愚挙への対応策
「ゴロジオ王国の国王様がなにやら動き出したようです」
リンザがハザマの前で報告書を読みあげた。
「各部族に声をかけ、その上冒険者ギルドにクエストを依頼して兵を集め出しているとか」
「ああ」
ハザマは軽い口調で返答した。
「やっこさん、そろそろなにかやらかす頃合いじゃないかと思っていたが。
で、あいつは兵を集めて誰に喧嘩を吹っかけようってんだ」
「それがその」
リンザは、一瞬いい淀む。
「どうやら、ジナニア族討伐を旗印にしているようです」
「ジナニア族、ねえ」
ハザマは、呆れたような口調でいい捨てる。
「いや、それ。
どう考えても無理だろ」
ジナニア族は山地から降りて来た部族民、その中でも最大勢力だと目されている。
今では森東地域の住民もかなり合流して、かなりの人数に膨れあがっている、ということだった。
ことだった、というのは、洞窟衆が進出している、森東地域でも西側の地域とそのジナニア族が占拠した地域とは、かなりの距離を隔てているため、正確な情報が伝わっておらず、多分に憶測を含んだ内容になっているからだ。
いずれは、洞窟衆もそのジナニア族と接触し、共存が可能であれば共存を、それが出来なければ雌雄を決する戦いをすることになる。
少なくとも洞窟衆側は和睦両面の可能性を考慮しながら計画を進めている。
ハザマが、
「無理だろう」
と即断したのは、ジナニア族の勢力圏と洞窟衆の活動圏とが遠く離れているから、だった。
あちらの様子が詳細に把握出来ていない、ということに加え、それだけの距離があれば兵站線の確保と構築だけでも大変な労力が必要になる。
洞窟衆がそのジナニア族をはじめとする、山地から降りて来た連中との対決を急がないのは、つまりはその兵站を確保、維持することがとんでもなく難しいからだった。
その他に、洞窟衆が進出することによって森の西側への影響を遮断することに成功した現在、それ以外の地域への干渉は、そこまで性急に行う必要がないという理由もあったが。
いずれにせよ、そのジナニア族との接触は、現在の洞窟衆であっても二の足を踏むほどの大事業、ということになる。
「あの王様に、補給線の確保と維持みたいな、地味で頭を使う仕事がこなせるのか?」
ハザマは、そう呟いた。
「それも、敵か味方かもはっきりしない、森東地域地元民の土地のまっただ中を貫通するような兵站線になるぞ」
輸送計画だけでなく、兵站線に接する土地を治めている、各地の有力者たちにも挨拶をして、兵站線が通るということを了承させなばならない。
それを実行するためには、根気よく相手と交渉し、説得する外交手腕などが必要となる。
輸送計画の立案と実行、ならびに複数の相手との外交的な交渉。
どちらも知的な、精妙な判断力が必要とされる仕事といえる。
そして、ハザマが知る限り、バイラド・ゴロジオという男は、そうした細かい仕事に適性がある人物には、到底思えなかった。
「あの方が、そうした仕事に長けているという情報はありません」
リンザは、真面目な表情を崩さずにそういった。
「どちらかというと、そうした仕事には向いていないと評価されています。
つまり、洞窟衆の内部では、ということですが」
「では、そういう仕事に長けた手下でも最近見つけたとか?」
ハザマは、そう確認する。
「あいつ、確か単身で森東地域に出て来たってことだったろ?」
「そうした情報もありません」
リンザは即答した。
「あくまで、こちらが掴んでいる限りでは、ということですが。
ただ、最近になってゴロジオ国王の周囲に、現地の若者が集まりはじめているとのことです。
ひょっとすると、こちらが掴んでいないだけで、そうして集まってきた人たちの中に、意外な才能の持ち主が居た可能性はあります」
「可能性ということなら、なんとでもいえるんだがな」
ハザマは、白けた口調でそういった。
「ただまあ、現実的に考えると、そこまでご都合主義に行くほど現実は甘くないだろう。
あの男は、なぜだか知らないが不特定多数の人間を煽って動かす才能だけはあるようだ。
今回も、ちょいとした思いつきでやりはじめたことが、たまたまうまくいっているだけだろうよ」
「おそらく、そうだとは思うのですが」
リンザはいった。
「どうします?
止めますか?
