国号の問題
「国号、ねえ」
そういったきり、ハザマはしばらく黙り込む。
その後に、
「なんでもいいじゃねえか、そんなもん」
と続けた。
数日に一度領主官邸で開催される、昼食会の席上のことだった。
ハザマは数日に一度、洞窟衆の主要な要人を集めて昼食会を開いていた。
必要以上に格式張った席ではなく、今ではほぼ全員が自分の仕事を抱えて忙しくしており、息抜きと情報交換を兼ねるために開催している集まりになる。
そうして、多少無理をしてでも顔を合わせる機会を作っておかないと、そろそろ必要な情報を共有することも難しくなってきていた。
この時点では洞窟衆という組織自体が巨大になりすぎて、せめて上層部の人間が意思の疎通をはかる機会を意識的に作っていかないと、維持することすら難しくなってきた、ということでもある。
ことにここ最近は、ハザマ領の独立と森東問題、それにハザマの結婚など、話題として扱うべき案件には事欠かない、激動の時期でもあった。
「なんでもいい、というわけにはいかないでしょうね」
ハザマの隣に座るリンザが、常識的な見解を披露する。
「必要なものですし」
「伝統的な線で素直に考えると」
マヌダルク・ニョルトト姫が、その後を引き取る。
「男爵はこれからベレンティア公爵の名跡を受け継ぐわけですから、ベレンティア公国と名乗るのが無難かと思います」
「そうなると、うちのブラズニア公国とそれにマヌダルク公国」
メキャムリム・ブラズニア姫も、そうつけ加えた。
「この三ヶ国が同格で同盟を組んでいると、外部の人も理解しやすくなりますね」
「まあ、無難な線でいけば、そういうことになるんでしょうが」
しかし、ハザマは釈然としない表情を変えずに、そう返す。
「その、ベレンティア公爵の名前を前に出すことが、おれにはどうもいい考えに思えないんです。
ベレンティア公爵の名を引き継ぐのは、まあよしとしましょう。
それこそ、おれにとってはどうでもいいことです。
ただしそのベレンティア公爵の名は、洞窟衆にとってもハザマ領の領民にとっても、決して思い入れの深いものではない」
「近隣の人たちにとって、名門ベレンティア公爵家の名前はかなり重いものになるんですが」
タマルがそういった。
「その名前をそのまま使えるっていうのは、イメージ的にはかなりプラスになります。
それも、自称ではなく、王国から半ば無理矢理押しつけられる形ですから」
「そこにも、引っかかっているんだよな」
ハザマはいった。
「王国には王国なりの面子ってもんもあるんだろうが、そうして押しつけられた名前を前面に押し出すってのも。
なんか、おれらしくないっていうか」
「ベレンティア公爵家の名跡を継ぐのはよし。
しかし、それを公然と、少なくとも自分からは名乗りたくはない、ですか」
マヌダルク姫は、思案顔になった。
「いわれてみると、男爵にはあまり似合わない気がしますね、こういうの。
それとも、男爵に、というより、洞窟衆に、というべきでしょうか」
「では、ハザマ公国と名乗りますか?」
メキャムリム姫が、ハザマに訊ねる。
「あるいは、ハザマ=ベレンティア公国とでも。
家名を併記する形で」
「そういうのもなあ」
ハザマは、げんなりとした表情になる。
「ぶっちゃけ、ここまでやってこれたのは、おれひとりの力ではないし。
国名に個人の名前を使うこと自体が、なんかしっくりと来ない」
「なるほど」
今度はルアが頷いた。
「ハザマ領は、かなり異例の成り立ちと構造をしていますからね。
従来の独立国とは違うと、すぐにそう判断できる名称が欲しいと、そういうことですか?」
「そういうことになるのかなあ」
ハザマはいった。
「少なくとも、従来の貴族なり国王なりが領民をまとめあげ、国という形を維持している場所ではないわけだし。
公国とか王国とか名乗ったら、それはそれで詐欺まがいの詐称なんじゃないのかなーって」
「そういう細かい違和感は、意外に大事だと思います」
マヌダルク姫が、神妙な表情になった。
「たかが名称といえども、つまりは、この国をどういう性質のものにしたいのか、ということですから」
「つまり、男爵は」
メキャムリム姫が、そう続ける。
「将来的には、領主の仕事さえも自分がする必要がない体制を考えているわけですか?」
「それ」
ハザマは深く頷いた。
「今とか、まあしばらくはおれが領主をするのは仕方がない。
中心になって責任を取る人間は必要になるわけだしな。
ただ、その仕事をするのは、別におれ自身や、おれの後を受け継ぐ人間である必要はない。
それだけの仕事をこなせる人間が、領主をすればいいだけのことであって……」
「趣旨としては理解できますが」
ルアがハザマの言葉を遮った。
「遠い未来ならばいざ知らず、当面、男爵以外の人物が領地をまとめるのは無理でしょう。
男爵が男爵であるからこそ、どうにか組織としての体裁を維持できている部分はあると思います。
これは、ハザマ領にも洞窟衆にも、共通していえることです」
「それはそれでいいとして」
ハザマは、そう続けた。
「もっと先のことはどうなる?
