掃討の作戦
王宮内、ゼレタウリス・メレディラス王子の執務室内でのことである。
「それで、例の件の進捗状況は?」
王子は訊ねた。
「そろそろ、大詰めのようですな」
ガイゼリウス卿はたった今、文官から手渡された書類に視線を走らせながら答える。
「なぜかハメラダス師があの場に居あわせて、召喚獣駆除のため、魔法使いたちの指揮を執っておるようです」
「……ハメラダス師、ですか?」
王子は怪訝な表情になる。
「かつては魔法省にその人ありといわれた方ですが……かなり前に第一線から退いたと訊いています。
まだご健在だったのですか」
ゼレタリウス王子の認識によれば、どんなに偉大な業績を残そうとも、ハメラダス師は「過去の人」という印象が強かった。
「あの方が自分から出張るのは、確かに珍しいのですが……」
ガイゼリウス卿も難しい顔になった。
「……今回は、特に興味を持てる要素があったのでしょう。
なにしろ、好奇心だけは人一倍強い御仁ですからな」
通信回線の敷設が整ってきたので、地域によってはほぼ時差がない連絡が可能となっている。
特に王宮内には、専門の通信所まで設けられて各地の情報をいち早く捕捉することが可能になっていた。
あくまで、「回線が敷設された範囲内で」という条件がついていたが、ゲイバルズ川をはじめとしたブラズニア領内は比較的早い時期から回線の敷設を行っていたので、今回の件でもかなり詳しい情報が即時に届けられている。
「……国内各地から急遽、医師団が組織され派遣されたりといった動きがあるようですが、いずれにせよ、今回の召喚獣による被害はこれ以上、広がらないものとみております」
「定着しそうにないのかね? 今回は」
「はっ。
幸いなことに」
ガイゼリウス卿は頭を垂れた。
「ハメラダス師が召喚時に使用された魔法陣の術式を読み解き、くだんの召喚獣に共通する要素を見抜きました。
土着の生物とは違い、別の天地に由来する血肉を持っているそうで、それを選別して強制的に一カ所に集め、一気に焼き殺す準備を行っているということでございます」
「まずは、大事になる前に済みそうでよかった……とでも、いうべきかな」
「被害はそれなりにありましたがな。
特にワデルスラス公家は今回動員した十二隻のうち、二隻が大破、四隻が中破、人員に対する被害も集計が間に合わないので詳細はわかりかねますが、とくにかく、かなりのものと聞いております」
「穿った見方をすれば、ワデルスラス公家に被害を集中させて、周囲の疑念をいくらかでも逸らそうとした……という解釈も成立しますねえ」
ゼレタウリス王子はいう。
「あちらに潜ませている影にも、もう少し気張るように伝えておきましょう」
「それはそれでよろしいのですが……」
「なにか、懸念がありますか?」
「ブラズニアのアズラウスト公子によりますと、これほど大規模な仕掛けを国内で行うとなると、ワデルスラス以外にも手引きをした勢力があるのではないかと……」
「それは、当然の疑念ですね」
王子はうっすらと笑った。
「この王国も、一枚板ではない。
だが、そちらの心配をするのはわれら王宮の者たちの仕事。
彼らにはまず、目前の仕事を最後まで完遂して貰いましょうか」
あれからハザマたちは、水妖使いたちをともなって水上を駆けめぐり、召喚獣に襲われた艦船を救助し続けた。
なにせ召喚獣は、いつ、どこに現れるのかわからない。
だいたいはワデルスラス家の大きな船が集中して狙われるようだったが、一、二度、中洲の近辺で捕虜を搬送中のグフナラマス公家の兵士たちが襲われる事例もあった。
そのときは慌ててそちらまで移動し、召喚獣の駆除に加勢をした。
水妖使いがいなかったらこれほどの機動力は持てなかっただろうな、とハザマは思ったが、いずれにせよかなり忙しない時間を過ごすことになった。
そうしてハザマたちが右往左往している間に、中洲と司令部では着々ともっと根本的な対策の準備を進めている。
中洲に残された魔法陣などの解析を行い、今回の召喚獣がどのような時空から喚び出されたのかを特定することができた。
これが特定できると、くだんの召喚獣も、転移魔法で一カ所に集めることが可能となる。