このまま放置すれば、あの方に扇動された人たちの未来は、かなり暗いものにしかならないと思いますが」
「でも、それ」
ハザマは、半眼になってそういった。
「やつに煽られている連中も、あくまで自分の意思で動いているわけだからなあ。
今おれたちが布告かなんかを出しても、どこまでまともに受け止めて貰えるものか」
森東地域において、洞窟衆にはほとんどなんの権限もない。
少なくとも地元の住民たちの言動に関して、なんらかの掣肘を加えられるような立場ではないのだ。
出来ることといえば、洞窟衆の支店や冒険者ギルド経由で布告でも出して、そうした無謀な行動は慎むようにと説くくらいしかない。
なんの強制力も持たない単なる言葉で、そこまでやる気になっている連中を引き留められるかどうか。
ハザマにしてみれば、これはかなり怪しく思えた。
バイラド・ゴロジオの煽りに反応するような人種は、その煽りになんらかの快感を得ているから自発的で動いているわけで。
野心や復讐心、あるいは、功名心。
動機は様々なのだろうが、各人それぞれが納得をして集まってきた人間ばかりなはずだ。
そんな連中に対して、水を差すようなことをいっても、どこまでまともに受け止めて貰えるのか。
「やつらの狙いが成功する理由は、ほとんどないからな」
ハザマは、そう続けた。
「放置しておけば、自滅か討ち死にか、どっちにしても悲惨なことにしかならない。
少しでも自分で考える頭があれば、そんなことはわかりそうなもんだが……」
おそらく、バイラド・ゴロジオの扇動にうかうかと乗るような連中は、そこまで賢くはないのだろう。
だが、やつらに判断力が欠けているのは、少なくともハザマたちが責任を負うべきことではない。
「残念だが、おれたち洞窟衆がやつらに、自分から自滅しに行くような連中に出来ることは、ほとんどなにもない」
それが、ハザマの結論だった。
リンザが執務室から出て行ってから、ハザマは考える。
他人の愚行を止めようとするのなら、その他人に対して強制力を持つ立場に立たなければならない。
バイラド・ゴロジオもその扇動に乗る連中も、ベクトルこそ違えど愚かであることには変わらず、その愚行を本気で止めようとするのなら、それこそ独裁者にでもなって万物を支配する、しかない。
そんなのはハザマの性分には合わないし、それ以前に、原理的に不可能でもある。
自分が気に入らない言動をする人間を片っ端から捕らえて、矯正しようと試みる。
そんな社会は、ハザマにいわせればディストピアでしかない。
だからハザマとしては、自分がこの先、どんなに大きな影響力を持つ存在になったとしても、自分が持つ権力をそういう方向性には使わないと、厳に戒めていた。
今回の件も、ハザマの目から見ればバイラド・ゴロジオの試みは無謀以外の何物でもないし、よほどの幸運に恵まれでもしなければ悲惨な末路しか待っていない。
それでも、ハザマはバイラド・ゴロジオとその賛同者の行動を、力尽くで止めるようなことはしたくはなかった。
いや、するべきではないと、そう思っていた。
連中が自分自身の判断によって自発的に動いている以上、ハザマにはそれを制止する資格がない。
今のハザマに出来ることは、そうした連中を止めること、ではなく。
「連中の周囲で、巻き込まれそうな人間を可能な限りフォローすること、だよなあ」
ハザマは、そう呟く。
洞窟衆という組織の性質からいっても、変に抑圧的に振る舞うよりは、そういう役割に徹する方が、よほど向いている。
バイラド・ゴロジオとその支持者たちは、これからまた森東地域に混乱の種を蒔き、戦火を広げる役割を果たす、だろう。
その混乱によって被害を受ける人々に、出来ることはないか。
「その線で、調整してみるか」
ハザマは、誰にともなくそう口に出した。
「とりあえず整地して、そのあとは、人を荷物を馬車を通せ」
それが、森東地域での街道整備の実態だった。
実際には、長大な街道を整地するだけでもかなりの人手を必要とする。
それに加えて、資材も不足しがちだった。
特に、敷石にする石材が、圧倒的に足りない。
荷を満載した馬車がひっきりなしに往来することを前提にすれば、その地面は固く平らな方がいい。
重量に負けて深く轍を刻んだり、その轍に雨水が溜まってぬかるんだりするのは、当然のことながら、困る。
しかし、都合よく摩耗しにくい、平らな石材はすぐには都合出来なかった。
そうした石材は目下のところ、ハザマ領内の整備、ことにルシアニアで方面の開発に優先的に使用されている。
これは、洞窟衆が着手した順番からいっても仕方がないことだった。
適切な石材の産地は限られており、買い入れや輸送など、諸々の周辺事情も含めていきなり計画を切り替えられるわけではない。
仕方がなく、森東地域の街道は、整地をした上に砂利や砕石を敷き詰めて、その上を踏み固めて、どうにか用立てていた。
そうした状態で人や馬車、馬を通行させ、くぼんだ部分にはさらに砂利や砕石を持って平らに踏み固める。
その繰り返しで、どうにか実用に耐える道として使用している形だ。
保守のために相応の人手や物資が必要となるが、そのどちらに関しても、
「入手可能な範囲で、使えるものを使う」
というのが、森東地域での流儀として定着しつつある。




