騒動の終焉
『つまり、この事件が解決するのも、もう時間の問題ということですな』
そういったのは国務省の役人だったか、それとも魔法省の役人だったか。
「そうです」
アズラウスト公子は答える。
「幸いなことに、最悪の事態は回避することができました。
犠牲は少なくなかったのですが……」
アズラウスト公子は、今、王都の役人と通信術式を介して臨時会議を行っている。
もちろん、より詳細な報告書はあとで提出するわけだが、リアルタイムで情報のやりとりを行える通信網が整備されたことで、アズラウスト公子のような立場の者にとっては、こうしてこまめな報告をする煩雑な仕事などがかえって増えてしまった。
今回の件では王都をはじめとしてあちこちに救援を要請していたので、事態の進展を報告したり救援をよこしてくれたことの礼を述べたり……といった瑣事に、アズラウスト公子は煩わされることになった。
煩雑ではあるが、立場的にも今後のためにも疎かにするわけにもいかず、どちらかといえば現場指向のあるアズラウスト公子は精神的な苦痛を感じている。
今回の現場である召喚獣への対処は、今報告した通り、
「完全解決ももはや時間の問題」
というところまで、どうにかこぎつけることできた。
ブラズニア家の幕僚たちは、今、救援のために王国中から来てくれた人たちへをもてなすための準備に大わらわになっている。
ブラズニア家の要請に応じてきてくれた人たちに対して、
「もう用済みになったから、すみやかにお帰りください」
などということは、大貴族の体面を考慮すると到底できないのであった。
具体的にいうと、それなりの戦勝会を設けて歓待する形を整える必要がある。
幸いなことに、食料や酒などの搬入については、ハザマ商会の者たちがこの件がはじまった時点から準備を整えてこちらに必要な荷を運んでくれているという。
無論、あとで相応の対価を支払う必要があるわけだが、今回はそれに甘えるしかないだろう。
そうした姿を公然と晒すことでブラズニア家と洞窟衆の関係が良好であることを対外的にアピールできるということもあるので、アズラウスト公子としては特に異論はなかった。
ただ……。
「雑事が、多すぎるな」
と、アズラウスト公子は思う。
妹のメキャムリム姫のいい草ではないが、「いくさは、本番よりも準備と後始末の方が大変」なのだった。
『……それはいいとして、その召喚獣を放った者たちのことは……』
「こちらで得た捕虜、ならびに証拠になりうる物はすべて中央の官吏の方に引き渡すつもりです」
アズラウスト公子は淡々と伝える。
冗談ではない。
場合によっては国際的な規模になる陰謀……を、企てるような輩の相手など、頼まれたってしたくはない。
「そういう案件への対処については、王宮の方々の方がより適切に対処できると思います。
われらのような一地方領には、手が余ります」
ここで毅然として一線を引いておかなければ、これからどんな無理難題を押しつけられるのかわかったものではないのだ。
基本的に魔法の研究さえできれば満足できるアズラウスト公子は、普段からできるだけ政治向きの仕事を増やしたくはないと思っていた。
こうした、王国中央と地方領との確執……もっとぶっちゃけていえば、仕事の押しつけ合いは、多少の差こそあるものの、ブラズニア家だけではなく地方領全体が抱えている問題だ。
これをいかにスマートに回避するか、というのも、領主の才覚に含まれている。
『そうはいうがな、アズラウスト公子』
王都の役人が、諭すような口調で伝えてくる。
『今回の対処は、実に鮮やかなものだった。
その手腕をもっと別の方面に生かすべきだとは思わんかね?』
「今回の件がうまくいったように見えるのでしたら、まず第一にそれは、召喚魔法の発動を早期に発見できたことに起因します。
召喚獣による被害が広がる前に処置を開始できたこと、それに、今回の召喚獣の性質や召喚術式について、早めに把握できたこと。
この二点のみが、これまでの召喚獣関連の案件との大きな違いになります」
即座に、アズラウスト公子は応じた。
「そのふたつの条件さえ整っていれば、別に小官でなくとも今回と同等かそれ以上の成果をあげることが可能だったと愚考します」
これは、アズラウスト公子の本音でもあるので、すらすらと口にすることができた。
