銭湯の構想
『……どさぐさ紛れに、帝国から機械関係の専門家まで招聘しようとしていると聞いたんですけど』
少しすると、通信でタマルが確認してきた。
「どさぐさ紛れとはひどいな」
ハザマは真剣な声を作って答える。
「ちゃんと計算した上で、だ。
発生するギャラ以上の儲けはきちんと出すつもりだから、心配すんな」
『それ、本当でしょうね?
いつもみたいに根拠のないはったりじゃないですよね?』
「おれがいつ、根拠のないはったりをいったよ」
ハザマは軽く顔をしかめる。
「なんだかんだで、それなりに結果を出して来ただろう?
今までだって」
『とにかく、赤字にならないっていう確信があるんなら、それでいいです』
タマルは意外にも聞き分けがよかった。
『今はハザマさんを責めている時間も惜しいですし』
現在、タマルは各種商取引と契約関係の監査役として多忙を極めている。
ハザマの言動に言葉だけで釘を刺す、以上の身動きもできかねるような境遇にあった。
『そろそろハザマさんにも専属の会計係をつけておくべきかもしれませんね。
暴走を抑えるために』
「怖いことをいうなよ」
ハザマは鼻に皺を寄せる。
「これ以上おつきを増やしたら、いい見せ物だ」
『とはいえ、リンザとクリフくんでは今いち抑止力としての効果が望めないようですし……』
ハザマに対して物怖じすることなく直言し、必要があれば多少強引な真似をしてでも暴走を阻止するような不屈の精神を持った人材……が、タマルにしてみればそろそろ欲しいところであった。
「抑止力って、お前……」
こいつはおれをなんだと思っているのだろうか、と、ハザマは思った。
『結構、本気でいっているですけどね。これでも』
タマルは素っ気ない口調でそう述べた。
『そうですね。
やはり、性根が据わっている子を適当に見繕って、ハザマさんの監査役につけることにしましょう』
そして、一方的に通信を遮断する。
「大丈夫なんですか? 今の……」
タマルとのやり取りに聞き耳を立てていたクリフが、ハザマに声をかけた。
「大丈夫、大丈夫」
ハザマは軽い口調で応じた。
「あいつはあいつで、立場ってやつがあるから強硬な態度を取るしかないんだよ。
おれがあいつの反対を押し切って、強引に機械の専門家を呼んだ……って事実が残れば、仮に失敗したとしてもいいわけがたつだろう?
おれもあいつも、本気で失敗したときのことを心配しているわけではなく、万が一のときのことを考えて、対外的ないいわけを用意しているだけだから」
財政的に厳しくなっている昨今、ハザマも以前よりも気軽に思いつきを実行に移せないようになっている。
そのためのポーズだと、ハザマはクリフに説明した。
「ポーズ、ですか」
「タマルだって、今の状況でおれのわがままを無条件に認めるわけにはいかんだろう。
洞窟衆の財布を預かっている身としては」
ましてや、成功するのかどうかかなり疑わしい案件に対しては。
「タマルにはタマルの役割があり、おれにはおれの役割があるっていうこった」
「は……はあ」
ハザマはそう結論を告げ、クリフは要領を得ない顔をしながらも、とりあえず頷いておく。
「ものはいいようですね」
とは、リンザの感想だった。
「要するに、これからも今まで通りわがままを続けるっていうことじゃないですか」
「おれがそれをやらなけりゃあ、洞窟衆だっていずれは行き詰まっちまうからなあ」
ハザマは呑気な声を出した。
「わがままを通すのが、今のおれの仕事だ」
「やっぱり、物はいいようですね」
リンザの意見は変わらなかった。
「……こっちもいい具合に切り開かれているなあ」
周辺を見渡して、ハザマはそう口に出した。
ハザマたちは、今度はまた新領地に戻って居た。
部族民たちの野営地、つまり、近い将来に近隣各国の居留地になると予定された土地に隣接した森の、そこの切り開かれた地域に彼らは立っている。