時間が経ちすぎると、召喚獣もこちらの時空に馴染みすぎて判別することが難しくなっていくのだが、今ならまだ、集めることが可能だった。
あとは、集めた召喚獣を圧倒するだけの火力を準備するだけのことである。
「……と、簡単にいわれましてもねえ」
ハメラダス師からその作戦を提言されたアズラウスト公子は、かなり渋い顔になった。
「理論上は可能であっても、それだけの戦力をここに集めることは……」
当然のことながら、容易なことではなかった。
「つべこべ言わずに、王宮にでも他の公爵にでも連絡を取って、準備を進めるべきだな」
ハメラダス師は、平然といい放った。
「さもなくば、このゲイバルズ川流域は今後しばらく化け物の巣と化すぞ」
「わかっていますよ」
アズラウスト公子はため息をついて幕僚たちに合図をし、王宮と各地の領主に協力の要請を行う。
今回のことはアズラウウスト公子の責任ではなく、それどころかアズラウスト公子も被害を受けた側なのだが……少なくはない負担を強要される側にしてみれば、要請をしてきたアズラウスト公子にいい印象を持たなくなる。
国内の魔法使いほぼ全員に動員をかけ、一カ所に集める……というのは、それほどの大事なのであった。
通信、あるいは伝令によって協力の要請が各地に走ってからいくらもしないうちに、中洲に続々と王国中の魔法使いたちが転移してきた。
多くは領主に仕える身分の者たちであったが、若干、市井の魔法使いも混ざっている。
いずれも、それなりに熟練した術者ばかりだった。
「よく集まったな、皆の衆」
千人以上の魔法使いの中にあって、ハメラダス師は大声を張りあげる。
「知っている者も多いだろうが、わしはハメラダス・ドダメスという老骨だ。
今回の件では、魔法使いの頭を勤めさせて貰う」
それからハメラダス師は、転移魔法についての詳細な情報、作戦の手順や人員の振り分けなどについて、手際よく説明をしてゆく。
「……ま、いってしまえば、召喚獣を転移魔法で集めて焼き尽くす。
それだけの仕事だ。
ただ、相手の数が不明なので、人数は必要となる。
どうかこの場だけでも、この老骨に力を貸してくれ」
ハメラダス師はそう締めくくった。
ブラズニア、グラゴラウス両家の兵士たちは、中洲に油壺を運び込んでいた。
油は、周辺の村々から急遽集めてきたものだ。
なにぶん急なことだったので、十分な数を調達できなかったが、それでも召喚獣を集める地点に置いておけば、召喚獣を焼く際にはいくらかでも役に立つはずであった。
「……ふぅ」
ハザマたちが中洲に小舟をつけたのは、正午をいくらかまわった時刻になってからだった。
岸辺は、多数の兵士たちが行き来して、かなり混雑している。
誰もが仕事を抱え、慌ただしい様子だった。
「これから、掃討作戦ねえ」
周囲を見渡したハザマが、呟く。
魔法兵に案内をされ、水妖使いをつれたハザマは中洲の内陸部を歩いていく。
しばらく歩くと、かなり古びた小屋に行き着いた。
「ここが、敵が最後まで籠もっていた場所になります。
地下室もあり、見た目よりも中は広いようです」
魔法兵が説明をしてくれる。
「今回は、ここを目印にして召喚獣を集めることにしました。
ハザマさんたちには、四方に散っていざというときに備え、召喚獣が逃げないように足止めをして貰いたいと思います」
「それが、司令部からの指示ですか?」
ハザマは聞き返す。
「そう解釈していただいて構いません」
その魔法兵は即答した。
ハザマとて、その配置に不満があるわけではなく、一応確認しておいただけのことだった。
ハザマや水妖使いたちの能力を考慮すれば、それなりに合理的な配置でもある。
「いいでしょう。
その待機場所に案内をしてください」
ハザマはそういって、水妖使いたちにも、
「いうことを聞くように」
といい含めた。
「よう、大将」
しばらくすると、ヴァンクレスとファンタルが近寄ってきた。
ファンタルはいつも通り涼しい顔をしていたが、ヴァンクレスの方は全身汗と埃にまみれている。
「おう」
ハザマは片手をあげて応じた。
「いよいよ大詰めらしいな」
ファンタルはハザマにいった。
