新領地の礎
土木や建築関係は必須なわけだが、それ以外にもやはり、機械関係の専門家を早めに引き込んでおきたいよなあ、とハザマは思う。
それだけの専門家を常勤にすると人件費もそれだけ嵩むわけで、タマルはまた文句をいうのだろうが、ここは多少、強引になっても雇っておくべきか。
なぜならば、通商網が整備されたとしても魅力的な商品が提供できなければそれだけ利が薄くなるからだ。製造業は利益率的にみればたいして旨味がある商売ではないのだが、そのかわり的確にニーズを把握して容易に他では真似できない商品を投入していけば、恒常的な利益を見込むことができる。
土木や建築などは初期投資の段階を過ぎればたいした人手も必要とせず、従ってその膨大な人手から金を回収するようなビジネスモデルも短命に終わるはずであった。そちらの方ばかりに力を入れすぎても、将来的な見通しは暗いのだった。
そうした思考を経て、ハザマは、
「とりあえず、土木と建築、機械関係の専門家を何名かづつ紹介してください」
とオーダーした。
「経済関係はいいのですか?」
対面した女性は確認してくる。
「いずれ必要になるかも知れませんが、今の段階では時期尚早かと思います」
ハザマはそういって頷いてみせる。
「それにぶっちゃけ、そんなに大勢雇えるほど潤沢な資金があるわけでもありませんし」
「人件費の問題なのですか」
その女性は首を傾げた。
「それでは、現場研修も兼ねて、帝国大学の学士たちをこちらに派遣させては貰えませんでしょうか?」
「大学……が、あるのですか? 帝国には」
ハザマは呻くようにいう。
ハザマの世界にだって、何百年もの歴史を持つ大学は存在するのであるが、これまで見聞してきた限りでは、この世界では学問全般が軽視されているように感じていたので、意外といえば意外であった。
「当然、あります。
帝国中から優秀な人材を集めた最高学府です」
そういってその女性は胸を張る。
「おそらく、大陸中を探してもあそこ以上に高いレベルの学識者が集まっている場所はないでしょう」
大陸で一番、ということは、ようするに世界一であることを自負している、ということだった。
なるほど、ネレンティアス皇女の帝国とは、大国であるらしい。
「その最高学府の学生たちを、こちらに派遣してくださると?」
ハザマは確認した。
「昨夜聞きました保険や国債などの制度はあまり前例がなく、研究材料にはうってつけだと思います。学生たちにとっても、そうした制度が形になる現場に居合わせることはいい経験になるでしょう」
その女性は滑らかな口調で一気にそういう。
「その場合、報酬は発生しないのですか?」
ハザマは慎重な口振りで問い返した。
「そうですね。
まるっきりなしでも志望者はそれなりに集まると思うのですが……」
その女性によると、帝国大学の学生はいい家柄の子弟が圧倒的に多く、経済的に困ることはないらしい。
「……それでも食事と宿くらいは提供して頂ければ、人が集めやすいです」
「それくらいないら、全然、問題はありません」
ハザマはこくこくと頷く。
「喜んで提供させていただきます」
使者が転移魔法で帝国に飛んで広報や人集め、交渉、選考などを行い、それなりの人材をここまで運んでくるのに数日の猶予が必要となるといわれ、当然のことながらこの条件にもハザマは頷いた。
実際にこちらで仕事に就くとなればそれなりに長期間、拘束されるわけであり、数日の準備期間くらいは当然必要になってくるだろう。
「それで、あともうひとつ、どうしても欲しい人材が……」
一通り、それらの求人情報についてまとめに入ってから、ハザマは切り出した。
「……こちらで転移魔法を使える人材を養成したいと思っているのですが、その教授役を誰かにお願いできませんかね?」
洞窟衆の行動範囲も広くなる一方だった。通信術式である程度情報交換が可能であるとはいっても、やはり実際に、瞬間的に往き来できる人間は、複数名確保しておきたい。
ハザマが以前から必要性を感じていた部分でもあった。