「ここいらは坂があんまり急でもないんで、うまく整地をすればかなり広い宅地になります」
そう説明してくれたのは、案内としてハザマたちにつけられた洞窟衆の娘だった。
こうしている今も、あちこちで木の伐採や整地の作業が行われている。
伐採した木から枝や樹皮を取る者、落とした枝を集めて作業に邪魔にならない場所まで運ぶ者などが忙しく働いている。
ちなみに落とした枝は一カ所に集められて、その葉を目当てに集められていた山牛や馬などの餌となっていた。
「まあ、ここいらは新領地の顔になるわけだからなあ」
居留地に面したこのあたりは、おそらく一番人の出入りが激しくなると予測されている。
「ここいらには、商会の建物とかホテルが密集していくわけか」
ハザマ商会の建物も、だが、王国内の商会も、居留地に近いこの辺に不動産を求めてくるだろう。
うまく開発できれば、かなり有望な不動産になるはずだった。
「ええ。
それと、医療所からの要請で病院も建てられる予定です」
案内係はそう補足してくれる。
「現場や居留地でもそれなりに怪我人や病人は出てくるでしょうし、医療所に留まって医学を学ぶ部族民も多くなりそうですし……」
「それなりの施設は必要になってくる、か」
ハザマはその言葉のあとを引き取る。
今の時点では用地と道を整備するのが精一杯であるため、その上に建てる建造物などの具体的な構想はなにも検討されていなかった。
だが……。
「まあ、ここいらの建物を真っ先に手を着けていくことになるんだろうなあ」
なんといっても、「居留地に近い」、という立地が魅力なのである。
いいかえれば、「より金を得られやすい不動産である」ということでもあった。
早めに開発資金を回収したい洞窟衆にしてみれば、優先するのは当然の選択となる。
「病院に、それに教育施設なんかも必要となるのかなあ」
いつまでも雨天中止の青空教室では格好が悪いし、それ以前に効率が悪かった。各種講義が行える施設は、やはり欲しい。
医療の知識や技術を求めて一部の部族民たちが洞窟衆を頼ってきているように、教育だってきちんとすれば商品になるのだ。
そうした施設は、もっと不便な森の中とかの立地に建てる方が、かえって閑静な環境でいいかも知れないが。
それに、そうだ。
そうした教育機関を目当てにやってきた連中が寝泊まりする施設も必要となってくるだろう。
その他にも、飲食店なども、当然、必要となってくるだろうし……。
「……ああ。
考えなけりゃあならないことがいっぱいあるなあ」
ハザマはぼやいた。
あとで関係各所から希望を聞き出して、それなりに現実味のある計画にまとめあげる必要があるな、と、ハザマは思った。
いや。
そういう煩雑な作業こそ、他人にやらせるべきか。
「……実質、都市計画みたいなもんだしなあ……」
なんの専門知識ももたない自分のような若造には、どうにも荷が勝ちすぎる。
できるだけこの世界の人間に任せることにしよう、と、ハザマはそう思った。
ハザマ自身の要望もあることはあるのだが、それも「清潔で快適な環境を作りあげる」程度の漠然としたものでしかなく、小規模とはいえ上下水道に当たる設備がなんとか作れそうだとなると他にはあまり希望するところもないのであった。
強いていえば、あとは風呂が欲しいところであったが、それを実現するとなると相応の設備や、燃料、手間なども必要となり、今の時点であえて欲しいと口にしてわざわざ作るべきなのか、少し悩むところだ。
シャワー程度の設備ならさほど手間もかからないのだろうが、暖めたお湯を作るためには大量の水を熱するためのボイラーなども開発せねばならず、当然のことながら大量の水の引き込みや排水のための設備も必要となる。維持費も、それなりに必要となってくるだろう。
様々なことを考えると、この世界で風呂を……と要望することは、かなりハードルが高いのだった。
