王国側の人事
ハザマたちが金策やらその対策やら準備やらであちこち駆け回っていた頃、国境に居あわせた王国側の要人たちもそれなりに慌ただしく過ごしていた。
数日に渡って行われていた昼餐会、すなわち、部族民連合との会談もいよいよ大詰め。
この日のうちにめぼしい議題についてはほぼ両者の合意に達することができ、あとは明日に終戦の調印を残すだけとなっている。
「……中央委員のアリョーシャ様はなかなか手強い交渉相手でしたが……」
バグラニス・グラウデウス公子は、使節団の面々を見渡してそういった。
「……それも、明日までということになります。
このままなにもなく事態が推移すれば、この使節団も明日で無事に役目を終えて解散する……予定です」
マヌダルク・ニョルトト姫、ヒアナラウス・クラゴラウス公子、それに、中央から派遣されてきた文官たちが一斉に拍手をした。
多少の計算違いはあったものの、今回の会談ではおおむね王国側にとって都合のよい結果に終わりそうだから、使節団の面々にしても満足がいく結果だった。
「……部族連合との協議についてはこれで一段落という事になりますが、この土地については、引き続き、注視していく必要があります。
部族民たちと国境を接しているという事実は以前と変わらず、これからはそれ以外にも諸外国による居留地の建築、新たに下賜される予定の新領地など、王国にとって目を離せない要素がいくつかあるからです」
バグラニウス公子はそう続けて一旦言葉を切り、使節団の面々を見渡した。
「……この中の何名かはこの土地に残って貰うことになります。
とはいえ、転移魔法の使い手は十分に残していきますし、近く王都と直結する通信術式による通信網も利用できることなるそうですから、そんなに不安になる要素もないと思いますが……」
「つまり、わたくしが引き続き、各国の大使様方の相手を努めるわけですね」
マヌダルグ姫はバグラニウス公子の言葉を引き取る。
「正式な人事の通達は明日以降に来るのでしょうが、今のところ、そうなる予定になっています」
バグラニウス公子はマヌダルグ姫の言葉に頷いた。
これまで、居留地関係でこの地に訪れた各国要人の相手はこのマヌダルグ姫が中心となって行われていた。
ここで別の誰かに引き継ぐよりは、このまま続投していった方が各種交渉もなにかと円滑となる。
また、マヌダルグ姫は年齢に似合わぬ聡明さを王国中央部でも高く評価されていた。
位の高い貴族が幼少時から一種の英才教育を施されることは珍しくないのだが、実際に才能が開花する例はやはり少なく、このマヌダルグ姫は貴重な成功例といえる。
「今、聞いている限りでは、マヌダルグ姫と、その補佐としてヒアナラウス公子の二名に残って貰う予定になっています」
ヒアナラウス公子ついては、マヌダルグ姫ほどの華々しい評判が知られているわけではなかった。
いや、それでもこの年齢でこうした交渉の現場に臨めるわけだから、王国中央にもそれなりに才覚を評価されてはいるのであろうが……実際には、これといった実績や逸話を持っているわけではない。
マヌダルグ姫の補佐というよりは、大貴族の名望が必要なときの予備人員であり、また、将来に備えて現場の空気に慣れさせるための人事と思われた。
平たくいってしまえば、一種の実習生扱いである。
「おそらく、これからこの土地で行われるであろう出来事は、王国の歴史においてもまず前例がない。
マヌダルグ姫もヒアナラウス公子も、ここではかなり貴重な経験を積むことができるはずです。
他の官吏の方々と協力して、これからも王国のために尽力してくださることを望みます」
バグラニウス公子は、そう締めくくった。
使節団との打ち合わせが閉会すると、バグラニウス公子は身支度を整え、数名の供を連れて天幕の外に出た。
もちろん、私用の散策などではなく、公用である。
バグラニウス公子の一行は少し歩き、ブラズニア公の陣屋を訪れた。
前もって使者を遣って来意を告げていたので、案内を乞うとすぐに内部に通される。
中では、ブラズニア公、アズラウスト公子、メキャムリム姫のブラズニア家の三名が待っていた。