おれの子か孫か、とにかくこれから生まれてくる連中が、必ず指導者として適格な資質を持っているとは限らないんだぞ」
「つまり、世襲制は採用したくはない、ということですか」
ルアはそういった後、軽くため息をついた。
「そうすると、世代交代をする前後はひどく揉める原因になりますよ」
「いや。
世襲制にしたって、揉める時は揉めるさ」
ハザマは軽い口調で受け合った。
「それだけ、今、俺が持っている権力は大きい。
大きすぎる」
「ハザマ領領主の地位と、洞窟衆の首領。
この両者はいずれは分離するつもりだと、そう聞いていましたが」
リンザも、表情を曇らせてそういう。
「領主の地位も、世襲にはしないつもりですか」
「しない方がいいと思うんだがなあ」
ハザマはいった。
「今はあれだけど、ハザマ領の運営は、今後どんどん比重が小さくなっていくと思うし」
「それは、洞窟衆の影響圏が広がっていくからですか?」
タマルが訊き返す。
「そう」
ハザマは即座に頷いた。
「洞窟衆は広がっていく一方だし、冒険者ギルドもいずれ完全に、組織として分離する。
たぶん、そうしなければ組織として大きくなりすぎて、いくらもしないうちに自壊する」
「冒険者ギルドに関していえば、いずれは帝国に売り払うおつもりであると」
メキャムリム姫がいった。
「そのことは聞いていますし、冒険者ギルドの目的を考えるとそうした方がいいとも思いますが。
ですが、ハザマ領も、ですか?」
「ハザマ領は、国というより、洞窟衆が管理している土地ってだけだしなあ」
ハザマはいった。
「このまま国家としての体裁を整えていくよりも、洞窟衆の中の一部門に管理させて、外部にもそのことを強調していく方が誤解がないと思うんだけどな」
「かなり特殊な統治であることは、否定出来ませんしね」
マヌダルク姫が、ハザマの言葉に頷く。
「先のことを考えると、公国とか名乗ることは当地の現状にそぐわない、というわけですか」
「統治というよりは、管理だから。
おれがやらせているのは」
ハザマはそういって大きく頷いた。
「今までは王国が上にいたけど、これからは、諸外国とも対等につき合っていくわけで。
それで、国号までおれなりベレンティア公爵なりの名前を入れてしまったら、それだけで将来的な選択肢が制限されるんじゃないかと。
そんなことを考えまして」
「国号からハザマとベレンティアの名を廃して、今後のハザマ領の方針を外部に明示する、というわけですか」
メキャムリム姫がハザマに確認をした。
「それはそれで、ひとつの考え方であるとは思いますけど。
でも、実際には、どういう国名にすることをお考えなのですか?」
「いくつか、腹案はあるんだが」
ハザマはそう答えた。
「交易領、という文字は入れたいと、そう思っている」
「交易領、ですか?」
マヌダルク姫は、腑に落ちない表情になった。
「耳にしたことがない言葉ですが」
「まあ、おれが作った造語だから」
ハザマはいった。
「平地と山地を繋ぐ地理的な条件。
それに、各地を繋ぐ、洞窟衆の拠点として、いい名前だと思うけど」
「交易領」
「交易領、か」
その場に居た全員が、その名称を噛みしめるように、呟く。
「公国、と名乗るよりはしっくりする気がしますね」
少しして、タマルがそんな意見を述べた。
「ただ、それだけだと国号としては少し頼りないというか」
「なんか、固有名詞入れたいところだよな」
ハザマはそういって頷いた。
「ハザマとベレンティア以外で」
「固有名詞、ですか」
マヌダルク姫が、難しい表情になる。
「それも、貴族などの家名を含まない」
「すると、地名になりますかね」
メキャムリム姫がいった。
「この辺を指す名称は、王国にはなかったはずですが」
「山地の人間は、このあたりをどう呼んでいたんだ?」
ハザマはルアの方に顔を向けて訊ねた。
「このバジルニア周辺には、特に地名はなかったように思います。
定住していた部族がいませんでしたから」
ルアは即答した。
「強いていえば、マルロク族がエレンドアと呼んでいる場所に相当するのでしょうか?」
「エレンドア、か」
ハザマはそういって頷いた。
「意味は?」
「戦場への通り道」
ルアはそう答える。
「繰り返された国境紛争の際、必ずこの近辺を通ったからです」
「あまり縁起がいい名前ではないな」
ハザマがいった。
「だが、響きはいい。
いい易いし、おぼえ易い。
それに、おれたちには似合っているとも思う」
「エレンドア交易領」
リンザが、小さく呟く。
「そう名乗るつもりですか?」
「他にいい代案が出なければな」
ハザマは、そう応じる。
「少なくともおれは気に入った」
流石にその場で決定するほど軽々しいことではなかったので、正式な検討はまた後で日を改めてすることになった。
ただ、相応の理由もなくハザマの意思を否定する、そんな動機を誰も持っていなかったので、他の代案が提出される可能性はかなり小さかった。




