ハザマたちの方針
「でも、それなりにうまく機能はしているんでしょう?
保険」
ハザマは、一応確認してみた。
「収入源としては、非常に優秀であるかと思います」
ハルマクは無難な答え方をした。
「ただ、一度でもなんらかの災害が起きてしまえば、契約上、大きな出費を伴ってしまうわけでして……。
集まった保険金がすべてを純益と見なすわけには参りません。
むしろ、保険事業で集まった資金を別の事業に流用し、積極的に利益を拡大することを考えていきませんと、いつかは行き詰まると思います」
「だよな」
予想通りの返答に、ハザマも頷いた。
「それで、別の事業の方は……どうなってんの? 今」
今度は、タマルに対して問いかけてみる。
「順調といえば順調……では、あるんですが」
タマルは、微妙な表情になった。
「各種商品の製造と販売、ならびに流通については、非常に順調です。
なにかを製造する端から、それこそ、当初は動きが鈍かったチェスや将棋でさえ、今では飛ぶように売れています。
ただ、そちらで出た利益を新領地の整備費が食いつぶしている状況です。
新領地の規模から考えても、この状況はあと数年は続くものと予想されます」
稼ぎよりも建設費などの支出が上回っている、というわけだった。
「でも、おれたちが賃金を支払えば、その金はぐるっと巡っていくわけだから、新領地周辺の景気はよくなるはずだろう」
公共投資が景気をよくするカンフル剤になり得る、ということは、ハザマの世界では常識だった。
「そういった金を目当てに集まってくる商人も増えるんじゃないか?」
そうした商人たちが地元に落としていく金も、馬鹿にはならないはずだ……と、ハザマは考える。
それ以上に、新領地に定着する者が増えれば、それだけ周辺が賑やかになる。
「そういう側面も、別に否定はしません。
ですが……だからといって、新領地そのものの収支状況が好転するわけでもありません」
タマルは断言した。
「税という形で領民から金銭を受け取らない、という前提がある以上、それ以外の収入源を確保しなければどうにもなりませんよ」
こと、経済面に関しては、このタマルは、悲観的……というよりは、かなり現実的なのである。
「……ということで、新領地での土木事業を一時的に停止、ないしは、大幅な規模縮小することを提案したいです」
タマルは、そのように続ける。
「土木事業……のうち、道路の整備については、あまり、縮小や停止はやりたくないなあ」
ハザマは、ぼやいた。
「道が整備されれば、それだけ人や者の出入りも激しくなる。
そこからまた新しいなにかが生まれるし、金も落ちてくる。
ただ……建設事業については、優先順位をもっとはっきりさせて、一カ所に集中的に人を投下するのはいいのかもしれない。
たとえば……そうさな。
居留地に隣接する地域の建物を真っ先に整備して、そこいらの一帯からあがりが出るようにする、とか。
宿屋や銭湯、その他、商人や人夫むけの娯楽施設などを真っ先に作っておけば、周囲にまだはなにもない状態だから、金を吸いあげるためには都合がいいと思う。
なんだったら、一度簡易な施設を短時間で一通り作っておいて、あとでしっかりとした施設に作り直してもいい」
「それくらいの工夫は、むしろ当然でしょうね」
タマルは、頷く。
「長旅の末、ようやくたどり着いた目的地なのに、ゆっくりと休んだり遊んだりする施設がまるでないというのも寂しいものですし」
「あの……そういった相談は、機会を改めてもいいのではないですか?」
ハルマクが冷静に指摘した。
「今は、まず王国側との交渉の場につく際に、気にとめておくべきことを点検しておくことを優先すべきかと」
「……そうだったな」
ハザマは頷く。
「とにかく、新領地の財政は、しばらくは赤字であるということでいいのかな?」
そういって、ハザマは改めてタマルに確認をした。
「赤字です」
タマルは、大きく頷く。
「今度、収支状況が劇的に改善でもされない限りは」
「新領地を整備するための赤字だから、それはそれでいい」
ハザマは、そう断言する。
まるで意味がない赤字ではないのだ。
それに……。
「こういう状況だから、王国側に差し出す上納金もいくらか負けてください……って、交渉はできないもんなのかな?」
と、ハザマはハルマクに訊ねてみる。
「交渉を持ちかけることは可能ですし、そういった前例がまったくないわけでもありません」
