標的指示の魔法
ファンタルは強弓を引く。
引くのに二十人分の力、あるいはそれ以上の力が要るともいわれている、特製の強弓だった。
ハザマと関わる以前のファンタルだったら、このような筋力を頼りにする武器を扱うことはできなかっただろうが、今では楽に扱うことができた。
強弓を引きながら、ファンタルは早口にいくつかの呪文を詠唱する。
風を操り、矢を誘導し勢いをますための魔法と、矢頭にかける付与魔法、数秒後に発動する攻撃魔法など。
ファンタルが弦を持った手を放すと、矢は吸い込まれるように先頭にいた召喚獣の脚部へとむかい、命中した。
矢は表面で弾かれることはなく、外殻を破砕して、召喚獣の脚部に深々と突き刺さる。
そこで、矢にかけていた時限発動型の魔法が発動。召喚獣の脚を凍結していった。
召喚獣はいきなり「凍りついた脚」という負荷を抱えることになり、目に見えて動きが鈍くなる。
無理もない。
召喚獣はもともと、陸上での活動に適応しはじめたばかりであり、加えて、分厚い外殻を形成したため、ただでさえ鈍重であったところに脚の一本が不動になったのだ。
ファンタルは、同じような矢による攻撃を、同じ召喚獣の別の脚部に行う。
すると、その召喚獣の全身は完全に止まった。
なんとか体勢を立て直そうとしているのか、身を震わせてはいるのだが……凍りついた二本の脚部をどう扱うべきか、判断が尽きかねているようで、素早い変形ができないようだった。
『脚部への攻撃は有効』
ファンタルは強弓を引き、次の狙いを定めながら、味方に通信で伝えた。
『脚を何本が潰すと、やつらはしばらく身動きが取れなくなる。
そのあとに、ゆっくり料理しろ』
今、陸上で活動している召喚獣は、図体こそ大きくなったもののあまり強敵とはいえなかった。
体重に見合った筋力を得ていないというか、全般的に動きが鈍い。
それに、上方からの魔法攻撃に耐性を持つことと、前進すること、この二つの機能にのみ体を特化させていたので、それ以外の方法で自分たちにむかってくる外敵に対応する方法を持ってはいなかったのだ。
王国軍の兵士たちは、一体の召喚獣につき、数名から十数名が取りついて思い思いの方法で対処している。
ハザマがやったように、まず最初に邪魔な外殻を割ってから、内部の肉体に攻撃を加える者。
ファンタルがやったように、脚部を攻撃して身動きを封じてから、ゆっくりと解体処理をはじめる者。
それに、そんなまどろっこしい真似をせずとも、召喚獣の内部を瞬時に破壊することが可能な者もいた。
こちらには、水妖使いのうち二人が派遣されていた。
この二人の水妖使いは、サーベルタイガーに姿を変え、縦横に周囲を駆けめぐりつつ、召喚獣の内部を存分に引っ掻き回した。
分厚い外殻で守られた、柔らかい内部をそのままミキサーにかけられるようなものだ。
水妖使いたちが通ったあとには、重たい体を動かすために形成された体組織はずたずたに切り裂かれ、外殻の間接部から体液を放出しながら、一体、また一体と動きを止めて倒れていく。
「……しかしまあ、次から次へとあがってくるなあ」
しばらく暴れてから、足を止めてハザマは周囲を見渡した。
相変わらず、水際で間引きを行っているブラズニア家の魔法兵たち。
その間隙を抜けて来た召喚獣に取りついている混成編成の兵士たち。
いずれも、それなりに成果をあげているのだが……彼らが始末する数よりも、召喚獣の全体数の方が多い。
かなりの数の召喚獣が二重の防衛線を逃げ延びて、さらに内陸部へとむかっていく。
この分だと、三番目に用意した騎兵を中心に編成した機動部隊でも、すべての召喚獣は始末しきれないのではないだろうか……と、ハザマは思った。
「……という状況なのですけど」
ハザマは通信で、司令部のアズラウスト・ブラズニア公子に現状の報告をした。
一応、この現場の指揮を任された者としては、それくらいの仕事をしておかなければならない……という義務感があった。
『結構な戦果です』
アズラウスト公子は、若干疲れを感じさせるものの、それでも落ち着いた声で応答してきた。
『みなさん、予想以上の働きをしてくれていますよ。
討ち漏らした召喚獣に関しては、あまり心配する必要はありません。