「なかなかいい手際だ。
普通、召喚獣への対処はもっと苦慮するものなのだがな」
「……で、しょうねえ」
水上で目撃した召喚獣についてのあれこれを思い返して、ハザマもファンタルの意見に同意する。
「魔法がなかったら、あんなのに対抗できるわけがない」
「その魔法によって、こちらに召喚されたのだがな。
あれも」
ファンタルは澄ました顔でいい添えた。
「いずれにせよ、おそらくはこれであの召喚獣は終わりであろう」
「一部でも取り逃すということはありえませんか?」
ハザマは疑問を口にした。
「あれ、肉片でも逃せばすぐに増殖するような気がしますが……」
「この国の魔法使いがかなり自信を持っているようだからな。
まず、間違いはないだろう」
ファンタルは説明をしてくれる。
「魔法使いは、高位な者になるほど不確実なことはいわなくなる」
その魔法使いが保証しているのだから、まず問題はあるまい……ということらしかった。
「では、ここに集めて燃やして、それで終わりですか」
ハザマは頷いた。
「おれたちもそれで解放されるといいんだがなあ……」
朝方から今まで、かなり長時間にわたって拘束されている。
それも、急な呼び出しを受けてのことだった。
ハザマとしては、そろそろ解放して欲しいと思っている。
「今回は、いいように使われた感じだからなあ」
と、ハザマはぼやいた。
「ブラズニアの公子も、今回は余裕がなかったのであろう」
ファンタルはそういって肩をすくめた。
「今回の件を引き起こした者たちの詮議はこれからになるし、そちらの方でも忙しくなるかと思われるが……」
「そういうのは、おれたちにはあまり関係のないことですし……」
ハザマはいい放つ。
「……そういうのは、領主様なり王国の上層部なりの問題でしょう」
「……おぬしは、これからその領主様になるのではないか?」
ファンタルは、少し呆れた様子でそう指摘する。
「そういえば、そうでしたっけね」
ハザマは欠伸をしながら答えた。
「正直、今でもあんまり実感がないんですが」
しばらくして、召喚獣の掃討作戦が実行に移された。
小屋の周辺に召喚獣が片っ端から転移魔法で運ばれ、魔法や火矢によって攻撃をされていく。
召喚獣は火の勢いを見ながら小刻みに転移され、焼却が済んだのを確認してから次の召喚獣が魔法によって運ばれてくる。
王国各地から集まってきた魔法使いたちは、度重なる転移魔法の使用によって次々に魔力切れを起こして倒れていった。
それでも、少し休憩してからまた転移魔法を使用する。
兵士たちも、入れ替わり立ち替わりで油壺を運んだり火矢を射かけたり、と、かなり忙しく働いている。
指揮に沿って整然と動いてはいるのだが、戦場でのよう混乱がないだけに、この作戦の非現実的な側面が強調されているような……とか、そばで見物をしていたハザマは思った。
なにしろ、召喚獣が相手だもんなあ。
と、ハザマは感心してもいる。
あんな非常識な相手に対して、とっさに有効な作戦を立案して実行に移せるというのは、それなりに凄いことなのではないのか。
この前の山岳民との紛争の際もそうであったが、今回も洞窟衆は王国の下部組織として働く結果となった。
非常時であるし、やらせる側であった王国側もやる側であった洞窟衆側にも他に選択の余地がなかったわけで、そのこと自体の是非を問うのも意味がない。
だけど、このままこの先もいいように使われるだけ……というのは、面白くはないよなあ。
とか、ハザマは思いはじめている。
王国内部のこともまだまだ知る必要があるわけだが、それ以外の周辺諸国の情勢についても知る必要があるだろうし……とにかく、ハザマはまだまだこの世界のことを知らなすぎる。
とりあえずは……。
赤々と燃えあがる炎、ハザマと同じく、別の世界からやってきたとかいう召喚獣を焼き払う炎を見ながら、ハザマはそんなことを思っていた。
とりあえずは、しばらくは新興領主と洞窟衆の首領を兼任しながら情報を収集し、将来的になにをするべきかじっくりと考えることにしよう。
その前に、もっと目先で処理しなければならない案件も山積みになっていることだし……。




