港町の反応
「準備っつうても、ほとんど冒険者ギルドに任せる感じになるんだけどなあ」
数日後、ゴドワに戻ったトエスはそんな風にこぼした。
「今回の目的地は大きな町でも人口三万人程度、ごく小さな港ばかりだし、そんなに面倒なことにはならないでしょう」
次々とあがってくる報告書の類いにざっと視線を走らせながら、そんな風に思う。
現地との交渉役、というより、
「これから攻め込んでいくから、早めに降伏した方がそちらの身のためですよ。
そうした方が傷口が小さくて済みますよ」
と一方的に通告する役割の人たちは、すでに攻略対象の港町に出立している。
実のところ、「降伏」とか「占領」という用語は使っているものの、洞窟衆としては支配下においた土地から必要以上の接収をする予定はまったくない。
それどころか逆に、洞窟衆の支配下になった港町は、荷物の積み下ろしをする量が飛躍的に増大すると予測されていた。
少なく見積もっても五倍以上、そうした荷捌き作業の効率化が成功すればさらに多くなるはずであると、洞窟衆内の関係者は読んでいる。
それまで、ぼちぼちのんびりとやっていた小さな港町が結果的には大躍進をする形であり、洞窟衆の支配下に収まった方が経済的には豊かになるはずなのだ。
それだけ物流量が増えるとなると、関税収入以外にもその港に出入りをする人間の数も一気に膨れあがるわけで、そうした出入りをする者たちが地元に落とす金銭もかなりの金額になる。
こちらも急いでいるから強引な、つまりは軍事的な手段に訴えているわけだが、そうした武威に頼らなくても、これだけのメリットを提示すれば自発的に洞窟衆の傘下に入りたがる者の方が多いのではないか。
実際、この時点でもゴドワから下流の水域をそれまで支配下におき、通行料を徴収していた水賊衆は鰐頭人によってそうした水域から追い出されているのだが、そうした水賊衆からもこれまで、洞窟衆や鰐頭人への不平や不満をいわれていない。
そうした地域での水運を利用した物流量が飛躍的に増大し、水賊衆は増え続ける仕事をこなすのが手一杯であり、そんな過去のしがらみに拘っているような余裕もない有様だった。
水運の仕事が何倍にも膨れあがれば、その膨大な仕事量をこなす必要が出てくるわけで、水賊衆たちも人や船を増やすなどして対応に追われ、またそちらからのあがりが従来の交通料徴収から得られる収入の何回かに相当する。
水賊同士での船頭の引き抜き、あるいは船ごとの買収などをした方が、水域の支配権に拘泥して勝ち目の薄い抗争をするよりもよほど実利を得られる状態であり、鰐頭人への報復などに頭を回している余裕もないような状態といえた。
水賊衆だけではなく、冷静に損得勘定で判断をすれば洞窟衆の傘下につくことはメリットしかないはずだったが。
「港町の人たちは、それをどう考えるかなあ」
トエスは呟く。
「人間、損得だけで動くもんでもないし」
下手に抵抗をしたら、洞窟衆の側もそれに対抗するしかない。
そうなれば、より甚大な被害を受けるのは、抵抗することを選択した地元勢力、ということになるだろう。
洞窟衆側も、まったく被害を受けないとはいわないが、それでもこちらの実戦部隊はこれまでに数々の実戦をくぐり抜け、なにかと場慣れしている者が多いのである。
今回、攻略対象となっている港町が外部からの支援を受けていればともかく、そうでない場合、洞窟衆側が攻略に失敗をする可能性は極めて低かった。
そうした港町に降伏勧告の使者を出すかたわら、洞窟衆側はゴドワにおいて出兵の準備を整え、さらに平行してそうした港町の近海に多数の輸送船を送り込んでいる。
これは、港町が確保し次第、これまでに滞っていた大量の物資を荷揚げするためで、つまりは港町の近海も洞窟衆の船舶が多数航海をしている状態であった。
海は広いので、海上の航路を閉鎖することこそ不可能であったが、不審な、外部からそうした港町へ物資を供給する船舶を見つけたら、洞窟衆側は現状ですぐにそうと悟ることが出来る状態になっている。
というか、洞窟衆側としては、そうした港町が外部から物的人的な支援を得た上で、長期戦に持ち込まれることを一番危惧していた。
「海の人たちは、かなり遠くまでコネを持っていることがある」
と、トエスは教えられている。
洞窟衆に対抗するため、遠い、洞窟衆側がまるで想定していなかった外国と連携して本気で抵抗をされる可能性は、まったくないわけではない。
客観的に考えれば、そんなことをしても洞窟衆の代わりに今度はその同盟相手に食い物にされるのがオチなわけだが、小さな港町が洞窟衆の支配下に組み込まれることを本気で嫌い、そうなることを前提として必死の抵抗を試みる可能性も、まったくないとはいえなかった。
ただ、トエスも他の洞窟衆関係者も、そこまで強硬に抵抗する可能性は、かなり小さい。
ほとんど無視していい程度でしかない、と、そう判断してはいたが。