こちらでも次の手を手配しておりますので……。
それに関連したことなのですが……』
騎兵たちには、召喚獣をあまり深追いはせず、討ち漏らしたものについてはそのまま無視するように徹底させてくれ、と、アズラウスト公子はハザマに指示を送る。
「……そりゃあ!」
ヴァンクレスが駆け抜けざまに大槌を振りおろすと、召喚獣の外殻はあっさりと砕け散った。
ヴァンクレス自身の力もあるが、大槌に何重かの付与魔法がかけられているために、実際の破壊力もかなり増幅されている。
外殻だけではなく、召喚獣の肉体も焼き、引きちぎり、かなりの損傷を与えていた。
ヴァンクレスのうしろに乗っていたスセリセスも、外殻が割れるときにタイミングを合わせて呪文を詠唱し、露出した召喚獣の肉体に対して魔法による高熱を与えている。
すれ違いざまの一瞬のことではあったが、外殻に守られていない部分にいきなり高熱源をたたき込まれた召喚獣の肉体はそのまま炭化し、それだけではなく、余熱は内部から召喚獣の肉体を侵していく。
外からの攻撃に耐えるために形成した外殻がここでは仇となり、内部の熱が外に逃げることなく、召喚獣の肉体を蒸し焼きにしていく。
ヴァンクレスの馬とすれ違った召喚獣は、例外なく黒煙を吐いてその場に足を止めていた。
「……ヴァンクレスさん!」
スセリセスは叫んだ。
「指令です。
召喚獣を深追いはするな。
この近辺で始末できるもののみを相手して、それ以上の内陸部にはいかないようにと!」
「そうか!」
ヴァンクレスは、深く考えずにスセリセスが口にした指令を受け止めた。
「どのみち、こんなに次から次へと来るようじゃあ、どこかに穴は開くがな!」
これでヴァンクレスは、目前の状況に関してはシビアな判断力を備えている。
召喚獣の全体数に対して、自分たちの戦力が圧倒的に不足していることは、肌で実感していた。
ネレンティアス・シャルファ フィアナ皇女の乗騎、一角獣の長大な角が、召喚獣の分厚い外殻を貫通した。
ネレンティアス皇女はハルバートを用いてさらに打撃を加え、外殻を粉砕。
召喚獣の防備に大きな穴を開ける。
一角獣が素早く後退して召喚獣の体から角を引き抜くと、入れ替わりにネレンティアス皇女に従っていた一騎が近寄って、至近距離からその穴にめがけて高熱を発する攻撃魔法を叩き込んだ。
その召喚獣は、そのままところどころから黒煙を吐いて動かなくなる。
ヴァンクレスたちの戦いぶりを観戦し、それを真似た戦法だった。
「使えるではないか」
次の召喚獣へとむかいながら、ネレンティアス皇女が呟く。
仮にヴァンクレスたちのやり様を見ていなかったとしても、思いつけたとは思う。
それくらい、単純な戦法ではあったのだが。
「こうした、強固な外殻を持った生物に対しては、有効だ」
というのが、ネレンティアス皇女の印象だった。
前線でもかなり奮戦しているようではあるが、なんといっても召喚獣の数が多い。
一体でも多くの召喚獣を始末していく……となると、やはり、一体を始末する時間をどこまで短縮できるかという点が問題になってくる。
ネレンティアス皇女は、自分以外に五騎の兵力をこの場に投入していたのだが、それらは二騎一組になって同じ様な戦法を用いて、それぞれ別個の召喚獣を相手にしていた。
今のところ、召喚獣がこの戦法に対応して来る様子はなく、それなりの戦果をあげている。
なぜか、召喚獣たちは……さらに自分の体を作りかえて反撃を試みる、ということはなかった。
賊の術式を解析した誘導の魔法が、それだけ強力な拘束力を持っているということなのか。
とにかく、召喚獣たちは、まっしぐらに中洲のある一点を目指して前進することしか考えてはいないようだ。
「上々」
ハメラダス・ドタメス師は遠眼鏡を覗きこんで、そう呟いた。
「まだかなり残っているようであるが、こちらで始末をしきれないほどの数でもない」
そして、隊列を組んでいる魔法使いたちにむき直り、
「これより、最後の対召喚獣対策を行う!」
と叫んだ。
「なに、落ち着いて対処すればなんの危険もない。
今度は、これまでのただひたすら魔力を消耗するだけの方法よりはよっぽど楽な戦い方ができるから、気楽に構えておけ。
それでは、各位班に別れ、所定の位置につけ」