別にアズラウスト公子が指揮官として優れていたからではない……というのが、アズラウスト公子の自己評価である。
立場上、それなりの教育は受けていて一通りのことはこなせるつもりだが、それでも自分の将官としての資質は、せいぜい常人並み止まりであろう。
『そのふたつの条件だけでは、いささか厳しいのではないか?』
そう疑問をぶつけてきたのは、国防総省の役人の声だ。
『それにしては、あまりにもすべてが円滑にいきすぎている。
こういってはなんだが、今回集められてきたのは指揮系統すら定かではない、それどころはその多くは軍務経験もない、急増の烏合の衆だ。
それを率いてこれほど短時間で事態を納められたというのは……』
「ああ、それは……」
アズラウスト公子は、薄く笑った。
「……おそらくは、通信術式の成果でしょうね。
おそらく今回の件は、通信術式を大々的に使用した軍事行動の最初の例として、後世に語り継がれることでしょう。
そのことについてもあとで詳しく報告書にしたため、提出する予定です」
実のところ、報告する必要があるのは通信術式だけに限ったことではないのだが……。
どうにか、日が暮れる前に片がつきそうだった。
「……腹が減ったなあ」
と、ハザマは呟く。
思い返せば、朝方に救援を要請され、この場に来てからずっと飲まず食わずで働いてきている。
事態は、速やかに終息しつつある。
召喚獣の数は減る一方であり、対する人間側は、疲労はするものの、人数自体はほとんど減っていない。
今では、ほとんどの召喚獣が始末され、あるいは脚部を破壊されて始末されるのを待っているような状態だった。
魔法使いの多くは魔力を使い果たしてその場にへたり込んでおり、兵士たちがまだ息がある召喚獣を求めて動き回っていた。
リンザやトエス、イリーナたち洞窟衆の者たちも、その中に混ざっている。
水妖使いたちは、今ではザーベルタイガーの姿で三頭揃って元気よくあちこちに駆け回っていた。無論、無秩序に遊んでいるわけではなく、通信による誘導に従って出張っては召喚獣にとどめを刺しているのである。
そういうハザマ自身も、同じように駆けずり回っているわけだが。
『炊き出しの準備はしているのですが、川を渡らないと駄目なようです』
スセリセスが、通信で伝えてくれる。
先ほどのハザマの呟きを拾って、それに応じてくれたようだ。
『大事を取って、中洲へは渡らず、本陣近くに竈を作ったようで……』
「別に、いいけど……」
と、ハザマは呟く。
「……あのクソ硬いパンだけでもいいから、こっちに寄越してくれねーかなー……」
そんなやりとりからいくらもしないうちに、ハザマをはじめとする洞窟衆ゆかりの者たちは司令部から呼び戻された。
そもそもの発端となった中洲の包囲作戦に参加していた四公爵家の手勢とあわせて、洞窟衆はかなり初期からこの件に関わっており、あとから召集された者たちよりも先に休息を必要とすると判断されたようだった。
加えて、ハザマやその四公爵家の者たちが抜けてももはや大事には至らないだろう、という判断もあったのだろう。
召喚獣は、もはや、息がある者を探すのが困難なほどに数を減じていた。
かといって、艦船の数が限られているため、中洲にいる人員すべてをすぐに岸に運ぶこともできなかった。
だから、早くからこの戦いに参加した者たちを優先的に……ということらしかった。
騎兵を別にして、ハザマたち洞窟衆は一度揚陸船に乗り込んでから、グフナラマス公家の旗艦に迎え入れられた。
揚陸船や小舟で直接岸へつけるよりは、こうした大型艦船に人数を集めて一気に運んだ方が、効率がいいらしい。
その揚陸船に乗り込むためには浅瀬に下半身をつけて歩く必要があったが、ハザマたちは特に不平をいうこともなく、黙々と誘導に従った。
ハザマたちにしてみればこの程度のことはさほど負担でもなかったし、それに、終息しつつあるとはいってもまだ戦時なのである。
騎兵については、馬を大型艦船に乗せる手間が省けるので、揚陸船でそのまま直接に岸につけるようだ。
「よう来たな。
今回の立役者!」
そうしてグフナラマス公家の船に乗り込むと、ムッペルエンデ・グフナラマス卿みずから、ハザマたち洞窟衆を出迎えてくれた。
このムッペルエンデ卿とは、以前にも召喚獣に襲われていたワデルスラス公家の船上で顔を合わせているのだが、あのときはなにかと慌ただしく、落ち着いて語り合う余裕もなかった。