ハルマクは慎重な口振りで答えた。
「しかし、そういう要求をしますと、新領地の財政を厳しく監視するための人員が、王国側から派遣されてくることになります。
場合によっては、新領地の治世に大きく干渉をしてくる可能性もあります」
ハルマクの返答を聞き、「そんなところだろうな」と、ハザマも納得をする。
王国側も、こちらのいうことを鵜呑みにするほどには甘くはないだろう。
「それでは、財政については素直に現状を報告するだけに止めておこう。
こちらから王国に要求することは、今の時点ではやめておく」
ハザマは、そう結論した。
それから周囲を見渡しても、その結論に異議を出す様子はなかったので、次の話題に移ることにした。
「財政問題は、以上だが……それよりも、さ。
今の時点で、なんとしてでも王国側に認めさせたいのは……」
ハザマは、のんびりとした口調で続けた。
「……新領地の、自治独立権、だな。
オルダルトさんによると、かなりの自由度が認められているらしいけど。
これが最初だし、この機会に、改めて確認しておいた方がいいと思う」
新領地から王国に差し出す上納金などは、別にいい。
こういういい方をするとタマルあたりは確実に嫌がるのだろうが、所詮、金は金だ。出ていく分、別口で稼ぐようにすればいいだけのことだ。
王国からは領地の安堵と爵位を貰っている立場なので、その見返りとしてくれてやるのもやぶさかではない。
あくまで、支払いきれないような、極端な高額でもない限り、ではあるが。
しかし、自治の権利は……どうしったって、譲れないのだった。
「この王国における貴族の領地とは、独立国なのですか?
それとも、完全に王国の下につく属国という扱いなのですか?」
ハザマは、ハルマクに確認してみる。
この場にオルダルトが居たとしたら、オルダルトに訊ねてみただろう。
「それは……領地によって事情が異なる、としかいえませんな」
ハルマクは、ゆっくりとした口調で答えた。
「過去において、王国の軍勢により完全に占拠された土地を与えられた貴族の場合は、こういってはなんですが、王国の属国扱いとなります。
これとは別に、元から統治していた土地について、王国側との交渉の末、ほぼ対等の立場で安堵を保証されている場合もあります。この場合、細かい法律なども王国法とは違った、古くからある独自のものを使っている場合が多いです」
一般的に、前者が小貴族、後者が大貴族の中に多い、とハルマクは続けた。
「新領地の場合は、後者よりも前者に近いわけか……」
ハザマは、唸るようにいった。
「とはいっても、ハザマ様は何度も領主となることを辞退していますし、なにより、今回の下賜は王国側の都合によるところが大きい。
ですから、一概に新領地の立場が弱いともいえないかと……」
中央委員のアリョーシャによって洞窟衆が、部族民であると宣言されることがなかったとしたら、今回の人事はあり得なかったはずだ……という意味である。
洞窟衆が完全に部族民連合側につくことを忌避した王国側が慌てて用意した、報償、兼、楔。
それが、今回の下賜の本質だった。
「多少は、強気に出てもいいってことかな?」
ハザマは、ハルマクに確認してみる。
「むしろ、弱気な態度でいくとどこまでもつけ込まれます」
ハルマクは、澄ました顔でそう答える。
「それに、ハザマ様がいやいや貴族であることはすでに周知の事実。
この風評を利用して、どこまで勝手が通るのか試してみてもいいのではないでしょうか?」
「それは……」
ハザマは、少し考える。
「……だだをこねてもいいってことかな?
こっちの要求を通してくれないと、称号も領地もいらないって放り出しちゃうよ、とかいって……」
「どんな要求でも通るとは思いませんが……すでに、ハザマ様はそうした真似をやりかねないお人柄だという評価が定まっているはずです」
ハルマクは、慇懃に答えた。
「王国側も、そのつもりで準備を整えていることでしょう。
そうした準備が整っていなかったとしたら……」
それは、王国側が甘いのです……と、ハルマクは断言した。
そうこうしているうちに、王国の対洞窟衆班からの使者がハザマたちを迎えにやってきた。
まだ馬車が使える時間帯だということで、馬車二台による迎えであった。
「なあ、大将」
その馬車に乗り込もうとするハザマにむかって、ヴァンクレスが声をかける。
「おれもいっしょにいかなけりゃ、駄目か?
