ある種の影響
この時点で、森東地域のうち、洞窟衆が進出に成功しているのはほんのごく一部分に過ぎなかった。
面積でいえば、確実に一割以下でしかない、ごく狭い地域に過ぎない。
ただ、その狭い地域とそれ以外の地域とでは、明らかに違った空気が流れていた。
活気と密度とが、まるで違っていたのである。
全般的にいえば、人々の活動、そのテンポがまるで違った。
洞窟衆が進出した地域は、出自も定かではない人間が大量に流入し、その上で地元住民と渾然一体となって急速に各種の事業、業態が発生し急成長をしている。
競争が激しく、目先や機転が利いて決断が早い人間が有利な地位につける、そんな競争社会の基盤が着々と整いつつあった。
そしてそうした能力主義的な気風は、森東地域で支配的であった、地縁や血統を重視する空気とは真っ向から対立することが多かった。
従来、この土地で支配的であったのはあくまで地元の有力者であり、能力に秀でた個人が評価したり取り立てたりする主体は、かなり限られた階層の者だけに限られていた。
洞窟衆の進出は、そうした風潮に風穴を開け、それどころかそうした有力者の特権をまとめて無効化してしまうほどのインパクトを持つことが徐々に露呈していた。
地元の有力者は、土地の権利や地元の人間に対する大きな影響力を持っている。
その点は、今までと変わったわけではない。
しかし、洞窟衆が展開した事業が地元に落とす富は、そうした地元有力者の権勢があっさりとかすむほど、膨大なものだった。
能力さえ示せば相応の報酬を与える。
そうした、洞窟衆にしてみればごく一般的なルールが、それまで地元の有力者たちの権力を支えていた基盤を脅かすようになっていた。
それまで、森東地域で栄達するためには、そうした有力者の血縁者であるか、それとも有力者の一族に能力を示して取り立てても貰う必要があったわけだが、洞窟衆はそれ以外のルートを、それも複数の、よりどりみどりの業種に関して用意して見せたのである。
それまで比較的単純だった社会構造が、一気に複雑化した。
とも、いえる。
出世の意味やルートが複雑化しただけではなく、大量の人間が流入して居着き、普通に仕事をしはじめ影響で、それまでに触れることがなかった、様々な文化や価値観に触れる機会も、以前とは比較にならないほど増えた。
大勢の、それも出身や出自の違う人間が定住するようになれば、自然と見慣れない音楽、遊び、言葉、価値観を接触した人々に伝達するようになる。
また、こうした無形のなにがしかに関しては、洞窟衆でも他の組織でも、頭ごなしに制御可能な性質のものではない。
そうした諸々の要素を引っくるめて、その時期のその地域、つまり、洞窟衆が進出した地域について論評すれば、以下の一文に集約されるだろう。
「なにもかもが、複雑になった」
この前後は、そうした地元の有力者たちも洞窟衆がもたらす影響の大きさを肌で感じはじめた時期に相当する。
各種事業、特に膨大な人手を必要とする土木作業を一度にいくつも平行して推進している様子を見れば、洞窟衆が持つ経済力は容易に推察することが出来る。
あれだけ大量の人間を継続的に雇っても破綻しない経済的な基盤を持つことは、つまりは、有事の際にはかなり大量の兵士を動員することが可能である、ということでもあった。
人を使う立場である階層の者は、すぐにその意味を理解して、洞窟衆と対立することを避けるように努めた。
洞窟衆はなにかというとそうした有力者の元を訪ねては各種の事業に一枚噛まないかと誘ってくる傾向があった。
つまりは、森東地域で展開するなにがしかの事業に対して出資しろ、というわけだ。
これはどうも、そうした事業を最後まで完遂出来るほどの財力を、洞窟衆が持ち合わせていないということを意味し、洞窟衆の側としてもそれを隠すつもりはないらしかった。
あれだけ大規模な事業を平行して展開しているのだから、このこと自体は別に不思議でもなんでもない。
また、財政の問題を抜きにしても、この周辺地域に与える影響が大きい事業に関して、まずは地元の有力者に声をかけて責任を分散しようとすることも、特に不自然には思えなかった。