「いえいえ」
ハザマは、そのように応じた。
「そんな、立役者だなんて。
おれたちは、指令部のいう通りに走り回っていただけでして……」
結構、本音に近かった。
「なにをいっておるのか!」
ムッペルエンデ卿はそういって、ハザマの背中を叩いた。
「おぬしらがもたらしたしたあの通信術式。
あれがなかったら、一体どんなことになっていたか。
今回の件でも、あと数日は引きずっていたに違いない」
「……そんなに違うもんなんですか?」
ハザマは、聞き返す。
そういわれても、まるでピンと来なかった。
「違うもなにも……」
ムッペルエンデ卿は大仰な動作でゆっくりと首を振った。
「……戦場では、速やかに指令が伝わることなどまずない。それが、これまでの常識だった。
しかし、あの通信はなあ。
指令部と前線との直通、それどころか、前線同士で戦況を伝えあうことも可能。
こんな便利なものがなければ、今回の件もこれほどたやすくは解決しなかったであろう」
今回、あとから駆けつけた者たちの多くは、軍人でもなんでもない素人の魔法使いだという。
仮に軍務経験があったとしても、ともに実戦を潜ってきたとか何度も演習を繰り返してきた部隊でもなければ、円滑な連携は不可能だ。
それが、今回では、その寄せ集めの素人集団が指令する通りに動いてくれ、速やかに召喚獣を一掃した。
これは、かなり画期的なことなのである。
……などの説明を、ムッペルエンデ卿はしてくれる。
「ハザマ殿は、異邦人とかいったか。
とにかく、なかなか役に立ってくれそうなご仁だ」
そういって、ムッペルエンデ卿は笑い声をあげた。
「これからも、末永く、仲良くつき合って貰いたいものだな。
それに、ハザマ商会とわが沿海州はまんざら縁がないわけでもない」
「ああ、聞いています。
なんでも、海外からの荷を中継してるとか……」
「そう、それよ!
そちらの商会のおかげでうちの港に着く船便も増えた。
それに、ブラズニアに続いて通信網の拡充もやって貰っている。
うちの領地は商人が多くてな。
その通信網の拡充も急いでくれとの声が多く……」
などということをはなしているうちに、船は本陣がある岸に到着する。
「今回の件については、深く感謝いたします」
本陣に到着すると、アズラウスト・ブラズニア公子が直々に出迎えてくれた。
「おかげで、大事に至らずに済みました」
「いえいえ」
ハザマは、冷静に応じた。
「その分、あとで相応の対価をいただくことになっていますから。
それよりも……いいんですか?
司令官が抜け出したりしてきて?」
「……いいんですよ。
ちょっとくらい」
そういうアズラウスト公子の目の下には、色濃い隈が出ていた。
「まだまだ軍功の整理とか中央との駆け引きとか、山ほど仕事は残っているんですが……。
とりあえず、どうにか難関は越えることができました。
あとはうちの部下たちに頑張って貰います」
そういう声には、隠しようがない疲労の色が滲んでいる。
「あ……ああ」
気圧された気がして、ハザマは半歩ばかり後退した。
「それよりも、みなさんには酒と料理を用意しています。
戦場ゆえ、あまり手の込んだ饗応はできかねますが、心ゆくまで休んでいってください」
ブラズニア家の者たちに案内され、料理と酒が用意されているという場所まで歩いていくと、王国洞窟衆対策班のオルダルト・クロオルデルが待ちかまえていた。
「お勤め、ご苦労様でございます」
ハザマの顔を見ると、オルダルトはそういって頭をさげた。
「いえいえ。
これも仕事のうちですから」
ハザマは、そういなした。
「それよりも、ずっとここで待っていたんですか?」
「それも仕事うちですから」
先ほどのハザマのいい様を、オルダルトは真似た。
「交戦中の通信を、一通り、聞かせて頂きました。職務上、知っておいた方がいいですし、それに上にも報告書を提出することになります。
あと……」
……このあとにはじめるであろう戦勝会には、王国貴族の人たちも大勢、集まってくると思います。
そのことについても、今のうちに覚悟を決めておいてください。
と、オルダルトはハザマに告げた。
「……本来なら、もう少しあとになるはずでしたが、少し前倒しになってしまいましたね」
どうやら、ハザマは今夜、王国社交界にデビューすることになるらしかった。




