ハザマ多忙の理由
森東地域での事業は、少なくとも初期加速の段階は終了していた。
あとは現地に居る人間たちが勝手に進めていき、場合によっては各種のトラブルも発生してそれに対処する必要も出てくるはずだ。
つまりは、これまでの延長線上の仕事ということになる。
と、いうか。
そう、ハザマは考える。
これまでにやって来たことの、拡大再生産版だよなあ、実質。
そちら方面のあれこれについて、ハザマは楽観もしなければ悲観もしていない。
これまでの経験からいっても、予測不能のトラブルは必ずどこかで起こるものであり、洞窟衆としては粛々とそうしたトラブルを潰し続けるしかないのだ。
当面、これ以上に進出する地域を拡張することは急がず、これまでに進出した地域内での意見調整と意思統一、各種事業の拡充を重点を置く予定になっている。
このうちの前者、内部調整と意思統一についていえば、地元の既存勢力はもちろんのこと、それ以外に急激に人員が増えて組織として膨れあがった冒険者ギルドが主導している各事業についても、少し腰を落ち着けて再度内部での意見調整を行う必要を感じていた。
急激に拡大した組織が当初の目的を見失い、あるいはないがしろにして分裂、あるいは迷走をしだすというのはよくあることであり、今、森東地域で稼働している冒険者ギルド主導の各事業がそういう状態になってしまっては目も当てられない。
いや、それ以上に、後始末が大変だった。
そうした暴走を回避するためにも、ここいらで再度内部での意思統一を行い、そうした危機を未然に防ぐ必要がある。
森東地域で稼働している関連事業団体は、慢性人手不足を理由にかなり上位の地位まで現地で採用した人員で占められていた。
それ自体は、構成員を選り好みしない組織として公正性を物語っているわけでなんら問題はない。
しかし、そうして身元をろくに改めずに採用した人間が分離や造反を企てる可能性は、出来る限り低くしておかなければならなかった。
最近では地元の氏族を丸ごと抱えるような事例も増えており、そうした大人数の人間が示し合わして洞窟衆の資材を使用して勝手な思惑で動きはじめる可能性は、常に存在していた。
今のところ、そうした予兆がないのは、現地の人間がまだ変化の早い現在の状況について適応しきっておらず、現状について深く分析なり考察なりを出来るだけの余裕を持つ人間が極端に少ないということと、それに、洞窟衆側が提示し進めているビジョンなり計画なり以上にいい方策を誰も提示出来ていないからだと、ハザマは分析している。
つまり、洞窟衆は今のところ、そこそこ巧くやれているから、ということになる。
不満が多くなれば、自然と分離なり造反なりの動きも出てくるはずであった。
ただ、森東地域の状況も複雑だからなあ。
と、ハザマは考える。
今後、誰がどういう状況に不満を持つものか、容易に予測がつかなかった。
洞窟衆がそこそこ巧くやっている、というのが嘘だとは思わないが、どんな状況、環境下にあろうともそれをよししない人間は出てくるはずであり、そうした不平分子を組織化して反抗を企てる人間が出てくるのも時間の問題だろう。
結局のところ、ハザマにしても自分が完全無欠のユートピアをこの地上に作れるなどとは思っていない。
ハザマに出来るのはせいぜい、妥協に妥協を重ねた折衷案を提示することでしかなく、それに不満を抱く者は絶対にどこかに居るはずなのである。
さらにいえば、そうした予兆を少しでも早く察知し、根本的な不満の原因となる事物を改めていくのが、組織なり体制なりを長持ちさせるための必要条件でもあるのだろう。
そう思うハザマ自身が、
「煩雑で細かいことだ」
と半ば呆れている。
不特定多数の人間が抱く不平不満を事前に察知して対策を講じる。
なんと面倒な仕事であることか。
結局、こうした煩雑さを嫌っていることが、ハザマがハザマ領外部の土地を直接統治下に置くという選択をしない、大きな一因になっていた。
「これ以上、面倒を見なければならない連中を増やしてたまるか」
という、わけであった。
ハザマとしては、自分がわざわざ出張るまでもなく、ほとんどの問題を下部組織の内部で解決可能な組織構造である方が望ましい。
