマはそう返答した。

「おれも、実際に計測したことはないので……詳しいことを知りたければ、専用の機構を組んで調べてみるしかありませんね。

 それに、場所や気候によって、多少の差は出てくるはずです」

 第一、ハザマにしてみれば、こちらの世界の重さの単位にもなじみがない。

 ナイゼルは、要するに「大気圧」についての根本的な問いかけを行っているのだった。

『場所や気候により、変わって来るものですか……』

 そういって、ナイゼルはまた数秒、黙り込んだ。

『そうですか。

 それでは、こちらでその空気の重さを計測するための仕掛けを考案してみましょう』

 どうやら、このナイゼルという男は、知的な好奇心が旺盛な性格であるらしかった。

 そうでなければ、こちらが必要とする仕掛けを作るだけで満足して、「それがどういう原理で作動するのか?」という疑問は放置しておいたに違いないのだ。

 それから、二、三の簡単なやり取りをしたあと、ハザマは通信を切る。


「……今、時計屋のナイゼルとかいっていませんでしたか?」

 ダドリスが、ハザマに確認してきた。

「ああ。

 そういう名前だそうだな」

 ハザマは、軽く答える。

「帝国から来た人だそうだけど……知っているのか?」

「もちろんですよ!」

 ダドリスは、大きな声をあげた。

「有名人ですから!

 何百年もの間、ほとんど狂いがなく作動し続けるという触れ込みの精巧な時計をいくつも作り、それ以外に、嘘か本当か知りませんが、文字を書く自動人形を作ったこともあるとかいう、機巧造りの名人です!」

「……で、時計屋、か」

 ハザマは呟く。

 この世界では、不定時法を使用している。

 つまり、季節によって日の長さが変わり、時間の単位も変わる。

 それを追って正確な時刻を告げる時計を作ることは、かなり困難な事業となる。

「その時計というのは、歯車の組み合わせでできているのか?」

 ハザマは、ダドリスに確認してみた。

「むろんです」

 ダドリスは、即答する。

「歯車と、それにぜんまいで動きます」

「……なるほどなあ」

 と、ハザマは呟く。

 何年も、何百年も狂わずに動く時計を作るのには、機械に関する知識以外にも、自然科学の知識も必要となってくる。

 この世界の「時計屋」とは、たんなる機械職人ではなく、もっと包括的な知識も修めている賢人なのだろう……と、ハザマは予測した。

 少なくとも、「ナイゼル」という時計屋は、そうした人間であるらしかった。

 それに、ダドリスの言葉が正しいとすれば、そのナイゼルは「文字が書ける自動人形」まで、作った経歴があるらしかった。

 それだけのことが本当にできるのだとすれば、そりゃ、かなり広い範囲に名が広がるだろうな……と、ハザマは納得する。

 ハザマの世界でも文字を書いたりチェスを指したりする機械式の人形がなかったわけではないのだが……現存するものも、メンテナンスが行き届かなくてほとんど作動不良になっているはずだった。

 一種の、ロストテクノロジー扱いだろう。


「……また、えらい人が来てくれたもんだなあ」

 他人事のように、ハザマが呟く。

 そうした精巧な仕掛けを作ることができる時計屋とハザマが持つ知識が結びついたとしたら、いったいどれほどのことが可能になるのか……想像してみると、空恐ろしく感じるほどである。


「……それで、次はどこに案内しましょうか?」

 試食を終えたあと、ダドリスはハザマに訊ねる。

「そうさな……」

 ハザマは、少し考えてから答えた。

「……こちらでの、教育の現場というものを見てみたい」

「教育……ですか?」

 ダドリスが、要領を得ない表情になる。

「あるんだろう?

 読み書きや計算、それに魔法とかを教えている場所が」

「それは、ありますが……」

 不承不承、といった感じで、ダドリスが頷く。

「……ですが、あまり珍しいものは見られませんよ」

 ダドリスにしてみれば、

「新領地でも同じようなことをやっているだろうに、なんぜわざわざ見物するのだろうか?」

 という疑問があった。

「いいから、実際にそういうことをやっている場所に案内してくれ」

 ハザマは、ダドリスにむかって、少し強い調子でいった。


 納得していない素振りではあるあったが、ダドリスは確かにハザマが希望していた通りの場所に案内してくれた。

 王都の貧民街の一角にある、かなり老朽化した小屋の中で、年齢も性別もバラバラな者たちがぎっしりとすし詰めになってひとつの方向にむかっている。

 そこには黒板があり、板書きをしながら熱弁を振るっている講師の姿があった。

 ハザマたちは、その様子を少し離れた場所から眺めている格好である。

 教える方も、教えられる方も、かなり熱心なもんだ……と、ハザマは感心した。

 技術や知識の価値が、この世界では、ハザマの世界とは比較にならないほどに重いので、それも無理がないのだが。


「こういう教室は、多いのか?」

 ハザマは、ダドリスに小声で訊ねた。

「なにをもって多いと判断するのか難しいところですが……」

 ダドリスも、ハザマにつられて小声で返してくる。

「……読み書きを教える場所は、今、二十くらい。計算を教える場所も、同じくらい。

 帳簿は、十くらい。

 初歩の魔法を教えるところが、五くらい、常時、動いています」

 ダドリスによると、そうした教室では「深夜から朝方にかけた時間帯を除いて」講師や生徒が入れ替わりながら、ほぼ休みなしに利用されているという。

 ハザマ商会が主導して行われているわけだが、こうした講義は、ひとつの講義ごとに受講料を受け取ったり、ハザマ商会で働いた賃金の中から受講料を天引きされたり……といった形で運営されている。


「それで、足りるのか?」

 ハザマは、さらに訊ねた。

「足りませんね」

 ダドリスは即答した。

「現状でも、受講希望者が多すぎて捌ききれていない状態です」

「教室を、もっと多く確保してくれ」

 ハザマはいった。

「なんだったら、洞窟衆の方から資金を貸しだしてもいい」

 使える人材の育成は、これからも継続して急務になってくるだろう。

 多少の無理をしておいても、今のうちから環境を整えておいた方が、長期的には助かるはずなのだ。

 洞窟衆にとっても、ハザマ商会にとっても、その事情はあまり変わらない。

「いわれるまでもなく」

 ダドリスは、もっともらしい顔をして頷く。

「今、教室が不足しているのは、資金の問題というよりは場所や講師を確保できないという要因によるものです。

 こればかりは、もう少し時間が経たないと解決できないでしょう」

 場所については、貧民街にある老朽化した建物を買い取り、新しい建物を立て直しているところである。

 講師についていえば……他人に教えることができるほどに体系的な知識を修め、しかも現在手が空いている人材をすぐに確保するのは難しく、結局は、自前で育てた者たちのうち、これはと見込んだ者にやらせることになる。

 いずれにせよ、時間が経過さえすれば徐々に解決していく問題であると、ダドリスはハザマに説明をした。


「……そうか」

 その説明を聞いて、ハザマはあっさりと頷いた。

「ちゃんと対策を立てているのならば、それでいい」

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