そうした、外部からの支援がない場合、攻略対象の港町が洞窟衆の攻勢に長く持ちこたえることは、ほとんど不可能だとも予測されている。
そうした港町は、海からの侵攻はかなり警戒し、相応に備えてもいるが、陸地から攻め込まれることはほとんど考慮してなく、まとまった兵力もほとんど存在しないからだ。
強いていえば、地元住民が結託して執拗に洞窟衆側に抵抗、というか、嫌がらせをすることは十分に想定出来たが、仮にそうなったとしても、洞窟衆側が片っ端から抵抗勢力を撃破、あるいは捕縛をして終わりだろう。
そうした場合、洞窟衆側もまったくの無傷で済むとも思えないが、それ以上に抵抗を試みた側の被害が大きくなりすぎ、かえって占領した後の地元住民の、洞窟衆に対する心証を損なうのではないか。
とすら、トエスは予想する。
手加減できるほど、器用な人はあまり多くないからなあ。
今、ゴドワに集結しつつある連中の顔ぶれを思い起こして、トエスはそんな風に思った。
トエスが今回の件で、
「どうかおとなしく降伏をしてくれ」
と願っているのは、別に味方の損害が多くなることを憂慮しているわけではなく、その逆に、無駄な抵抗をした人たちがろくな結末を迎えないであろうことが、容易に予測出来るからだ。
結果からいうと、使者を送った五つある港町のうち、即座に降伏してそのまま「洞窟衆の配下」に収まることを承諾した港町が三つ。
残りの二つ、アゴウルとバネマという二つの港町は、「徹底抗戦をする」旨をしたためた返書を、使者に預けて返してきた。
アゴウルの人口が約三万、バネマは二万五千程度と推測されている。
港町らしく人の出入りが激しく、建物の規模や戸数から推測したおおよその数値でしかなかったが、町としての規模を図るための指標にはなる。
十万都市や百万都市はいくつもある王国や周辺諸国の基準で考えるとかなり小規模な町に思えたが、この森東地域の基準で考えるとかなり栄えている港町といえた。
事実、即刻降伏した他の港町はどれもバネマよりも小さい規模の町であり、仮に抵抗を試みたとしても、洞窟衆との戦闘には到底耐えることが出来ないと、という判断をしたのに違いなかった。
どちらかというとそう判断をするのが常識的であり、徹底抗戦を宣言したアゴウルとバネマの考えの方が現状認識が不足していると断言していい。
「多分、使者の対応をした、港町の指導者層だけがわかってないパターンだと思うんですよね」
出兵前日の会議中、トエスは真っ先にそう発言する。
「だから、民家や一般庶民には出来るだけ被害が出ないようなやり方を徹底してください」
「偉そうなやつらだけを片っ端からぶっ飛ばせばいいんだろう?」
ヴァンクレスはことなげにそういい放つ。
「殲滅戦は面倒だし、こちらとしてもそれで構わんがな。
なにより、弱いやつらを片っ端から相手にしてもつまらん」
「一戦交える前に、逃亡する者を追うことはないと、徹底して声をかけさせよう」
ネレンティアス皇女はそういった。
「港町の者たちは、遠国の噂を聞きつけるのが早い。
洞窟衆のことも、内陸部の者よりは早く、詳しく知っているはずだ。
その洞窟衆が本気で攻め込んで来るともなれば、逃げ腰になる者の方が多いだろう」
「だと、いいんですけどね」
トエスは、ため息混じりにそういう。
「本当に、現状認識が甘いせいで抵抗することを選んだのか。
それとも、なにかこちらには予測不能な別の原因があって、抵抗することを選んでいるのか。
今の段階では、わからないことが多いので」
「やつらがなにか別の切り札を隠していると?」
ネレンティアス皇女が、トエスに訊ねる。
「それは、わかりませんけど」
トエスはいった。
「小さな港町の中に、大軍を隠している。
ってことは、まずないと思いますが。
ただこちらは、妙な召喚獣の研究が盛んだったりするようですから、魔法絡みでなにか想定外の手段に訴えてくる可能性はあると思います」
「王都で暴れた巨人とやらも、こちらの術者の手によるものだったな」
ネレンティアス皇女は、頷く。
「確かに、その点は警戒をしておく必要はありそうだ」
「相手が抵抗する意思を見せた場合、そのまま侵攻を開始するのはこちらでも決まっていたわけで」
スセリセスが発言した。
「想定外のなにかが待っている可能性はありますが、この場は予定通り迅速に、アゴウルとバネマを攻めるべきであるかと。
攻略に失敗したり、あるいはあまり時間をかけ過ぎると、森東地域全体の、今後の対応に影を落としかねません」
「それもまた、道理」
ネレンティアス皇女はその言葉に頷く。
「ここで洞窟衆が舐められれば、今後の交渉に差し支える。
このまま出立し、後は現地に着いてから対応を考えよう」
戦場ではしばしば、想定外の事態が起こり得る。
今回に限らず、そうした予測不能性は戦時の大前提であり、やる前から気を揉んでも対処のしようがない、という側面もあった。