「王国中央からの辞令を持参してきました」
定例的な挨拶を済ませると、バグラニウス公子はさっそく要件を切り出す。
「メッキャムリム・ブラズニア姫におかれましては、こたびのいくさにおける働きを王国中央では特に評価し、今後とも王国のために尽力してくださることを期待します。
つきましては、引き続きこの地におきまして、居留地関係の物資移送作業の監督を続けていただきたく思います」
そういって、バグラニウス公子は部下から封書を受け取り、うやうやしい態度でメキャムリム姫に手渡した。
「お役目、謹んでお引き受けいたします」
メキャムリム姫の方も、かしこまった態度でその封書を受け取っている。
もちろん、この人事はバグラニウス公子の意志などではなく、あくまで王国中央で決議したことであった。
バグラニウス公子は、あくまで王国中央の意志を伝えるため、一種の名代としてここに来ている。
メキャムリム姫が引き取った封書を侍女に手渡すと、バグラニウス公子とメキャムリム姫は、どちらかということもなく軽くため息をついた。
「……いや、こういう芝居がかった真似は、どうも肩か凝るものですね」
「同感ですわ」
バグラニウス公子とメキャムリム姫は、そんな軽口をたたき合った。
「だけど、権威を保つためにはこういう儀式も必要ですしね」
「バグラニウス様。
お茶をどうぞ」
メキャムリム姫の侍女が、バグラニウス公子とともの者たちに無駄のない挙動でお茶を配っていく。
「ありがとう」
バグラニウス公子は侍女に礼をいったあと、
「でも、まだこれから寄っていかなければならないところがあるから、あんまりゆっくりとしてもいられないんだ」
と告げた。
「なんだ。
今日くらいはゆっくりできると思ったのに」
アズラウスト公子はバグラニウス公子へ気安い様子ではなしかける。
「ハメラダス師から教えてもらったチェスというゲームがあって、これがなかなか奥が深い。
王都に帰る前におぼえていけよ」
「ああ、チェスか。
やったことはないけど、聞いてはいる」
バグラニウス公子は頷いた。
「なかなか複雑そうなゲームらしいね」
そのチェスは、ハメラダス師があちこちで布教しまくっているおかげか、ここ数日で貴族たちを中心にかなり浸透してきている。
愛好者、というほどではないにせよ、ルールをおぼえた者が他の者を引き込んで、という感じでじわじわと競技人口を増やしていた。
「おおかた、ハメラダス師に勝てなかったから、初心者をいじって憂さ晴らしをしようって魂胆だろう?」
「そ、そんなことはないぞ」
「お兄様ったら、ハメラダス師どころかわたくしやリレイアにも勝ったことがありませんの」
ついさっきまでとはかわり、談笑モードになっていた。
バグラニウス公子とアズラウスト公子。
この二人は、身分や年齢、立場的にも近いものがあり、ただ性格だけがかなり異なっていた。
ほぼ公務だけにしか関心を持たない堅物のバグラニウス公子と、家業や公務そっちのけで自分の関心が赴くままに魔法を研究し続けるアズラウスト公子。
指向するところがまるで異なっているのがかえって幸いしたのか、初対面の頃からなにかと馬が合い、かなり親しいつき合いをしている。
「このあとに控えている用事というのは……」
雑談が一区切り着いたところで、ブラズニア公がバグラニウス公子に訊ねた。
「……やはり、アルマヌニア公のところの?」
この時期に、バグラニウス公子がみずから足を運ばなくてはならない用事……となると、その数はおのずから限定されてくる。
類推するのはたやすかった。
「ええ。お察しの通り」
バグラニウス公子は表情を引き締めて、答える。
「ブラズニア家にも浅からぬ縁があることですが、数日後に控えたブシャラヒム卿の国葬などについて、いくつか伝達事項がありまして……」
「ザメラシュの吶喊」のとき、ベレンティア公とともに戦死したブシャラヒム・アルマヌニアは目の前に居るメキャムリム姫の婚約者だった男である。
流石にそんな話題は、軽口混じりにいうべきではなかった。
「やはり、そうですか」
ブラズニア公は沈んだ顔になった。
「彼もだが、ベレンティア公もこんなところで戦死すべき人間ではなかった」