そうである方が、ハザマが楽を出来るからである。
領土拡張路線とか大国化といった方向性は、そうしたハザマ個人のポリシーに反していた。
そのため、よほどの必要性でもない限り、ハザマは採用するつもりがない。
今の時点でも、ハザマが抱える責任と権限は絶大なものであり、おそらく、一個人が抱える権力としては十分に大きすぎる。
ハザマとしては、これ以上に大きな荷物を自分から抱えにいくつもりはなかった。
目下のところ、ハザマは森東地域関連以外にもいくつかの仕事を抱えている。
簡単にいえば、洞窟衆並びにハザマ領の最高責任者としての仕事であり、筋からいえばこちらの方がメインで森東地域関連はサブ、ということにある。
ただ、森東地域関連の一連の仕事に関しては、規模が規模であるから単純に副次的な仕事として扱うには重すぎる、という事実もあったが。
ともかくそのメインの仕事の方も、ハザマ領の完全独立を控えた最近ではなかなか忙しくなってきている。
大小様々な決裁事項が山積みになっているのは前述の通りであったが、それ以外に、一国として体制をデザインするという仕事はそれなりに重い。
ことにハザマは、独立後のハザマ領をかなり風変わりな、少なくともこの世界では前例のない土地にしようとしていた。
というより、洞窟衆という組織の特性を最大限に活かそうとすると、自然とそうなってしまうのだ。
ハザマはハザマ領を国家や領地というよりは、洞窟衆という組織の私有地であると見なしている。
対外勢力との対応もあるので、表面上は独立国家らしい体裁は最低限整えるつもりだったが、実態としてみれば領地は単なる敷地として扱っていた。
その中に在住する人間もハザマに忠誠を尽くして当然の臣民などではなく、その証拠に税という形で金品を徴収していない。
領内に滞在すれば、不動産を利用する際の対価なり保険金なりを収める必要が出てくるのだが、そうした金品はあくまで目的が明示されたサービスと引き換えに支払われることを前提にしており、いわゆる、租税などとは意味合いがかなり違っている。
ハザマたち領主の側は、領内に居る人間にほとんどなにも求めない。
その代わり、領内に在住する人間は、領主の側にも無償でなにかを求める権利を持たない。
そういうドライな、一種のドライに割り切った関係に設定している。
仮に領内の人間が領主になにか求めることがあったら、その時は有償で個別に相談に乗る、という形で、本来、この世界の他の地域ならば主従、あるいは統治という形で提供されるサービスを完全にビジネスライクな文脈に塗り替えていた。
かなりいびつな、少なくともこの世界での一般的な価値観からはかけ離れた政治形態だったが、今のところそれなりに機能している。
少なくとも、破綻する予兆は見えていない。
領内に在住する人間のほとんど、一時的な滞在者を除くほぼ全員が、洞窟衆内部の各部門で働く人間によって構成されている、という特殊な事情も、こうした体制を可能にしている大きな要因になっているはずだ。
ハザマ領とは、現実的に見れば、洞窟衆という組織が私有する敷地である。
そう断言しても、実態からは大きく外れていない。
少なくとも、現状としては、ということだが。
ただそれも。
と、ハザマは考える。
今後は、どうなるかなあ。
王国から完全に独立し、さらにこれからのことを考えると、そうしたこれまでのやり方をそのまま続けることは難しくなっていくはずだった。
国家としての体裁を整えていけば、現状の体制と噛み合わない部分が大きくなると予想された。
さらにいえば、現在造営中のルシアニア周辺は、完成すればかなり巨大な人口を抱える都市部として機能する予定にもなっている。
商用で一時的に滞在する者の他、各種教育機関関連の学生や教師などが数年単位で居住することが想定されており、そうした人々は居住者でありながら洞窟衆の構成員とはいいがたい。
つまり、これまでに想定していなかった領内居住者は今後増えていくはずであり、そうした人種も念頭に置いた上でうまく機能する体制を急ぎ整える必要があった。
こうした問題も、お馴染みの、
「前例がない」
という理由により、ハザマたちが頭を悩ませて、一から構築する必要があった。