彼ら、王国中から召集された魔法使いたちは、これまでにも「強制的に転移可能な召喚獣を一カ所に集めて始末をする」という作業を経験している。
そちらの作業も引き続き、行われてはいるのだが、強制転移が可能な召喚獣の残りも少なくなったようで、以前のような人数も必要ではなくなっていた。
それで、余剰の人員を割いて、誘導によって上陸してくる召喚獣の残りを掃討するための仕事に割り振ることになった。
ハザマたちが奮戦してくれたおかげで、ここまでやってくる召喚獣の数はかなり目減りしている。
今、草原を進んでくる召喚獣のずんぐりとした巨体は、せいぜい五十といったところか。
まだまだ後続が来るというから、最終的には数百から数千のオーダーになるのであろうが、それも一度に襲って来るのでなければ、なんの脅威にもならなかった。
魔法使いたちは、数名づつの班に分かれ、適度に距離をあけて草原の中に散る。
「……有効射程内まで十分に引きつけ、一体一体確実に仕留めていけ」
通信と音声とで、ハメラダス師は魔法使いたちに通達した。
「無駄な魔力は、極力使うな」
これまでだって、魔法使いたちはかなりの魔力を消耗している。
休み休み、ようやく火弾を作れる……といった態の者がほとんどであった。
それに、今回召集された魔法使いたちは、純粋な研究者や宮仕えしていない市井の魔法使いが多く混ざっている。
攻撃魔法に不慣れな者が多く、先ほどまでのようにただひたすらがむしゃらに火弾を叩き込む……というやり方ではなく、動く相手を狙撃した経験がある者の割合も少ない。
興奮をさせず、冷静に対処させることが必須なのである。
「各班には、最低ひとりの実戦経験者を配置している。
この者らは、常時通信によって指揮者の指示を受けている」
ハメラダス師は、冷静に続けた。
「従って、この班長の指示に従って動いていれば、まず間違いがない。
班長たちは、照明魔法を応用した術式によって、標的とする召喚獣を示していく。
そいつを順番に倒していけばいいだけのことだ。
難しく考えるな。
光条で指した標的に火弾を当てる。
ただそれだけのことを続けるだけだ。
しかも、こちらの人数はこれから増えていく予定だし、召喚獣の数は減る一方だ。
いいか。
こいつはもう、終わりかけている事件だ。だいたいの趨勢は、すでに決している。
われらは、最後の一押しをするだけ。
慌てず騒がず、冷静に対処せよ」
草原をこちらにむかってくる、召喚獣。
それなりの速度であるのかも知れないが、まだ距離が開いているので相手の移動速度は実感できない。
その召喚獣の体に、一筋の光条が突き刺さる。
あれか。
と、呪文を詠唱中の魔法使いは、一歩前に出て、火弾の魔法を解き放った。
解き放った火弾は、まっしぐらに召喚獣に飛んでいき、脚部の根本あたりに突き刺さった。
外殻を割り、内部の奥深くにまで到達したようだ。
その召喚獣は、火弾が命中した穴から、それに、外殻の間接部から、煙を噴きあげて動きを止める。
成功した!
と、その魔法使いは思う。
そして、別の魔法使いに場所を譲り、自分は後方にさがった。
余計な魔力の消耗を押さえるためにも、火弾の連発は禁じられている。
数名でこうして入れ替わりながら、一発一発の攻撃魔法を大事に放っていくことで、命中率をあげているようだ。
仮に自分が失敗したとしても、あとで他の誰かが対処してくれる、という安心感は、意外に大きかった。
「……使えるではないか」
草原全体の戦況を観察して、ハメラダス師はそう結論を下す。
「この、照明魔法を応用して、標的を指示するという方法は、今回の前線から提案されたものだな?」
後半は、通信を使用して、司令部のアズラウスト公子への問いかけであった。
『洞窟衆のハザマ殿の発案だと聞いております』
アズラウスト公子は簡潔に答えた。
「なに、あの男か」
ハメラダス師は、軽く驚いたようだった。
「あの男、魔法の素養はないはずだったが」
『その代わり、異邦人ですよ』
アズラウスト公子は指摘した。
「ふむ。
そうであったな」
ハメラダス師は、アズラウスト公子の言葉に頷いた。
「そういえばときおり、妙な知恵働きをするやつでもあった」