出資、とはいっても金銭絡みのことだけではなく、事業が失敗した時の負債を分散したり、利権が発生して以降の責任を分散する意味が強いのだろう。
その程度の推察は、ある程度地位がある人間ならば誰でも出来る。
ただ、腑に落ちないのは、そうした合弁事業を提案する時でも、洞窟衆の連中は、必ずしも自分が舵を取ることに拘りを見せていないことだった。
そうした大規模な事業を継続的に管理するためには、一定のノウハウが必要であり、これについては冒険者ギルドを頼るしかない。
しかし、そうした実際的な運用以外の、資金や責任面での主導権を持つことを、洞窟衆側は必ずしも重視してはいない様子だ。
つまり、地元の誰かしらが声をあげさえすれば、そうした事業の利権に関してもそのまま移譲しても構わないと、どうも本気で考えているようなのだ。
洞窟衆のこうした傾向については、納得出来る部分とそうでない部分がある。
大規模な事業を平行していくつも進めているからには、財政面でそのすべてを支えることは不可能だと、洞窟衆側も割り切っているのだろう。
しかし、だとすれば、どうしてこうした大事業をいくつも、急速に、強引に、推し進めているのか。
そうした洞窟衆の行動原理について、森東地域の地元有力者たちにはまるで想像出来なかった。
費用的なことを考えても手間や人手を考えても、こうした事業を遂行するためにはかなりのリスクとリソースが必要となるわけで。
普通に考えれば、わざわざ自分から手を着けなければならない理由というものがないのだ。
ましてや、洞窟衆の本拠地とされているハザマ領は、少し前まで森東地域とはほとんど交渉がない場所だった。
それだけ関係が薄い場所のために、これだけ大規模な、少なくとも森東地域においては空前の規模になる事業を展開する理由というのが、すぐには思いつかなかったのである。
一応、洞窟衆側としては、
「森東地域全域を政治的に安定させること」
という説明を、繰り返しては居る。
しかしこれも、内容として漠然としすぎているし、そんなことをしても洞窟衆にとってはあまり益になる内容ではない。
そのため、その言葉を額面通りに受け止めている者はほとんど存在しなかった。
普段、洞窟衆がしている具体的、現実的な仕事のやり方と、ともすれば空疎にも響くその手のお題目から受ける印象とが乖離しすぎていて、素直に結びつかない。
そう思う者が、大半であった。
不審に思いながらも、そうした地元有力者は洞窟衆の動きを利用しようとする。
冒険者ギルドは、各種事業の監督役を厚待遇で募集していた。
そうした仕事はある程度知的な素養がないと勤まらず、そして、有力者の師弟には最低限の教育を持った者が多かった。
年齢性別出身を気にせず、仕事をこなせるだけの能力さえあればそのまま仕事が出来る。
なにより、仕事上でなんらかのミスを犯しても、自分たちの権益や権威に傷がつくわけではない。
冒険者ギルドが紹介する仕事は、地元有力者の血縁者にとってもそれなりに都合がいいポストだったのである。
そんな考えから、地元ではそれなりにいい家柄の若者たちが競うようにして冒険者ギルドの門を叩くようになった。
一度仕事に就いてしまうと出自や血筋、年齢などに関係なく能力のみで序列や待遇が上下する過酷な競争社会の中に飛び込む形になるわけだが、そうした環境に適応する者、出来ずに放り出される者、その後の推移は様々で個人差が大きく、決まった傾向というのはほとんどなかった。
ただ、洞窟衆風の空気に馴染めず放り出された者を除き、しばらく内部で働くようになった者たちは、いかに自分たちの価値観が硬直したものであったのか、なにかにつけて思い知らされることになった。
どんな仕事に就いたとしても、多種多様な人種と接することは避けられず、自分たちの視野がいかに狭いものか、毎日のように認識させられた。
程度の差こそあれ、洞窟衆的な価値観に感化される人間が大量に出はじめたわけであり、こうした若者たちは時間が経つにつれて、この森東地域でも大きな影響力を持つことが予想された。
ただ、今の時点ではそうした影響もあまり顕在化しておらず、ごく限られた者しか察していなかったが。