やるんなら、内風呂なんてちんまりとしたものではなく、もっと大規模な物を作りあげて不特定多数の客から入場料を取る形の、いわゆる銭湯のような形にしないと経済的な意味でもきつい。
「……そうか。
金を取って営業用にすればいいのか」
ハザマはぽつりと呟いた。
金集めの一環だということにすれば、タマルもいやとはいわないだろう。
風呂は、娯楽としては王道というか嫌がる者はあまりいないし、衛生的なことを考えても推奨できるし、現場に出て汚れた人夫や長旅の垢を落としたい旅人たちなど、幅広い層にもアピールすうことができる。
洞窟衆が経営する宿屋に宿泊した人には無料か割引料金で使用できる、とかすれば、そちらの客引きにも利用できる。
「そうだな。うん。
やはり、大浴場は作っておいても損はしないだろう」
ぶつくさとまた、ハザマは独り言をいった。
帝国から建築の専門家とかが来たら、真っ先に相談してみよう、と、ハザマは決意した。
ボイラーは自前で作らないとどうにもならないかもしれないが、水回りは専門家に相談した方がいい。
「……と、いうことを思いついたのだが……」
通信術式を通じてハザマが銭湯の構想を告げると、コキリは、
『またですかあ』
とかなりあきれを含んだ声を出した。
『なんでこう、次から次へとおかしな……ええっと。
今度はその、ボイラーでしたっけ?』
「そう。ボイラー。
要は、大量の水を温めながら循環させる機構だな。
構造的にはさほど複雑でもないと思う。
なんだったら、魔法を使って暖めてもいいだろうし……」
鉄材を溶かすくらいの熱量を魔法で調達できるのであれば、水をお湯にすることも可能なはずだった。量にもよるのであろうが。
『そういうのをやるのでしたら、魔法と薪を使うのの、併用で行くべきだと思います』
コキリはそう意見を述べた。
『これからあちこちの工事が本格化すれば、廃材もそれなりに出てくるでしょうし』
「そうか。
廃材の処理にも使えるというわけか」
ハザマは頷いた。
「ゴミにしかならないものを有効活用できるんなら、それはそれでいいことだな」
『魔法を使える人の人件費も節約できますし、残った灰は肥料に使えます。
ただ、それだけ大量の水を調達したりどこかに捨てたりするには、相応の設備が必要になってくると思いますが……』
「給水は、ポンプとか風車や水車でなんとかする。万が一、それが間に合わなかったとしてもうちには水妖使いが三人もいるからどうにでもなる」
ハザマは一息に説明する。
「排水に関しては、川に流し込む水路をきちんと整備しておけば特に問題はないだろう。
なによりこいつは、身近な娯楽施設として恒常的な収入を見込むことができる」
『入場料の設定は、建築費や維持費を計算してみてから設定した方がよさそうですけど……』
「そういう計算をやっておいてくれ。
本格的に検討するのは、帝国から専門家が到着してからのことになると思うけど……」
今の時点では、ハザマの構想を伝えて主に心理的な準備をしてくれるだけで十分なのであった。
「……一カ所やってみていけそうだといいうことになったら、離れた場所にいくつか作るつもりだから、そのつもりで」
『タマルさんを納得させるだけの資料を作るように、ということですよね、それ』
「そういうこと。
まあ、大丈夫だろう。
おれの国ではかなり歴史のある施設だったし。こちらでも受けないわけがない」
そんなことを通信で打ち合わせながら、ハザマは新領地をどのような場所にしたいのか、これまで漠然としていた方向性が頭の中で次第に明確になっていくのを感じていた。
清潔で、快適で、安全な場所に。
その上、食事がうまければ、文句はない。
外からやってきた人々が、口を揃えて「ここはいいところだ」といい、帰るのを渋るような、あるいは、再訪したくなるような場所にすればいい。
そのためには……。
「おれはどんどんわがままをいって、それを実現するように努めればいいわけだな」
と、口に出してそういった。