「転移魔法、ですか?」
その女性は軽くため息をついた。
「あれは、まともに修得しようと思えば数年から十年以上の歳月を必要とするのですが……」
これから育てるよりも、外部から転移魔法の使い手を招いて確保した方が早い、といいたげな口調だった。
「そこをなんとか」
ハザマは食い下がってみた。
「そちらには、複数名の転移魔法の使い手がいらっしゃるとうかがっております。
そのうち一名を、教師役に回してくださると、大変にありがたいのです」
「……その件については、姫様に確認してから返答させてください」
しぶしぶ、といった感じで、その女性は答えた。
「わたしの一存ではなんともいえません」
ハザマとしては駄目で元々、的なところがあったので、そうした反応を引き出せたことだけでも御の字だと思った。
「……あとは……」
ネレンティアス皇女の配下たちが帰ったあと、ハザマはぽつりと呟く。
「……金儲けの算段か」
人件費で散財する以上、タマルを納得させるだけの収入源を新たに立ちあげなければならない。
建築や土木は必要経費として認知されているようだったが、機械関係はまだまだハザマの道楽だと思われている節があった。実際に製品が完成してそれなりの利益をあげるようになればその評価も変わってくるのであろうが、今の時点では無駄遣い扱いなのだった。
「試作班だってちゃんと利益をあげてきているんだから、もう少し遊ばせてくれてもいいようなもんだが……」
いやいや。
新領地の普請に金が掛かりすぎるから、その分、余計な支出に対して過敏になっている部分もあるのだろう。以前は、そのハザマの道楽にもそれなりに寛容だった気がするし……。
「土木はともかく、建築の方は、実際に建物が建ってくれば、不動産収入が発生するはずなんだがなあ……」
問題は、そうした収益が発生するのが、かなり先だということだった。
対山岳地むけの商売だって、山地に入っていた隊商が帰還するのは数ヶ月先なのである。そのかわり、それ以降は定期的に往還するようになり、継続的な商売ができるはずなのだが……。
「長期的な展望はあっても、短期的な支出に見合うだけの収入がない状態だから……」
うまく立ち回らないと、資金繰りが止まってしまう。
結局は、
「なにか新しい収入源を確保しなければならない」
という、最初の命題につきるのであった。
……さて、どうするかな。
と、ハザマは他人事のように考える。
ある程度、まとまった金を集めることができて。
できれば、人手や資金もあまり必要としなくて。
一回限りではなく、何度も繰り返して行える商売……。
「……そんな都合がいいもんがあるかあ!」
口に出して、そういってしまった。
実際、そんな商売があったら、この世は億万長者だらけになるだろう。
ひとりでぶつくさ考えてもろくな結論が出てこないので、ハザマは色々な人に相談してみることにした。
『……久々に通信で呼びかけられたので、なにかと思えば……』
ドン・デラに居るハザマ商会の会長、ゴグスは、ハザマの相談に対してそんな風に応じた。
『そんなことですか?』
「そんなこととはいうけどな」
ハザマは抗弁する。
「結構、深刻な問題だぞ。たぶん」
『いや、それはわかります』
ゴグスは慌てて真剣な口調になった。
『ですけどね。
商売に近道はありません。
商売の女神は、地道に、そしてリスクを恐れずに進む者にしか微笑んでくれません』
楽に稼げる商売はない、というごく当たり前の結論をゴグスは提示してきた。
内心では、ハザマ自身もその結論を全面的に首肯してはいるのである。
しかし……。
「今回に限り、その正論ではやっていけなさそうなんだ」
と、ハザマは告げた。
『領主などにはなるものではありませんね』
ゴグスはそんなことをいった。
『ハザマさんが領主にならなかったら、今回の余計な出費も発生しなかったでしょうに』
「本当になあ」
その言葉に、ハザマも頷く。
「洞窟衆とかハザマ商会の関係者が人質になっているようなもんだから、強気で突っぱねることができなかったよ」
