新体制の問題点
同時多発的に平行して大きな案件をいくつも抱えた上、それらの案件のほとんどが前例がない、つまりはハザマ自身の判断を必要とする局面が多い。
そういう、状況なのである。
ハザマが多忙な原因は、つまりはそのことにつきた。
「新体制への移行が一段落すれば、少しはマシになるかなあ」
と、ハザマは内心で期待している。
ハザマ領が王国から独立し、事実上帝国の庇護下に入る。
とはいっても、帝国の領土はここから遙か遠方に存在するので、直接的に支配されるわけではなく、どちらかというと名目上、書類上だけの後見役に留まるはずであった。
これまで、帝国側との交渉して来た感触でも、帝国はむしろハザマ領が、というよりはハザマがこの状況下でどのように動くのか、細かい判断も含めて詳しく知りたいと思っているようだ。
ハザマという異邦人の見識に、かなり大きな価値を見いだしているようで、その見識を正面から見極めるためには、帝国からの干渉は出来るだけ少なくしたい。
そういう感触を、これまでの交渉からハザマは受け取っていた。
実際、帝国側は、こちらからの要求に関してはかなり柔軟な対応をしてくれているのだが、帝国側からハザマ領に強くなにかを要求するということがほとんどない。
なにがしかの施策なり製品なり思想なりについて、より詳細な説明を求められることは多かったが、それはつまり帝国がハザマの考えることにそれだけ関心を持っているということだった。
「自由にやらせて貰える分には、文句をいう筋合いもないんだがな」
ハザマは、そんな風に思う。
ただ、制約らしい制約が少ないということは、裏を返せば自分自身の裁量でなにもかも決定しなければならない、ということでもある。
それだけ、ハザマ自身が考え決定しなければならない事項は増えていくわけだった。
ハザマ自身にもあまり余裕がなかったので、新体制への移行といっても、必ずしもなにもかもを一新するということはなかった。
ただ、ハザマ領から独立するにあたり、意識的に大きく変えたのは税制になる。
従来の税法を事実上廃し、「領民」という概念を領内から一掃することになっていた。
財政的にはかなり無理目な改革だったが、ハザマ領は特殊な地理的条件や成立事情からいっても、領内に定住する人間が極端に少ない。
領内に存在する人間のほとんどは、数日からせいぜい数ヶ月程度の、短期から中長期の一時滞在者だった。
そうした条件下で王国の、あるいは平地諸国と同然の税制を課すとなると、定住している人間の負担が極端に重くなり、公正さが損なわれる。
そうした条件はハザマ領を立ち上げて以来のことだったので、その当初からハザマ領は通常の意味での税金を徴収してこなかった。
その代わり、健康保険制度を充実させ、領内に滞在する人間は出来るだけこの保険に入って貰うようにして、財源に充てていた。
健康保健証は、それを持っているだけでハザマ領内では身分証明書として機能していた。
ハザマ領内の先端的な医療設備を利用可能となるメリットに加え、その保険証を持っていれば事実上、ハザマ領からの各種行政サービスも利用可能になるので、客観的に見ても支払う金額に比べて効能の方がよほど大きかった。
それ以外に、少しして事務方の人材が充実するようになってからは、領内でなにがしかの商売をする者には、その取引金額に応じて事業税を徴収してもいるし、領内の道はほとんど最近になって整備したものなので、そうした道を通行する際には、誰でも一律金額の通行料を支払っている。
道だけではなく、領内各地に建てた施設などについても、長期的にはなんらかの方法で開発にかかった費用を回収できる計算になっていた。
ハザマ領は多角経営であり、というよりも、洞窟衆という多種多様な事業を展開している巨大組織の一下部組織であり、領地経営自体が赤字であってもどうにかしてその赤字を吸収出来るという事情もあった。
そのため、税金で直接的に各種の維持費を捻出する必要がない。
徴税について、ハザマ領がそこまで本腰を入れてこなかったのには、そうした根拠が存在する。
ただ、当初想定していたよりも多種多様な人間が領内を出入りするようになり、その分だけ各種のトラブルも起こりやすくなっているのは事実であり、そうしたトラブルを予防、回避、あるいは収束のために必要な人件費などは、これまた当初の予定よりもかなり大きかった。
高度な判断が必要とされ、そうしたトラブルを終わらせるために相応の専門的な知識を持つ、つまり、なんらかの専門家を一時的、あるいは永続的に雇う必要に迫られることが少なくはなく、これは完全に想定外であったため、ハザマ領運営の財政を圧迫する大きな要因になっている。
