襲撃の具体案
懸念事項、というか不確定要素はそれなりにあるものの、洞窟衆側の人員はこの港町の攻略に対して楽観的な見方をする者が多かった。
ヴァンクレスら、豊富な戦歴を誇る人間が多数集まっている上、物資の補給などにも最善を尽くしている。
実戦の場ではなにが起こるのかわからない、という一点を前提とし、その上で、勝つための努力を最大限にしていた。
誰もがそう断言出来る状態だったので、不安があったとしてもあえてそれを口にする者は少なかった。
というより、現場で動いている人間はみんなそれなりに忙しかったので、そこまで先のことを考えられる者自体が少なかった。
「この規模の町なら、二手に分かれて一気に制圧しちまった方が早いんじゃねえか?」
作戦会議の席上で、ヴァンクレスはそう発言する。
「どうも、町全体がおれたちに反抗的ってわけでもなさそうだしな。
強く抵抗する連中だけ選んでぶっ飛ばせば、そんなに長くはかからんと思うが」
もともとこのヴァンクレスは、攻勢と短期決戦に強いタイプといえる。
裏を返せば、気質的にも能力的にも持久戦、それに、複雑な内容を含んだ作戦などには向かない部分があるわけだが。
「おそらくは、二手に分かれても大きな問題は起こらないだろうが」
ネレンティアス皇女は、慎重論を唱えた。
「ただ、余剰の人員を投入しておけば、不測の事態にもそれだけ柔軟に対応出来る。
ここは念を入れておく方が無難であろう」
なにしろ、先は長いからな。
というのが、ネレンティアス皇女の見解だった。
十分に勝てる戦いで手を抜いて、こんなところで躓くのも馬鹿らしい。
と、いうわけである。
「今ゴドワに集まっている連中というと」
ヴァンクレスは、指折り数えながらそういう。
「おれたち騎兵と、犬頭人。
それに、現地採用の後方支援要員か」
「あ、あと、それに鰐頭人も追加で」
トエスが、軽い口調でそういい添えた。
「人数こそ少ないけど、あの人たちは体が大きいし硬いし人間よりもよほど素早く動けるしで、歩兵としては十分に活躍出来るはずだけど」
「あの連中か」
ネレンティアス皇女はいった。
「協力してくれるのならありがたいが、信用出来るのか?」
「案外、聞き分けがいい人たちだよ」
トエスは即答する。
「ちゃんとした、対等の立場での取引をする限りは。
今回は、彼ら用の武器をこちらで用意する、その代償として働いて貰うことになっているけど」
「代償?」
ヴァンクレスは、首を傾げた。
「連中、なんの武器を欲しがっているんだ?」
「鋼鉄製の槍、というか、実質、先を尖らせた鉄の棒を人数分」
トエスはいった。
「水の中では振り回すよりも突くことを重視する方が実用的で、でも、人間用の銛とかは脆くて長く使えないんだって」
「面白いな」
ネレンティアス皇女はいった。
「今回は、犬頭人と鰐頭人、二種類の異族が町中に侵入していくことになるわけか。
現地の人間は、さぞかし肝を冷やすことであろう」
ルシアナが健在であった頃は、山地の人間がそうした異族と肩を並べて戦うことも、決して珍しくはなかった。
ただそれも、あくまで山地の周辺部という地域限定でのことであり、これほど山地から離れた場所で異族と人間が協働する様子は、かなり奇異に映るはずであった。
そうした様子を目撃する者が増え、噂が広まることは、今後の洞窟衆にとってもいい影響をもたらす。
ネレンティアス皇女は、そう考えた。
人外の異族とでさえ手を組む洞窟衆。
そうしたイメージは、洞窟衆の革新性を認識させることに役立つはずであった。
「では、その犬頭人と鰐頭人を指揮することは、トエス殿に任せる」
ネレンティアス皇女はそういった。
「わらわはこのゴドワで、次の戦いに備えさせて貰おう」
アゴウルとバネマ。
この二つの港町を制圧する作戦も、洞窟衆にしてみれば森東地域対策の前哨戦に過ぎない、ともいえる。
流通網の整備や地元住人との交渉など、様々な作業は並行して別の人間に任せているのだが、軍事方面だけに限ってもまだまだ先のことを見越して準備を進める必要があった。
そして、洞窟衆の中でも、そうした戦略的な判断能力を持つ人間はそう多くはなく、ネレンティアス皇女はその少ない人材のうちの一人ということになる。
現場で陣頭指揮を執れる人間は他にも大勢いたので、自然と大局を見て次の準備を進める、そんな作業の監督役は、ネレンティアス皇女が担当する形になった。
「いや、指揮っていっても」
トエスは、いう。
「今回は、港町の偉い人たちを片っ端から取り押さえるだけだから。
そんな役割、必要なのかな?」
「必要か必要でないかといえば、そりゃ必要になるだろう」
ネレンティアス皇女は、そう断言する。