『その辺の事情は理解できますが……ふむ。
そうですね。
それでは……』
それからゴグスは、いくつかの策をハザマに授けてくれた。
「つまり、金はあるところから取るということか?」
『そうです。
貧乏人相手に高級な商品を用意したところで、売れるわけがありません』
「この場合、まとまった金を持った相手となると……」
『おのずから、限られてきますよね』
ゴグスとはなすうちに、ハザマは、なんだかうまくいきそうな気がしてきた。
『少なくとも、大量の国債を売りつけるのにはいい相手かと』
「ああ、そうだな」
ハザマはなにやら、考えに沈みはじめている。
「なにも、タダで資金を提供しろっていうんじゃないし……」
『ところで、あの国債というのはいいですな。
あれは、こちらでもかなり売れそうです。
準備ができたら、こちらにもどんどん回してください』
「おう、タマルにはそう伝えておく」
ゴグスとの通信を切ると、ハザマは政策調査会の天幕へとむかう。
政策調査会、というのは、決死隊の中にいた行政業務経験者を集めて今後の新領地の各種政策について研究させている部署のことを指す。
この時点では実務というよりも、その前の、
「この政策は、本当に実現可能なのか?」
という部分の審議を行っている段階なので、「調査会」と呼ばれていた。
そちらにハザマが顔を出すと、調査会の面々は一斉にハザマの方をむいて注目した。
「ちょっと様子を見に来たんだけど……」
ハザマはあえて呑気な声を出した。
「……どうですか?
こちらの調子は」
「調子もなにも。
最初の混乱からようやく脱却して、ようやく具体的な計算をしはじめたところですよ」
ひとりが調査会の意見を代表して、そんなことをいう。
「国債も保険制度も、計算上は、うまくいくようです。
ただし、このうち国債に関しては、こちら側が将来、期限が来たときに払い戻しをできるだけの経済力を身につけていることが前提になりますが」
その、「新領地の経済力」に関しては、今の時点では不透明な要素が多すぎて計算不能だという。
「……タマルさんからは悲観的な情報しか渡されませんし、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫」
ハザマはあえて明るい声を出す。
「新領地が潰れて困るのは王国なんだから。
王国は、ベレンティア領が果たしてた役割、部族連合との緩衝地帯として新領地をでっちあげたわけでさ」
「そうですね。
その辺の事情は、理解できます」
「だから、王国はその威信にかけても、新領地を潰すことはできない。
逆に栄えすぎても面白く思わないだろうから、生かさす殺さず、適当に、常時疲弊してくることを望んでいると思う」
ハザマはあえて声に出して、明言した。
「今ある砦は、そのまま存続だろうな。
おそらく、そこに駐留する王国軍の維持費まで新領地持ちで……」
「そう……なりますかね?」
「国境の領地に、国軍を常駐させないわけがないだろう?
ましてや、新領地を束ねているのはおれのような得体の知れないやつなわけだし。
無条件で信用するわけがない」
そういってハザマは、肩を竦めた。
「まあ、十中八九、そういう申し出が出てくるだろう。
それで、こっちはそれを断れる立場ではない、と」
「……確かに、王国からそうしたご下知があれば、まず断れないでしょうね」
「おそらく、半永久的なものになる、砦の用地の賃貸代も、相場よりもかなり低く見積もられるんだろうなあ」
「いや、あの……あそこは元々、なにもない森の中でしたから。
相場通りであっても、ろくな金額にはならないかと思います」
「これからは、かなり値上がりすると思うよ?
なにしろ、これから立派な交通の要衝になるわけだから。
ただ、そのためには……」
もっと金を集めなければならない、と、ハザマは伝えた。
「……将来のことは取りあえず保留しておいて、とにかく国債とか保険制度を一刻も早く実現してくだささい」




