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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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ある種の感染力

 洞窟衆関係者が森東地域であれこれしていた期間というのは、ハザマをはじめとするバジルニアの首脳部にとってはハザマ領の完全独立を準備する期間にもなっていた。

 完全に重なっていて、各種の作業や意見調整を平行して進めていたので、人によってはかなり多忙な時期に相当している。

 その筆頭が、一番判断を求められるハザマであるわけだった。

 この時期、ハザマは自分の意思で、というよりも、周囲から意見を求められることが多かったために、ほとんど身動きが取れない状態であった。

 ハザマの方もそうした状況をよしとしていたわけではなく、根本的な部分から「自分という存在が必要とされない組織作り」というものを、以前から準備して徐々に進めている。

 洞窟衆の首領であるにせよ、ハザマ領の最高責任者であるにせよ、いつまでも特定個人の才覚を頼りにしているようでは、組織として長生きが望めないからであった。

 現状、ハザマ領なり洞窟衆なりの組織は、なんだかんだいってハザマという個人の判断能力に頼ることによって存続している、という側面がある。

 こうした属人的な性格は組織の存続という観点から見ると決していいことではなく、それ以上にこうした体質をいつまでも改めないことにはハザマ自身が楽をできない。

 そのためにハザマは、いくつかの仕組みを根づかせようと試みてもいた。

 いくつか例をあげると、まずは法治主義の徹底。

 重要な判断事項については、トラブルが起きた事項を徹底的に調査研究した上で、妥当な解決策を決める。

 その上で、そうした前提に基づいて、明文化した規則を定めて、徹底させるようにした。

 これは、領内で各種紛争が起こるとその度に領主としての裁定が求められることにうんざりしていたハザマが、以前から取り組んでいた事業でもある。

 もともとは、領内のもめ事に対処する労力を簡略化するためのものだった。

 ある程度綿密なルールを定め、それに沿って淡々と判断するのが一番手間が少ないからだ。

 そういう省力化の努力をしておかないと、ハザマ領のような雑多な人種が蝟集する場所では、満足に治安を保てないという側面もあった。

 雑多な人種が蝟集する、といえば聞こえはいいが、実態は異なる価値観や文化を持つ多種多様な人間が集まっているわけで、自然と喧嘩や摩擦、トラブルは多くなっている。

 ハザマ領の法律は基本的には王国法に基づいているわけだが、その王国法は構成員がほとんど固定している、閉鎖的な共同体内部でのみ運用されることを前提としているので、ハザマ領内で起こるトラブルに対してはあまり役に立たないことが多かった。

 王国法だけでは判断できない事例があまりにも多かったので、独自のルール作りを本格的に研究しはじめた、という側面も多分にある。

 こうした従来からある要素と、それにハザマ領自体が帝国の属領として王国から移籍されること、さらには洞窟衆の森東地域への進出などの要素が重なって、ハザマが定める法はこの世界の中ではかなり独特な内容に育ちつつあった。

 特に最後の要素について補足説明をしておくと、森東地域のうち、洞窟衆が主導して整備している街道は、

「異なる文化や背景を持つ雑多な人間が造営し、完成後も同じような人々が利用する」

 という意味では、ハザマ領内と同じような性格を持っている。

 つまり、現在ハザマ領内で完成しつつあるルールをそのまま持ち込んで運用した方が、よくも悪くも地方力豊かな森東地域の秩序に委ねておくよりも、よほど収まりがよい。

 広範囲で大きな影響力を持つ政体がこれまで出現しなかったため、森東地域の法体系は各地域の指導者任せという側面があり、そうした地域の判断に任せておくと、かえってこじれる場合が多そうだった。

 そうした街道の多くは、洞窟衆側が道を通す場所の有力者たちに声をかけて土地の利用許可を取り、場合によっては出資や協力を呼びかけた上で実際の施工に移っている。

 企画し、計画を推進している主体は洞窟衆なわけで、その施工中のトラブルに関しても、洞窟衆が裁定する方が当事者たちの不満を抑えるのにもやりやすく、ハザマ領のルールはここでも活用されることになった。

 いや、実態に即して見れば、森東地域の中で細長く、あるいは網目のように育ちつつあるその街道も、ハザマ領の延長のような存在に育ちつつある。

 こうした街道の施工現場では多種多様な、大勢の人間が働いていて、だからこそ摩擦も起こりやすくなっているわけだが、彼らは一様に冒険者ギルド経由で規定の賃金を得ていた。