「犬頭人や鰐頭人の中に、人間と通信で連絡を取って、そうした要人確保の確認や順番の指示を出来るやつがいれば、必要はないのだが」
「ああ」
トエスはいった。
「あの人たちとちゃんと連携を取れる人は、まだそんなにいないもんね」
「それに、今回は水妖使いたちにも動いて貰うからな」
ネレンティアス皇女はそういった。
「となれば、どのみちトエス殿もその場に同伴する必要があるわけで」
「だったら、異族関係を一括してこっちで面倒を見る方が、混乱は少なくなるわけか」
トエスは、ネレンティアス皇女の言葉に頷いた。
「指揮っていうか、実質的には連絡係だと思うけど。
そういうことなら、引き受けるしかないかな」
犬頭人にせよ、鰐頭人にせよ、そうした異族たちと隔意なく交渉が可能な人材は、洞窟衆の内部でもまだまだ少ないのが現実だった。
その意味で、トエスはかなり貴重な資質を持っている、ともいえる。
「町の防備を破って、突破口を切り開く役目は任せておけ」
ヴァンクレスは胸を張ってそういった。
「難しいことはともかく、そういう単純な仕事ならいくらでもやってやる」
「あの男が居れば、こんな大袈裟な準備も必要はないのだが」
ネレンティアス皇女はため息混じりにそういった。
「あの異能は、この手の仕事にはうってつけだ。
あれは今、なにをやっているといったか?」
「基本、政務に忙殺されているってことだけど」
トエスは、軽く首を傾げながらそんなことをいい出した。
「その合間に、国境紛争の時に捕虜にした飛龍乗りに、凧の運用を研究させているとか」
「凧?」
ネレンティアス皇女は、その情報に興味を持った。
「初耳だな。
なんだ、それは?」
「別に、わたしも詳しく知っているわけではないけど」
トエスは、身振りを交えてそういう。
「なんでも、こーんな大きな凧を背負って、空を飛ぶ部隊を作ろうとしているらしいっす。
飛龍を調達したり運用したりするのは問題が多過ぎて無理だけど、その程度ならばどうにか出来そうだって」
「空を飛ぶ部隊」
ネレンティアス皇女は、半ば呆れたような口調でそういった。
「なんというか、相変わらず斜め上の発想をするやつだな、あれは。
仮にそれが実現可能だとして、そんなものをなんに使うんだ?」
「斥候役、だとかいってました」
トエスはいった。
「空からこう、遠くまで飛んでいって、敵の規模とか物資の量とかを見定めるとか。
現状、その手の情報収集役がまるで手が足りてない状態なんで、それを埋め合わせるためとか」
「森東地域は広いからな」
ネレンティアス皇女は、そういった後、大きく頷いた。
「仮にその凧部隊が運用可能だとすれば、かなり役には立つだろう」
敵情視察や情報収集の重要さは、ネレンティアス皇女もよく理解している。
ましてや、空高くからそうして情報を収集すれば、返り討ちにあう可能性もそんなに多くはないわけで。
とんでもないことを考えるやつだな。
ネレンティアス皇女は、その発案者に対して、そんな感慨を持った。
バジルニアにおいても、先のことを見据えた上で着々と必要な準備を整えている。
そのことだけは、どうやら確かなようだ。
しばらく検討をして決定した作戦の概要は、単純であった。
ゴドワから筏に分乗してまずはアゴウルを襲う。
洞窟衆に合流することを拒んだ要人の身柄を片っ端から確保する。
その途中、ヴァンクレス率いる騎兵部隊は手が空くはずなので、そのままバネマを目指して移動をする。
アゴウルの要人が確保出来次第、他の兵員もバネマへ向かう。
アゴウルとバネマ、二つの港町を同時に襲わない代わりに、さほど時間をおかず立て続けに襲撃をする計画になった。
アゴウルからバネマは馬で丸一日ほどの距離しか空いておらず、その程度の距離であればヴァンクレス率いる騎兵部隊や犬頭人たちにとっては、まるで問題にはならなかった。
うまくいけば、アゴウルを襲ったその翌日にはバネマの制圧にも成功している、ということも十分にあり得る。
洞窟衆のように通信を持たない人々にとって、半日から一日程度の時間では、遠隔地への情報の伝達はほとんど出来ない。
作戦を実行する側からすれば連続して襲撃をする形になるが、アゴウルとバネマの住人から見たらほぼ同時に襲われたと、そう感じることだろう。
むろん、これはあくまで、
「なんの支障もなく、予定通りにことが進めば」
ということであり、現実にどうなるのかは、実際に実行してみないとなんともいえない部分が多かった。
いくさは、生き物。
作戦通りに運ぶ例はほとんどなく、たいがいは、なんらかの予定外のトラブルが起こる。
そうした事実も、洞窟衆の側は強く認識している。