……それは、戦場で命を散らせた人間はすべてに当てはまるのではないのか……。
と、バグラニウス公子の脳裏に不謹慎な考えがよぎる。
「まことに、痛ましいことです」
だが、もっともらしい顔をして、口に出してはそういった。
「このいくさが終わったら、婚儀が控えていたと聞いております。
メキャムリム様もさぞお気を落としでしょう」
「ここだけのはなしですが、実のところ、そんなこともないんですけどね」
メキャムリム姫の方は、父親のブラズニア公とは違ってかなりあっけらかんとしたものだった。
「もともと、家格が釣り合うっていうだけで決められた縁組みでしたし、実際にブシャラヒム様とお会いしたのも数えるほど。
最初から最後まで実感が湧かなかったというのが、本音になります」
「お前はそうかも知れないが……」
ブラズニア公は涙声になっている。
「……アルマヌニア公はすっかりお気を落としで、このまま現役を退いて公爵号を長男に譲るという噂も出ているほどだ」
総司令部の三公爵のうち、ひとりは戦死、ひとりはこのまま引退……ということになれば、ブラズニア公にしてもそれなりに思うところはあるのだろう。
取りあえず、こうしてブラズニア公が気弱になったのが、いくさの趨勢が決したあとでよかった……と、バグラニウス公子は人知れず内心で安堵した。
「いっそのこと、わたしも家督をこのアズラウストに譲って公務から退こうかと……」
「お父上、それは困ります!」
アズラウスト公子は即座に、ブラズニア公に異議を唱えた。
「今、お父上が引退してしまったら、せっかく面白く仕上がってきた魔法兵をこれからうまく活用できなくなってしまうではありませんか!」
自分が欲するところについてはとっても素直なアズラウスト公子だった。
「……アズラウスト。
お前というやつは……」
ブラズニア公の声が、これまでとは別の意味で震える。
「魔法兵などという道楽に、いったいどれほどの金をつぎ込めば気が済むのか!」
「道楽とは心外でございます、お父上!」
アズラウスト公子はここでは退かなかった。
「魔法兵の有用性は今回のいくさにおいても十分に証明されたはずでございます!」
「戦果に比べてかかる費用が大きすぎるというのだ!
それに、公爵として領地を経営する仕事と魔法兵の養育を比較しようという発想そのものが貴族として相応しくない!」
「そうはおっしゃいますが、お父上!
無辜の領民をいたずらに大量死させる戦法がいつまでも幅を利かせている現状の方がよほど不経済というものです!
生きていればこそ、明日の、未来の糧となることができる。
死んでしまった領民はもはやなにも生み出さないのです!
それにそもそも領民を守ることこそが、領主としての本懐というものではないのでしょか?
守るべき領民を大きく損なう従来のいくさの仕方は、このアズラウスト、道義的にも経済的にもとうてい首肯できません!」
ブラズニア公とアズラウスト公子の口論が激しくなったあたりで、バグラニウス公子は、
「そろそろ、時間が押しておりますので……」
と中座することを告げ、そそくさとブラズニア家の陣屋を離れた。
ブラズニア公とアズラウスト公子は口論を一旦休止してバグラニウス公子に別れを告げ、メキャムリム姫とその侍女とが天幕の外まで見送ってくれた。
「もしよろしければ、お帰りに寄ってくださいませんか」
別れ際に、メキャムリム姫はそういってくれた。
「兄もまだはなし足りないでしょうし、その時間に合わせてアイスクリームも作っておきますから」
「むこうでどれほど足止めされるのか読めませんので、確約はできませんが……」
バグラニウス公子はそういいかけ、
「……ちょっと待ってください。
今、アイスクリームといいましたか?」
と、慌てた様子で問い返す。
「ええ。
職務上、洞窟衆の皆様とは親しくさせていただいているので、製造器を安くお借りすることができたんですよ」
「そうですか」
バグラニウス公子は大きく頷いた。
「それでは、なるべく早く用件を片づけて再訪させていただきます」
バグラニウス公子は甘党だった。