 出身や出自に関わらず、同一の仕事をすれば同一の賃金が支払われる。

 仕事自体は単調な肉体労働であることが多かったが、身分や出身、あるいは性別により賃金が上下し、待遇が変わることはなかった。

 こうした公平さは、森東地域に限らず、大陸中を探してもなかなか見つからない。

 また、仕事を終えた後、作業員がどのようにして過ごそうとも、冒険者ギルドが関知、干渉をすることはなかった。

 冒険者ギルドは労働力に対して対価を支払うだけで存在であり、それ以上の支配者ではない。

 森東地域に関しても特に興味を持っているようではなく、地元住人に対して必要以上に干渉することがなかった。

 ある意味では冷淡であったわけだが、その癖、街道整備などの事業に関しては積極的で、惜しみなく金子をばら撒いて作業を進める。

 また、冒険者ギルドに相談をすれば、その土地に適合した新規事業を起こすことを、指導してくれることさえあった。

 もちろん、タダでということはなく、相応の指導料を求められることが前提になるわけだが、そうした新規事業は農地開発から水利整備事業、新規工房の立ちあげまでに及び、場合によっては必要な資金まで貸して貰える。

 無償でそこまでしてくれるわけではなく、そうした資金を提供される場合でも、後で必ず利子をつけて提供された以上の金額を返却する契約を結ぶ形であったが、とにかく、冒険者ギルドは相手が何者であっても、相談を受ければかなり真摯に対応してくれ、将来的には実のある結果を結ぶような提案をしてくれた。

 これもまた、これまでの支配者や征服者がしてこなかった対応になる。

 法治主義と機会の平等、それに、ある種の資本主義。

 そういった価値観を、洞窟衆は彼の地に効率的に輸出しているようなものだ。

 むろん、そうした要素も、様々な要因によって徹底を欠いた、不完全なものに過ぎなかったわけだが、それを先導してさせているハザマは、そうした傾向に対してかなりの部分、自覚的であった。


「盲従するか、反発するか」

 ある時、ハザマはリンザにそう説明した。

「大多数が盲従。

 ごく少数が反発ってところだろうな。

 なにせおれたちは、なにも森東地域の連中にとって損になることをしていない」

「でも」

 リンザは、考え考え、そう返した。

「一度そうした風潮に染まってしまうと、もう元の状態には戻れないでしょうね」

「文化侵略っていうんだよ、こういうのは」

 ハザマは素っ気ない口調で説明をする。

「おれたちはなにも押しつけてはいない。

 でも、結果として、やつらの価値観を根底から変えてしまっている」

 ハザマ自身は、そのことにかなり自覚的であった。

 洞窟衆が森東地域に干渉をするきっかけとなった、山地からの侵略者たちも、ここまで決定的な変化を森東地域に与えているわけではない。

 彼ら山地経由の侵略者たちは、出身地こそ違えど、森東地域で小競り合いを繰り返していた連中とほぼ同質の存在と見なしても支障はなかった。

 力ある者が生き残り、戦いに敗れた者が土地を追い出される。

 そういう、同一のルール上で戦う存在同士であった。

 しかし洞窟衆は、そうした勢力とは違って、単純な征服や侵略を指向しているわけではない。

 だからこそ、対処するのが難しい、ともいえるわけだが。

 少なくとも表面上は、洞窟衆側は森東地域の住人に対して、意図的に危害を与えるような真似をしてこなかった。

 ただ、洞窟衆なり冒険者ギルドなりに直接接触する機会があった地元住民は、おそらくは、それ以前とは決定的に違ってしまっている。

 相手が誰であろうとも、仕事の内容に応じて均一の賃金を払う。

 こうした公平性は、犬頭人などの異族にも普通に賃金を支払っているくらいには、徹底している。

 広範な地域でそういう方針を貫いている組織は、ほとんど存在しないかった。

 また、従来は為政者が地域住民の労働力を集約するために企画していた大規模な事業も、洞窟衆はあくまで営利目的で推進する。

 洞窟衆側が企図した事業だけではなく、外部から持ち込まれた事業に関しても、かなり真摯に検討してくれた。

 そしてその洞窟衆以上の影響力、権勢を誇る勢力は、森東地域には存在しない。

 となれば、大多数の人間は、洞窟衆の方針に従い、最大限の利益を引き出す方向に動き出すだろう。

 森東地域全域が、洞窟衆的な価値観に染まる。

 そういう結果になったとしても、ハザマとしては別に不満はない。

 ハザマの目的はあくまで、森東地域の治安が安定することであった。

 その安定をもたらすのが洞窟衆であるのか、それとも地元のどこかの勢力であるのか。

 そうした違いは、ハザマにしてみれば、ごく些細なものでしかない。

 ただ。

 と、ハザマは思う。

「そうすんなりとは、いってくれないだろうな」

 口に出して、いってみた。

「人間、損得勘定だけで動くわけではないからなあ」

 他人事のような口調だった。



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