さっきのやりとりも、まるでわけがわからなかったんだが……」
「ついて来たくなけりゃ、ここで時間を潰してろ」
ハザマは即答する。
「お前が必要なのは、もっと改まった席での、見栄えがする飾りとしてだ。
まあ、留守中は、散髪だのなんだの身支度でもしっかりやっておけ」
王国側の官吏を相手にするのに、このデカいのを連れて行っても文字通り、無用の長物、邪魔になるだけだろう……と、即座にハザマは判断した。
「それじゃあ、おれはここで留守番しているわ」
ヴァンクレスは、ありありと安堵の表情を見せる。
「商会の人たちにあまり迷惑をかけるなよ」
と、ハザマはいい添えておく。
ハザマたちは車中の人となり、王都の中心部へと運ばれていく。
車窓から光景をみて、ハザマは、ハザマ商会の支店があった場所がかなりの郊外に位置すること知った。
支店の周辺だけがやけに賑わっていて、少し離れるとすぐに閑静な、あまり人通りのない場所に入ってしまう。
馬車がハザマの体感で二十分ほど走り続けると、またようやく、少しは賑やかな場所に差し掛かった。
道にも馬車の数が増え、道ばたではなんらかの荷を降ろしたり乗せたりしている。
見たところ、この周辺は商店が多い地区のようだった。
それから、馬車はまた少し雰囲気が違った地域に差し掛かった。
馬車は少なくなり、人通りは増え、道行く人々の服装もなにか全般にぱりっとしている。
そして、歩く人々は、ほとんど全員、どうやら特定の地点を目指しているらしかった。
「官庁街に出勤していく者たちですな」
ハルマルが、説明をしてくれる。
「王宮の周辺でもこの界隈には、各省庁の建物が集中しております」
「省庁の建物というのは、王宮の外にあるものなのですか?」
ハザマは疑問を口にしてみた。
「本庁の機能は王宮内にあることが多いのですが、警備上の都合もあり、大半の官吏は王宮外の建物で仕事をしております。
建国当時は、王宮内ですべての仕事を片づけていた時期もあったということですが、当時と今とでは王国の規模もまるで違っておりますから……」
そんなもんか、と、ハザマは思った。
これら、官吏と呼ばれる人たちの仕事の内容や量などが具体的に想像できなかったので、特に感慨はわかない。
その官庁街に入ってからいくらもしないうちに、馬車が止まった。
ハザマたちが馬車から降りる間に、厳めしい制服を着て穂先にカバーをつけた長槍を持った男たちがわらわらと近づいてきた。
「洞窟衆のハザマ様の一行ですね?」
その男たちのうちの一人が、ハザマに声をかける。
「国土省付き武官のナガサマといいます。
ハザマ様を案内をするように申しつけられております」
「あ、そう」
ハザマは、気の抜けた返答をする。
「まあ、お願いします」
その返答を待つまでもなく、制服に身を包んだ男たちは、ハザマたちを取り囲んでいた。
おれたちを護衛するというよりは、おれたちが誰かに危害を加えるのを防いでいるみたいだな……と、ハザマは思った。
王国上層部の思惑はともかく、官僚組織の末端の方では、洞窟衆なんて得体の知れない集団を信用しきっていないのかも知れない。
用心深いこって、と、ハザマは思った。
しかし、別に悪い気はしない。
慎重すぎるとは思うが……これから対面する相手の中に、上からの指示に対して盲目的に従うばかりではなく、誰かしら自分の判断で動く者が居るということを意味するからだ。
「国土省内でも武装は禁じられております」
ハザマがそんなことを考えている間に、ナガサマという武官は言葉を継いだ。
「失礼ながら、皆様の腰の物も、一時お預かりしなければなりません」
「あ、そう」
ハザマは鷹揚に頷いて、腰に差していた剣と腿のホルスターに差していたトンファーを武官たちに差し出した。
ハザマから差し出されたトンファーを受け取った武官が、大きくよろめいてトンファーを取り落としそうになった。
無理もない。
剣はともかく、トンファーは二本で十キロ前後の重量を持っているのだ。ハザマ自身が軽々と扱っていたから、それだけの重量があるものとは思わなかったのだろう。
ハザマがそうするのを確認してから、リンザも自分の剣を預ける。
『いいんですよね』
リンザが、通信で確認してくる。
『こんなところで抵抗する方が問題あるだろう』
ハザマは、のんびりとした態度で答えた。
『ここで何らかの不祥事が起こったとしたら、その責任は王国側が追うことになるんだから』
滅多なことになるわけがない、というのが、ハザマの判断だった。
武官たちに取り囲まれながら、ハザマたちは国土省の建物へと進む。
その建物の入り口で、オルダルト・クロオルデルがハザマたちを待っていた。
「会談の場所こそ国土省の建物をお借りするわけですが……」
合流早々、挨拶もそこそこにオルダルトが説明を開始する。
「……すでに十名以上、各省庁の上級官吏が集まっております」