新たに制定するため、目下研究されているハザマ領の法律も、こうしたトラブルを研究した上で、新たな摩擦が起きにくい条項が数多く取り入れられる予定になっていたが、そうした新法が施行されたとしても、そうしたトラブルを回避するために想定外のコストが必要になることには変わりはない。
これは、ハザマ領の性質が変わらない限りはついて回る、事実上の固定費であり、この固定費を今後、どうやって捻出するべきか、という点については、ハザマ自身もいまだに結論を出せないでいた。
今の時点では、
「そうしたトラブルの回避、あるいは調停なりの仕事も行政側ではなく、そうした問題を専門に扱う事業にしてしまうかな」
という、漠然とした思案しか浮かんでいないのだが、これで本当にうまくいくのかどうか、ハザマ自身も今ひとつ自信が持てないでいた。
この件に関わらず、なんでも「お上」に訴えてどうにか問題を解消しようとする、どうやらこの世界に共通するらしい気風をどうにかしないと、領主としてのハザマに突きつけられる仕事や判断は増え続ける一方ということになる。
なぜこうした、どんな問題でもとりあえずは「お上」に訴えるという気風が出来るのかといえば。
「権力者の力が強すぎるんだろうな」
と、ハザマは推測している。
前例がないこと、高度な判断が要求されることについては、まずは領主にお伺いを立ててみる。
これは、領民の側が後から領主に断罪される口実を作らないための、一種の建前でもあるはずだ。
とりあえず領主に、
「しかじかの問題が起こりました。
どう対処しましょうか?」
と伝えておけば、その結果どんな風になっても自分たちの責任にはならない。
それだけ領主側の権限が強く、領民を一方的に処断できる立場であると認識されているがために、領主側のリソースもかなり奪われている形だ。
「そんな強い権力なんかいらないから、自分たちの問題は自分たちで解決してくれ」
というのが、ハザマ個人の本音であった。
そのためには、税金を安くして、出来るだけ取らない方針を維持してもいい。
もしも領主側になんらかの働きを期待するのであれば、そのたびに相応の料金を徴収してもいいのではないか。
もちろん、ここまで来ると使途を領主側で決定する税ではなく、明らかに特定の問題を解決するための手数料商売になる。
領主のところまであがってくる訴状の数が、予想していた以上に多い。
ということは、ハザマが領主になって以来、悩まされている問題でもある。
そうした訴状の数自体を減らすため、今の時点で出来ることは、新法の制定と専門の問題解決機関の設立であるとハザマは思い、それらを実行するつもりで準備をしていた。
ただ、こうした考え方はこの世界ではあまり一般的ではないようで、帝国から招聘した法律学者たちもそうしたハザマの構想に対して、かなり微妙な反応をしていた。
そうした法律学者からは、
「自分の権限を小さくしようとする為政者は、かなり珍しいといえますな」
あるいは、
「管理の権限を大きく設定しすぎますと、それはそれで腐敗の一因となり得ます」
などという、意見というか忠言も何度も受けている。
どうも彼らの目からは、ハザマの構想は理想ばかりが高い、非現実的な構想と映っているようだ。
そうしたハザマの構想が、実際にうまく機能するかどうかは、ハザマ領が新体制に移行して、そうした新法が実施された後にいやでも確認出来るはずだった。
そうした諸々の、未来への布石も含めて、現在進行形で起こっている、領主の元に寄せられる各種の訴状や相談を、ハザマは日々処理していた。
大半は一瞥しただけで領内の、あるいは洞窟衆の誰かにそのまま丸投げすれば済むような問題だったが、それでもハザマ自身がなんらかの判断をくださないと打開することが出来ない問題も少なからず存在し、ハザマの時間はそうした仕事によってかなり奪われている。
森東問題は森東問題で重要だとは思っているが、あちらにはかなり多くの人材が投入されていることもあり、少なくとも当面はハザマ自身が手を着けることもないだろうなと、そう予想していた。
洞窟衆が森東地域に干渉をはじめたおかげで、領内外の洞窟衆関係者は総じてかなり忙しいことになっている。
物資の調達、武器の生産、その他消費財の生産、それらすべての移送。
そうした事業はほぼフル回転しており、それだけ多くの人手を必要とする状況になっていた。
ひとことでいえば、
「空前の活況」
ということになるだろう。
膨大な資金がそうした、実際に動いている人間たちの元にばら撒かれ、継続的に稼働している。
その意味で、好景気、ではあるのだ。




